黒い司法 0%からの奇跡
映画『黒い司法 0%からの奇跡』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Just Mercy
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2020年2月28日
監督:デスティン・ダニエル・クレットン

黒い司法 0%からの奇跡

あらすじ

黒人への差別が根強い1980年代の米アラバマ州。犯してもいない罪で死刑宣告された黒人の被告人ウォルターを助けるため、新人弁護士のブライアンが立ち上がる。それは絶対に負けられない弁護だったが、仕組まれた証言や白人の陪審員たち、証人や弁護士たちへの脅迫など、簡単には覆せない数々の困難に直面する。

『黒い司法 0%からの奇跡』感想(ネタバレなし)

私たちのアラバマ物語

レーナード・スキナードが歌う「Sweet Home Alabama」のように皮肉を込めてアラバマ州を“良いところ”として扱うなら良いのですが、無思考で「アラバマは素晴らしい場所です!」と称賛するのはさすがにアウトです。でも、私は日本の“とある観光雑誌”をたまたま見ていたところ、アラバマ州を「人種平等に貢献した街」としていともあっけなく紹介しているのを目にし、愕然としたことがあるのですが…。

アラバマ州を流れるアラバマ川。その川はこの地域の発展に寄与してきました。アラバマ川を通る船で運ばれたものは材木、農作物、工業品、そして黒人奴隷です。そう、言わずもがなこの地域は根深い黒人差別という負の歴史を抱えてきました。その主要舞台です。

人種差別撤廃に貢献したのは他ならぬこの場所で活動したマーティン・ルーサー・キング・ジュニアを始めとするアフリカ系アメリカ人たちであり、アラバマ州はどちらかといえば差別を起こした加害者側。もちろん今はその負の歴史を自覚し、反省を込めて対応している…はずですけど。

そんなアラバマ州を舞台に黒人差別を描いた名作といえば、1962年の『アラバマ物語』という映画があります。その作品の革新性は当時としては評価されるべき点が多大にある一方で、現代感覚で見てみると問題点も多い映画です。それは「ホワイト・セイバー」と俗に言われる、結局は黒人を白人が救っているだけで人種構造に改善はないという批判。このいまだに創作の世界で蔓延る白人救世主問題を象徴する一作でもあるのがこの『アラバマ物語』なのもまたアラバマという地の因縁深さを感じます。

しかし、その『アラバマ物語』公開から約58年。直球のカウンターパンチになるような映画が生まれるとは…。それが本作『黒い司法 0%からの奇跡』です。

ちょっと邦題があまりにもぞんざいなのですけど、そこは…目を瞑ろう…。まあ、どこぞの映画に張り合うわけじゃないけど、これこそ「私たちのアラバマ物語」という邦題でも良かったくらいですよね。

本作は弁護士&活動家であるブライアン・スティーヴンソンが2014年に発表したノンフィクション「黒い司法 死刑大国アメリカの冤罪」を原作としており、自分自身の経験が基になっています。内容は1980年代にウォルター・マクミリアンという黒人男性が杜撰な捜査で殺人容疑で死刑判決を受け、その冤罪を晴らすべく戦ったブライアン本人の物語です。彼が弁護士資格を取得したばかりで駆け出しだった頃の話ですが、中身は完全な法廷ドラマ。そして人種差別に迫るものです。

『アラバマ物語』は1930年代の話でしたが、この『黒い司法 0%からの奇跡』は1980~1990年代の同じアラバマを舞台にしており、50年以上たっても本質は何も変わっていない黒人差別の醜悪さを痛烈に映し出すと同時に、それに立ち向かう者として実在のアフリカ系アメリカ人が描かれる。何から何まで『アラバマ物語』を上書きするリアルな脱ホワイト・セイバー映画でもあります(作中でも『アラバマ物語』へのくすぐりがありますけど)。

黒人の弁護士が主人公の法廷映画と言えば、最近も『ローマンという名の男 信念の行方』という作品がありましたが…。

監督は『ショート・ターム』や『ガラスの城の約束』の“デスティン・ダニエル・クレットン”。彼は日系アメリカ人の母を持つ人なのですが、結構フィルモグラフィーの中で黒人を登場させることが多く、仲がいいのかな。すでに次回作はMCU初のアジア系ヒーロー映画『Shang-Chi and the Legend of the Ten Rings』と決定済みなので、今後絶対に話題になる監督のひとりでしょう。


主演はまたもや偶然にもMCUにも縁のある“マイケル・B・ジョーダン”です。『クリード』シリーズや『ブラックパンサー』で一躍有名になった彼ですが、最近は『KIN キン』や『黒い司法 0%からの奇跡』でも製作に携わり、積極的に自ら黒人コミュニティの映画界への進出のため先頭を走っています。本作でも「インクルージョン・ライダー」(出演俳優にマイノリティをこの割合だけ入れないと仕事しないよ…と俳優が条件を出すこと)を使って企画を実現させたみたいです。

また同じくMCUつながりのある最強女性ヒーローこと『キャプテン・マーベル』で大活躍した“ブリー・ラーソン”も登場。“ブリー・ラーソン”は“デスティン・ダニエル・クレットン”監督の『ショート・ターム』でキャリアアップの第一歩を踏んだので、まあ、友情キャスティングなところもあるのでしょうね。

そして冤罪死刑囚になる男の役として、“ジェイミー・フォックス”が出演していまして、これがまた名演です。彼は最近は『ベイビー・ドライバー』や『フッド ザ・ビギニング』といったギラギラした役が目立っていましたけど、今回はすごい抑えた演技で、第26回全米映画俳優組合賞の助演男優賞にノミネートされたくらいですからね。『Ray レイ』以来の名演かもしれない…。

他には『バスターのバラード』の“ティム・ブレイク・ネルソン”、『ジュラシック・ワールド 炎の王国』の“レイフ・スポール”も出演しています。

あまり大きな賞に輝くことはなかった『黒い司法 0%からの奇跡』ですが、法廷モノの歴史を正しく進める大事な一作になるのは間違いないでしょう。

オススメ度のチェック
ひとり◎(俳優の名演を観るのも良し)
友人◯(法廷劇が好きな同士で)
恋人◯(地味ながら胸をうつ)
キッズ△(大人のドラマです)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『黒い司法 0%からの奇跡』感想(ネタバレあり)

ただ救いたかっただけ

1987年。アラバマ州のモンロービル周辺。

ウォルター・マクミリアンという黒人男性が木を切り倒しています。彼はこの黒人入植地に昔から住んでおり、今では自分で事業を立ち上げ、木材を売る仕事をしていました。誠実な性格で、犯罪とは無縁な人生です。

今日もひと仕事を終え、夜に帰宅しようと車を走らせていたところ、目の前の道路の先に警察のパトカーが何台も止まり、道を塞いでいます。大人しく停車するウォルターと、なんてことはなさそうに近づいてきて話しかけてくるひとりの保安官。しかし、他の警官たちはジリジリとこちらに銃を向けて包囲を狭めてくる…。それはまるでウォルターが凶悪犯であるかのような対応。そして気が付けばあっという間に車から引きずり降ろされ、手錠で拘束されてしまいました。

1986年11月に白人女性のロンダ・モリソンが無残に殺害された事件で、ついに容疑者が逮捕されたと報じるレポーター。カメラの前に映し出されたのはウォルターでした。

一方、大学で法律を学び、この世界に足を踏み入れようとしていたブライアン・スティーブンソンはやたらと乱暴に扱われる黒人の囚人を見ながら、同胞の仲間が不平等に扱われている現実を肌で感じるようになっていきます。

2年後。ハーバード大学のロースクールを卒業して新米弁護士となったブライアン。といってもいきなりバリバリ仕事ができるほどのキャリアはありません。でも何をしたいのかは決まっていました。不当な扱いで罪を着せられたアフリカ系アメリカ人たちを法律の正義で救うこと。そこで同じ志を持つ白人女性のエバ・アンスリーのもとへ行き、「イコール・ジャスティス・イニシアチブ」を設立し、活動を始めます。

まず差別が根強いアラバマ州の刑務所へ。そこで囚人たちに話を聞いてまわっていると、ひとりの囚人が目にとまります。それがウォルターでした。

このウォルターについて独自に調べ始めたブライアン。するととんでもない問題が明らかになります。殺人の罪で死刑判決の出ているウォルターでしたが、彼には普通にアリバイがあり、どう考えても犯行に及ぶことができません。でもなぜか警察と検察はウォルターを犯人として強引に突き通し、そのまま有罪となってしまっていたのでした。冤罪です。

このままでは無実の黒人に死刑が下る。なんとか食い止めようと奮闘するブライアン。手がかりとなるのは、唯一の証拠になっている証言をした重罪人ラルフ・マイヤーズ。ウォルターの家族にも会いながら、でっちあげの有罪を崩すために奔走。

この新米ブライアンの第一歩は、ひとりの黒人を救うだけではない、アメリカ社会全体の黒人差別を正義で正す、大きな結果をもたらす親切行為(mercy)となるとはまだ知らずに…。

ただ救いたかった…それが始まりです。

“黒人であること”が罪になる

繰り返しになりますが『黒い司法 0%からの奇跡』は1980~1990年代のアラバマを舞台にし、それは1865年に奴隷制が廃止されて以降もなおも“奴隷的な”黒人労働者が存在している姿を描いた『アラバマ物語』から約50年後。

ではこの約50年で黒人の暮らしは変わったのか。いいえ、何も変わっていませんよ…ということを本作は前半部で徹底的に突きつけてきます。

ウォルター・マクミリアンの冤罪というのはまさにその象徴として本作の主題になるのですが、決してこのウォルターの事件だけが異常なのではないということは強調しておかないといけません。

社会に蔓延る黒人差別というものは当然のように主人公で黒人であるブライアン・スティーブンソン自身も経験していくことになります。

序盤のアラバマ州の刑務所にブライアンが赴くシーンから強烈な体験をすることに。まず建物外で明らかにかつての奴隷を思わせるような囚人労働者の一団に出会い、「あれ、タイムスリップでもしたのかな?」という違和感を感じさせます。そしていざ建物に入ると「お前は弁護士か?」と見下すような目を向けられ、別室で全裸にさせられて身体チェックを受けるハメに。どう考えても過剰なセキュリティであり、きっとブライアンが白人だったらこんなことをしないだろう“歓迎”。

ブライアンはロースクールを出られるくらい優秀で、おそらく貧困層ではない、中流な生活を送っていた黒人です。多少の差別は経験しているはずですが、でもここまで醜悪に染まりきった社会に常設された偏見に直面したのは初めてだったのかもしれません。全裸にされた後、また服を着るブライアンの何とも言えない表情。それは今、あまりにもあっけなく自分の尊厳を踏みにじられたことへの驚き。

本作ではそんなキャリア的にも新米ながら、人種差別という苦い経験も初めて大量摂取することになったブライアンのファーストワークです。

こういうふうに主人公が初心者側に近い存在なので、小難しくなりがちな法廷ドラマの弱点もそんなに感じることなく、飲み込みやすい映画になっていました(もちろん黒人差別の歴史を必要最小限は知っているのは教養としての前提ですが)。

もし「ちょっと私はその黒人差別の知識に疎いかも…」と思ったならば、これはあちこちで薦めていますが、ドキュメンタリー『13th 憲法修正第13条』を観ておくと、今後も同様の映画の鑑賞の手助けになると思います。

行政ではなく個人が救うしかない現実

『13th 憲法修正第13条』でも強く訴えられていたことですが、現在にある「(冤罪であろうとなかろうと)黒人を犯罪者にする」というアメリカ社会のシステムは、結果的に現代版「黒人奴隷制度」でしかないわけで、『黒い司法 0%からの奇跡』はまさにその負の呪縛から当事者を救う物語です。

中盤あたりで電気椅子の処刑シーンが描かれますが、あそこで最悪の行き着く先を見せられることで、ブライアンにとっても観客にとっても怒りと一緒に、引き返すことのできない覚悟が決まります。でも同時にとてつもないプレッシャーも迫ってくる。あの処刑シーンの冷たさが、本作のトーンをただの法廷ドラマにしない効果を与えていますし、しっかり直視して映像で描ききったのも良かったです。

法廷ドラマはどうしてもエモーショナルな結末が簡単に読めますし、ある程度仕方がないにせよ、ドラマ性も説教臭くなりがち。本作もとことん丁寧かつ真面目で、真面目すぎる面も否めないですが、そうしなければいけないという重みから逃げていないので安心して評価できます。これが逃げちゃうと、ほら、『グレイス 消えゆく幸せ』みたいなことになるから…。

また、映画の話ではないですが、ブライアンのような若手はたぶん「プロボノ」(専門的知識・スキルや経験を持つ人が社会貢献するべくボランティア活動をすること)でやっているのだと思いますけど、ああやって無償で“持たざる者”のために仕事している光景は、法律以外でもアメリカ社会を描く作品では結構見かけます。それ自体とても素晴らしいなと思うし、日本も見習っていきたいと思うのですけど、あそこまで命にかかわる出来事まで慈善行為に依存しているのはそれはそれで危うく、いかにアメリカが行政の仕事を怠っているかがよくわかりますね。福祉にせよ環境保全にせよ治安にせよ人権にせよ、やっぱり公共の責任を権力者が担うことをしない限り、ずっと根本的な解決はしないのかなとも思ったりしました。

黒い司法 0%からの奇跡

黒人差別と表裏一体な女性差別

また『黒い司法 0%からの奇跡』は黒人差別が主題にあるのは百も承知ですけど、その裏側には女性への犯罪(フェミサイド)の問題も内包されていることを忘れてはいけないと思います。

人種差別による偏見でウォルターを犯人にでっちあげる警察の行為は、逆を言えば真犯人をただ野放しにしているだけであり、女性への犯罪の軽視とも同類なのですよね。

だからこの事件は黒人差別である同時に女性差別もある。むしろそれらは常にセットで共謀し、事件の真の加害者を匿ってきたとも言えます。

本作はその女性の部分をさりげなく示す存在としてエバというキャラクターがあり、彼女が子育てをしながら人権を守るべく活動している姿は、真の被害者への目線を醸し出す意味もあって良いパーツでした。

そう考えると、ブライアンとエバがアラバマ川を見渡せるほとりでベンチに座って語り合うシーンは、黒人差別と女性差別の問題が寄り添い合う、とても本作を象徴するワンシーンだったなと感じられます。

「いや~、こんなことがたった30年前に起きていたんだなぁ~」なんて過去話のようには語らないでくださいね。『ボクらを見る目』でも描かれていたように今現在でも全く同様の構造の冤罪事件が起こっています。これは現在進行形の問題です。


人種問題は日本でも起きています。特定の人種への偏見に基づく冤罪中傷も日本のネットに溢れかえっています。人種差別が無くなって本当に罪を犯した者に裁きを下る社会にするのは「奇跡」の力ではなく「当たり前」であるべきですよね。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 83% Audience 99%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

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