タイガーテール ある家族の記憶
Netflix映画『タイガーテール ある家族の記憶』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Tigertail
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:アラン・ヤン

タイガーテール ある家族の記憶

あらすじ

それは遠い昔の話。両親の幻影を見ていた子ども時代を卒業し、貧しい生活でもなんとか母と一緒に生きていた頃。台湾からアメリカへと渡れば、理想的な暮らしが手に入るものだと思っていた。恋する想いを封じ込めてその希望にすがりつくことにしたが、現実は厳しい。そして今。疎遠だった娘との絆を取り戻そうとする男の前で、過去と現在が切なく交差する。

『タイガーテール ある家族の記憶』感想(ネタバレなし)

親の物語を語るということ

あなたは自分の両親の人生を語ることができるでしょうか。

これはその人の家庭環境によっても全然違うと思います。最も身近といってもよい「親」という存在ですが、その人生を隅々まで知るにはよほど親と深いスキンシップのもと赤裸々にコミュニケーションできていないと無理なんじゃないでしょうか。もちろん中には親なんて顔も見たくないという人もいますし、別に両親の人生を語らなければいけないと言うわけでもないのですが。ちなみに私はほぼよく知りません。

でも逆に考えてみてください。

あなたは自分の人生を次の世代の人間に語り継いでほしいと思うでしょうか。

積極的に「語ってくれ!」とせがむ人は少ないでしょう。「いや、別に私の人生なんてとるに足らないつまらないものだし…」と遠慮する人が多数派な気がします。ちなみに私は後者です。

しかし、当人がどう思っていようとも人の人生は歴史と関わってくるものであり、歴史の証人でもあります。どんな人間の人生でもそれを語り継ぐ行為は、すなわち歴史の尊重でもあるんですよね。もし誰も他者の人生に興味を持たなくなったら、歴史の継承は大きな損失をともなうでしょう。過去に何があったかはメディアなどに記録されていたとしても、当時の人は何を思って生きていたか、そういう「個」の想いは不明になってしまいます。「個」がない歴史記録というのはとてもスカスカなのではないでしょうか。

だから全員の義務にしなくてはいいのですけど、語り継ぐ人が現れるのは素直に良いことだなと歓迎したいと思います。

そんなことを考えたくなる映画が今回の紹介する本作『タイガーテール ある家族の記憶』です。

本作は、今はアメリカで暮らしている台湾系の初老男性が、かつての台湾で過ごした思い出、新天地アメリカに来ようと思ったいきさつなどを回顧していく、とてもセンチメンタルな一作です。典型的な移民第一世代を描く物語ですね。

『タイガーテール ある家族の記憶』を監督したのは“アラン・ヤン”というアジア系アメリカ人。彼はすでにかなりキャリアがあり、とくにドラマシリーズ『パークス・アンド・レクリエーション』『グッド・プレイス』『Master of None』『Forever』で立て続けに監督・脚本・製作をつとめ、高評価を獲得しています。日本ではあまり知名度は高いとはいえないと思いますが、業界での評判は上々。まだ36歳なのですが、まだまだアメリカでも珍しいアジア系クリエイターとして道を作っている先頭の人です。

そんな“アラン・ヤン”が長編映画監督をつとめた『タイガーテール ある家族の記憶』。実は彼の両親のエピソードをもとに書き上げた脚本だそうで、非常に想いがこもっていることが窺い知れます。おそらく今のアメリカは移民第一世代の子どもたちがクリエイティブな職につき、自分の親を題材に作品を作るという時期に突入しているのでしょうね。そういうプライベートな物語に着手できるだけの創作の自由が確保された環境も整い始めたというのも大きいでしょうけど(本作はNetflixのバックアップ)。

個人的な物語なんて他人が観て面白いのかと思うかもしれませんが、たとえアジア系の物語だとしても、アメリカはそもそも移民の国。誰の家系にも始まりの第一世代がいるものです。だから人種が違っても共感を得やすいのだと思います。まあ、そう考えると日本人感覚とのシンクロは薄いかもしれませんが…。

俳優陣はアメリカ映画なのですけども当然オール・アジアキャスト。主演は“ツィ・マー”です。最近は『メッセージ』『スカイスクレイパー』『フェアウェル』での活躍が目立つところですが、彼と言えばやはり『ラッシュアワー』(1998年)など若いときの印象が強い人も多いでしょう。今回はとても染みる落ち着いた名演を披露しています。

他には“フィオナ・フー”、“クリスティン・コー”、“ジョアン・チェン”、“リー・ホンチー”、“リ・クンジュン”などなど。なお、“ジョン・チョー”も出演しているという情報がありますが、彼の出演シーンはカットされました。

とても淡々とした映画ですけど、家でじっくり見るにはちょうどいいと思います。誰かの家族の物語だからと他人事ではいられないものを感じるかもしれませんよ。

『タイガーテール ある家族の記憶』はNetflixオリジナル作品として2020年4月10日から配信中です。

オススメ度のチェック
ひとり◯(アジア系の海外作品好きなら)
友人◯(アジア系の海外作品好きに)
恋人◯(切なさを噛みしめたいときは)
キッズ△(大人の哀愁漂うドラマです)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『タイガーテール ある家族の記憶』感想(ネタバレあり)

あの道、この道、別の道

「私が1歳の時、父が死んだ。母は1人で懸命に働いたが仕事を失い私を養えなくなってしまった。母が次の仕事を見つけるまでの間、私は米農家を営む祖父母のもとに預けられた。母が恋しかった。私は孤独だった。両親に会いたいあまり、幻を見たことも…」

農地を歩く平凡な少年。遠くの方に農作業をしているらしい父と母を見かけて駆け寄ります。しかし、焦りすぎたのか転倒。砂っぽさを噛みしめつつ、痛みをこらえて起き上がると…誰もいません。「母さん!」という言葉だけが虚しく田舎の空気に拡散していきます。

帰宅する少年。そこは小屋みたいな場所で、祖母は少年を戸棚の奥に隠します。すぐに兵が来て、有無を言わせず小屋を物色しだします。「他の住人は?」と聞かれ、「夫は畑です」と答える祖母。戸棚の隙間から覗く少年のことはバレず、「反体制派を排除してやってるんだ、感謝しろ」と言いながら帰っていきました。

「あれが国民党のやりかたなんだよ」とこぼす祖母をよそに、寂しさに耐えられず「会いたいよ」と泣きべそをかく少年。「泣くな。強くなりなさい」…祖母はそれだけを言い残します。

そんな昔を思い出していたのは現代のアメリカで暮らす男。車の中で隣の若い女性に話しかけられます。その女性は娘のアンジェラです。「どうだった?」…どうやら彼の母の葬式のために台湾に戻っていたようです。そして過去の記憶はまた蘇ります。

親のいない場所での生活にピンルイは孤独を感じていましたが、ユエンという同年代の少女に出会ったことで、その寂しさを忘れることができました。

しかし、ピンルイは地方に戻ることになり、ユエンとは幼馴染とはいえ、一時の出会いで終わってしまいました…と思ったら、何年もたった後、運命的に再会することに。

青年に成長したピンルイは同じく美しく成長したユエンと一緒に踊ります。それを見ていた友人はあまりに愛おしそうに見つめ合う二人の空気を察して「プロポーズするのか」と聞きますが「彼女の家は金持ちだ、反対されるさ」とピンルイは現実的な回答。

でも「いつかアメリカに行くんだ。母さんを連れて」「私も行ける?」「でも向こうにはフェイ・ダナウェイがいるな」なんていう会話をする二人は止まりません。高そうな店に行き、ノリで食い逃げして、手をつなぎ走る二人。息を切らしながら、キスを交わすのでした。

そんな甘いひと時も終わり、帰宅。狭い家の固いベッドに寝転がると、母ウー・ミンファに小言を言われます。今、ピンルイは母と同じ工場で働いていました。

ある日、上司に呼ばれたピンルイ。「アメリカに行きたいんだろ?」と言われ「はい、夢です」と答えるも「渡航資金はどうするつもりだ」の質問には言う言葉もありません。そこに「実は娘のジェンジェンに相手を探している。会ってみないか」と提案されます。

ジェンジェンと食事をしてみるも気まずい空気しか流れません。なによりピンルイの心はユエンに染まっていました。今さら別の女性と一緒にと言われても、それでアメリカに行けるとしても、気軽に妥協はできません。

けれども人生に選択の自由はあるようで実はありません。彼は半ば流されるように新しい道を踏み出すことに決めます。歩き慣れたあの道を離れて…。

タイガーテール ある家族の記憶

実は自立能力を持っているアジア女性

『タイガーテール ある家族の記憶』は前半は台湾を舞台にした作品であり、明示されていませんが、子ども時代のエピソードで国民党による厳しい弾圧と統制が行われている姿が描かれていたことから、国民党独裁時代の話だというのがわかります。

このあたりの台湾の歴史は『幸福路のチー』という台湾のアニメーション映画の私の感想記事でも整理してまとめているので参考にしてください。


『タイガーテール ある家族の記憶』は『幸福路のチー』と構成はかなり似ています。アメリカで移民となった大人が若かりし頃の台湾時代を回想していく。でも『タイガーテール ある家族の記憶』はただの子ども的なノスタルジックでは終わらず、かなり後悔を強調するようなトーンですけどね。それゆえにちょっと重たい作品にはなっています。青春の煌びやかさというものは少なめです。

ともかく子ども時代から数年~十数年が経過し、青年になった主人公ピンルイはユエンとの再会を果たしたことで、体験できていなかった青春をやっと得られるチャンスが回ってきます。本編の中でもここだけとても煌めきがあるシーンです。

この若い時代のユエンを演じた女優さんはとても魅力的で役にぴったりでしたね。なんかこう、この寂れた田舎には似つかわしくないような、ここでは有り余るエネルギーをあふれ出しているような、そんな女性。ピンルイもそんな彼女からこぼれ出たエネルギーに触発されるように、活き活きとしていきます。

一方のジェンジェンは真逆で、夢はあるのだけど、完全に父のコントロール下に置かれてしまっているという、典型的な男社会の支配は当然なんだと思ってしまっている女性。自立的な覇気はなく、良くも悪くも男目線に都合のいい“お嫁さん”。だからこそピンルイとアメリカに行くことで、今度は彼に支配されていくことになるのですが…。

本作の二人の女性は対比的ながら、共通点があって、つまり結果的には異国の地でも自立していくだけの力を持った女性だということ。あのジェンジェンでさえ、現代では「私は召使じゃない」と出ていき、割となんとかやっている姿が映し出されます。

当時は男性のリードがなければ異国に行くこともできなかった女たち。しかし、それはそういう鎖に縛られていただけで、本当にとても強い適応力を持っていた女たち。

『タイガーテール ある家族の記憶』の女性たちはアジア人的な気質そのままに静かではありますが、インディペンデントでパワフルなのは間違いありません。

家父長制を捨てられないアジア男性

対する男性である主人公ピンルイはどうかといえば、実際のところ常に女性ありきで行動してきた歴史があります。

最初は母、次に想いを寄せるユエン、さらには流れで結婚したジェンジェン、最後は娘のアンジェラ。

そして、とくにここが大事ですが、ピンルイはその女性たちに対して家父長制を前提にした接し方をしているんですね。男が家族の主で、女はそれを支えろ…という。

それはきっと彼の父が早くに亡くなってしまい、その穴を埋めるように無意識的に家長にならなければと思っていたのかもしれません。その思想は結果、母を養うというある意味では自己満足的な動機を生み出し(別に母は自立できる力があるであろうに)、自分の本当に好きな人との未来さえも手放す道に進ませることになってしまいます。家父長制にこだわりすぎて、意中のユエンを手放すというのも本末転倒ですが…。

その後、アメリカに到着後、彼は変わらず家父長制のまま、家族を作ろうとします。でもそこに何の生産性もない。ひたすら働くというルーチンワークが、シャッターを下ろす上げるという動作だけで映し出されるのが虚しいシーンでした。そして家族を崩壊させる。独りになってしまう。

しかし、娘のアンジェラに対してもまたしても家父長的態度しかとれず、ここでも亀裂が生まれる。

“アラン・ヤン”監督はどこまで意図しているのかはわかりませんが、本作は「家父長制を捨てられないアジア男性」と「実は自立能力を持っているアジア女性」の対比的なストーリーだと私は思いました。

そもそもアジアは家父長制がいまだにこびりついた社会を持っているわけです。それが特徴です。そんなアジア人がアメリカに行けば、まず思い知らされるのが今まで当たり前だと思っていた家父長制の空虚さ。もちろんアメリカにだって家父長制はあるでしょうが、アジアほど濃くはない。それを理解していないピンルイはアメリカで余計に孤立する。男だからという理由で無条件に家庭を統率できる世界ではないのですから。

アメリカンドリームに家父長制が内在する余地はないのです。そういうドリームではない。

それは私は全然経験のない立場なのですけど、おそらくアメリカに移り住んだアジア人男性が実感することなのかもしれないな、と。

ユエンとの再会でまたも彼女の活力に触れ、主人公は痛感したはずです。国が変わっても自分の内にあるものは変わっていなかったことに。

ラスト、娘を連れて故郷に戻り、虎尾の道を見ながら、古巣の家を目にし、「ずいぶん荒れ果てた」とこぼす主人公。荒れ果てたのは住居だけではなく、自分の中にずっとあった古臭い価値観のことを指しているのか。そんなことを考えさせるエンディングでした。

荒れ果てる前に変わらないとね、アジア人男性は…。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 72% Audience --%
IMDb
6.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)MACRO, Netflix