理不尽なリストラをするIT企業に鉄槌を…映画『KIMI/サイバー・トラップ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年に配信スルー
監督:スティーヴン・ソダーバーグ
性暴力描写 性描写 恋愛描写
KIMI サイバー・トラップ
きみ さいばーとらっぷ
『KIMI サイバー・トラップ』あらすじ
『KIMI サイバー・トラップ』感想(ネタバレなし)
ソダーバーグはIT企業だろうが容赦しない
プーチン大統領によるウクライナ侵攻はポーランドへのミサイル着弾という事態で一瞬緊迫感が増しましたが、2022年11月はTwitter(ツイッター)という世界もイーロン・マスクに侵攻されて滅茶苦茶なことになっています。
ついにTwitterを買収で手中に収めたイーロン・マスクは、すぐさま大勢の従業員のレイオフを敢行。経営の無駄を削減するのが表向きの名目ですが、440億ドル(約6兆4500億円)の買収資金を調達するため多額の借金をしたイーロン・マスクにとって同社の収益改善は自分事です。
しかし、その事前通知無しの解雇のやり方は厳しく批判されており、また人権やパブリックポリシーなどの部署も解雇されたことから、イーロン・マスクの政治的偏向と合わせてTwitterが有害な場へとますます傾くのではないかと危惧されています。実際、Twitterから離れる人も続出し、広告から大企業が撤退する動きも見られました。
そしてTwitterのサービス品質も低下が観察され始め、差別的な投稿やなりすましアカウントの増加などが顕著に報告されています。
事実上、イーロン・マスクという男に独裁支配されることになったTwitter。もちろん「Twitterが良くなった!」とイーロン・マスク信者は拍手喝采していますが、多くのユーザーにとって、そして労働者にとって、企業のトップが私利私欲で会社の舵をとる状況は常識的に考えて非常に危険です。
今では私たちの生活に欠かせない存在になっている巨大企業のITサービス。仕事も家庭も趣味も全部このサービスに依存してしまっている人も珍しくないでしょうし、個人情報を当然のように丸ごと預けてしまっていることも日常茶飯事。だからこそそのサービスの中心に立つ人間には何よりも倫理観が必須のはずですが…。
そんな現在のITサービス神話崩壊の惨状を鋭く予見して見抜きながら題材にしていた映画が今回紹介する作品です。
それが『KIMI サイバー・トラップ』。
本作は、とある架空のIT大企業の商品であるスマートスピーカーに関する音声チェックの仕事をしている人物が主人公です。スマートスピーカーっていうのはあれです、話しかけると答えてくれるやつ(ざっくりすぎる説明)。主人公はその音声認識のミスがないか、その精度を上げるために手動でサポートしています。ところがその仕事中に殺人事件が起きているのではないかと思われる音声を聞いてしまい…。そこから始まるサスペンスとなっています。
『KIMI サイバー・トラップ』のユニークな点はいくつかあるのですが、ネタバレ無しで言える範囲だと、この映画はコロナ禍で撮られ、作中でもコロナ禍の設定が反映されているということがまずひとつ。時事的なネタを上手く題材に取り込んでおり、コンパクトなスケールながら、とてもまとめ方が鮮やかです。
それもそのはずこの『KIMI サイバー・トラップ』を監督したのはあのベテランである“スティーヴン・ソダーバーグ”。今ではすっかり劇場から離れており、2018年の『アンセイン 〜狂気の真実〜』は配信スルー、2019年の『ハイ・フライング・バード 目指せバスケの頂点』と『ザ・ランドロマット パナマ文書流出』はNetflix配信、そして2020年の『レット・ゼム・オール・トーク』と2021年の『クライム・ゲーム』、そして本作である2022年の『KIMI サイバー・トラップ』はアメリカ本国では「HBO Max」配信で、日本では配信スルー。
それでも最近の監督作はどれも個性豊かで、配信時代でもアイディアしだいでいくらでも面白い映画が作れることを証明しており、ブロックバスター商業主義の真逆を突っ走っています。
映画を撮るスピードも速いです。パンデミックとか物ともせずですよ。このコロナ禍であろうと毎年一本映画が作れる人はそうそういないです。
『KIMI サイバー・トラップ』の脚本は、『ミッション:インポッシブル』や『スパイダーマン』など大作も手がけた実績のある“デヴィッド・コープ”。
主人公を演じるのは、『THE BATMAN-ザ・バットマン-』でも印象的だった“ゾーイ・クラヴィッツ”。今作では髪をガッツリ真っ青に染め上げているのでまた印象が違っています。
共演は、『クライム・ゲーム』にもでていた“バイロン・バワーズ”、ドラマ『シュミガドーン!』の“ハイメ・カミーユ”、ドラマ『Ten Days in the Valley』の“エリカ・クリステンセン”、『ニール・ブレナンのコメディ・スペシャル』を手がけた“デレク・デルガウディオ”など。
ちなみに作中で何度も登場するスマートスピーカーのアシスタント音声を担当しているのは、“スティーヴン・ソダーバーグ”の妻でもある“ベッツィ・ブラントリー”。たぶんコロナ禍で撮影しているので手近で参加できる人をかき集めたんだろうな…。
『KIMI サイバー・トラップ』は日本では案の上ビデオスルーになってしまいましたが、傲慢なIT企業のトップにガツンとぶちかますこの映画でスッキリしてみてください。
『KIMI サイバー・トラップ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :気軽に暇つぶしで |
友人 | :盛り上がりは薄い |
恋人 | :異性愛ロマンスあり |
キッズ | :性描写あり |
『KIMI サイバー・トラップ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):その音声を無視できない
Amygdala(アミグダラ)社のCEOであるブラッドリー・ハスリングは自社の「Kimi」というスマートスピーカーの優れている点をリモート取材で力説しています。SiriやAlexaなどの他社と違ってアルゴリズムではなく人によって解析していることを得意げに語りますが、記者はプライバシーの懸念に関する質問をぶつけてきます。しかし、ブラッドリーは「一部だけを抽出しているだけです」と個人情報保護を約束し、最も効率が良い方法だと述べるのでした。
取材が終わり、部屋から出るブラッドリー。ブラッドリーは上だけスーツで、IPOを控えており、かなり浮足立っていました。商品も売れているので大金が入り込むはずだと…。
しかし、「R」からの電話を受けるブラッドリーは「残金を送れ」と指示され、「露見する可能性は?」と念を押します。2階の子どもの寝顔を見つめるブラッドリーの感情は穏やかではありません。
ところ変わって、青い髪の女性、アンジェラ・チャイルズがコーヒーを飲みながら窓から外を見つめています。ここはアパートの一室。色々な人たちの様子が窓からは見えます。部屋にあるKimiに時間を質問し、ベッドを整え、部屋のマシーンで運動して汗を流すアンジェラ。
アンジェラは向かいの建物の窓に見えるテリーに「遅刻では?」とテキスト。テリーはそうでもないと返事し、アンジェラは思い切って食事に誘ってみます。
アンジェラは外出する準備を足早にして、マスクもつけますが、鍵の前で躊躇。鍵を差し込むも息をつき、パニックになるのを抑えて自分を落ち着かせます。
結局、外に出れず、テリーはひとりで外のキッチンカーの前で待たせてしまいました。
諦めたアンジェラはKimiに指示して在宅勤務を始めます。「ストリームをだして」と頼むと、Kimiが記録したユーザーの音声データがいくつか表示されます。それをチェックし、Kimiが聞き取れていない音声を手動で解決していくアンジェラ。取るに足らないものばかり、まだ仕事は山積みです。
その最中、動画通話で母と会話。向かいの人を食事に誘ったけど無理だったと報告します。
テリーにうちに来ないかとテキストし、そのテリーとその夜は体を交えます。しかし、アンジェラは外に出れないので関係もギクシャクします。
また独りになり、次のストリームの確認の仕事に戻ります。その音声は、音楽が鳴りまくっている中で「やめて」という女性の悲鳴のような声が微かに聞こえる気がします。何度も再生を繰り返すと確かに聞こえる…。音声ファイルをソフトでノイズ除去すると、男の声で女性を侮辱する言葉が…。
これは暴行の現場の音声を記録したのでは…。アンジェラは対応を迫られることになり…。
ユーザーも労働者もどうでもいいIT企業
『KIMI サイバー・トラップ』のキーアイテムはもちろん「Kimi」というスマートスピーカーです。
あのCEOのブラッドリーは個人情報は守られていると豪語していましたが、作中を見る限り、しっかり普段から録音しているらしく、音声データから各ユーザーの生々しいプライベートが露呈しています。
そんな倫理観がクソでしかないCEOのブラッドリーは、実は愛人のサマンサに暴力的に接していたばかりか、殺害に関与していた…というのが本作の事件の真相です。
その事件に関するデータを偶然にも知ってしまったのがアンジェラ。仕事としてはコンテンツモデレーターであり、音声のチェックをしていました。インターネット上の不適切なコンテンツを監視する業務(コンテンツモデレーション)に従事する人のことです。アンジェラはコンテンツモデレーターとして優秀なようで、その真面目さが今回は事件に首を突っ込む事態を生みます。
そしてブラッドリーは当然このアンジェラを排除しようとします。ユーザーはおろか、従業員のことだって何も考えていない。IT企業の偽善性が浮かび上がるストーリーです。
ちなみに作中でも言及があるのですが、スマートスピーカーが殺人事件の現場の音声を記録していた…という事例は実際にあります。2017年、Amazonはアーカンソー州の殺人事件をめぐる裁判でスマートスピーカー「Amazon Echo」のユーザーデータを引き渡すことに同意しています。最初は情報提出を求める令状を拒否していたのですが、どういう事情があったのか、立場を一転させています。
スマートスピーカーは今も利用中の人もいるでしょうけど、その音声データは何かしら記録されており、誰かそれを聞いているのか、ユーザーには実態が見えません。『KIMI サイバー・トラップ』をフィクションとして軽視できませんし、ほんと、不気味です。
『KIMI サイバー・トラップ』はAmazonだったら製作に関与しない映画だろうなぁ…。
家に追い詰められて…
そんなIT大企業とひとりで闘わないといけなくなったのが『KIMI サイバー・トラップ』の主人公アンジェラ。
アンジェラは序盤でわかるとおり、外に一歩も出れません。おそらく広場恐怖症なのだと推察され、その症状はもう長いようです。
広場恐怖症は映画などの創作物の中ではわりと都合がいいキャラクター設定として消費されがちですが、本作はそこにコロナ禍という設定を追加することで生々しさを増量させています。
作中でもアンジェラはコロナ禍のせいで悪化したと言っています。コロナ禍では大勢の庶民がロックダウンで「外に出れない」状態となりました。そしてそれが解除されたことでみんな待ってました!と言わんばかりに外に飛び出しました。
対する広場恐怖症の人はむしろ室内オンリーであることがスタンダードになったロックダウン下では自分のような状態の人間の特異性が消え失せ、少し居心地が良かったかもしれません。でもすぐにロックダウンは終わり、あらためて「なぜ外に出ないのか? こんなに解放的なのに!」とその奇異な目を向けられる立場になってしまい…。苦しさが上書きされたようなものです。
そしてアンジェラはコンテンツモデレーターという職業であり、その職種特有のストレスもまたメンタル面で大きなマイナスになっているのでしょう。
なお、アンジェラがどうして広場恐怖症になったのかハッキリ説明されませんが、Kimiに記録された暴行のデータを聞いてフラッシュバック的に恐怖に陥っているあたりを察するに、アンジェラは過去に何かしらの性的暴行などを受けたのだと思われます。
そのアンジェラにとってこの家の中だけが唯一の安住の地。でもスマートスピーカーはそんなプライベートな空間も侵食している。こういう矛盾を突きつける物語でもありますね。
ラストは家での敵との対峙。向かいの双眼鏡男も助けてくれたり、意外な展開が連発しつつ、Kimiで911に通報するオチは皮肉です。
ここで結局は本作はコロナ禍だからこその答えでもあると思うのですが、私たちに必要なのはテクノロジーではなく、隣人同士の助け合いだと教えてくれます。最終カットでもテリーの花がKimiのスピーカーに取って代わってアンジェラの部屋の机に置いてあるのですが、コロナ禍のせいで余計にテクノロジー依存症になってしまった私たちをほどよく解毒させる、そんな映画だったのではないでしょうか。
さあ、この感想記事を読み終えたら、窓の前に立って外でも眺めましょう。Twitterのタイムラインを眺めるよりも健康にいいです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 52%
IMDb
6.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
スティーヴン・ソダーバーグ監督の映画の感想記事です。
・『クライム・ゲーム』
・『レット・ゼム・オール・トーク』
・『ザ・ランドロマット パナマ文書流出』
作品ポスター・画像 (C)Warner Bros. キミ サイバートラップ
以上、『KIMI サイバー・トラップ』の感想でした。
Kimi (2022) [Japanese Review] 『KIMI サイバー・トラップ』考察・評価レビュー