リグレッション
映画『リグレッション』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Regression 
製作国:スペイン・カナダ  
製作年:2015年 
日本公開日:2018年9月15日 
監督:アレハンドロ・アメナーバル 

Plot Summary

1990年、アメリカのミネソタ。刑事のブルース・ケナーは、父親の虐待を告発した少女アンジェラの事件を取り調べることになるが、当のアンジェラも父親もどこか記憶が曖昧だった。心理学者に協力を仰いで真相究明を進めるケナーは、関係者の記憶をたどっていくうちに、町の恐ろしい闇に迫っていく。

ネタバレなし感想

何を信じますか?

2018年9月6日、北海道胆振地方中東部を震源として発生した最大震度7の地震は、“北海道全域ブラックアウト”という前代未聞の事態を引き起こし、その土地で暮らす人々を不安と恐怖に陥れました。大多数の地域では停電は2日程度で回復しましたが、それまでは限られた情報のなかで余震に怯えながら一瞬一瞬を生きるしかありませんでした。

そして、大規模な震災が起こるたびに問題になるのが「デマ」です。「〇日に本震がくる」「〇市全域で断水が起こる」…そんな情報が主にSNSで発信され、SNSを普段利用しない人にも口伝で広がっていきました。根拠のない不確実な情報の拡散は、被災者を混乱させるばかりです。

一方でこれらの「デマ」と呼ばれる情報は、決して悪意に基づいて“騙してやろう”という意図で流布されたとは限りません。むしろ、震災を心配する気持ちゆえに生じたものであることがほとんどではないでしょうか。実際に「100%確実ではなくても万が一ということもあるし…」という感情がこうした情報の拡散の後押しになっていることもあると思います。

しかし、だからといってこれは軽視できることではないです。悪意がないからこそ、とんでもない動乱を引き起こすことさえあるのですから。これはいわゆる「モラル・パニック」という専門用語で呼ばれる現象に類似しています。道義的・倫理的に正しいという判断による動機に基づく行動が、結果的にパニックにつながる…悪意よりも正義を妄信する人の方がときには怖いんですね。

そんなモラル・パニックについて考えさせる映画が、本作『リグレッション』です。

ストーリーはあらすじのとおり。1990年代のアメリカの町で起きたとある事件の話で、実話です。これ以上言及すると核心的なネタバレに触れるのでやめておきますが、人のコミュニティの脆弱さが表れており、時代も場所も違う物語ですが日本も他人事ではいられません。

監督は“アレハンドロ・アメナーバル”というスペイン人で、『アザーズ』や『海を飛ぶ夢』で国際的に高く評価されており、2009年の『アレクサンドリア』以来、久しぶりの監督作となるのが本作です。ファンは長らく待っていたでしょうが、実は本作、日本ではなかなか公開されずにいました。2015年製作の作品ですが、2016年くらいから劇場公開予定スケジュールにタイトルが並んでいるも公開に至らず…。2017年も過ぎて、これはもうビデオスルーでいいんじゃないかと思っていたら、突然の2018年に日本公開でした。どんな経緯があったのだろうか…。とりあえず公開されて良かったですね。

本作は主演が豪華で、渋い演技に定評のあるクールな俳優“イーサン・ホーク”と、実写版『美女と野獣』でもその圧倒的な美しさで観客を酔わせた“エマ・ワトソン”の豪華共演となっています。これだけである程度、客を呼べそうですが、いかんせん物語が地味で暗いので宣伝に苦戦すると判断したのかもしれません。

また、先に公開された海外での評価の低さも影響したのかも…。ただ、本作は決して失敗しているわけではなく、絵作りも丁寧ですし、見ごたえがないことはありません。基になっている事件を知っているか、類似の作品を観たことがあるかという、観客の経験値も関与すると思います。他の人の評価を気にせず、自分の目で確かめるといいでしょう。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

実話です

「やったかどうかの記憶はありません」…これは犯罪者が自身の罪をうやむやにするための常套句です。間違っても「やりました。でも記憶はありません」と発言する奴はいません。記憶にないのに“やったこと”は確信しているなんてオカシイですから。しかし、本作の主人公ブルース・ケナー刑事のもとに現れたジョン・グレイという男はそう言って、自分の娘を虐待したと自白したのでした。

明らかに不可解であったこの容疑者をさらに調べ上げるため、ケナー刑事は心理学が専門のケネス・レインズ教授の協力のもと、回復記憶療法で過去の出来事を探っていくと、同僚のジョージ・ネスビット刑事が事件に関与している疑いが発生。こいつこそが真犯人…そうであれば良かったのですが、事態はさらなる闇に堕ちていきます。

次に被害者である娘のアンジェラに話を聞きに行きますが、ひどく怯えて精神的に不安定な彼女からなんとか話を聞き出すと、浮かび上がったのが悪魔崇拝カルトの存在。集団で赤ちゃんを刺し殺し、食べたのだという衝撃の証言が飛び出し、動揺するケナー刑事。さらに彼女の兄や祖母にまで疑いがちらつき始め、しまいにはケナー刑事まで誰かに監視されているような恐怖や、悪夢を見るような精神状態になっていきます。

ところが、ここまでの身の毛もよだつ怪事件は実は存在しないことが終盤に発覚。悪魔的儀式も虐待も、全部でっちあげ。アンジェラを発端にしたモラル・パニックだったのでした。当然、事件性はないので警察の捜査は終了。テレビには今なお事件があったと信じるアンジェラの姿が映り、その映像が別のパニックの引き金になりそうな雰囲気を醸しながら、映画は終わっていきます。

この事件は実話ですが、具体的に一つの事件に基づいているわけではありません。実際は1980年代から1990年年代にかけて、アメリカ各地で作中と同様の「悪魔的な儀式で虐待が行われている」という被害の告発が相次ぎました。公式な調査の結果、事件を証明するものは何もなく、ほぼ全てが虚偽であったと考えられています。この一連のパニックは「Satanic ritual abuse(SRA)」と呼ばれています。まさに現代でも「魔女狩り」のようなことが起こってしまう…なんとも嫌な話です。

リグレッション

監督らしい視点

映画の方に話を戻すと、本作はモラル・パニックを描いた作品としては、比較的オーソドックス。序盤のいかにもホラーな見せ方から、終盤のひっくり返しといい、定番どおり。そのため、他作品と比べて、あまりオリジナリティはないかもしれません。

ただ、“アレハンドロ・アメナーバル”監督らしいなと感じるのが、ケナー刑事が悪魔的儀式が存在しなかったのではと気づくきっかけになる出来事。冒頭に登場した虐待の容疑のかかるジョン・グレイに終盤再度質問するケナー刑事のシーンで、「息子はゲイだから娘の性的虐待の責任をとる」というようなことを口走るジョンを見て、オカシイぞ…となる展開。凶悪なスケールの大きい理解不能な事件だと思ったら、裏にあったのはそんな小さな個人の偏見だったというオチ。監督自身もゲイなので、そういう仕掛けにしたのでしょうけど、ユニークでした。

また、“イーサン・ホーク”と“エマ・ワトソン”の主要俳優の演技は絶品で、キャラに上手くハマっていました。二人とも優等生的で誠実そうに見えるゆえに、真面目さが仇になって闇落ちしていくさまがぴったり。個人的には、アンジェラのキャラクターひとりの悪意に頼りすぎていないか、計算された策略のようになっているのではと、若干シナリオに疑問もなくはないですが、ちょっと“エマ・ワトソン”にカリスマ性がありすぎのかもしれないですね。

一方で、“アレハンドロ・アメナーバル”監督は、本作で「科学」というものの暴走と危うさを描く視点に重きを置いている感じもしました。

タイトルの「regression」のとおり、退行催眠という“当時では”科学的とされた手法によって、結果的には虚偽記憶を植え付けられえてしまい、公的組織である警察でさえもそれを信じ込むという恐怖。これもまたゲイである監督の体感するところなのだと思います。昔はLGBTの人たちは科学の名のもとに異常者扱いされ、治療と称して酷い目に遭ってきましたから。

ちょっと前は「FBIでも活躍した超能力捜査官が未解決事件を解き明かす!」みたいなTV番組が日本でありましたけど(今もあるのかな?)、犯罪捜査に催眠法などを使うことは今ではされていません。その危険性は、本作を観たのなら嫌というほど実感したでしょう。

モラル・パニックでは、本来真っ先に信用してくださいと言いたい「科学」や「公的機関」でさえ、その術中にハマることもありうるという怖さを覚えておきたいものです。

他にも色々。モラル・パニックの事例

実際に現代で起こったモラル・パニックは、本作で描かれる悪魔的儀式騒動以外にもあります。

アメリカの事例で有名なのが、「マクマーティン保育園事件」。1980年代、保育園で子どもが性的虐待をされたという親の告発が頻発。史上最悪の児童虐待事件と言われましたが、やはり冤罪でした。

日本だと前述したとおり、自然災害時はモラル・パニックを引き起こしやすく、東日本大震災のときは原発事故にともなう放射能に関するパニックもまだ記憶に新しいです。個人的に怖いなと身近で思った事例だと、2000年代に「キレる若者」というフレーズがマスメディアを中心に盛んに取り上げられ、「10代の若者=犯罪予備軍」という認識が拡大したことがありました。実際はここ最近の若者の犯罪率は昔と比べてはるかに低く、凶悪犯罪も特別増加はしていないのですが、とにかくパニック状態でしたね。あとは全く科学的根拠のない「ゲーム脳」という言葉で、これまた子どもたちがパニックのターゲットにされたり…。なんか本来は頼りになるべき大人たちがパニックを起こし、子どもに実害を与えているのは悲しい話です。

でも、そういうものなのです。パニックを起こすのは未熟な人だという考えは浅はか。作中でもあったように、誰よりも誠実な主人公でも加害者になりえます。震災時のデマ騒動では、「SNSのせいだ」という安直な批判もありますが、悪魔的儀式や魔女狩りの起こった時代にはそんなものはありません。でも起こるのです。

モラル・パニックは「人」さえいれば発生する。正しい心を持った人間は悪魔になりうる…そんなことを本作を観ながら、あらためて自分に言い聞かせましょう。

ROTTEN TOMATOES ※
Tomatometer 15% Audience Score 21%
IMDb ※
5.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 5/10 ★★★★★
※2018年9月15日時点

関連作品紹介

モラル・パニックを描く作品

・『偽りなき者』
…幼稚園の教師だった男が突然児童への性的虐待の疑いをかけられる戦慄の映画。
・『悪魔の花嫁』
…1600年代の北欧の島で起きた最大規模の魔女狩り事件を描いた映画。
『悪魔の花嫁』感想(ネタバレ)…北欧初の魔女狩りの悲劇を描く歴史ドラマ

おすすめ PiCKUP!
↑『偽りなき者』…児童への性的虐待をめぐるモラル・パニックの恐怖を描く北欧映画。マッツ・ミケルセン主演。
↑『海を飛ぶ夢』…同じくアレハンドロ・アメナーバル監督作。尊厳死を求めて闘う実在の人物を描く一作。
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