映画もフォームチェンジ!…映画『10 クローバーフィールド・レーン』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2016年)
日本公開日:2016年6月17日
監督:ダン・トラクテンバーグ
10 クローバーフィールド・レーン
てん くろーばーふぃーるどれーん
『10 クローバーフィールド・レーン』物語 簡単紹介
『10 クローバーフィールド・レーン』感想(ネタバレなし)
J・J・エイブラムスの隠し玉、再び
2007年7月、アメリカで公開された『トランスフォーマー』の上映館で、タイトル不明の謎の特報映像が公開されました。その内容は、パニックの中で逃げまどう人々と破壊された自由の女神像が手持ちカメラで映された衝撃的な映像であったため、大きな話題に発展。そして、11月に公開された新たな映像でこの映画のタイトルが『Cloverfield』であることが明らかに。その後も映像や架空の関連企業とみられるウェブサイトが公開されるなど情報が錯綜し、映画ファンは盛り上がります。いよいよ2008年1月に映画が公開され、低予算ながら大ヒットを記録しました。日本でも『クローバーフィールド HAKAISHA』として公開され話題を呼んだこの映画の影の立役者がJ・J・エイブラムスという人物です。
彼は『ミッション・インポッシブル』や『スタートレック』のリブートなど大作の監督やプロデュースで有名です。2015年はあの『スターウォーズ』の最新作『フォースの覚醒』を監督、ファンの厳しい重圧にも負けず見事に多くのファンから支持を得ました。まさに今もっとも成功を手にしている映画人といえるでしょう。
『クローバーフィールド HAKAISHA』の一件からもわかるように、J・J・エイブラムスは決して大作人気映画に便乗して有名になったわけではなく、映画作り自体が上手いことがわかります。それはつまり、映画とは本編の上映から始まるのではなく、プロモーションからすでに観客に見られているということです。『クローバーフィールド HAKAISHA』は全く知名度のない状態で、しかも低予算の作品であるというデメリットを上手く隠し、効果的な宣伝手法で観客を惹きつけることができることを証明しました。また、『クローバーフィールド HAKAISHA』は怪獣映画ですが、この作品以前までは怪獣映画はアメリカで成功しないと思われていたわけで、それも見事に覆して見せました(以降は『パシフィック・リム』や『GODZILLA』など大作怪獣映画が作られるようになります)。
『スターウォーズ フォースの覚醒』に映画界が注目するなか、J・J・エイブラムスが突如発表したのが『10 クローバーフィールド・レーン』です。『スターウォーズ』の裏で別作品をプロデュースしていたことにも驚きですが、なんといってもあの“クローバーフィールド”の名前をタイトルに含んでいることから、またもや映画ファンから注目を浴びます。
結論から言ってしまえば本作は『クローバーフィールド HAKAISHA』の続編ではありません。J・J・エイブラムスいわく「血縁関係にある」とのこと。もともと前作とは全く関係ない脚本から始まった企画でしたが、『クローバーフィールド HAKAISHA』と似たエッセンスを感じたため、関連するようなタイトルにしたそうです。といっても、『クローバーフィールド HAKAISHA』的なモノを期待するとガッカリするかもしれません(ジャンルも違うし、ファウンド・フッテージでもありません)。本作は密室劇としてのサスペンスが中心になっています。2作の共通点は敵の正体がよくわからないまま物語が進行するということでしょうか。
ちなみに本作の特報の予告動画、宣伝ポスター、公式サイトにはネタバレ要素がしっかり映ってしまっています。なので映画未見の人は見ない方がいいです。以下の別の予告動画には大きなネタバレは基本的にないので、映画の内容が気になる人はこちらを視聴するほうがいいでしょう。
『10 クローバーフィールド・レーン』感想(ネタバレあり)
『Portal』の映画化?
本作『10 クローバーフィールド・レーン』はファウンド・フッテージではありませんが、主人公と映画を見ている観客の立ち位置を終始完全に一致させることで、サスペンスとしてのハラハラ感を生み出しています。そういう点においては、非常にオーソドックスな密室劇です。
謎のシェルターのような場所で目を覚ます主人公ミシェル。自分をここに連れてきた男ハワードはどうやら危害を加える気がないらしいが、でも信頼もできない。シェルターにはエメットという別の男もいて、ミシェルにしてみればセカンドオピニオン(「第2の意見」を言ってくれる人)なわけですが、彼の持つ情報を合わせても詳細はわかりません。何一つ確証できる情報がないのが不安になります。一番不明なのが「外」の話。一体外で何が起きているのかハワードさえもよく把握していません。この序盤はサスペンスとしてよく出来ていて確かにグッと引き込まれました。
この物語の環境や展開がなんとなくTVゲームとして販売された『Portal』の設定に似ているように思えます(例えば、地下の施設に閉じ込められる、自分や世界の状態が不明、主人公が女性、脱出のために上を目指すなどの設定が類似)。それもそのはず、J・J・エイブラムスは「Portal」の映画化も進めているらしく、加えてなんと本作の監督を務めたダン・トラクテンバーグは2011年に『Portal』に基づく短編映画『Portal: No Escape』を製作していました(こちらはYoutubeで公開されてます)。以下に載せた『Portal: No Escape』の動画をみてもらえるとわかるのですが、『10 クローバーフィールド・レーン』とそっくりです。
監禁できた理由
『Portal』では主人公を拘束するのがAIロボットなのですが、本作ではハワードというおっさんです。ジョン・グッドマンの怪演が素晴らしかったですが、このハワードがこんなシェルターを都合よく用意している理由やあんなに外を恐れる理由がわかりづらい人もいるはず(作中でもはっきり説明されません)。それは彼が「プレッパーズ」だからでしょう。「プレッパーズ」というのは自然災害、経済破綻、人口爆発、核戦争などによって世界が終末を迎える日に備えて、政府等に頼らずとも独りで生きていけるように、あらかじめ物資や設備を整えている人たちのことで、アメリカに少なからず実在しています。興味深いのが「プレッパーズ」であるハワードは終末を生き残れるように準備はしているものの、いざとなったら引き籠ることしかできないという現実が描かれていること。陰謀論に心酔している人の末路はこんなものなのかもしれないですね。それに対してミシェルは自分の力で状況を打破しようと行動するのが対称的です。
本作のラストでこの世界でも必死に抵抗している人がたくさん存在することが判明しますが、未来をつくるのはミシェルのような行動力がある人なのでしょう。
フォームが変化する映画
物語終盤、ミシェルがシェルターから外に出ると本作『10 クローバーフィールド・レーン』は密室脱出モノからエイリアン侵略モノに早変わりします。ただ、エイリアン侵略モノ要素は、非常にあっさりしたつくりで、プロローグのようなものです。いわゆる「俺たちの戦いはこれからだ」エンドです。この鮮やかな転換は確かに凄いですが、衝撃不足とも感じました。もっとこう『猿の惑星』みたいな激震が走るオチがないと…というのは求めすぎか。
本作は映像演出や物語に際立って良いものがあるわけではないように思います。決して面白くないわけではないし、平均よりもよくできているのですが、特別凄いというものでもない感じです。例えば、外に逃げ出そうとする同じようなシーンが2回ある(しかも1度目も実質成功している)のはサスペンスとしてハラハラを阻害します。登場人物も残念で、エメットの扱いもなんだかあっさりだし、ハワードの娘のエピソードはうやむやです。ミシェルも服飾デザイナーとしての職業スキルが活かされたくらいで、他は特に面白い設定もなし。そもそもいくら服飾デザイナーでも防護服は作れないだろうというツッコミも…。ミシェルを演じたメアリー・エリザベス・ウィンステッドを始めとする役者陣は良かったと思います。
エイリアン飛行船も、あんな即席の火炎瓶で倒せるのは弱すぎる(あれなら軍隊でも普通に対抗できるはず)。せめて序盤から伏線を重ねて準備していた道具が意外なところ(エイリアン飛行船撃退)で活躍したみたいな展開にしてほしかったです。
タイトルの意味というかオチもいたって普通です。住所だったと言われても…。
いろいろ書きましたが、それでも本作には大きな功績があると思います。
特定のジャンル映画はそのジャンルに興味ない人は見ないので大ヒットさせづらい宿命を抱えています。エイリアン侵略モノもまさにその典型。マニアが見るものというイメージです。そうしたなか、本作は巧みなプロモーションと密室劇風の被り物によってエイリアン侵略モノに興味ない人を惹きつけることに成功しています。正統派エイリアン侵略モノでも、いろんな見せ方があることを示した良い例になったのではないでしょうか。
監督のダン・トラクテンバーグはこれが初長編作。それでもアメリカではすでに大ヒットしており、またもやJ・J・エイブラムスはやってみせたといった感じ。これが映画を成功させる才能なのか…。私は、ころころ変わるJ・J・エイブラムスの映画フォームに振り回されっぱなしです。今、日本の映画業界がアメリカから学ぶべきは、莫大な予算や有名人の起用がなくともプロモーションや演出でカバーする戦略なのかもしれません。
なのに。なのに、そんなJ・J・エイブラムスが仕掛けた巧みなフォームチェンジを台無しにしているのが、日本の宣伝。エイリアン飛行船、見せちゃダメでしょう。『クローバーフィールド HAKAISHA』では怪獣の存在を隠して宣伝してたと思ったのですが、なぜ今回はこんなことになっちゃったのか…。日本では本作のフォームチェンジを最大限体験できなかった人が少なからず存在したと思うと残念です。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 90% Audience 79%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
関連作品紹介
他の「クローバーフィールド」シリーズ作品の感想記事です。
・『クローバーフィールド・パラドックス』
作品ポスター・画像 (C)2016 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.
以上、『10 クローバーフィールド・レーン』の感想でした。
10 Cloverfield Lane (2016) [Japanese Review] 『10 クローバーフィールド・レーン』考察・評価レビュー