先住民の親権は行方知れず…「Apple TV+」映画『ファンシー・ダンス』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本では劇場未公開:2024年にApple TV+で配信
監督:エリカ・トレンブレイ
人種差別描写 恋愛描写
ふぁんしーだんす
『ファンシー・ダンス』物語 簡単紹介
『ファンシー・ダンス』感想(ネタバレなし)
リリー・グラッドストーンの名演、再び
2024年、改正民法などが成立し、離婚後も父と母の双方が子どもの親権を持つ「共同親権」の導入が決定しました。この制度は2026年5月までに始まるとされています。一方で、この共同親権は検討の当初から反対意見が相次いでいました。離婚しても双方の親との関係が継続してしまうので、虐待などから逃れられないことを危惧する意見が多いです(NHK)。現状の日本は家父長的な家族の在り方を規範とする前提が根深く、そうした構造でこの共同親権が運用されることへの不信感が背景にあります。
「親権」というものはたいていは揉め事をともない、当事者は気持ちが休まることはありません。個々の家族で事情が違うとはいえ、ときに意見が真っ向から対立することも珍しくない事案であり、親権の構造が変わるとなれば、当然心配は尽きません。
これはあくまで日本の近況でしたが、アメリカでは全く異なる親権の問題が浮上しています。それは先住民の人権に関わるものです。
アメリカには「Indian Child Welfare Act(ICWA)」という連邦法が1978年からあり、これには養子縁組可能なネイティブアメリカンの子どもをその先住民コミュニティの家族に優先的に引き渡すことを義務付けるという内容があります。無論、これは先住民のアイデンティティや文化を保護するためでもあります。
ところが、このICWAを違憲として反故にしようという動きが2018年から目立ち、一時は本当にこの法律が効力を失うのではないかと懸念されました(ProPublica)。結局、法律は今も存在しています。
一方で、ICWAは存在していても機能しているかというと別問題で、実際のところ、ICWAに従わずに親権を剥奪され、先住民コミュニティから引き離されてしまったネイティブアメリカンの子どもはかなり多いことが指摘されてもいます。
親権と先住民の権利が交差するこの問題は非常に深刻です。
今回紹介する映画は、そんな先住民の親権を扱った家族の物語となります。前述した社会制度の知識を頭に入れておくと、より理解できると思います。
それが本作『ファンシー・ダンス』です。
本作は、アメリカのオクラホマ州に位置するセネカ・カユーガ族居留地に暮らすネイティブアメリカンのとある家族の物語。この居留地はその名のとおり、セネカ族とカユーガ族のそれぞれのルーツを持つ先住民たちの地域となっています。
主人公は13歳の姪の面倒をみており、その理由はその姪の母で主人公の妹である人物が突如として行方不明になってしまったからです。事実上、主人公が親として生活を守っているわけですが、先ほど言及した親権というものがここに関わってくることになり…。
少しばかりサスペンスを交えながら、先住民の置かれた苦しい現実を映し出しつつ、支え合おうとする2人の人物の繋がりを丁寧に捉えた一作です。
2023年1月にサンダンス映画祭でプレミア上映されたのですが、全然配給が決まらずに、ようやく「Apple TV+」での独占配信というかたちで2024年に一般に広くお披露目となりました。なので世間の注目度はかなり低め…。
でもそれはもったいないです。私は本作を観た後は、「暫定で2024年の映画ベスト1位だな…」と納得したくらい、個人的にハマりました。同じように刺さる人もいるはず。
そもそも「Apple」が本作を買ったのは、主演があの2023年に『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』で一躍賞レースの最有力となった“リリー・グラッドストーン”だからでしょう(『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』もApple製作)。惜しくもアカデミー賞に“リリー・グラッドストーン”が輝くことはなかったですけども、正直、『ファンシー・ダンス』のほうでも抜群の名演をみせており、「こっちも2023年に公開されていれば…」と悔やむばかりです。
“リリー・グラッドストーン”は先住民当事者の俳優ですけども、『ファンシー・ダンス』では犯罪歴があってガサツながらも姪っ子思いなクィアなキャラクターという複雑な人物像を巧みに演じています。ちなみに“リリー・グラッドストーン”本人はジェンダークィアです。
その“リリー・グラッドストーン”と肩を並べて共演するのは、若手の“イザベル・ドゥロワ=オルソン”。こちらも先住民当事者で、それ以上に見事なハマり役。2人の演技のハーモニーだけでずっと見ていられます。
『ファンシー・ダンス』の監督・脚本を手がけるのは、本作が長編映画監督デビュー作となった“エリカ・トレンブレイ”。“エリカ・トレンブレイ”本人はセネカ・カユーガ族に属する当事者で、もともとドキュメンタリーを主に仕事にしており、2014年には10歳のトランスジェンダー少女を主題にした『In the Turn』を作っています。ネイティブアメリカンの表象として画期的だったドラマ『Reservation Dogs』でも脚本を担当していました。
隠れた傑作としてぜひ『ファンシー・ダンス』を見逃さないように…。
『ファンシー・ダンス』を観る前のQ&A
A:Apple TV+でオリジナル映画として2024年6月28日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :要注目の良作 |
友人 | :オススメし合って |
恋人 | :恋愛描写はわずかに |
キッズ | :やや大人のドラマ |
『ファンシー・ダンス』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
ジャックスはタバコを吹かしながらリュックを背負って川辺で金属探知機を使って砂利を探っていました。その傍では姪の13歳のロキが川の中にある小石を手で漁って、ザリガニを捕まえています。
その後にジャックスは人目も気にせずに川で体を濡らします。釣り人の男性がその姿に注目している隙に、ロキはゆっくりと後ろから忍び寄り、その釣り人の男のサイフと鍵を盗みます。2人は合流し、急いで他人の車に自転車を積み込み、その場を逃走。上手くいきました。
2人はセネカ・カユーガ族居留地で暮らしています。最近はジャックスからズル賢い技を身につけ、ロキはいつも一緒です。
ジャックスは慣れた手つきで運転し、自動車の買い取り場へ。換金し、ジャックスと店主が裏に行っている間、ロキはちゃっかり店の商品を万引きします。
そのとき、行方不明のチラシが目に入ります。ワダタウイ・グッドアイアンと名前があります。
それはジャックスの妹でした。ロキの母でもあります。2週間前に失踪し、行方不明。警察にも連絡し、FBIも動いているはずですが、音沙汰はありません。
ジャックスは妹が見つかるまでここを離れるつもりはありませんでした。どんなに貧しくても…。ジャックスはロキの面倒を見ながら生活しています。ロキはパウワウの準備でおカネを貯めており、そこにきっと母も現れてくれると信じていました。
ある日、オクラホマ福祉省の職員が訪ねてきます。後見人の適切性の確認だそうです。ロキはずっとこの家で暮らしてきましたが、ジャックスの父フランクに親権が一時渡る可能性がありました。
ジャックスはストリップクラブへ行き、愛し合う女性とキスしながらも、タウイに関する情報の聞き込みを欠かしません。
ロキは夜にこっそりロキはパウワウの衣装を身に着け、動画を見て、見よう見まねで踊っていました。パウワウは来週末です。
別の日、フランクと今の妻ナンシーがやってきます。その後に警官でロキの叔父(ジャックスの兄)のJJが福祉省の人と訪問し、ロキはここにいられないことを告げ、養育基準を満たさないので、フランクのもとへ連れて行かれてしまいます。
ジャックスの犯罪歴が理由だそうですが、養育権の審問までに5000ドルを支払うのは厳しいです。ジャックスはなんとかタウイを見つけようと焦りますが…。
直接的な残酷描写は無くとも…
ここから『ファンシー・ダンス』のネタバレありの感想本文です。
『ファンシー・ダンス』は物語の背景にあるのは、ひとりのネイティブアメリカン女性の失踪です。しかし、その事件の謎を解き明かすクライム・ミステリーのようなジャンルとして突き進むわけではありません。一応、真相は明かされますし、悲しい結末が待っていますが、そこに力点を置くわけではないです。
そもそも北米では先住民の女性が行方不明になる事例が相次いでおり、それにもかかわらずその事例の多くは事件として認識されてもいません。国立犯罪情報センターの報告によると、2016年にはアメリカインディアンとアラスカ先住民の女性(少女含む)の行方不明の報告が5712件あったそうですが、米国司法省の連邦行方不明者データベースには116件しか記録されていなかったとのこと(Native Hope)。まさに闇に葬られています。
そうした社会問題を扱った『ウインド・リバー』やドラマ『トゥルー・ディテクティブ ナイト・カントリー』などは、直球の犯罪捜査モノです。
しかし、『ファンシー・ダンス』はどうしても残酷な事件描写を添えて強烈な側面ばかりを強調してしまうそんな既存の作品とは違う路線で行っています。先住民の置かれた厳しい現実からは目を逸らさず、それでいて先住民当事者の確かな絆と文化の価値に主眼を置いて…。
先住民の置かれた厳しい現実という面で言えば、失踪事件が過小評価されるだけでなく、そこに親権を交えることで、より対比として際立つようにしています。
貧しい境遇にあることが多い先住民当事者が後見人の適性として認められるにはあまりに不平等な比較であり(ICWAの法律はあっさり無力)、案の定、白人夫婦にロキを持っていかれてしまいます。そんなロキをジャックスが少し連れ出せば、それはもう未成年誘拐事件として大々的に報じられすぐさま本格捜査が開始します。タウイの失踪はろくに捜査されないのに、白人夫妻の所有である「子」となれば世間の態度は変わるのです。
また、ジャックスとタウイの父であるフランク(演じるのは“シェー・ウィガム”)を通して白人特権も静かに浮き彫りにします。フランクは今はナンシーという新しい妻(こちらも白人)と過ごしており、ジャックスたちとはほぼ縁が切れていました。しかし、今回の事件をきっかけにまた関わってきます。
再会したフランクは多少の遠慮はあるのですが、ジャックスに「白人なのは仕方がない」と言い切るほど開き直っています。その言葉を言えてしまうのがまさしく特権そのものなのですが…。
ナンシーのほうはもっと無自覚で、家族の歴史の繋がりはないので、カネをかけたモノで釣ってロキと親しくなろうとするのですけども、ロキがジャックスと出ていってしまうと取り返そうと躍起。本人的には「これこそ母の務め」くらいに思っているのかもしれませんが、「規則に則っている」という中立を気取る従順な姿勢が、この社会のルール自体が白人親優位にできていることをあらためて突きつけます。
直接的な残酷描写は無くとも社会そのものの残酷さはじゅうぶん伝わってくる映画です。
こんな世界でも親子になれる
そんな行き詰った世界において、『ファンシー・ダンス』はジャックスとロキの絆を真っ直ぐに描き、光を提示します。これすらも闇に沈めるのは嫌だという抵抗のように…。
このジャックスのキャラクターが良くて、正直、品行方正ではありません。先住民だから犯罪をせざるを得ず…というよりは、もともとジャックスはこういう一線は越えやすい人柄なんじゃないかなと思います。あっけらかんとしていて自由人です。
ジャックスの人生はそこまで明らかにされません。ジャックスを見守る”愛する相手”のストリップ・パフォーマーの女性(オクラホマ州はLGBTQの権利への社会保障があまり進んでいない)、そして兄で警官のJJ。両端にいる他者に囲まれつつ、ジャックスはひとりで境界を綱渡りしてきたのでしょう。
ロキに対してもしっかり手癖の悪さを教え込むという手本にならなさを示していますが、そんなジャックスをロキが好いてしまうのもわかる気がします。粗雑だけど親しみのある姐さんって感じがありますよね。
しかし、ロキが旅の中で万引きのついでに銃を盗んで(オクラホマ州では拳銃のオープンキャリーができる)あろうことか発砲までしてしまうという一線を越えたときは、あれだけ狼狽します(この展開には、アメリカの銃社会の問題だけでなく、植民地主義の欠かせない道具が銃だったという歴史の視点もあるのだと思います)。移民・関税執行局(ICE)の監視官に呼び止められて身元を調べられそうになったときもそうですが、ジャックスはちゃんとロキを守るということを最優先にしていて、そこは分別があります。
対するロキはまだ社会の闇を知らない純真さがあって、パウワウ(ネイティブアメリカンの伝統的な舞踊の集会)に行けば母に会えると健気に信じています。初潮を迎えて、その記念という言い訳で好きなだけイチゴのクレープやらパンケーキやらをいっぱい食べたり、ICEの車の席を生理の血で汚してやったと意地悪に報告したり、あどけなさと危なっかしさが同居し、ジャックスもロキに放っておけない魅力を感じていそうです。
その2人の絆を見事に体現した“リリー・グラッドストーン”と“イザベル・ドゥロワ=オルソン”のアンサンブル。もう一度言っておくけど、素晴らしかったです。
作中で何度も繰り返されてきた「叔母さん」の言葉、それがカユーガ族の言葉で「もうひとりの母」という意味で翻り、私にとっての母はすでにいるということで、ラストのパウワウでの2人のダンスに繋がる。すぐ先の未来は暗いのですが、あの一瞬の2人の輝きはいつまでも目に残るものでした。
『ファンシー・ダンス』、久しぶりに良い余韻の映画で大満足です。
日本も先住民虐殺の歴史を”楽しく”軽視してしまうミュージックビデオを作っちゃうくらいの歴史認識の疎さがあるわけですから(ハフポスト)、こういう映画を観ることも勉強の一歩くらいにはなるのではないでしょうか。
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以上、『ファンシー・ダンス』の感想でした。
Fancy Dance (2023) [Japanese Review] 『ファンシー・ダンス』考察・評価レビュー
#先住民 #レズビアン