ザ・プレデター
映画『ザ・プレデター』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Predator 
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2018年9月14日
監督:シェーン・ブラック

あらすじ

元特殊部隊員の傭兵クイン・マッケナは、メキシコのジャングルに墜落した宇宙船と、その船に乗っていたプレデターを目撃。クインは政府に拘束されてしまう。一方、クインの息子である少年ローリーがプレデターの持っていた装置を起動させてしまい…。

ネタバレなし感想

殺されるか、バカになるか

最近、残酷な描写のある映画が減ってきた気がする…そう思っている人はいませんか?

日本の映画のレーティングを行っている一般財団法人「映画倫理機構」(通称「映倫」)によれば、1年に審査した作品のうち「R15+」と「R18+」が占める割合は、以下のように推移しています。

・2013年 日本映画:30% 外国映画:19%
・2014年 日本映画:20% 外国映画:18%
・2015年 日本映画:17% 外国映画:10%
・2016年 日本映画:20% 外国映画:13%
・2017年 日本映画:17% 外国映画:13%

この数字だけを見ても確かなことは言いづらい感じではありますし、そもそも「レーティングが高い=残酷な映画」とは限りませんが、幅広い客層に映画を届けるために大作ほど残酷な表現を控えてレーティング規制を避ける傾向があるのは事実でしょう。

それにともない、作中でバイオレンスなことをしているはずなのに、血とか全然出てない…みたいな映像が目立つ映画も登場したりします。そのたびに、一部の観客の中で「残酷な描写のある映画が減ってきた」という印象が強まるのかもしれません。

そんな大手映画会社がこぞって残酷描写を控え始めるなか、「20世紀フォックス」は比較的、残酷描写満載な映画もやってくれる会社でした。『デッドプール』の成功もあって新しい残酷映画エンターテインメントの道を切り開いてくれるのでは…そんな期待もありました。以上、全部が過去形になっているのは20世紀フォックスがディズニーに買収されてしまったからで…。せっかく開拓したそのスタジオの挑戦姿勢、今後も貫いてほしいところですけどね。

その「20世紀フォックス」を代表する残酷映画といえば、『プレデター』シリーズです。

1987年公開、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の1作目『プレデター』は、「血が出るなら、殺せるはずだ!」など数々の名言(迷言)を生み出し、カルト的な人気を集めたのは、映画ファンなら常識レベル(観たことがあるかどうかは別にして)。

その内容は、あえて褒め言葉として言わせてもらいますけど、稚拙で粗暴。冷静に考えると褒めるとことはひとつもない映画なのだけど、その欠点だらけの部分を逆に愛したくなる…そんな映画でしょうか、私の言葉で表現するなら。筋肉! 暴力! 残酷! 以上!みたいなノリしかないです。今では批評家からの評価も高い一作になっているようですけど、絶対に思い出補正が入ってますよ。映画のバカさに洗脳されています。そんなことを言っている私はといえば、『プレデター』、大好きなんですけどね(ここにもバカが)。

熱烈な支持によって続編もバンバン作られ、配給つながりで『エイリアンVSプレデター』としてまさかのクロスオーバー対決もしたりと、じゅうぶん(ネタ的な意味で)やり切った感じではありましたが、2018年にシリーズの正統な続編となる『ザ・プレデター』が公開されてまたも復活を遂げました。

しかも、監督があの『アイアンマン3』や『ナイスガイズ!』の“シェーン・ブラック”。なにより彼は1作目に出演しており、死んでしまう脇役の隊員でした。それが年月のすえに続編の監督をするまでになっているとは…。1作目公開当時の観客に「この脇役の俳優が続編の監督を未来にするんだよ」と教えても絶対に信じてもらえないと思います。もうこれだけでギャグっぽいですよ。

“シェーン・ブラック”監督は残酷描写も好き好んでやるタイプの人ですから、本作『ザ・プレデター』もそれはもう悪趣味な映像のオンパレード。ちゃんと源流にあった「稚拙で粗暴」を継承しています。つまり、バカっぽい映画です。いや、バカ映画です。高尚な要素は欠片もありません。

本作を観て「知能指数が下がった気がする」と思ったら、それが正しい反応。大丈夫、自信を持ってバカになってください。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

この男たち、ダメだ…

自身も1作目の撮影に参加していた“シェーン・ブラック”監督いわく、今作では1作目の完璧な再現は不可能でも、できる限りあの雰囲気をもう一度、表現してみたかったとのことで、その目論見は私の感想としては一定の達成ができていると思いました。

もちろん、アーノルド・シュワルツェネッガーのような圧倒的なカリスマ性を持った主人公を中心に据えることは不可能(シュワルツェネッガーと同等の俳優が他にいるわけないです)。観客が映画経験値を積んでしまったので1作目の新鮮さを出すのも困難(今の若い人が1作目を観ても面白いと思わないかもしれません)。

そんな超ハードルが高い状況の中で、あの80年代映画の独特のノリを現代で作ってしまおうというコンセプトを掲げたのは凄いことですし、当事者だった“シェーン・ブラック”監督にしかできないチャレンジだったと思います。

そのためにまず欠かせないのが主人公側。1作目も小隊が主人公だったわけですが、今作でもそれを踏襲。しかも、「ルーニーズ」と自虐的に名乗っているような誰が見てもダメダメ感の漂う男たちがしっかり揃っており、私はこのルーニーズを用意してくれただけで本作はじゅうぶん合格のはなまるをあげたいくらいです。

ただのバカじゃないのです。それぞれが退役軍人でワケアリでありつつ、ツラい境遇に安易に同情させてくれないダメさが良いのです。それこそ女性活躍だマイノリティだと揺さぶられる男社会の中ですらハミ出しもの扱いな男たちですから。「俺たちってどうせ今の時代に合ってないんだし…」みたいな卑屈さを抱えつつ、改善する能力は持ち合わせていない。まさに2018年における「ダメな男」ってこうい奴らだろ?という“シェーン・ブラック”監督の目配せに、こっちも親指を立てるのでした。

個人的にお気に入りは、序盤の施設を脱走したプレデターを追いかける際に気を失ったケイシーが目を覚ますと、自分の寝かされたベッドの前で、5人のアホ男が突っ立ち、ケイシーが銃をとるか、撃つかで、賭け事しているシーン。ホント、バカです。

この女も、ダメだ…

一方で、本作オリジナル要素の強い女性キャラも登場します。しかし、ここもスタンダードをあえて外してくるのが“シェーン・ブラック”監督センス。本作のケイシー・ブランケット博士という紅一点な存在は、“普通であれば”強い女性(精神的にも肉体的にも)を描くのが今のトレンド。実際、作中ではプレデターにも動じず、なかなかにアグレッシブな行動力を見せるので、あぁ、そのいつもの昨今の女性キャラなのかなと思ったのですが、そうではありません。自分の足に麻酔を撃ったり、逃げるべき状況で科学的好奇心が暴走してサンプル集めに乱心したり、ハッキリ言えば、この女もなかなかにヤバいダメさを持っているんですね。

その証拠に、作中でケイシーがプレデターのことを指して「a beautiful motherfucker」と表現します。これは1作目のシュワルツェネッガー演じるアラン・ダッチ・シェイファー少佐がやはり同じようにプレデターを「motherfucker」と言い放つ、それへのオマージュ的な遊びなんですが、ケイシーがシュワルツェネッガーのポジションの一部を担っていることを示すようです。

“シェーン・ブラック”監督は女性にさえもダメ男の“ダメさ”を継承させるのでした。まあ、嬉しくないかもですが…。

ザ・プレデター

人が死ぬって素晴らしい

あとは1作目の再現で忘れてはならないのは、人間が軽々しく死ぬことですね。それを褒めるポイントにあげる映画があっていいのかという話ですけど、いいんです。『プレデター』シリーズは。

この言葉がぴったりです…“意味もなくやりすぎ”

序盤、プレデターと初遭遇時、宙釣りになったクインの仲間の死体がうっかり真っ二つになって、血やら内臓やらがドバドバドバと落ちて、透明だったプレデターの姿が露わになる。たぶんこの見せ方をしたかっただけなのでしょうけど、無駄に残酷。よくよく考えると、そんな血を浴びた程度で透明カモフラージュが無効になるなら、殺人に適していないじゃないかと思うのですが、そこはスルーで。

プレデターを研究している政府の秘密機関「スターゲイザー」のスタッフの死に方も散々ですし、いちいち残酷に死ぬのがもはや芸みたいになってます。一応あのプレデターは「フュージティブ・プレデター」と呼ばれ、善玉ってことになってますが、まあ、盛大に殺しましたね。

子どもでも容赦なく、クインの息子のローリーは「トリック・オア・トリート! うっかり爆破殺人事件」をやらかしてしまい、わりと“殺しちゃったっ(テヘ)”感で終わっているのが、地味に狂気。“ジェイコブ・トレンブレイ”は、なんでこの役、受けたんだろう…。

ルーニーズの面々の終盤の死に様もまあ残酷。宇宙船のシールドで足が切断されるのとか、そういう物理的なモノだったのか!?と驚きましたけど、細かいことは気にしない。“よそ見”死が一番可哀想だったな…。

そんなこんなで景気よく不謹慎に人が死ぬ映像が、娯楽になっているって、あらためて考えると凄いですよ。

観客が望む結末と次は…

極力CGに頼っていないのも1作目リスペクトで良かったです。

プレデターも基本はスーツ。そのため一体を丁寧に描くことになり、有象無象の存在ではなく、ひとりのキャラクターにしている大切さがでていました。最近はCGでザコ敵風に登場するモンスターが多いですから、余計に。

ちなみにプレデターの中の人、“ブライアン・A・プリンス”という人物が演じているのですが、彼は2m超えの高身長でパルクールの名人。凄い人です。

映画の雑さも1作目譲り…と言いたいところですが、この雑な部分はどうやら“シェーン・ブラック”監督と脚本の“フレッド・デッカー”のコンビが当初目指していたものと、20世紀フォックス側でおそらく揉めたようで、ゴタゴタした結果のようです。大規模な再撮影もあったそうですし。なので狙った雑さではないのは少し残念。

脚本の“フレッド・デッカー”は映画のオチに不満をこぼしています

ラストでは「プレデターキラー」と呼ばれるプレデターと対抗できるほどの先進武器が搭載された、人類に託された希望のスーツが登場し、クインが「俺の新スーツだ。サイズが合うと良いんだが」と笑みを浮かべて終わるという、“戦いは続く!”系の結末でしたが。

ちなみに他にもエンディング案があって、なんと『エイリアン』シリーズの主人公リプリーがマスクを着けて登場するバージョン、そして『エイリアン2』の少女ニュートが登場するバージョンの2種類が実際に撮られていたとか。

それが実現していたら、ますますオカシイというか、また『エイリアンVSプレデター』の二番煎じでしかないので、やめて正解だったと思うのですけど…。

きっと観客が望んでいるのはこれです。

『プレデターVSエクスペンダブルズ』。うん、待ってますよ(純粋な眼差し)。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 32% Audience 38%
IMDb
5.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 5/10 ★★★★★

(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation