パターソン
映画『パターソン』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Paterson  
製作国:アメリカ 
製作年:2016年 
日本公開日:2017年8月26日 
監督:ジム・ジャームッシュ 

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★★

あらすじ

ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手のパターソン。彼の1日は朝、隣に眠る妻ローラにキスをして始まる。いつものように仕事に向かい、乗務をこなす中で、心に芽生える詩を秘密のノートに書きとめていく。帰宅して妻と夕食を取り、愛犬マーヴィンと夜の散歩。バーへ立ち寄り、1杯だけ飲んで帰宅しローラの隣で眠りにつく。そんな一見すれば変わりのない毎日だった。

ネタバレなし感想

これからの「男」の在り方

最近の映画俳優業界を見ていると女性の躍進が目立ちますが、男性俳優だってもちろん頑張っています。その中でもとくに勢いに乗っているなと思うのが、“アダム・ドライバー”です。

『スター・ウォーズ』新三部作でのカイロ・レンの熱演はもちろんのこと、『沈黙 サイレンス』『ローガン・ラッキー』『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』と、演技力の深さと役幅の広さを活かして様々なキャラクターを演じ、常に存在感を発揮しています。
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私が“アダム・ドライバー”に期待しているのは、彼はフェミニズム時代以降の男性俳優の方向性をリードしていってくれるのではないかということです。これまで男性俳優が演じてきたのは、ワイルド、アグレッシブ、マッスル、セクシャル、リーダーシップ…こんな言葉で代表されるような、言ってしまえば昔ながらの「男」のイメージそのままです。結果、本人もそんな感じの男性俳優ばかりが活躍してきました。

でも、“アダム・ドライバー”をはじめ、最近の男性俳優はそれとは明らかにスタイルの違う人が増えています。それはきっと保守的な「男」とは異なる、新しい「男」の在り方を示していくことになるのではないでしょうか。

そのフェミニズム時代以降の「男」の在り方をふんわり教えてくれるような“アダム・ドライバー”主演映画が本作『パターソン』です。

監督は、この人ほど「男」なんて固定観念では語れない人物はいないでしょう、独創性の強い作品を次々と生み出すことで有名な“ジム・ジャームッシュ”。前作『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』は吸血鬼でミュージシャンというかなり奇抜な設定が目をひきましたが、今作は打って変わって超平凡な日常ドラマです。地味な話ではありますが、実はとても前衛的でもあると思います。

本作では“アダム・ドライバー”がバスの運転手(ドライバー)をしています。ギャグみたいですが、ほんとです。ロサンゼルス映画批評家協会賞では“アダム・ドライバー”が主演男優賞に輝くなど、本作は確かな評価を獲得。批評家もほぼ絶賛。これだけ評価が高いのですから、観ない理由もないでしょう。

1度観るだけよりも2回3回と繰り返して鑑賞すると味わいがより深くなると思いますよ。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

パターソンという街の日常

本作の舞台はタイトルのとおり、ニュージャージー州のパターソンという街。人口は14万人ちょっとで、ニュージャージー州では3番目に大きな市だそうです。地図で見ると、ニューヨークに近く、マンハッタンから約20km程度しか離れていません。

この映画では、そのパターソンの地域ネタがふんだんに盛り込まれており、それがわかるとさらに楽しさが増すつくりです

例えば、劇中での登場人物の会話のネタ。月曜日のバスで子どもたちが話しているのは、パターソン出身のボクサーで冤罪事件が有名なルービン・カーターだったり、バーで店主のドクが飾っている写真だったり、木曜日のバスで若い男女が話すアナーキストだったり、そんなパターソン由来の人物要素がいっぱい。

また、変化球でいえば、バーで彼女との別れ話で喧嘩していた男エヴェレットが、銃を取り出して脅すも実はおもちゃだったというエピソードがありますが、パターソンという街はサミュエル・コルトという人物がコルト製造会社という有名なリボルバー拳銃を始めて栄えた歴史があるんですね

どれくらいパターソンの街をリアルに再現しているのかはわかりませんが、人種の構成なんかはそのままっぽいですね。パターソンは白人の割合が3割程度しかなく、圧倒的にヒスパニック系、その次にアフリカ系が多くを占めるそうですから。

とくに印象的な演出に使われていたのは「水流」です。水の流れの映像が頻繁に映り、木曜日に出会った少女の作っていた詩も水の流れに関するものでしたし、主人公が外で詩を書くときのお決まりのベンチの場所も滝の前。これはグレートフォールズと呼ばれる水力のエネルギーで産業を発展させたパターソンの街の歴史そのものが背景にもあるのでしょう

私はパターソンの街を訪れたこともなければ、関心を持ったこともなかったのですが、こうやって映画を通して少しでも触れることができるのは楽しいです。

パターソンという人の日常

そのパターソンの街で繰り広げられる、主人公の男性パターソンを中心にした1週間の人間模様。

本作の登場人物の特徴として印象に残っているのが、みんな良い人だということ。かといって聖人君子ではないです。欠点とまでは言わないにせよ、どこか凸凹した人間臭い不揃いなキャラクターたちばかり。でも、なんか特段の目立ったこともなくとも、ゆったりと支え合っている姿が映し出されていました。

だから本作には映画らしいドラマチックな展開が何一つありません。起こりかける気配は見せるのです。例えば、火曜日に愛犬の散歩をしているパターソンの傍に寄ってくる黒人たちを乗せた車。「ワンジャック(dog jack)されるぞ」という忠告みたいなことを言われますが、別に誘拐されたりはしません。金曜日にはバスが動かなくなるというトラブルが発生し、スマホを持っていないパターソンはどうするのかと思ったら、あっさり子どもが貸してくれます。

では、退屈なのかといえば、私はそうは思わず。そのドラマチックではない日常をいかにして楽しむかを描いているのが本作だと思いました。

そのアプローチとして提示されているのが、詩です。物語全体が韻を踏んでおり、何度も繰り返される同じパターン。でも、何かが毎回違っている。その変化に気づくと毎日が変わって見える。そんなことを伝えている作品に感じました。日々が充実しているかどうかは、個人の見え方でもかなり変わってきますよね。

何気ない支え合いのような“関係性”が、なんてことはない日常に味わいを与えてくれるのです。

パターソン

パターソンと妻と犬

その支え合いの中でもメインで描かれるのがパターソンとその妻の関係。この夫婦は変わっています。まず奥さんであるイラン人女優“ゴルシフテ・ファラハニ”演じるローラがユニークです。天然というか、エキセントリックというか、自由奔放ですよね。デザインが趣味らしく、家じゅういたるところに奇妙な白黒の模様で埋め尽くされています。ランチボックスから、車のタイヤのカバーまであのデザインなのには笑ってしまいますが。かと思えばカップケーキ作りに執心しているようで、夢だと語ります。市場で売る奇妙デザインのオリジナル・カップケーキがズラッと並んだ光景は、申し訳ないけど、毒キノコみたいだなと思いました、はい。売れたらしいですが、絶対に物珍しさで買った人ばかりですよね…。

そんな妻と夫の生活は見ていて和みます。二人は朝、起きると何気ない会話をしながらキスをするのが日課なわけですが、それがなくひとりパターソンが起きた水曜日は、ローラがわざわざ寝巻状態で起きてきて朝食中のパターソンにキスをしてまた寝に入るという、マイペースを崩さない二人。ローラ考案のオリジナル・パイを作ってきた木曜日は、それを食べたパターソンの「んー、秘密のパイだ」という感想になっていない感想と、水をごくごく飲み干す仕草がオカシくて笑えます。

終始、自由すぎるローラですが、決してパターソンも妻の尻に敷かれているわけでもなく、妻を甘やかしているわけでもありません。どちらかといえば二人は互いの自由を尊重することに重きを置いている感じです。ローラのYouTubeで見て憧れたカントリーミュージシャンになりたいからギターを買っていいかという割と唐突な願いもすんなりOK。逆にパターソンはスマホを持たないスタイルを認めてもらっていたり、相手の価値観を踏みにじることは絶対にしません

夫婦として完全に対等ですよね。『ラビング 愛という名前のふたり』でもそうでしたが、こういう夫婦の姿は現代のひとつの理想ではないでしょうか。
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自分らしくいる人は、それだけで美しいし、カッコいいし、可愛いのです。

忘れてはならない存在がもうひとり。その夫婦の輪の中にいる、犬のマーヴィンです。この3者は完全に三角関係。パターソンとローラがキスをするたびに不機嫌そうにするマーヴィンは嫉妬でもしているのか。結果、あんな事態を招いたのかもしれませんが…。劇中で挟まれるマーヴィンとのアイコンタクト的なやりとりも笑いを誘います。

マーヴィンを演じたメスのイングリッシュ・ブルドッグのネリー。元救助犬らしいですが(全くそうは見えない)、カンヌ国際映画祭でパルム・ドッグ賞を受賞したのは納得ですね。ネリーは受賞前に亡くなってしまったそうで残念です…。

定期的に観たくなる良い映画でした。

↑『ラビング 愛という名前のふたり』も対等な夫婦を描く物語。こちらは実話。

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