731部隊を主題にした…映画『731』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:中国(2025年)
日本では劇場未公開:2026年に配信スルー
監督:趙林山
人種差別描写 ゴア描写

『731』物語 簡単紹介
『731』感想(ネタバレなし)
2025年の中国の問題作
2025年の世界の映画興行収入トップ10の1位は中国のアニメ映画『ナタ 魔童の大暴れ』が君臨し、中国市場のデカさをみせつけた…という話は以前に別の記事でしました。
では中国国内の映画興行収入ランキングはどうだったのでしょうか(Deadline)。
1位はもちろん『ナタ 魔童の大暴れ』ですが(中国興収:約21億2000万ドル)、2位に輝いたのはディズニーの『ズートピア2』(約6億160万ドル)。中国では逆にアメリカのアニメ映画が存在感をみせているのが興味深いですね。
3位は人気シリーズの最新作である『唐人街探偵1900』で(約4億9600万ドル)、中国でもフランチャイズは強いようです。4位は南京大虐殺で逃げる庶民の目線を描いた『南京写真館』(約4億2100万ドル)という歴史映画でした。
問題は5位の作品(約2億7310万ドル)。この映画は初公開初日はかつてない爆速の売り上げを記録し、これは上位間違いなしかと思われた矢先、急降下で客が遠のき、そのうえ、内容に対して大きな不満の声が殺到し、レビュー爆撃まで行われる大炎上となった…のでした。2025年の中国で最も物議を醸したヒット作になったわけです。
その問題作が本作『731』。
本作は、タイトルが示すとおり、「731部隊」を主題にしています。731部隊というのは、日中戦争と第二次世界大戦中に大日本帝国陸軍が運営していた秘密研究施設の通称です。当時、日本が占領支配していた満州国(中国)に実験施設を作り、細菌兵器や化学兵器を開発していたのですが、捕虜相手に非道な人体実験をしていたことでも知られ、戦争犯罪のひとつとして記録されています。
戦後の1949年に731部隊の隊員12人がソ連のハバロフスク裁判で実刑判決を受けたものの、中心的な主要人物は、アメリカから免責特権を与えられ、事件の真相はあまり光があたりませんでした。
しかし、日本国内でも戦後からこの731部隊への関心は確かにあり、2001年のドキュメンタリー映画『日本鬼子』では731部隊隊員のインタビューが映されました。最近だと“黒沢清”監督の『スパイの妻』の背景にもなっていました。
被害者側の創作物だと、1988年の香港映画『黒い太陽七三一 戦慄!石井七三一細菌部隊の全貌』があったりしましたが、最近の中国国内で本格的な大作としてはこの『731』は稀有な存在だったのかな。注目度の高さも納得です。今の中国は歴史教育として、続々と明らかになった資料を博物館で収集・公開し、国民の関心も高まっている真っ只中でした。
ではなぜ肝心の中国国内でこの映画『731』は不評だったのか。日本の保守層から「プロパガンダだ」などと文句を言われるのは想定の範囲内で驚きもないですが、どうして中国の庶民が反発したのでしょうか。
その理由は…映画を観たらわかる…。まあ、ネタバレになるので…。
問題は本作は日本で公開されるのかということだったのですが、なんと中国配給「HY Media」がYouTubeの公式チャンネルで日本語字幕つきで配信を行いました。日本で配給がつかないから、こっちで公開してしまえってことなんでしょうね。
ということで日本でも正規で鑑賞できますので、気になる人はどうぞ。
『731』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 残酷な拷問や殺人の描写があるほか、人種・民族差別的な言動が終始描かれます。 |
| キッズ | 子どもには不向きです。 |
『731』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
1925年に署名され、1928年に発行された「ジュネーヴ議定書」は、第一次世界大戦の陰惨な歴史を教訓にし、戦争における化学兵器や生物兵器などの使用禁止を国際的に定めました。
しかし、大日本帝国は生物化学兵器を有効な戦術とみなし、1930年代から独自に研究開発を進めていました。とくにその格好の実験場となったのが、当時、日本が侵攻して「満州国」という傀儡国家として支配していた地でした。
1943年後半、その日本の支配に抵抗する動きが活発化し、中国人民抗日戦争が盛り上がり、局部的な反撃段階に入る中、追い込まれた日本は打開策を考えていました。
そこで声をあげたのが、日本の陸軍軍人の石井四郎でした。兵器開発のための実験組織である「731部隊」の隊長であった石井四郎は、発明した「石井式濾水機」を上層部に自信満々にみせ、自分の尿をその場で飲用水に変えてみせます。そして「精神性ではなく科学の力で戦に勝ちましょう」と細菌兵器の実用こそ日本を救うと熱弁します。
こうして正式に承認され、暗号は「夜桜作戦」となり、1945年2月に秘密裏に始まった細菌兵器の運用。731部隊をこの兵器の生産に全力をだすようになります。
その頃、中国のハルビンの道里にて、密かに日本軍の濾水機を入手してきたと自慢するひとりの中国人の男がみんなの前にそれをみせます。その男は行商人の王永章ですが、抗日聯軍の戦士として称えられる王子陽のふりをして自分を偽っていました。
しかし、あっけなくその所業はバレ、王永章は日本軍に捕まってしまいます。
ハルビンの平房駅に向かう列車には、王永章を含め多くの捕虜や犯罪者、または不当に捕まった庶民たちが拘束されて乗せられていました。その鎖に繋がれ袋を被せられた収容者たちは下ろされ、ある施設内の中庭に集められます。
そこは、石井四郎が率いる731部隊の施設でした。男と女に分けられ、列をなし、服を脱がされ、全裸のまま浴槽に落とされます。捕まった者たちには何の説明もなく、事情が呑み込めません。そうこうしているうちに、同じように拘束されたらしいソ連人の一団がパニックになって入り込んできて、数人が撃ち殺されます。ここでは少しでも逆らえば命はありません。
一方、この施設には日本から若い学徒兵も招集され、731部隊特別班班長の今村佳代が集合の完了を告げると、石井は「大日本帝国男子として真の勇士となれ」と演説します。
囚人たちは、数人ごとに共同房に集められました。「1007」の番号が割り振られた王永章は、医者の顧博軒、子どもの孫明亮、そしてネズミと一緒の杜存山と一緒の部屋です。
挨拶をしていると、なぜか王永章だけ連行され、電気椅子に縛られます。目の前で拷問をみさせられながら今村から「お前は通訳もできるので配膳と掃除をしろ」と命令され、「いずれ自由にさせてやる」という言葉に従うことに決めます。
王永章が廊下で食事を運んで仕事をしていると確かに、各部屋を隊員がまわって、一部の囚人に対して「あなたたちはもう自由です」と告げている場面に出くわしました。
もしかしたら本当に大人しくしているだけで、しばらくすれば解放してくれるのかもしれないと思い始めますが、王永章は驚愕の事実を知ってしまい…。

ここから『731』のネタバレありの感想本文です。
物語演出の意図を汲み取ると…
歴史映画と言えども脚色があるのは当たり前です。史実と違うシーンがあっても、それだけでその映画を論外とみなすのは雑すぎます。むしろなぜそういう脚色なのか、それがどういう効果をもたらすのかを見つめるという点に面白さがあると思います。
本作『731』はいかにも20世紀の戦争史を舞台とする中国歴史映画らしい出だしで始まるのですが、石井四郎の初登場後、中国側の主人公である王永章に切り替わった瞬間、かなり拍子抜けさせられます。
まさかの石井式濾水機を使った小便ギャグ。シリアスは吹き飛んで下品さ全開。しかも、ここだけだったらまだいいのですが、しばらくこの王永章はだいぶ間の抜けたキャラクターとして、作品から浮き出続けることに…。
いや、ストーリーテリングの意図としてはわかります。『タクシー運転手 約束は海を越えて』みたいな感じのことをしたいのでしょう。政治を理解してなさそうな、あまりにも英雄像からかけ離れた呑気な中年男性の視点を軸に、売国奴だと見下されつつ、しだいに庶民を救済する真の英雄になっていく…。そういう過程を描きたい…はず。
なお、本作は基本的に脱獄モノになっていますが、このような大規模な脱獄の試みは本当にあったのだろうかと思ったかもしれませんが、おそらく史実で起きた複数の脱獄絡みの事件を着想元にしているのだと思われます。
例えば、1943年と1945年に2回、脱獄を試みる事件が起きたらしいですが、いずれも一時的に房から出られたものの、完全な脱出には成功せず、その場で殺されています。また、この作中の施設の前身として「中馬城」という実験施設があったのですが、そこでは1934年に数人が脱走に成功してみせています。この成功した脱走は夏祭りの時期に隙をみて行われたそうで、今回の映画も祭りと同時期で似たようなシチュエーションなので、こちらの脱獄事件を土台にしているのかな。
ともかく、本作では王永章が率いる決死の集団脱獄は、最後は巨大な穴での露骨な国威発揚な展開で大味で映し出されます。
ただ、中国の観客の多くは正確な史実を観たかったのでしょうね。その期待にはこの映画は応えてくれません。
というか、先ほども書いたように王永章のコミカルなパートがいちいちノイズです。それこそあの「掃除のふりをしてエレベーターで秘密の地下に降りてまた戻ってくる」というくだりも、あんなチャップリン風なコメディにしなくても…と思うし…(普通に「隙をみてエレベーターに乗り込み、間一髪で戻ってくる」というほうが緊張感があるだろうに…)。
いや、ストーリーテリングの意図としてはわかる…(2度目)。ラストで「王永章(王おじさん)、あんたの作り話は下手糞だ」というセリフがあることで、「もしかしたら王永章はどこかで生き延びて、目をつけられないようにいかにも嘘臭く大袈裟に盛った物語を語ることでさりげなく悲惨な歴史を後世に伝える使命を果たしており、この映画はその王永章の語りの映像化なのだ(だから極端に非現実的なシーンがある)」という仕掛け…そういうことかな、と。
そこまで汲み取ってあげることはできるけど(それも私の勝手な推察でしかないですが)、う~ん、わかりづらいのは事実。
杜存山の視点の物語のほうが正攻法で731部隊の負の歴史を直視できたでしょうしね。
軍学官産共同体は映画から見えず
そんな案外と捻った(捻りすぎた)物語の仕掛けがあるせいか、本作『731』は舞台となるあの施設の空間はかなり現実離れしていたように感じました。
なんというかわりと現代的な施設ですよね(警報回転灯とかこの時代にあったのか?)。収容部屋も綺麗だし…。
かと思えば、外側は「MCUのヒドラなのか?」ってくらいに禍々しいライトアップがされているし、内部の医療備品室はあれはもう“パク・チャヌク”風味でした(童女ぴょんぴょんの演出はこれだけ切り取れば私は癖強めで気に入ってますけど)。
ただひとつ言っておかないといけないのは、舞台の空間はだいぶ現実離れしていますけど、そこで行われていた非道な実験や拷問はほぼ史実どおりだということ。それどころか本作はその酷い実態の全部を描き切れていないくらいです(やっぱりコミカルなシーン、描いている場合じゃなかったのでは…)。
そう、この主題ならこのあまりに残酷な内容のショッキングさだけでなく、これが戦争犯罪という政治行為であったことを巧みに突きつける…そこまで到達してほしいというのは当然の要望だと思います。でもこの映画はそこにも応えられず…。
中国の不評の意見をみていると、「日本の政治責任ではなく、石井四郎というひとりの狂ったサイコパスが独断でやらかしたことのように描いている」という点が大きな不満の原因に挙げられていました。
確かに本作は石井四郎という悪役造形に凝りすぎな感じはあります。もちろん石井四郎がこの731部隊の中心的人物であり(「石井機関」という別名もあるくらい)、責任が重いのは言うまでもないです。
でも実際は東京の陸軍軍医学校防疫研究室が本部的な役割となり、日本の科学振興と軍事が一体化した(半ば暴走した)結果のなれの果てでした。さまざまな人間が関与しました。その紛れもない加害者を問う大きな背景の描写はこの映画にありません。
その代わりにあるのは悪代官というか、悪の王みたいな石井四郎というヴィランです。今作では従軍慰安婦とかは出てきませんが、石井四郎は密かに捕虜の女性に子どもを産ませ、その赤ん坊を育てて自分で侍らせ、あの花魁の首にも桜紋があったとおり、性的関係すら持つという、特大の性的虐待者として描写されています。
あと、もうひとりのヴィランとして、特別班班長の今村佳代という人物が登場するのですが、こちらは架空のキャラクターです。不思議なのは「女性」だということで、当然この時代にこんな女性軍人はいません。そもそも他の男性に変に出自を疑われている場面まであります。ともかくあからさまに「男装をしている女性」みたいです。
しかし、よくその今村佳代の描写をみると、女の収容者の傍で寝ているシーンが不意に挿入されたりします。つまり、この今村佳代は典型的なクィアフォビックな悪役造形になっている(性的マイノリティを悪役とする表象;例えば「サイコレズビアン」)のだと思います。
ということで、この映画を観たら、実際の731部隊はどんなものだったのかが逆に気になってくるので、そういう意味では成功なのかもしれない…。
ただでさえ、現在の日本の高市政権は再びあの大日本帝国時代の軍学官産共同体を復活させようとしているような動きがあまりに露骨ですからね。もうこの日本を極悪非道な加害者には私はしたくありません。
731部隊について本格的に学びたいなら、中国の歴史資料館に行くのはちょっと遠いので、まず『731部隊全史 石井機関と軍学官産共同体』(常石敬一;著、高文研)といった専門書がオススメです。もし今すぐ無料でアクセスできる資料に触れたいなら長崎総合科学大学長崎平和文化研究所の「都市の記憶ⅩⅣ 731部隊?なぜ今?」を読むとよいのではないでしょうか。
シネマンドレイクの個人的評価
–(未評価)
LGBTQレプリゼンテーション評価
×(悪い)
以上、『731』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)HY Media
731 (2025) [Japanese Review] 『731』考察・評価レビュー
#中国映画 #中国史 #日本史 #人体実験 #植民地主義


