両方を搭載するのは危うい…映画『ブラックベリー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:カナダ(2023年)
日本では劇場未公開:2023年に配信スルー
監督:マット・ジョンソン
ブラックベリー
ぶらっくべりー
『ブラックベリー』物語 簡単紹介
『ブラックベリー』感想(ネタバレなし)
「BlackBerry」を知っているか?
現在、生まれてくる子どもたちは当たり前のようにスマートフォンがある世界しか知らないので、当然のように画面はタッチするものだと思っているはずです。スワイプなどの動作も自然に身につきます。
でも私は「ガラケー」から「スマートフォン」に切り替わっていく社会の変化を直に体感している世代なので、その変化の戸惑いを覚えています。今までポチポチとボタンを打っていたのが、いきなり画面に触れて操作してくださいと言われても、最初は慣れないものでした。今となっては懐かしい昔の記憶…。
ところでなんとなく「ガラケー」から「スマートフォン」に切り替わったという認識が定着していますが、そこにはもうひとつの存在がありました。「携帯情報端末」…またの名を「PDA」です。
「personal digital assistant」の略である「PDA」。80年代から90年代にかけて普及し、多機能な電子手帳のような役割を果たしてくれました。このPDAをさらに発展させて機能をワンランクアップさせたのがカナダの企業が開発した「BlackBerry」という端末です。
「BlackBerry」はネットワークを介して電子メールを送受信でき、ポケベルとPDAを合体させたようなものです。これはスマートフォンの原型と言えるかもしれません。1999年に登場したBlackBerryは当時の革新となり、コミュニケーションの在り方を一変させました。BlackBerryは最先端だったのです。
しかし、それは長く続かず…。Appleの「iPhone」の登場です。iPhoneはこのBlackBerryとガラケーを合体させたようなデバイスで、しかも全面タッチスクリーンという見た目の斬新さがありました。BlackBerryは小さいキーボードが端末に融合していたので、iPhoneのほうが未来的に見えました。
こうしてiPhoneがスマホ時代の幕開けを告げ、BlackBerryは沈んでいくことに…。
今回紹介する映画はそんなBlackBerryのあっという間の栄枯盛衰を、開発に関わった実在の人物たちの人間模様と共に軽快に描き出す作品です。
それが本作『ブラックベリー』。
物語自体は前述したとおりの経緯がそのまま描かれるのですが、演出はキレキレで、キャラクターに目が離せません。
実話ベースのITスタートアップ系の起業モノは、『スーパーパンプト/Uber 破壊的ビジネスを創った男』や『WeCrashed スタートアップ狂騒曲』とドラマシリーズで続いている傾向がありますが、今作『ブラックベリー』は約120分の映画に収まりきっており、早いテンポでサクっと顛末が見れる手軽さがあります。
また、ドラマ『メディア王 ~華麗なる一族~(Succession)』みたいな手振れカメラワークを駆使しており、シニカルで密着取材風な演出がかなり似てます。そういうジャンルが好きなら絶対にオススメできますね。
映画『ブラックベリー』を監督したのはカナダ人の“マット・ジョンソン”。2007年にモキュメンタリーのシリーズ『Nirvanna the Band the Show』で話題となり、2013年に『The Dirties』で長編映画監督デビューを果たした才能溢れる逸材です。2016年の『Operation Avalanche』はNASAの月面着陸を捏造する陰謀に巻き込まれる姿を描いた一作だったり、とにかく捻ったアプローチを好むクリエイターですね。
“マット・ジョンソン”監督は『ブラックベリー』でも俳優出演しており、なかなかに強烈で愉快な人物になりきってます。
共演は、『俺たち喧嘩スケーター』の“ジェイ・バルチェル”、『ザ・ハント』の“グレン・ハワートン”など。会話の掛け合いだけでも面白く、俳優陣のアンサンブルは最大の見どころです。
カナダ企業を主題にするからこそ、オール・カナダな製作陣で作られた本作。カナダ映画としては稀有な高評価作品として2023年のダークホースな一作となりました。興行面ではカナダでは全然ヒットしなかったらしいですけど…。カナダ人の中ではBlackBerryっていかほどの評価なのかな…。自国の画期的な製品なわけだけども…。
映画『ブラックベリー』は日本では劇場公開されず、配信スルーになってしまい、とくにどの映画会社が独占的に扱っているわけでもないので、非常に目立たない状況にあるのですが、映画ファンには見逃すには惜しい一作なのは間違いありません。2023年の映画ベスト10を決めるならこの『ブラックベリー』を観てからにするとよいのではないでしょうか。
『ブラックベリー』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :隠れた良作 |
友人 | :オススメし合って |
恋人 | :恋愛要素無し |
キッズ | :大人向けコメディだけど |
『ブラックベリー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):3人の男の出会い
1996年、カナダのオンタリオ州ウォータルー。「SSサザーランド・シュルツ」の駐車場に2台の車が止まります。最初の1台からは大慌ての男2人が荷物を落としそうになりながら小走りで降りてきます。もう1台はオープンカーでスーツの男がひとり乗っていて、背後のリムジンを気にして振り返ります。
「リサーチ・イン・モーション(RIM)」の創業者であるマイク・ラザリディスとダグラス・フレギンは、ある製品アイディアをプレゼンするためにここに来ました。
しかし、ラザリディスは落ち着きがないです。どうやらノイズ音が気になるようで、それは机の上にあった中国製インターコムが発せられているようでした。ラザリディスは何の躊躇もなく、それを分解し始め、クリップで修理してしまいました。
一方、ジム・バルシリーは上司に新部門が成功したら事業は私に任せて欲しいと頼みますが、別の同僚のほうがすでに高く評価されているようで出鼻をくじかれます。
苛立ちながらバルシリーはラザリディスとフレギンのいる部屋に来て不機嫌に座ります。緊張しながらラザリディスは名刺を渡して自分たちの事業を棒読みで説明していきます。「PocketLink」という製品でイーゼルで紙の資料を見せながらたどたどしく解説。「『スター・ウォーズ』のフォースみたいなものです。観てますか?」と例え話をしますが「いいや」とひと言で返されます。バルシリーの頭の中はそれどころではないです。バルシリーは「ベンチャー投資家に会いに行った方がいい。それに製品名もダサい」と言い残し、あっさり拒否して出ていきました。
急いでバルシリーは大物との会議に参加し、実力を示そうとします。それは上司の指示に反することですが…。
ラザリディスとフレギンは会社に戻り、資料を忘れたままだと気づきます。同僚たちには、悪い知らせとして「全然製品を理解してくれなかった」と告げ、良い知らせは「今夜のムービーナイトは『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』だ」と発言。みんな満足そうに盛り上がります。
会社では社員たちはゲームで盛り上がっている中、そこにバルシリーが唐突に訪問してきて、固まる一同。
バルシリーはあの「PocketLink」とかいう電話は自分が売り込むと言い出し、バルシリーをCEOにして株の半分を貰うのが条件だと言い切ります。零細企業は葬られるだけだと忠告し、茫然とするラザリディスとフレギンはすっかり主導権を奪われます。
2人は一旦は横柄すぎるので断りますが、ラザリディスはこのままではいけないと限界を感じていました。確かにモデムを開発しているだけではジリ貧です。ラザリディスは取引先に電話するとモデムは欠陥品なので注文は取り消しだと一方的に言われ、後がないことを痛感。
結局、株の33%譲渡と共同CEOという条件でバルシリーを仲間に引き入れます。
さっそくバルシリーは「プロトタイプが必要だ」と言い放ち、早急にそれを作らせますが…。
オタクの良い部分と悪い部分
ここから『ブラックベリー』のネタバレありの感想本文です。
「BlackBerry」の開発秘話(実際はそんなに秘話でもなく、もう知られていることですけど)が描かれる映画『ブラックベリー』は、よくあれだけのボリュームのある実話を一本の映画にまとめたなというくらい、その脚本構築に舌を巻きます。
密着取材風に撮っていますが、中身は序盤からかなりシュールでコミカルです。とくに際立つのが、オタク(nerd)という存在の…その何と言いましょうか、あられもない素の姿ですかね。
マイク・ラザリディスとダグラス・フレギンが始めた「リサーチ・イン・モーション(RIM)」の会社は、その実態は限りなくオタク部みたいになっていて、社内で普通にゲームしまくるわ、ムービー・ナイトと称してオタクな映画鑑賞するのがむしろメインになっているわ、マニアックなオタク・トークばかりが飛び交うわ、もう好き放題です。
ドキュメンタリー『ライト&マジック』で映し出された初期の「ILM」の空気と瓜二つですね。
楽しそうと言えばそうなのですが、でも単にオタクがわいわいしているだけでは全くまとまらず、会社は確実に経営が窮地に追いやられていきます。
そこで流れを変えるのがジム・バルシリーという非オタクの人間。非オタクがオタクに鞭打ってしごいていくという構図の可笑しさ…でもそれはきっとよくある光景でもあって…。
一方で、ベル・アトランティックにピッチする際に、ラザリディスの熱いプレゼンが流れを変えるように、非オタクにできないことがオタクにはできるという側面もあって…。
オタクと非オタクが上手く噛み合うことで「BlackBerry」は大成功を収めるのはカタルシスは確かにありますね。
ただ、ここで落とし穴。ラザリディスは「iPhone」の登場で追い込まれた結果、「キーボードとクリック音」にこだわるというオタクの執念を小馬鹿にされたのもあって、「完璧なものしか作らない、妥協が人類の敵だ」という当初の姿勢を捨ててしまい、沈む…。ラストの中国製「Storm」のノイズ音をひとり直す姿が痛々しいです。
この一件からわかる、オタクの真の敵は別のオタクであり、オタクは矜持を失うと何者にもなれなくなるという現実が切ない…。
また、非オタクだと思っていたあのバルシリーがまさかのホッケー・オタクという一面をこじらせて大失敗していくのも虚しくて…。
ただのオタクもダメ。技術だけのオタクもダメ。誇りを捨てたオタクもダメ。偏狭なオタクもダメ。
オタクは「オタクであることで成功したい」という夢を妄想的に抱きがちですが、それってめちゃくちゃ難しいということを残酷に突きつける、嫌な映画でした。
オタク・ホモソーシャルの自滅
映画『ブラックベリー』はそんなオタク・ホモソーシャルを巧みに風刺してみせたのが面白さだと思いますが、それをマイク・ラザリディス、ダグラス・フレギン、ジム・バルシリーの3人の駆け引きに落とし込んで描いているので、とてもわかりやすいです。
なお、実際は初期の頃でも「リサーチ・イン・モーション(RIM)」にはもっと社員もいて、ちゃんとマーケティング・チームもあったので、あんなオタクだらけじゃないんですけどね。今作はあくまでわかりやすい脚色の結果、ああいう関係図になっているだけなのでそこはお間違いなく…。
赤いヘッドバンドをいつも身に着けるダグラス(ダグ)・フレギンは一番ベタというか、楽しさ至上主義なオタクです。でもラザリディスに対してすごく尊重し、毎度「マイクはどう思っている?」と確認してくれます。この2人のブロマンス感は濃厚ですね。会社は2人の家庭みたいなものです。だからこそ後半でラザリディスに絶縁を突きつけられ、別れてしまうのが会社そのものの破局にもなってくるのですが…。
そのフレギンと対極なのがジム・バルシリーで、フレギンを当初から評価していません。マヌケな上司に見切りをつけ、戦闘モード全開なバルシリーは確かにあの会社を変えましたが、同時に有害な男らしさも持ち込んでしまい、それが時限爆弾のように後で連続破裂していきます。
その2人の中間にいるのがマイク・ラザリディス。真面目で技術者としては突出した才能を持つも、気弱で交渉下手。そんな覚悟を決められないラザリディスひとりでは生き馬の目を抜く業界をサバイバルできるはずもありません。
しかし、そんなラザリディスも大規模障害事件を乗り越えた2007年には眼鏡が消えて雰囲気がガラっと変わり…なんか『テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく』のアイツみたい…。
要するに有害な男らしさにどっぷり染まってしまったことがラザリディスの崩壊、さらには「BlackBerry」の壊滅へと繋がった…というふうに本作は描いています。
この3人が健全に噛み合っていたから「BlackBerry」は成功できた反面、この3人が不健全に絡み合うと破滅へと真っ逆さまに堕ちる。オタク・ホモソーシャルは常に自分を殺せる毒を生成してしまうことを物語る教訓めいた作品でもありました。反面教師にしたいけど、学ばないのがこのコミュニティ・パターンの欠点だから…。
今回は「BlackBerry」でしたけど、こういう組織風土のあるところって、今もものすごいたくさんあると思います。この瞬間にも今作で描かれたようなドラマが展開している企業や業界があるに違いありません。
映画になるだけマシか…なんてのは慰めにもならないかな…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 98% Audience 94%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Elevation Pictures
以上、『ブラックベリー』の感想でした。
BlackBerry (2023) [Japanese Review] 『ブラックベリー』考察・評価レビュー