髭が髭を抱きしめる…Netflix映画『ザ・ストレンジャー: 見知らぬ男』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:オーストラリア(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にNetflixで配信
監督:トーマス・M・ライト
ザ・ストレンジャー 見知らぬ男
ざすとれんじゃー みしらぬおとこ
『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』あらすじ
『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』感想(ネタバレなし)
オーストラリアから男同士のケアを探る
男性は感情を曝け出すのが女性よりも苦手だと言われています。これは生物学的にそうだという話ではなくて、あくまで社会的・文化的に押し付けられている“男らしさ”が「男とは感情を表に出さないものである」という規範を固定化しているゆえに、そういう傾向があるという話です。
とくに男性は自分の弱さや苦しさといったものを素直に吐露することを避け、暴力性や優位性を誇示することに必死になりがちです。男同士が集まれば自分のステータスを競い、ときには気に入らない相手をけなし、またときにはひたすらに劣等感をくすぶらせる…そうやっていわゆるホモ・ソーシャルが成り立っていきます。ただただ男同士が抱きしめ合って傷ついた自分たちを癒そうとするとか、そういう言動はとりません。それは“女々しい”ことであるとして嫌うものです。
どうやったら男性は健全なセルフケアやリレーションシップを築けるか。それは現代における最も重要なテーマと言えるでしょう。
そうなってくると当然、映画でもそれは題材に取り上げられることが増えてきます。フェミニズムと比べるとあまりこの視点で作品を深堀りする批評家は少ない印象に感じるのは残念ですが(フェミニズムの批評的語り手もまだ少ないけど)、今後も間違いなく外せない映画のテーマとなり続けるはずです。
今回紹介する映画もそんな男同士のセルフケアやリレーションシップを扱っている作品として解釈できるものです。
それが本作『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』。
『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』はオーストラリアの映画で、ジャンルとしてはクライムサスペンスと位置づけられるのかなと思います。実は実在の犯罪事件からインスピレーションを受けている映画なのですが、そのあたりの元ネタに関してはネタバレしたくないので後半の感想で説明します。
物語はある2人の男が出会い、関係を深めていくところから始まります。一見するとたまたま居合わせて仲良くなっていくように見えますが、そこには裏があって…。
この2人の男はとにかく寡黙で、感情が全然見えてこず、2人が揃ってもほとんど軽快な会話に発展しないのですが、その2人がどんな関係性を構築していくのか…そこに注目です。
とても静かな物語で、クライムサスペンスといってもド派手なアクションも、緊迫の大仰なスリルもありません。犯罪モノなのに暴力的なシーンすらもありません。同じオーストラリアのクライムサスペンス映画でも『渇きと偽り』なんかとはまるで正反対です。
こちらの『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』はかなり淡々とストーリーで進行していきます。そういう意味では硬派な印象も受けますが、先ほども言及したように、男同士のセルフケアやリレーションシップの観点から本作を見つめていくと良いと思います。
『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』の監督は、俳優としてドラマ『トップ・オブ・ザ・レイク』や『エベレスト 3D』、『ナチス第三の男』などに出演していたオーストラリア人の“トーマス・M・ライト”。2019年に『Acute Misfortune』という映画を監督し、高い評価を受けました。“トーマス・M・ライト”監督の待望の新作もまたオーストラリアが舞台です。
本作に主演するのは、『ミッドナイト・スペシャル』『ラビング 愛という名前のふたり』『13人の命』など多彩な映画にでている”ジョエル・エドガートン”と、『ミッション:インポッシブル フォールアウト』の“ショーン・ハリス”。この2人の男の組み合わせでお送りします。
共演は、『That’s Not Me ザッツ・ノット・ミー』の“スティーヴ・マウザキス”、ドラマ『クレバーマン 選ばれし者の戦い』の“ジェイダ・アルバーツ”など。
『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』の鑑賞時の注意点として挙げるなら、本作は暗いシーンが多く、これは演出上なので意味としてはわかるのですが、視聴の際はクリアな画面で観れるようにあらかじめ準備しておきたいところです。
『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』はNetflixで独占配信中です。
『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2022年10月19日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :静かに演技を味わう |
友人 | :かなり地味なトーン |
恋人 | :恋愛気分ではない |
キッズ | :大人のドラマです |
『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』予告動画
『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):2人の男の出会い
深夜のバス。ボウボウに伸びた髭の男が席に座ると、隣にいた前頭部が禿げた男が何気なく話しかけてきます。
「俺はそこに立ち、どこにでもある家を見つけたんだ。そこへ男が現れた。年はとってたが知ってる男だった。“この家に住んでいたポールだ”と言うと彼はそんなわけないと。あんた、クリスだろと。なぜ知ってる?と問うと、何年もここに住んでたからだ…それで…」
髭男はその喋り続ける男の会話に言葉を挟み、話題を変えます。
「仕事で西オーストラリア州へ?」「いや、初めてだ。あんたは?」「家に帰るところだ」
ポールだと名乗られ、髭男はヘンリーだと挨拶します。
それからポールはモーテルに止まり、ヘンリーもなんだかんだで面倒を見てくれます。ある日、ポールいわく、ある組織の下で働いているらしく、マークという男から人手が足りないと言われたらしいとのこと。仕事がなさそうなヘンリーも誘ってくれます。
「どんな仕事だ?」「マークから伝える」「暴力はごめんだ」「そういうのじゃない」
ヘンリーはやるとその場で決めます。
後日、指定された場所で待っているとサングラス男の運転する車が来ます。ポールは用事があるらしいです。
「暴力はごめんだ」と念を押すと「ああ、聞いているよ」とサングラス男は言います。彼がマークだそうです。
マークは車を降りてある男と会話します。レテシアというヤクをさばいている女の話をしているようです。
それからまた運転。「ヤクの密売を?」「俺はやらない」
車内で手渡された袋には白紙のパスポートが入っていました。これを手に入れたかったようです。「ポールから連絡があったら知らせろ」と言われつつ、車を降りるヘンリー。
別の日、ヘンリーはまたマークと行動を共にします。今日はボスのゲイリーのいる部屋に向かいます。ゲイリーは「ポールは問題が落ち着くまで身を隠させる。だから人手が要る」と説明。新顔のヘンリーにやや警戒しますが、とりあえず服装をしっかりしろと指示してきます。ゲイリーはマークにとってのボスですが、組織のトップではなく、ゲイリーの上にはまた別のボスがいるとのこと。
その会話が終わって部屋を出ると、マークはヘンリーの犯罪歴を気にします。ヘンリーは傷害罪で2年服役したと説明。マークは「正直でいろ。隠し事はするな」と忠告します。
ヘンリーの身なりを整えさせ、また指示を聞きに行きます。そしてポールと会い、カネとパスポートを渡します。次にポールの痕跡を消すために、車を燃やします。
あまり自分のことを話さないヘンリー。一方でマークも大きな隠し事をしていました。
「俺は警察組織に所属し、おとり捜査に従事している。誘拐殺人事件の被害者はジェームズ・リストン。事件発生は2002年5月12日。今日は2010年5月6日だ。マーク・フレイムという偽名を使っている」
そう自分に言い聞かせるように録音するマーク。これはおとり捜査でした。ターゲットになっているのは…ヘンリーと名乗っているあの男。
静かに捜査は進む中、ヘンリーとマークは仕事をとおして関係を深めていきますが…。
捜査方法と元になった事件
『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』は序盤から全く説明なしで物語が進むので観客も探り探りになります。ヘンリーという男が夜行バスでポールと知り合い、そして次にマークと仕事する仲になった…それが表面上の物語です。
マークは明らかに何かしらの裏社会の仕事をしているように見えますが、実はこれはおとり捜査だったことが判明。さらに捜査の全容が映画開始から1時間20分近くたってようやく見えてきます。
あのマークだけでなく、その属する組織自体がおとり捜査によるダミーでした。全ては8年前の事件の容疑者と睨んでいるヘンリー・ティーグ(ピーター・モーリー)を自白させ、殺した少年の遺体の場所を吐かせるためでした。
まず「こんなおとり捜査、いいの?」と思うかもしれませんが、確かにイギリスやアメリカでは禁止らしいのですが、オーストラリアでは合法的に実施できるそうです。
この「架空の犯罪組織を警察がでっちあげ、ターゲットをそこに所属させ、相手の犯罪歴を明らかにさせる」というおとり捜査は、通称「Mr. Big」とも呼ばれ、カナダで開発されたので「カナディアン・テクニック」とも呼称されます。
そして『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』は実在の事件にインスパイアされています。そもそもこの映画は“ケイト・キリアコウ”の「The Sting: The Undercover Operation That Caught Daniel Morcombe’s Killer」という犯罪本が原作です。2003年、オーストラリアのクイーンズランドの高架下のバス停付近でダニエル・モーコムという13歳の少年が失踪しました。しかし、誘拐と思われたものの犯人の足取りは掴めず、おとり捜査の末、2011年にブレット・ピーター・コーワンという男を逮捕。供述に基づき、大規模捜査を展開し、山中で人骨を発見。被害少年のDNAが一致し、加害者として確定しました。
実はこの映画に対して、元の事件の被害者の両親は公開前に反対の声を上げていました。我が子を奪った事件が映画業界の商業的なネタとして消費されることに反発してのことでした。
捜査モノのジャンルの在り方を考え直す
実在の事件の加害者を映画の題材にするというのは昨今でも論争を巻き起こしやすいです。例えば、最近ではNetflixで配信されたドラマ『ダーマー』がまさにそれでした。
また、オーストラリア関連の他の映画でも同じような批判があった作品がありました。『ニトラム NITRAM』です。
こちらの映画は私も感想内で批判したのですけど、ちょっと加害者に都合いいように改変しすぎな内容でしたね。とくに男性加害者に対して女性によるケアの不足が引き金になったかのような描き方は大いに問題だったと思います。
それに対してこの『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』は姿勢が真逆というか、実在の事件を題材にするうえで、とても誠実な模範的クリエイティブを見せたのではないかと私は感じました。
そもそも本作には直接的な事件の描写はでてきません。残酷な暴力シーンも皆無。ショッキングな演出で売ることはしていないわけです。それに被害者はもちろん遺族の描写も無し。事件はあくまで背景にあるだけです。
過度に残虐性などを煽らない抑制が効いた演出が全編で染みわたる『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』ですが、ではこの映画は何を見せたいのか。
それこそ男性同士のセルフケアやリレーションシップです。
本作ではヘンリーに対してマークが接近します。もちろんおとり捜査として仕事上の関係です。しかし、マークはしだいにヘンリーに心を揺れ動かされていきます。そこにあるのは犯罪者への同情などの安易なものではなく、弱さや不安といった誰しも持っている感情の共感。2人が抱き合うシーンが印象的です。
同時に、男性同士のセルフケアやリレーションシップさえあれば、このヘンリーは犯罪なんて犯さなかったのではないかという気さえしてくる。
おとり捜査という相手を騙す行為にもかかわらず、その過程で意図せず、男性同士のセルフケアやリレーションシップがやっぱり大切だったのではないかという事実を浮き彫りにさせる。
捜査する側とされる側の男たちの対話という点では、ドラマ『ブラック・バード』も似たような構図なのですが、あちらはやや広げすぎたのに対し、この『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』は完全に男性同士の関係軸に最小限で特化しており、徹底して描き切ったのが良かったと思います。
”ジョエル・エドガートン”設立の「Blue-Tongue Films」は、これまでも『ザ・ギフト』『ある少年の告白』『キング』などマスキュリニティを題材にするのが上手く、今回もその得意技が発揮されました。
捜査という行為は創作物内でも正当化された男の暴力として描かれてしまうこともあります。国家権力の正義はそれこそいかにもホモ・ソーシャルによって繰り出される男性的な特権の行使ですから。
でもこうやってケアの視点で問い直すこともできる。これはものすごく現代において大切なアプローチなんじゃないでしょうか。古今東西のいろいろなクライムサスペンスな捜査モノのジャンルはその在り方を見つめ直すときに来ているのかもしれません。正義の執行や逮捕のカタルシスではなく、ケアを描くという方向性で…。当然、それは被害者の尊重を大前提にしないといけないですが…。
『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』は、新時代の捜査モノのジャンルの在り方を考える提案となる映画でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 71%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』の感想でした。
The Stranger (2022) [Japanese Review] 『ザ・ストレンジャー 見知らぬ男』考察・評価レビュー