美味しいトンカツと良き超人をお届けします…「Disney+」ドラマシリーズ『ムービング』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2023年)
シーズン1:2023年にDisney+で配信
監督:パク・インジェ
イジメ描写 恋愛描写
むーびんぐ
『ムービング』物語 簡単紹介
『ムービング』感想(ネタバレなし)
韓国ドラマは超人化していく
2021年の『イカゲーム』の世界的な特大ヒットは、韓国ドラマのブームのピーク…ではありませんでした。それは一時的なブームであろうという悲観的な推測は外れ、韓国作品の市場は急成長を遂げ、世界のエンターテインメント業界で確固たる存在感を発揮するようになりました。
今や「韓流」というひと昔前に日本でもてはやされた言葉は「The Korean Wave」として世界共通語となり、「K-content(Kコンテンツ)」という名称でも大々的に売り出されています。
もちろんそのメインフィールドは動画配信サービスです。過熱した動画配信サービス競争の勝者はどのハリウッド企業でもなく、韓国の制作会社なのかもしれません。
たいていその1年でその年を代表するヒット作がいくつかあります。ジャンルもさまざまですが、最近の韓国ドラマは、サスペンス、ミステリー、アクション、ロマンス、ポリティカル…あらゆるジャンルを全盛りした豪華なセットで作られることも多いです。
そんな中、長らく「Netflix」が韓国ドラマの世界市場の入り口として業界を牽引してきたのですが、2023年は「Disney+(ディズニープラス)」が大きな当たりをひきました。
それが本作『ムービング』です。
本作は、韓国のウェブトゥーン作家である“カン・プル”が2015年に執筆した作品『Moving』を原作としています。「ウェブトゥーン」というのは韓国発祥のデジタル漫画でスマートフォン向けに特化しており、今やすっかり日本の漫画もどんどんウェブトゥーン化しています。
韓国のウェブトゥーンは2000年代から普及し始めたのですが、“カン・プル”はその第1世代にあたり、このコンテンツの人気に貢献した開拓者のひとりです。
“カン・プル”は昔はロマンスやミステリーを手がけていましたが、この『ムービング』は本格的なアクションとなっており、スケールもかなりデカいです。
サブジャンルとしてはいわゆる「超人モノ」。この「超人モノ」は韓国映像界では近年は馴染みのあるジャンルになっており、『The Witch』シリーズなど、尖った作品が続々とでています。最近はVFXなどの映像表現も韓国製作において格段にクオリティが上がり、こうしたジャンルに手をだしやすくなっているのでしょう。
『ムービング』はそんな韓国製「超人モノ」の集大成的なゴージャスな出来栄えとなっています。
最初は青春学園ドラマなのかな?と思ったら、同時にシリアルキラー・スリラーが並行し、次に国家規模のポリティカル・サスペンスに転換し…。怒涛のジャンル変化に観客は翻弄されていくうちに、この世界観にどっぷり浸かることになります。
原作者である“カン・プル”自らが実写ドラマ化の脚本を担っています。『ムービング』を監督するのは、韓国ドラマ『キングダム』のシーズン2を手がけた“パク・インジェ”です。
『ムービング』の俳優陣も豪勢です。まず、一番に目立つのは大ベテランで韓国エンタメ界を引っ張って来た“リュ・スンリョン”。ちなみに『エクストリーム・ジョブ』に続いてまたチキン屋をやっている役で、頑丈キャラだし、ちょっと持ちネタみたいになってる…。
続いて、『パイレーツ 失われた王家の秘宝』の”ハン・ヒョジュ”、『モガディシュ 脱出までの14日間』の“チョ・インソン”が、とてもカッコいい能力者を熱演。ドラマ『ブレインズ ~頭脳共助~』の“チャ・テヒョン”や、『ハンサン 龍の出現』の“キム・ソンギュン”、韓国版『スマホを落としただけなのに』の“キム・ヒウォン”も、人間味溢れる見逃せない存在感で混ざっていきます。加えて、『タチャ ワン・アイド・ジャック』の“リュ・スンボム”、『バーニング』の“ムン・ソングン”などは、不気味な威圧感で物語に緊張感を与えてくれます。
一方、本作の癒しでもある若者勢。ドラマ『それでも僕らは走り続ける』の“イ・ジョンハ”、『ハント』の“コ・ユンジョン”、ドラマ『7人の脱出』の“キム・ドフン”などが、学園ドラマ部分を彩ってくれます。
ドラマ『ムービング』は全20話で1話あたり約50~60分と特大ボリュームなので、一気見はキツイですが、時間をかけてじっくり楽しんでみてください。
『ムービング』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ジャンル好きなら |
友人 | :エンタメを共有 |
恋人 | :じっくり一緒に |
キッズ | :やや暴力描写あり |
『ムービング』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
高校生のキム・ボンソクは大気圏まで空高く浮かんで急降下するいつもの夢から目覚ました。ベッドになおも寝ていると、プルコギの美味しそうな匂いがして飛び起きます。ボンソクの実家はとんかつ屋です。ボンソクはやたらと重そうな持ち物で、単身でここまで育ててくれた母イ・ミヒョンに送り出されて登校のために家を出ます。
一方、チャン・ジュウォンはこの街で新しくチキン店を始めることにし、その開店の日を迎え、娘のヒスの前で自信満々です。ヒスは急いで転校先の新しい高校に登校しに行きました。
ボンソクはバスの中で懸命に走るヒスを見かけます。おカネが足りないようで代わりに払ってあげます。同じチョンウォン高校の3年生のようで、ヒスは転校生だと知ります。座るヒスはボンソクの鞄を持ってあげますが、あまりの重さにびっくり。ボンソクはヒスに釘付け。足がバスの床からわずかに浮き上がるような…。その緊張を抑えようと円周率を呟きます。
なんとか学校に到着するも、ボンソクは閉門に間に合わず、先生に怒られ、トイレ掃除の罰を与えられます。
教室では学級委員長で文武両道のイ・ガンフンがスマホを回収していました。不良のパン・ギスはそんなガンフンを気に入らなそうに睨みます。授業中でもボンソクはヒスに見惚れてしまい、懸命に円周率を唱えて机に這いつくばって耐えます。
その頃、空港にあるひとりの人物が降り立ちました。停めてあったトラックに用意された宅配業者の服装に着替えます。一瞬見えた、裸体の背中には痛々しい「F」の文字。そして用意されたとトラックで書類を確認。そこには「暗殺指令」と書いてあり…。
ガンフンに案内されてヒスは講堂で走り込みをします。体育大学を狙うために特別にトレーニングを許されました。ガンフンは体育のチェ・イルファン先生に「彼女は僕と同じタイプですか?」と聞きます。イルファン先生はハッキリと答えません。しかし、臨時体育教師のユン・ソンウクに対しては少し警戒した態度をとります。
帰りにボンソクはヒスに出会い、バス停まで一緒に行きますが、ヒスは塾に寄ります。父に体育大学を目指すと言わなくてはいけません。独りで娘を育てる父にこれ以上の苦労はかけたくないですが…。
帰宅したボンソクは母の作ってくれた山盛りの晩御飯を嬉しそうに食べます。満腹で眠りについたボンソクは天井に張り付いて夢心地でした。彼は不思議なことに宙に浮かべるのです。それは母だけが知っている秘密です。
その頃、国家安全企画部のミン・ヨンジュン次長は、ある町でこちらが把握している「特殊な人間」が次々と謎の死を遂げていることを把握しました。表向きは事故として片付けていますが、明らかに刺客による暗殺です。普通には殺されることはない「特殊な人間」を殺害できる相手。その目的とは一体何なのか…。
もし韓国に超人がいたら…
ここから『ムービング』のネタバレありの感想本文です。
話数の多いドラマ『ムービング』ですが、全体を通して3幕構成となっています。
第1話から第7話までの第1幕は、高校を舞台にボンソクとヒスの視点で、自身の能力を告白しながらの、青春学園ロマンス的な雰囲気も漂わすウブな関係性の構築が展開します。これだけ切り取れば、甘酸っぱい学校生活ですが、この裏で謎の超人暗殺者(正体はCIA関与のフランクというコードネームの人物)が次々と韓国の引退していた成人能力者たちを殺していく事件が起きます。韓国お得意のシリアルキラーのスリルが、あの無防備な学生たちの世界にまで刃を向けるのか…そんな緊張感がどんどん高まります。
そして、第8話から第14までの第2幕。ここからジャンルはガラっと変わり、あの学生たちの親世代にあたる超人大人たちの過去が描かれます。ボンソクの母であるイ・ミヒョンはミン・ヨンジュン次長の指示のもと事務仕事をしながら「ブラック」と名のついたチームのメンバーであるキム・ドゥシクを監視。ヤクザのボディガードであったチャン・ジュウォンも、この「ブラック」に参加します。
本作が面白いのは「もしこの時代の韓国に超人がいたら…」という「if」をかなり説得力を持たせてエンタメにしているところです。
過去パートの舞台は、1980年代後半から1990年代にかけて…つまり、韓国の独裁政権時代が終わり、民主化に突き進んだ激動期をまたいでいます。超人部隊「ブラック」チームは、独裁政権時代はそれはもう汚い任務についていたのでしょうが、民主化で存在意義を失い始め、ミン・ヨンジュン次長の私的運用で形骸化し始めます。
その後、超人の探知に優れる”鼻が利く”チョ・レヒョク(後のチョンウォン高校の校長)が能力者をかき集め、新生「ブラック」チームが再始動。しかし、やはりまとまりきれず、ほぼ自然解散状態になったようです。
ところが2003年、「国家才能育成計画(NTDP)」というプロジェクトが立ち上がり、再びミン・ヨンジュン次長は力を求めます。今度はスパイ組織的なものではなく、「学校」という組織で、国力という人材を育てるという名目で、生徒たちが等級で管理されていく仕組みになっています。
超人学校モノで言えば、最近もドラマ『ジェン・ブイ』がありましたけども、あちらも学校の権力化という教育システムの歪みを風刺していましたが、『ムービング』はその韓国版という様相で(そして日本を含めた東アジアに通じる点が多い)、学校が子どもの権利を侵害し、いかに大人が子どもを都合よく支配する場になってしまうかという怖さがよく現れていたと思います。
第15話から第20話までの第3幕は、ついに現代パートに舞い戻り、大人と子どもの運命が交錯する中、北朝鮮の超人部隊が夜のチョンウォン高校に攻め込んできます。校内での異能南北戦争の開戦です。
子どもたちの平穏な生活にとうとう戦争の魔の手が及んでしまう…。「あんな惨劇を繰り返してなるものか」と戦時経験者である親たちが最も恐れていた事態。社会情勢の不安を巧みに組み込んだ3幕構成でした。
”運ぶ”という善行、そしてヒーローの世代へ
このように超人ジャンルを題材に社会の歪みを突きつけるドラマ『ムービング』ですが、その厳しさの中に「正義」というものが芽を出し始めるのも注目点です。
その芽は、親世代の大人たちにもありました。
今作の良心的な大人たちは、みんな世知辛い立場にいて、社会に傷つけられてきました。ドゥシクは政治の駒にされ、ミヒョンは(とくに能力のある若い女性への)女性差別的な職場の圧に踏みにじられ、ジュウォンは男性社会の権力構造に付き従うしか居場所を見つけられません。妻と息子との商店街暮らしだったイ・ジェマンは、経済発展の名のもとに捨てられるジェントリフィケーションの抗議者でした。
現在、ミヒョンとジュウォンとジェマンは自営業。裕福ではないギリギリの生活です。さらにミヒョンとジュウォンはシングルで子育てをする親。
ジュウォンは昔はハルク・ホーガンに憧れていたり、チョン・ゲドは一時はイナズママンの“中の人”で子どもにフィクションの夢を届けたけれども、そのキャリアも絶たれ、しがないバス運転手をするしかなかったり…。体育教師のチェ・イルファンも学内で唯一の生徒想いの先生で、健気に頑張ってきました。
こうしたキャラクターの生い立ちは、観客の等身大の共感を与えます。どの大人たちも良心はあったけれども、正義を思うように果たせなかった…。
その希望が「運ぶ」という行為に託される演出も要所要所で効いていました。ドゥシクのトンカツ、ファン・ジヒのチケット喫茶…。何(誰)を背負い、どこに何(誰)を届けるか…。
そんな親世代の無念を子はいつの間にか晴らすべく期待に応えてくれます。象徴的なのは、純朴なボンソクの結末。ソウルの高層ビル火災で人命救助する黄色いレインコートの飛行者(イエローマン)。正真正銘のヒーローになる世代へと繋がる良いエンディングです。
また、本作は「超人」を「障害(ディサビリティ)」に重ねる構成が顕著でした。ジェマンは当初、超人能力がミン次長に発覚するも、知的障害者ゆえにリクルートはされず、要監視対象としてリストされるだけに留まります。社会が障害を都合よく利用価値でジャッジする構造も透けていました。ここは「X-MEN」っぽくもあるところ。
ただ、この点に関して、本作はちょっと血縁主義に偏りすぎかなというところは思いましたけども…(親から子へ能力は遺伝するという部分に重きを置きすぎている)。
ともあれ、『ムービング』は非常に幸先いい世界観のお披露目となりました。作中のラストでは、まだまだ続けられる余地をみせていましたが(ガンフンの権力側との交渉、フランクの生存、CIAの新たな刺客イライアスの動きは?…など)、シーズン2はあるかな。たぶん韓国製作側は作りたいはず。原作はシリーズが他にもあって、本作でも時間停止能力者がチラ見せされていましたけども(原作者“カン・プル”の別の漫画の主人公)、普通に独自に映像展開できるくらいのパワーはありますからね。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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韓国ドラマシリーズの感想記事です。
・『寄生獣 ザ・グレイ』
・『京城クリーチャー』
・『グリッド』
作品ポスター・画像 (C)The Walt Disney Company Korea
以上、『ムービング』の感想でした。
Moving (2023) [Japanese Review] 『ムービング』考察・評価レビュー
#韓国ドラマ #超人