アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物
映画『アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Under the Shadow
製作国:イギリス・ヨルダン・カタール(2016年)
日本公開日:2019年1月11日
監督:ババク・アンバリ

あらすじ

イラン・イラク戦争下の首都テヘラン。若き母親シデーは幼い娘ドルサとともに、最前線に招集された医師の夫の帰りを待つことになる。ある日、母娘が暮らすアパートの隣人が引き取った孤児メフディが、アパート内に邪悪な神「ジン」がやって来たとドルサに告げる。それから異変は始まった…。

ネタバレなし感想

ポスターは見なかったことに

米アカデミー賞にはたくさんの部門があります。そのうちのひとつが「外国語映画賞」です。毎年ノミネート作品が発表されるときは、「外国語映画賞」に日本作品が入るかどうか、注目が集まったりします。

しかし、意外にこの「外国語映画賞」、正しく理解されていないものです。よくありがちな誤解は「“外国”映画賞」だと思っていること。“外国”ではなく“外国語”です。これがどう重要なのかと言うと、この部門の対象作品は、商業的に劇場上映された海外の映画で(アメリカで公開している必要はない)、外国語…つまり英語以外の言語が主になっているものに限られるからです。なので厳密に正確な表現をするなら「外国の外国語映画賞」なんですね。

この「外国語映画賞」の選考に進むには、まず各国が1作を選んで推薦する必要があります。問題なのは、アメリカ以外の英語圏の国はどうするのだろう?ということです。この場合は、英語ではない言語で作られた作品を選ぶしかありません。カナダの場合はフランス語も一部地域で使われているので、フランス語のカナダ映画が推薦されることが多いです。

では、イギリスは? イギリスはもっぱら英語ですから、結構制約があるなかでなんとかひねり出しています。結果、舞台もイギリスではなく、俳優もイギリス人ではない、イギリスの製作会社が参加したというだけのイギリス要素ほぼ皆無の作品が、イギリス代表として推されることもあります。なんだか変な感じですね。

正直、今やグローバル時代。映画制作も国の枠組みを超えて行われるのが普通です。ましてや多様性が叫ばれ、関わる人種もバラエティが増しています。もはや外国語映画賞というような旧時代的な考え方を反映した部門は時代遅れ。今後は改変・淘汰されていくかもしれませんね。

そんな事情を考えつつ、2016年の米アカデミー賞外国語映画部門のイギリス代表にエントリーされた本作『アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物』を観てみるのもいいでしょう。

本作は異色です。イギリス映画ですが、舞台はイラン。現地に住むイラン人しか出てきません(当然、どこからともなくマット・デイモンが…みたいな、強引なホワイトウォッシュはないですよ)。監督もイランの人で、本作が監督デビュー作となる“ババク・アンバリ”

しかも、異色なのはこれだけではないのです。

なんと本作はホラー映画です。欧米やアジアを舞台にしたホラー映画は山ほどありますが、中東地域のホラー作品は新鮮ですよね。そのジャンルである本作が、米アカデミー賞外国語映画部門のイギリス代表にエントリーされるくらいですから、当然、評価も高いのですけど。

最近は『ゲット・アウト』や『シェイプ・オブ・ウォーター』のように、以前は賞レースとは縁遠かったジャンル映画の勢いが凄まじく、ジャンル映画ファンとしては嬉しい限りです。

ここまでの異例づくしだと興味も沸いてくるものじゃないでしょうか。

「でもマイナー作品だから、観られる映画館が少ないよね…」とお嘆きのあなた。さらに朗報

本作はヒューマントラストシネマ渋谷&シネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」という企画で限定公開されているものですが、実は2017年1月頃からNetflixで『アンダー・ザ・シャドウ』という邦題で配信済み(オリジナル作品ではないです)。今すぐ観れます。

例によって例のごとくマイナーホラー映画にありがちな、宣伝ポスターが全く作品と関係のないデザインになっているパターンなので、上記のポスター画像は記憶から消去してください。

予告動画

※新鮮に楽しみたいなら予告動画を見ない方がいいです。





↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

社会派映画?

1980年~1988年まで続いたイラン・イラク戦争。
イランは1979年の革命で急速な変貌を遂げていた。
戦争は長期化し、イラクはイランの都市を空爆。
イランも応戦し、人々の暮らしは恐怖と不安に陥った。
こんな導入文で始まる本作。何も知らない人が観たら、「ヘビーな社会派映画だな」と絶対に思ってしまう…そんな雰囲気がムンムンしています。

主人公のシデーという名の女性は、復学して卒業することで医者になる夢を叶えたいと考えているようですが、どうやら過去に行った政治活動のせいでお払い箱にされている模様。「左派も右派もわからなかった。若さの過ちです」なんて言い訳も虚しく、悲しみに暮れて帰宅。すでに医者として活躍中の夫のイラジからも「あきらめるしかない」と言われ、不満を飲み込むシデー。

そこへ突然の空襲警報。幼い娘のドルサを連れてアパート建物の地下へ他の住民とともに避難する一家。そんな家族に追い打ちをかけるように、イラジに召集令状が届き、激戦の地へ派遣されること。シデーにしてみれば、夫を行かせるのは辛いことでありながら、同時に医者として必要とされている夫の姿に、複雑な思いを抱えています。自分だけが何もできていない…そんな焦り、不安、恐怖。

そんなシデーの精神の不安定さに呼応するように、この建物にはある存在がやってきていたのでした。

それをいち早く知っていたのはメフディという名の孤児の少年。そのメフディいわく「ジン」が来る…そう聞いたドルサ。しかも、シデーはドルサがメフディからもらった「ジン」から守ってくれる魔法のネコの毛を知らずに捨ててしまい…。

そして、シデーとドルサが暮らす建物に不発の爆弾が落ちてきて天井に穴が開いた日。「ジン」は本格的に恐怖を与えてきて…。

中東を活かしたアイディア

こんな感じの序盤ですが、本作は社会派映画と見間違うような硬派な導入から自然にホラー映画へと変貌していく過程が見事。正直、恐怖演出自体はいつもどおり。新しさはないです(まあ、この点についてフレッシュな演出を生み出すというのは難易度が高すぎますけど)。

そのぶん舞台設定のアイディアと活かし方が新鮮です。

まずイラン・イラク戦争という史実を背景にしたイランのテヘランが舞台になっていること。ホラー映画では舞台になる場所は基本、ひとけが無いところでなくてはなりません。なので、森奥深くの廃墟とか、留守番している時とか、いかにそういう舞台だてをするかは大事。その部分を本作は空襲から逃げるために住人がどんどん疎開していなくなっていくという展開で自然に用意してきます。結果、ひとりまたひとりとあの建物から人が消えていくので、登場人物も、観ている観客も不安が増長される…上手く考えたなと思います。

中東といえば、本作の恐怖の象徴である「ジン」も特徴的。「ジン」は変幻自在の超自然的存在であり、イスラム教成立以前からアラブ人の間で広く信じられてきたものだそうです。ディズニー作品「アラジン」に登場するジーニーが有名ですね。本作では最終的に独特な布らしきものをまとった姿で母娘の前に登場。「恐怖と不安がある場所に風は吹く」という一文が印象的に登場しますが、風との関連もさせるためにああいう布だけの姿にしたのだと推察しますが、わりと斬新じゃないでしょうか。まあ、「ジン」の映像化の歴史とか、正直、よく詳しくないのですけど。昨今のハリウッドのホラー映画は露骨にモンスター感満載の奴が多かったので、たまにはこういう抽象的な恐怖存在もいいですね。なんか「ハリー・ポッター」シリーズとかに出てきそうですが。

アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物

まさかのエアロビ・ホラー

その真新しさのある中東要素とは裏腹に、物語の主軸にあるのは「母と子の絆」という、ホラー映画では定番のもの。『ババドック 暗闇の魔物』や『クワイエット・プレイス』など、古今東西このテーマは共通していることがよくわかります。それだけ国も宗教も関係ない、同じ問題ということですけどね。
『クワイエット・プレイス』感想(ネタバレ)…黙るだけでは始まらない
宗教&男性社会によって叶わぬ夢、夫との対立、戦争の恐怖…あらゆる重圧にばかり目がいき、娘との関係性が希薄になっていくシデー。

私が本作の一番の斬新ポイントは、中東ではなく「エアロビ」だと思っていて。

娘のドルサはキミアという人形を大事にしていて、それがジンに奪われたと言ってどんどん不安定になっていきます。人形に対する固執は凄まじいものですが、まあ、子どもですし、あれくらいは普通の範囲じゃないですか。

一方、シデーが大切にしているものとして、ドルサの人形と対比されるのが、エアロビのビデオなんですね。エアロビで汗を流すのが日課、というかストレスの唯一の解消手段になっており、どんな時でもエアロビは欠かせません。おそらくあのテレビを独占しており、それがドルサにしてみれば不満だったのでしょう。この人形とエアロビという、娘と母の依存する対象の対比はユニークでした。全国のエアロビ好きには申し訳ないですけど、エアロビですよ。そこをチョイスするか!?って感じじゃないですか。

個人的に本作で一番ゾワッとしたシーンは、窓から手が飛び出す場面でもなく、天井に怪しい影が消える場面でもなく、エアロビの場面です。とくにある日、エアロビのビデオが紛失し、ゴミ箱でぐちゃぐちゃになって発見される事件が起きた後、何も映っていないテレビの前で一心不乱にエアロビするシデーと、その黒い画面に映るドルサが、本作の象徴的なワンカットではないでしょうか。

ジェーン・フォンダのエアロビクスビデオがキーアイテムとして登場するホラー映画が中東で生まれるなんて今までそうそうないですよね(まさかジェーン・フォンダも予想しなかったろうに)。

結局、人形とエアロビ・ビデオの紛失は、ジンのせいだと思いきや、母娘が互いにやったことかもしれないと匂わせます。そして、本当にジンによって失くしていたのは、ガイトンの生理学の教科書で…。つまりシデーの夢であり目標だった、そのものなわけです。

最後に車で街を飛び出すシデーとドルサ。教科書は建物の中。さらにドルサのぬいぐるみの頭の部分も地下に置いてきています。せっかくシデーがテープで直した人形ですが、彼女は医者ではないから、完璧には治せない…そう示すかのように。

そういえば戦地にいった夫も最後の電話だけかすれることなく明瞭で、明らかにジンの影響下にあるものでした。場所が場所だけに夫にも不幸があったのではと思わずにはいられません。

シデーの恐怖と不安との戦いは終わっていない。むしろこれから。そんな“私たちの戦いはまだ続く”エンディング。

現在のイランの状況を見る限り、その戦いは終了していないようです。ジンはあの地にまだいるのです。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 99% Audience 73%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

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