It Comes at Night
映画『イット・カムズ・アット・ナイト』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:It Comes at Night
製作国:アメリカ(2017年)
日本公開日:2018年11月23日
監督:トレイ・エドワード・シュルツ

あらすじ

森の奥深くで、ある一家が夜にやってくる“それ”に怯えながらひっそりと暮らしていた。ある夜、一家の元に恐れていた来訪者がやってくる。その男はウィルと名乗り、話し合いの末、ウィルの家族を迎え入れ、共同生活が始まるが…。

ネタバレなし感想

鑑賞前の注意点

「朝」「昼」「夜」…一番怖いのはどれ?

そんな質問をされたら大半の人の回答は「夜」に集中すると思います。仕事や学校に行きたくない人は「朝」が嫌だと思うかもしれませんが、朝自体に恐怖は感じませんよね。「昼」が怖いと思う人は…たぶんヴァンパイアです。

やっぱり「夜」は恐ろしい。その最たる原因は「暗い」ことにあるでしょう。不思議なことに子どもの頃は誰から教わったわけでもなく、夜、つまり「暗闇が怖い」という感情を持っていました。部屋にいるときも、トイレに行くときも、寝るときも、暗さがなぜか無性に怖い。幼い年齢の私は、夜には電気がちょっとはついていないと寝れない子でした。

どうしてそんな感情を持つのか。やはりDNAに秘められた野生動物的な本能なのでしょうか。哺乳類ではたいていの肉食性捕食動物は夜行性。夜間は危険が襲ってくるもの。防衛本能が働いて意味もなく不安になるなら理屈はわかりますが…。

その夜の恐怖について考えさせる映画が本作『イット・カムズ・アット・ナイト』です。

ただ、最初に言っておきます。先にアメリカで公開された本作は、批評家の評価は高いのに、一般観客の評価は低いという二極化した感想を集めています。こういう場合、訓練された映画ファンなら察しがつきます。このタイプの評価の割れ方のときは、その理由は「一般観客がガッカリする要素」があったからです。では、そのガッカリなポイントとは?

おそらく今から説明することは事前に知っておいて損はない、むしろガッカリさせないために言っておこうという善意で書きますが、嫌な人は適度に読み飛ばしてください。致命的なネタバレではないです。

本作はタイトルと宣伝の雰囲気から、明らかに「何か」が襲ってくる系のホラーだと期待されると思います。題名が「それは夜にやってくる」ですからね。しかし、そういうわかりやすい内容ではありません。最近で言うところの『クワイエット・プレイス』のようなエンタメに特化したホラーではないです。
『クワイエット・プレイス』感想(ネタバレ)…黙るだけでは始まらない
あえて本作をカテゴライズするなら、『葛城事件』や『淵に立つ』のような、いわゆる「陰鬱な気持ちにさせる“家族の闇”を描いたサスペンス・スリラー」です。『ミスト』をよりスケールダウンした映画みたいな感じと言ってもいいかもしれない。

この観る前の予想と観た後の印象が大きなギャップを生むので、大勢の一般観客は「思っていたのと違う!」とガッカリしてしまったのでしょう。まあ、無理もない話です。宣伝がミスリードを誘ってますからね。こういう映画のプロモーションって難しいですよね。

それを踏まえて観た方が私は得策では?と思うのですが…。「人間の闇を描いた心理スリラー!? 大好物です!!」みたいな人もいるでしょうし。こう言っておけばデートの日にチョイスするような映画じゃないこともわかるでしょうし。

監督は“トレイ・エドワード・シュルツ”という30歳の若手で、2015年の『Krisha』という作品で監督デビューしたばかり。この『Krisha』、現時点で日本では公開もされておらず視聴手段がないのがとても残念。その若手監督の鋭利な実力が全開になっている本作『イット・カムズ・アット・ナイト』は、映画好き(そして人間の闇を描いた心理スリラー好き)の自分としては、非常に興味深くフレッシュな快感がありました。

そのへんを理解したうえで、一緒に夜を嫌な気分で過ごしましょう。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

それは来ない

冒頭、いきなり苦しそうに息絶え絶えなひとりの老人を始末する悲壮感MAXなシーンから始まります。何かの病気らしく、周囲にいる男と女、そしてその子どもらしき青年は、その老人(どうやら女の父)に対して、ガスマスクをつけた状態で接しています。銃殺からの焼却。アメリカには遺体を燃やす文化は基本的にないですから、これは衛生的な“処理”の意味なのだと推測できます。

この手の映画を見慣れた観客は「ああ、これは黙示(アポカリプス)を描いた作品だな」と一発でわかるでしょうし、人里離れた森に佇む家でひと家族が暮らすという設定は『クワイエット・プレイス』でも観た既視感満載です。

感染症が人類に衰退の理由らしいのはわかりますが、なぜか夜に警戒度をあげる家族。その理由は謎です。感染症の原因となる別の存在でもいるのか? いろいろな憶測が頭をめぐっていると、夜中にドアを叩く音。父ポールは銃を構え、妻サラと息子トラヴィスが後に続くと、そこにいたのは別の男。すぐさま、その男を拘束し、木に張り付けるというなんとも原始的な方法で感染の有無を確認するポール。

その来訪した男はウィルと言い、離れた場所に家族がいるらしく、食料と水を交換しようと提案。その誘いに乗ったポールはウィルを車に乗せ、ウィルの妻キムと幼い子どものアンドリューを連れてきます。

こうして始まった2つの家族の共同生活。「何か」が襲ってくる系のホラーだと勘違いしている観客がいるなら、いつ怪物や幽霊が出てくるんだとハラハラしたでしょうが、出てきません。序盤からの思わせぶりな演出は本当にミスリードのような状態ですが、物語はそんなことを知らないですよと言わんばかりに進みます。

穏やかに関係性を築いているかに見えた2つの家族は、「開けてはいけないと決めていたドアが開いていた」ことをきっかけに崩壊。最終的には凄惨な殺し合いに発展し、結果、ウィルの家族は3人とも死に、トラヴィスは病気で終わりを迎え、残ったポールとサラの2人が無言で見つめ合うだけ、

最悪のエンディングで映画は暗闇に消えます。

イット・カムズ・アット・ナイト

疑心暗鬼が目を覚ます夜

結局、夜に何がやってくるというのか。

夜に起こる印象的な出来事といえば、トラヴィスは悪夢を見ます。最初は暗い廊下を歩いているだけ。それがどんどんエスカレートし、死んだはずの祖父や、やがては自分が感染してしまうかのような幻影さも付きまとう状態に。しかし、この悪夢も恐怖が表面化したもののひとつにすぎないのではないでしょうか。

私は本作は典型的な「疑心暗鬼」を描いた映画として解釈して楽しみました。「疑心暗鬼」という言葉は、「疑いの心をもっていると、いもしない暗闇の亡霊が目に浮かんでくる」という意味合いからきています。ホント、この言葉を考えた人、上手いですね(誰が最初に考えたのだろう…)。

つまり、本当は何もやってきてはいないのに、何かに襲われているような感覚を抱き、それが他者に原因があると思い込む…そういう状態に捕らわれた家族の物語です。

そもそも本作のキーワードになっている感染症とは具体的に何なのか、さっぱり不明です。ポールの家族はここぞというときにはガスマスクをつけていますが、空気感染なのだとしたら、あんな家ではどうしようもありません。医学の知識がなくともわかるように、強力な感染症を防ぐなら相当な設備が必要です。けれども、あの家族はうがい手洗いすらしておらず、風邪レベルですら防げそうにありません。普通に家の外に出歩いていましたし、危機意識があるのかないのか、いまいち怪しいです。

そう、感染なんて防ぐのは無理。いずれ皆死ぬでしょうし、それは運の問題です。なのに「夜は赤いドアを閉じていればなんとかなる」という妄信に憑りつかれているのがあの家族です。

疑心暗鬼を加速させる引き金となったのはトラヴィスであり、やがては2つの家族はボタンの掛け違いにより、最悪の結末を迎えます。おそらくウィルの家族も疑心暗鬼に襲われていたでしょうし、ポールがウィルの家族の元へ車で向かう道中に襲ってきた人間も同じだったのかもしれません。

本作が上手いのはこういう疑心暗鬼な状態をあえて淡々と描き、後半の一点で爆発させる溜めの演出。よくありがちな、終始延々と不安を煽るベタなサスペンスを見せるのではなく、メリハリで一気に見せるスタイルがとてもスマートだなと感心しました。

とくに幼いアンドリューを殺してしまったシーンの「ああ、やってしまった」感。完全に一線を越えた瞬間であり、それまで一緒に疑心暗鬼になっていただろう観客もあそこでハッとしますよね。

歴史でも実際にあったこと

実は本作の「病気と疑心暗鬼」のテーマは、序盤で提示されていました。

映画最初のほうで、トラヴィスが部屋に戻り、眠りにつきそのまま初めて夢に切り替わる場面で映る絵です。あれは、ルネサンス期の画家ピーテル・ブリューゲルが描いた「死の勝利」。この絵は、14世紀中頃にヨーロッパ全土を席巻した忌まわしい「ペスト」の大流行を表したもので、大勢の人が骸骨のような存在に襲われています。

「ペスト」は黒死病とも呼ばれ、14世紀には8500万人を死亡させたという、人類史に刻まれた巨大な恐怖です。当時の人々の心境はわかりませんが、さぞかし恐ろしかったでしょう。今のような情報がすぐに手に入る世界でもなかったですから。どんどん身近な人が説明もなく死んでいく。パニックです。

そのペストの大流行は、感染症による直接的な死以外の悲劇も生みました。例えば、ユダヤ人が毒を散布したんだという陰謀論が拡大したり、はたまたペストで狼人間や吸血鬼に変化するというオカルトめいたものまで。

要するに感染症とともに疑心暗鬼も感染・発症していったのです。

これを現代版にしたのがまさに本作でしょう。こういう状況なら2つの家族が助け合えばいいのに、つい疑ってしまう。夜の恐怖には勝てない。人間はちっぽけな生き物なんです。それは今の現代社会も同じで、技術などが発展しても、やっぱり私たち人間が本質的に持っている恐怖に支配されてしまう弱さは変わらないのでしょうか。

ちなみに本作でポールを演じた“ジョエル・エドガートン”は、2015年に『ザ・ギフト』という映画で監督デビューしていますが、その作品も「疑心暗鬼」がテーマでした。疑心暗鬼ならこの俳優!みたいな感じになってきましたね(『ラビング 愛という名前のふたり』のような素晴らしい信頼を描く映画にもでているのですけど)。

不必要なまで互いを疑い、対立や憎悪を引き起こしている現代社会。作中のポールのように、結果、最悪の状態を招かないためにも、信頼することを第一に行動したいものです。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 44%
IMDb
6.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

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