たちあがる女
映画『たちあがる女』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Kona fer í stríð(Woman at War)
製作国:アイスランド・フランス・ウクライナ(2018年)
日本公開日:2019年3月9日
監督:ベネディクト・エルリングソン

たちあがる女

あらすじ

アイスランドの田舎町。合唱団の講師ハットラには、環境活動家というもうひとつの顔があり、地元のアルミニウム工場に対して孤独な闘いを繰り広げていた。そんな正義に燃える彼女のもとに、長年の願いであった養子を迎える申請がついに受け入れられたとの知らせが届く。一方でなかなか対応を改めない政府に業を煮やしたハットラはさらに過激な行動に出る。

『たちあがる女』感想(ネタバレなし)

戦争にいく女?

最近、1階から2階へと階段を上がると息切れするようになってきた? 駅から自宅までの往復で足の疲労を感じる? 久しぶりに外仕事をしたら筋肉痛がじわじわ続くようになった? 椅子やベッドから起きるだけでも億劫になってきた? そんな女性たちにピッタリなのがこの『たちあがる女』。これを観ればたちまち元気ハツラツ、あなたの健康が驚くほど好転します!(厚生労働省非認可)

まあ、ただのつまらない前置きはさっさと終わらせて、でも本作『たちあがる女』という映画のタイトルを目にして、何を思い浮かべますか?

私は、女性が元気になるアットホームなヒューマンドラマだと思ってました。ましてや日本の宣伝ポスターが“アルプスの少女ハイジ”的な大草原をバックに中年の女性がにこやかな笑顔で配置されていますし、明らかに配給側はそういう印象を植え付けようとしていますよね。老いを感じ始めた中年女性が「私はまだまだ元気だ!」と希望を見いだすのかと…。

でもそういう内容ではないです。

原題はかなり違います。『たちあがる女』はアイスランドの映画で、原題もアイスランド語(アイスランドでしか話されないユニークな言語)。その気になるタイトルは「Kona fer í stríð」。意味は「女性が戦争に行く」という感じになるそうです。そのオリジナルに合わせてなのか、英題も「Woman at War」となっています。もし原題そのままに邦題をつけたなら「戦争にいく女」です。

え、じゃあ、平穏な暮らしをしていた女性が望まないかたちで戦場に行かされ、悲惨な体験をしながらも、なんとか生きる活力を維持しようするみたいな話なの…と不安になってくるところ。『プライベート・ウォー』みたいな戦場ジャーナリストの物語なのか…とか。

でもそういう内容でもないのです。

いや、“たちあがる”は社会の圧力に対する抵抗を意味していて、女性のエンパワーメントを題材にした作品に違いない。その予想は少しあたっているところはあります。でもそんな題材を描く数多の作品群と同じテイストを期待すると全然違う光景が広がってくるんですね。

結局なんなんだよ、答えを教えてよ…ともったいぶったこの感想記事にイラつく人もそろそろ出てくるので私も立ち上がりましょう。え~と、なんなんだろう…(説明放棄)。

実際この『たちあがる女』は非常にカテゴライズしづらい変わった雰囲気を持つ作品です。ヒューマンドラマ的でありながら、シュールと言っていいレベルのコミカルさも備えつつ、社会派な要素も後ろにはあり、奇妙なトリッキー演出も飛び出す…。最近の映画で言うと『ありがとう、トニ・エルドマン』に近い空気感を私は感じました。

監督は“ベネディクト・エルリングソン”というアイスランド人。もともと俳優や舞台演出家としてすでにキャリアを得ている人で、2013年の『馬々と人間たち』という映画で監督・脚本の長編デビュー作となりました。私は舞台劇は全然チェックしていないのでわかりませんが、映画だけで判断する限りだと、この“ベネディクト・エルリングソン”監督、シュールレアリスムな作風が個性的で、確かにこれは唯一無二の味わいがあるなと思わせてくれます。

『たちあがる女』も国際的に非常に高い評価を得ており、いくつかの映画祭でも賞に輝いています。これだけの才能があれば、今後も大きな国際映画祭で“ベネディクト・エルリングソン”監督の名が轟く日は近いのではないでしょうか。

アイスランドの広大な大地から生み出された不思議な映画。でもその作品には全世界に通用する普遍的なメッセージが込められています。あなたもぜひこの隠れた名作を鑑賞してみてください。

オススメ度のチェック
ひとり◎(隠れた名作を観るなら)
友人◯(ユーモアを楽しめる人と)
恋人◯(変わった映画好きなら)
キッズ◯(大人向けのシュールさ)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『たちあがる女』感想(ネタバレあり)

独り奮闘する山女

殺風景な大地で中年女性がおもむろにアーチェリーのを構えています。でもスポーツをしているわけでも、狩猟をしているわけでもありません。狙いは大きな鉄塔でつながっている大地と並行に伸びる電線。そこにワイヤーをひっかけ、ゴム手袋で感電しないように作業しながら、そのまま電線をショートさせます。そして、その送電線を利用していた近くの工場は停電。操業をストップします。

すると弓をいそいそとたたみ、かばんにしまうと、岩肌も多い草原を全力で走る女性。ヘリの音が聞こえ、何度も隠れながら、ついには近くで牧羊業をしているおっさん(スヴェインビヨルン)に出くわし、「かくまってくれない?」と頼み込みます。女性の名前はハットラ。最初は共犯者にする気かと嫌そうにしていたスヴェインビヨルンでしたが、トラクターの荷台に隠れさせてくれて、警察を振り切ります。しかも、ターコイズ色の車を貸してくれる親切っぷり。

このハットラ、どうやらエコテロリストらしく、あの工場を妨害したのも環境保護的な思想が理由のようでした。あの破壊工作も、もうかれこれ「5回目」だとか…。ニュース映像では製錬所のギースラソン所長が「損害は大きい」と怒りをあらわにしています。政府もこの事件に「犯罪だ」「経済発展の邪魔だ」と不快感を表明。

一方、ハットラの表の顔は合唱団の講師。いつものように歌を指導していると、スーツの男性が遅れてやってきて、謎のアイコンタクト。この男、バルドウィンと一時、二人で奥の部屋に消えます。そこで「あのヘリコプターは何?」「もう引き際だ。君は政府を甘く見ている」とやや口論。どうやらバルドウィンはハットラが犯人だと知っている数少ない人間らしく、政府で働いている官僚のようです。

そんなある日、ハットラのもとに知らせが。4年も前に申請していた養子の件で、適合する子が見つかったという嬉しい朗報でした。その子はウクライナのニーカという女の子。保証人がいるそうで、双子の姉のアウサにさっそく伝えに行きます。姉も養子を欲しがっていたのですが、今はヨガの講師で、インドに行く計画を立てているとか。

人生に新しい希望が湧く中、例の工場の件は進展を見せません。こうなったらもっとアピールせねば。抗議宣言書を作成し、屋根の上からばらまきます。それはネットで拡散。政府の目にも入ることに。
民衆の力を結集し企業に打撃を与えるため立ち上がろう。グローバル・ビジネスの強引なやり方が自然や市民社会を脅かしていると知らせよう。温暖化や海洋の酸性化を引き起こし地球のあらゆる生命を脅かしている。世界経済やグローバル企業の戦略を民主主義は止められない。人間の法を超える法がある。古代から受け継がれる法。それは未来の命を守る我々の明白な権利だ。我々こそ過去最強の世代であり地球に仕掛けられた戦争を止められる最後の世代だ。子どもや孫たちの代では手遅れになる。今こそ使命を遂行しよう。  
山女より
そしてセムテックス爆薬を手に、さらに過激な手段に出ることに…。

この女、たくましい

『たちあがる女』はまず何よりもロケーションが本当に素晴らしいです。アイスランドの荒涼としながらも、人間では理解しえない原生の大自然の雄大さを感じさせる存在感。

舞台としては『残された者 北の極地』と同じなのですが、主人公の立ち位置はまるで正反対です。『残された者 北の極地』は極寒のサバイバルで常に生きるか死ぬかの瀬戸際にいました。


一方の『たちあがる女』のハットラはこの一見すると人間に不利そうな環境を上手く利用して縦横無尽に駆け巡ります。作中では破壊工作をしたハットラがこの大地で追っ手から逃げるシーンが何度も登場しますが、そのどれも一体このバイタリティはどこから来るんだというアクティブさで観客を驚かせつつ笑わせてくれます。

ヘリの追跡が来れば、地面のくぼみに体を忍ばせて退避。上空を旋回する小型ドローンも弓で撃ってひっぱり落として破壊。政府だって同じ手は使いません。なんとしても捕まえるために次々と新兵器を投入。でもこの女ひとりには敵わない。サーモビジョンでの捜索も氷床に隠れてやり過ごし、羊の死体にくるまってステルスもするし、冷たい川にだって潜って身を潜める。そこまでする?ってくらいのエネルギーで、あのランボーだって顔負けです。

プールにも通っているし、太極拳的なこともしているし、全体的に「強そう」オーラが漂っているあたり、このハットラ、強敵です。

しかも、体力だけでなく賢い。嗅覚鋭い犬を誤魔化すために花や堆肥でカモフラージュしたり、戦略もなかなかで行き当たりばったり感が意外にありません。

若い時はブラック・ウィドウとかだったんじゃないか…。

しかし、そんなハットラも痛恨のミスで捕まってしまいます。けれどもそこに手助けに現れたのは…。やっぱりさすが双子。度胸と知能は共通していますね。

普通にサスペンス映画というジャンルとしても面白い『たちあがる女』でした。

たちあがる女

BGM係は忙しい

『たちあがる女』はサスペンスフルなケイパー劇もシュールですが、それ以外のパートでもユーモアを炸裂させてきます。

その最たるものが誰もが気づいたであろう「音楽」です。

本作ではBGMが流れているなと思ったら、実際の作中の場面内にブラスバンドや合唱隊がいて、そのBGMを鳴らしたり歌ったりしているんですね。その音楽が流れるタイミングも絶妙で、不思議な可笑しさがありますし、しれっと背景にBGM係がいるだけでなんか絵面が楽しいです。

しかも、ただのBGM係ではなく、現実に介入してきます。テレビをつけたり、スマホでリツイートしたり、自由気まま。メタ的な遊びが多いです。

上手いなと思うのはBGM係がいるというのを面白ギャグでずっと見せつつ、終盤の空港でのシーンではサスペンスの仕掛けに使っていること。鉄塔爆破というド派手なサボタージュを終えて、やっと憧れの養子に会おうと空港に来たハットラ。するとなぜかBGM係がスタンバイしている…。あれっ?っと不吉な空気を感じながら、空港内に入るハットラですが、案の定…。巧みな演出でした。

このBGM係はハットラの心象風景として存在している非実在の者たち…のはずなのですが、なぜかあの随所に登場する自転車男には見えているんですね。“なんだこいつら…”という目でBGM係を見つめる自転車男、それを見つめる観客…なんだこれ。

この地の社会問題を風刺する

『たちあがる女』はただのコメディ映画ではなく、その裏側ではアイスランドが直面する社会問題を散りばめて、あまり説教臭くなく提示しています。

例えば、毎度のお約束のように逮捕されてしまう外国人旅行客の自転車男。アイスランドはEUにも加盟しておらず、割と独立的な国家です。その排外主義的な姿勢を示すようなシーンでもありました。

また、山女テロ事件に頭を悩ます政府が、中国関係者にエクスカーション的な説明をする大統領を放り出して、官僚たち一同でハットラの声明文を検討し始めるくだりとか、政治風刺も効いています。

声明文と言えば、ばらまかれた紙の声明文を拾った市民が呑気に自撮りしたりして、そのせいでハットラの思惑かどうかは知りませんが、情報がネットに拡散していくあたりは、現代の若者中心のIT文化を皮肉るようでした

そういえばスヴェインビヨルンが仕事とする羊。実はアイスランドがあそこまで荒れ果てた環境になったのは羊の導入で植生が荒らされたのも一因だとか。そんな羊が点々と死んでいて、それのせいでハットラ捜索の妨害になるという、自業自得な御伽噺みたいです。

主人公が示す存在

『たちあがる女』は題名にもあるように「女性」という存在が大きなキーワードになっています。

アイスランドの近年の歴史を知っているとピンと来るのですが、この国は世界金融危機によって経済危機に陥りました。あの当時は多くの国がヤバい状態を経験しましたが、アイスランドはとくに深刻で、政府が非常事態を宣言。全銀行を国有化。それでも散々な状況にまで悪化してしまったという過去があります。

その原因のひとつとして持ち上げられていたのが「男性型経営」でした。銀行などそれまで男性が支配してきた業界。その失墜後、女性たちがリーダーとなり、業界を改革。見事に経済危機を脱します。このあたりのエピソードは『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』でも取り上げられているので、詳しく知りたい人はぜひ。


要するに、本作の孤軍奮闘するハットラというのは、表向きはエコテロリストとして環境保護が目的の人物という立ち位置ですが、実際はもっと大きな括りで言うところの「間違った社会を正す代表者」という象徴的な存在なのでしょう。

彼女の部屋にガンジーマンデラの写真が飾られているのもそうですし、ハットラはそういう指導者の精神を継承する担い手なのかもしれません。“ベネディクト・エルリングソン”監督はハットラのことを「アルテミスのような存在」と表現しています。アルテミスはギリシア神話に登場する狩猟・貞潔の女神です(弓を持つ姿も重なる)。

そんなハットラがラスト、ウクライナの少女ニーカを抱えて冠水した道路を歩いて進もうとする姿で終わる。自分たちの因果応報でもある異常気象なのか、環境変化で自滅するような社会。その中でも生きようとする多様性の健気な姿をとらえるようで味わい深いエンディングでした。

立ち上がる女を見かけたら、大人しく道を開けてください。その女、強いですよ。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 91%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Koggull Filmworks-Vintage Pictures