交渉人サム・ネルソンが現場にいます…「Apple TV+」ドラマシリーズ『ハイジャック』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2023年)
シーズン1:2023年にApple TV+で配信
原案:ジョージ・ケイ、ジム・フィールド・スミス
交通事故描写(飛行機)
ハイジャック
はいじゃっく
『ハイジャック』あらすじ
『ハイジャック』感想(ネタバレなし)
ハイジャック作品の定番をひっくり返して
不法に乗り物を強奪して意のままに乗っ取ることを「ハイジャック(hijack)」と呼びます。でもなんで「hijack」という名なのでしょうか。随分ヘンテコな呼び名ですよね。
どうやらその名前の由来には諸説あるらしく、一説にはアメリカの禁酒法時代にギャングのメンバーがライバルギャングの密造トラックの運転手に笑顔で「Hi, Jack!」と呼びかけて近づき、武装解除を迫る姿が原点だという「本当かよ?」みたいな話もあります。他にも説はいろいろですが…(The Guardian)。
もしそんなギャグみたいな由来なのだとしたら、凶悪犯罪事件をかなり不謹慎に呼んでいることになりますね。
まあ、名前の由来の話はともかく、ハイジャック事件は昔から今まで続発しており、とくに飛行機ハイジャックが有名です。飛行機ハイジャックは資料に語られるものだと1929年、記録に明確にあるものだと1931年からもう起きているそうです。ライト兄弟も自分たちが頑張って飛ばした飛行機がハイジャックされるものになるとは思わなかっただろうな…。
その飛行機ハイジャックですが、映画もよく題材にします。なにせ映画にしやすいリアルタイムなサスペンス性がありますからね。
フィクション強めの『エアフォース・ワン』から、実在の事件を題材にした『ユナイテッド93』、最近はパイロット視点だけでハイジャックを戦慄体験させる『7500』なんかもありました。
『フライト・ゲーム』(2014年)のように航空機という空の密室を利用したサスペンスも、ハイジャックに近い体感を与えてくれます。
何にせよ現実では絶対にそんな状況に巻き込まれたくないものですけど…。
そんな中、今回は飛行機ハイジャックを主題にしたドラマシリーズを紹介します。
それがその名もずばり、本作『ハイジャック』です。
なお、1972年に公開された同名の映画『ハイジャック』(原題は「Skyjacked」)がありますが、それとは無関係です。
このドラマ『ハイジャック』、全7話で約350分もずっとハイジャック状態が持続するので、息も詰まるような緊迫感に長時間放り込まれ、かなり精神的にも疲労するのですが(見終わった後は「やっと終わった…」と深い息を吐きたくなる)、それでも非常にスリルあるサスペンスを届けてくれるのは保証します。
ドラマ『ハイジャック』はまず何よりもジャンルとしての面白さが凝縮されています。空に浮かぶ密室の恐怖、緊迫さを増していくシチュエーション、制御不能に陥っていく群衆パニック、飛行機内外で勃発する相手の出方を探る疑心暗鬼と駆け引き…。
そして本作の主人公を演じるのが“イドリス・エルバ”だというのも外せない注目点。“イドリス・エルバ”と言えば、セクシーなダンディとして男女問わずキャーキャー言わせてくるスタイルの持ち主です。加えて、『刑事ジョン・ルーサー フォールン・サン』のように荒っぽいやり方で犯人を追い詰めたり、はたまた『ビースト』ではライオンとガチの対決をしたり、何かと肉弾的な好戦性が強調されやすい存在でもあります。
でも今作のドラマ『ハイジャック』における“イドリス・エルバ”は肉弾戦を一切封印しているのが特徴です。交渉人のエキスパートとしてひたすらネゴシエーションに徹する。やろうと思えばひとりで制圧できそうな肉体を持つ“イドリス・エルバ”があえてその立ち回りに専念しているのがまた独特の予測不可能性があって面白くなってくるのです。
また、ここはネタバレ厳禁な部分ですが、今作ではハイジャック犯もまたユニークで、ステレオタイプではないので、先が読めません。
こんな感じであれこれと既存のハイジャックものの定番を捻った展開が連発していく、新鮮で刺激的なアップデートが施されたジャンルの新時代作となっています。
ドラマ『ハイジャック』の原案・脚本を手がけるのは、こちらも新時代のアップデートで印象に刻まれたドラマ『LUPIN ルパン』を生み出した“ジョージ・ケイ”。
“イドリス・エルバ”と共演するのは、ドラマ『ブラックライトニング』の“クリスティーン・アダムズ”、『キル・リスト』の“ニール・マスケル”、ドラマ『THE CAPTURE ザ・キャプチャー 歪められた真実』の“ベン・マイルズ”、ドラマ『ロンドン 追う者たち、追われる者たち』の“イヴ・マイルズ”、ドラマ『ブラインドスポット タトゥーの女』の“アーチー・パンジャビ”、『オペレーション・フォーチュン』の“マックス・ビーズリー”など。
ドラマ『ハイジャック』は「Apple TV+」で独占配信中です。一気見したくなるのでまとめてどうぞ。
『ハイジャック』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ジャンル好きなら満足 |
友人 | :サスペンス好き同士で |
恋人 | :緊迫感を一緒に |
キッズ | :やや暴力描写あり |
『ハイジャック』予告動画
『ハイジャック』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):快適な空の旅を
ドバイからロンドンのヒースロー空港に向かう予定のキングダム航空のKA29便では、機長のロビン・アレンと副操縦士のアンナ・コヴァックスが操縦室で最終準備をしていました。客室乗務員をまとめるのはディーヴィア・カーン。飛行ルートはおおむね快晴といつもどおり機内アナウンスですでに搭乗している乗客に伝えます。
大勢の利用客と一緒に空港の廊下を歩くひとりの男、サム・ネルソンはかなり遅れて搭乗手続きを通ります。その後をさらに遅れてやって来たひとりの男がいて、時間なので閉められるも、「通してやれよ」とサムは言い、なんとか通してくれます。
ドアが閉まり、離陸の準備へ。旅客機は滑走路へと動き出します。
ファーストクラスの席に座るサムは隣の男のスマホがうるさいので「音を下げろ」と注意。この隣の男の名はヒューゴで、マーケティング会社をUAEで起業したそうです。
サムは「もう遅い」と妻のマーシャにメッセージを送り、飛行機は離陸します。妻は今はダニエル・オファレルという男性と関係を深めており、サムは息子カイとも距離ができてしまいました。
離陸からしばらくして乗客が席を離れられるようになると、ナオミという10代の女子がトイレである物を拾います。たまたまその後にトイレを利用した年配の男性にも相談すると、その男は客室乗務員にはマニュアルがあるはずだと言い、話に行くと伝えて拾った物を持って去っていきます。その拾った物は銃弾でした。
しかし、その男はファーストクラスに直行し、その一番前に座っていた男に報告します。するとその座っていた男は「計画を早めよう。少女たちは誤魔化しておけ」と小声で話します。その不審な様子をサムも見つめていました。
そして男は帽子を被り、戻っていき、ナオミに「警備員が落としたものだ」と説明。けれどもナオミの友人モナは「いくら警備員でも銃弾を持ち込むのは変じゃない?」と疑問に思います。
ナオミたちは客室乗務員のアーサーを呼んでトイレのことを再確認。でも当然この客室乗務員は何も知りません。
そうこうしているうちにサムの斜め前方の男は小さなバックを持って席に戻ります。サムが怪しんで通路を歩いていると、各席の区切りごとに乗客の一部が銃を取り出し、全員を脅します。ハイジャックです。
客室乗務員のアーサーは機長に伝えようとするものの、犯人のひとりに見つかって「コレット・フィッシャーは?」と聞かれます。機長は保安上の危機を管制室に伝え、コレットという客室乗務員は連れて行かれます。
ハイジャック犯はコレットに機長を説得しろと電話をかけさせ、「昨夜のホテルの話をしろ」と持ち出します。コレットは「ロビン、バレてる」と観念したように愛を伝えます。
情に流された機長はコックピットを開けようとして、副操縦士と揉み合い、結果、副操縦士はぶたれ、ドアが開きます。やむを得ず「誤報だった」と機長は管制室に連絡。
一方、サムは隠し持っていたスマホでWiFi切断前に妻にメッセージを残し、ゆっくり犯人の前へ。そしてこう言います。
「俺はただ家族のために帰りたい。そのためなら協力しよう」
闇バイトなハイジャック
ここから『ハイジャック』のネタバレありの感想本文です。
ドラマ『ハイジャック』は第1話から緊張感MAXです。
たいていのハイジャックは用意周到に実行されるものですが、今作のハイジャックは得体の知れない全容の見えにくい犯行です。そこが謎めいたスリルで視聴者をも翻弄します。
まず立ち上がって銃で制圧した犯人グループ。5人。人種も性別も年齢もバラバラです。一般的にハイジャック犯の今の定番認識は911同時多発テロ以降はムスリムになってしまい、その前は革命家なんかがありがちでした。しかし、今作の犯人グループは明らかに当てはまりそうにありません。
にもかかわらず乗客の一部はイスラム系のテロ目的の犯行だと思い込む者があり、それがまた余計な行動に走らせてしまいます。
本作はこの何かと悪人にされがちなイスラム系の人々のスティグマを取り払っており、そもそも飛行機の出発点がドバイなので、最初はドバイ管制官のアブドゥラが空港保安検査担当のニーラ・クマールが家族を脅されて銃の持ち込みに協力したことを掴んだり(殺されるけど)、イスラム系地域の人々の活躍が目立ちます。
ルーマニア領空では戦闘機による撃墜危機があったり、ハンガリーでは着陸できる機会が巡ってきたり、東欧が何かと起点になるのも、時代情勢を反映しています。
結局、このスチュアート・アタートンと弟のルイスを含めた5人の犯行グループは、エドガー・ヤンセンとジョン・B=ブラウンというイギリスに収監されている者たちに脅されてハイジャックをしただけでした。しかも、5人も知らないところで、アマンダという乗客女性もこのハイジャックに最後の最後で参戦。機長を撃ち殺し、操縦室に立てこもります。このアマンダも娘を人質にとられ、やむを得ずです。さらにさらにアレック(第1話で搭乗手続きに間に合わずにサムのひと言で助けられた男)も関与を白状し、犯人グループ全員が駒だったことがあらためて浮き彫りになります。
なんかもう闇バイトみたいな感覚ですね。
首謀者のエドガーは航空会社の暴落による空売りで儲ける狙いだったことが判明し、それも仲間割れでエドガーは撃ち殺されて捨てられるのですが…。
他者を信用しない、向き合おうとしない者の無残な姿です。
交渉人はあちこちにいる
対するこのドラマ『ハイジャック』の主人公、サム・ネルソンは一貫して他者に向き合おうと続けます。それだけが突破口だと信じて…。
犯人との交渉だけでなく、抵抗しようと無鉄砲に実力行使しようとする乗客をなだめたり、被害を拡大させないように犯人に助言を与えたり、あの手この手で立ち回ります。“イドリス・エルバ”がその肉体を封印しつつ(多少犯人と揉み合う際に屈強すぎる感じはあるけども)、理性と知略で場をコントロールする。まさにこのサムがハイジャックされた飛行機全体を上書きしてジャックしていくという痛快さです。
交渉人サム・ネルソンはシリーズ化できるな、これ…。
交渉能力を発揮するのはこのサムだけでないのも大事なところ。
裏の交渉人とも言えるのは、イギリスの管制官のアリス・シンクレア。ただのいち管制官にすぎませんが、素晴らしい冷静さで状況を分析。ルイーズ・エイチスン外相とニール・ウォルシュ内務大臣のぴりぴりした空気もなんのその、的確にKA29便を最後は着陸させ、また子どもトラブル対応へと戻っていくという、労働育児両立女性の素の姿のままヒーローになっていました。こういう人が世の中を支えているんですよね、現実も。
テロ対策部のザーラ・ガフォールとダニエル・オファレル刑事の地上での奔走も緊迫感をプラスします。もっと小さい発信機だけで追跡すればいいのに…とは思ったけど…。あとダニエルは少しミスが多すぎましたね…(最後にカイを救うところで汚名返上かな)。
こういう交渉の大切さって今は本当に大切だなと痛感します。というのも今のSNSとかはとくにそうですけど、ひとたび他者を不審に思ってしまうとそれが瞬く間に拡散していくじゃないですか。「あの人って実はこんなことを言っていたらしいよ」「え? そうなの?」「そう、そうだって別の人が書いてた」…そんなふうに検証を疎かにしてひたすらに曖昧な情報が飛び立ってしまうという集団パニックのシチュエーションはSNSではしょっちゅう起きているものです。
政治的立場に関係なく人は容易にパニックを起こします。
そういうときに今作のサムみたいに「待った。まずは落ち着いて整理しよう」と姿勢をとれる人間がいるかというのは、すごく意義があります。ましてや人の命に関わるならなおさら。
パニックが起きてしまいそうな瞬間、一番に欠かせないのは地道に自分にできるタスクをこなせる人だということ。そういう人間がパニックを治めて、飛行機を安全に着陸させられる。
私たちもパニックを煽る側ではなく、交渉もしくはその手助けのようなかたちで、着陸させる側の存在になりたいものですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 66%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Apple
以上、『ハイジャック』の感想でした。
Hijack (2023) [Japanese Review] 『ハイジャック』考察・評価レビュー