フィンランドにはシスがいる…映画『SISU シス 不死身の男』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:フィンランド(2022年)
日本公開日:2023年10月27日
監督:ヤルマリ・ヘランダー
性暴力描写 動物虐待描写(ペット) ゴア描写
SISU シス 不死身の男
しす ふじみのおとこ
『SISU シス 不死身の男』あらすじ
『SISU シス 不死身の男』感想(ネタバレなし)
フィンランドにナチが湧くなら…
フィンランドと言えば「世界一幸せな国」…いや、そんなイメージのままではいけません。政治だって先進的だと思っているなら、もっと中身を見てみましょう。2023年時点、フィンランドの現政権の19人の閣僚のうち7人が属するのが右翼ポピュリズムと評される「フィン人党」なのは知っていますか?
現在のフィンランド内閣(オルポ内閣)は連立政権となっており、2023年4月の議会選挙で「フィン人党」が党創設以来最高の46議席を記録し、第2党となったことで、政権に加わりました。
当初は7人ではなく8人だったのですが、経済大臣に任命された”ヴィルヘルム・ジュニラ”は、ネオナチ団体主催の集会に出席していたことで猛批判され、就任から2週間も経たずして辞任しました(Euronews)。
「フィン人党」は右翼もしくは極右と言いきれるくらいには定番な政策を掲げており、反移民、反LGBT、EU反対、厳罰&警察強化…といった、まあ、あれなラインナップです。
フィンランドは歴史をたどれば第二次世界大戦時は「ラップランド戦争」と呼ばれる、ナチス・ドイツとの戦いがあったわけですが、そんな今のフィンランドでまさかナチスの思想の模造品みたいな人たちが政治中枢に立っているとは…。
そんな急に心配になってくるフィンランドですが、そうした国内の状況を気持ちよく成敗するようなイキのいい映画も作られています。
それが本作『SISU シス 不死身の男』です。
この映画は、まさに先ほど少し言及した第二次世界大戦にてフィンランドが戦地となった「ラップランド戦争」を舞台にしています。でも史実を真正面から描く戦争映画ではありません。『ウィンター・ウォー 厳寒の攻防戦』や『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』などとは違います。
ではどういう映画なのかというと、ひとりの高齢のおじいちゃんが可愛い犬を連れながら、武装したナチスの戦車隊を壊滅させてしまうお話です。
「ん? ふざけてるの?」…そんな反応もごもっともですが、本当にこういう映画なんだからしょうがない…。
けれども「ひとりの突出した戦闘能力の持ち主が歯向かってきた全てを薙ぎ払う」系のジャンルとしてとても直球で面白いです。2023年に観たこのジャンルの中では今のところ一番面白かった作品のひとつかも。
現実的に考えたら到底勝ち目はない対決なのですが、「そうやって倒すのか!」という熟練かつ大胆な戦法の数々を見せてくれて、血沸き肉躍るような興奮を観客に分けてくれます。最小限の見せ方でエンターテインメントとして最大限に面白さを提供する、創意工夫に溢れた映画です。『バイオレント・ナイト』ほどふざけきっておらず、映画のルック自体は意外と硬派なのがまたギャップとしてたまらないですね。
この異色の『SISU シス 不死身の男』を監督したのは、サンタが発見されたら謎の事件が勃発しまくって予想外の真相が明らかになる『レア・エクスポーツ 囚われのサンタクロース』(2010年)や、フィンランドの子どもとアメリカ大統領のサバイバルを描く『ビッグゲーム 大統領と少年ハンター』(2015年)といった、ブラックユーモアたっぷりな作品に定評のあるフィンランド人の“ヤルマリ・ヘランダー”。“ヤルマリ・ヘランダー”監督、やっぱりこういうジャンル特化させるとめちゃくちゃ面白いやつを作ってくれる人だな…。
主演は、“ヤルマリ・ヘランダー”監督とは3度目のタッグとなる“ヨルマ・トンミラ”。他には『ナチスが最も恐れた男』の“アクセル・ヘニー”、ドラマ『女刑事マーチェラ』の“ジャック・ドゥーラン”、『サマー・ヴェンデッタ』の“ミモサ・ヴィッラモ”など。
『SISU シス 不死身の男』はアクション映画好きなら2023年の見逃せない一作となるはず。
なお、嬉しいネタバレと悲しいネタバレを事前にしておきます。
犬がでてきますが…犬は死にません。でも馬は…死にます…。
『SISU シス 不死身の男』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ジャンル好きは注目 |
友人 | :好きそうな人に紹介 |
恋人 | :恋愛要素は無し |
キッズ | :暴力描写多め |
『SISU シス 不死身の男』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):老兵が再び目覚める
1944年、ヨーロッパ全土を戦火で覆い尽くした第二次世界大戦は終わりに向かっていました。このフィンランドのラップランドの地も例外ではありません。
そんな中、アアタミ・コルピは小川で砂金を見つけるべく砂を洗う作業に明け暮れていました。小さな愛犬ウッコがそれを見守ります。指先に光るほんのわずかな金を見つけて雄たけびをあげるアアタミ。
次にツルハシで地面をひたすらに掘ります。周りは何もない荒野。人は他に誰もいません。ここで野宿し、焚火を囲む生活でした。
上空をいくつもの戦闘機が飛びますが、一切空を見上げるようなことはしません。
翌日、また掘る作業。何か気配を感じるような気がするも、誰もいないので作業に戻ります。
休憩中、遠くの爆撃と思われる炎を見つめ、汚れた指に身に着けた指輪を手で無意識に触ります。
こうして作業を日々継続。ある日、スコップで掘り続けていると、砂金とは全く違うかなり大きい金の塊を掘り当てます。それは地面から全容がわからないほどにとてつもない大きさで、思わず信じられない表情でその場で脱力。やっと運が巡ってきたのか…。
掘りだした大量の金を前にアアタミは考えます。この金を換金するには街に行かないといけないです。しかし、それは戦闘地帯を通り抜けることを意味します。またこの地にはナチス兵がうろついているのです。
旅の準備を始めるべく、汚らしかった体を洗うために全裸で川に入ります。その体には無数の生々しい傷跡が目立っていました。作業でできた傷ではないです。
片付けと身支度を整え、馬にまたがり、出発。
そのとき、ナチス・ドイツの戦車をともなう部隊の車列と遭遇します。村の女を誘拐して我が物顔で弄ぶなど、好き勝手な振る舞いをしているようです。ナチス兵たちはこの老いぼれたアアタミを見て笑い飛ばしてきます。けれども親衛隊隊長ブルーノ・ヘルドルフ中尉だけはアアタミをじっと見つめるのみ。何もせずに両者は通り過ぎます。
アアタミが通る道には、まるで警告のように吊り下げられた死体がいくつも並んでいましたが、アアタミは気にも留めません。
次に別の小休止しているナチスの兵士たちに出会います。彼らは馬を降りろと指示し、何しに行くんだと問いただしてきます。さらにいたぶるように犬に発砲までしてくる始末。金の塊を見つけられ、このままだと苦労が水の泡です。
アアタミは大人しく立っていましたが、その刹那、兵の頭にナイフを突き立て、串刺しで殺します。手慣れた身のこなしで他の兵も瞬殺。相手はほとんど何もできずに絶命していました。
先行していたブルーノは銃声を聞きつけて確認のために戻ってきますが、そこには兵の死体が無惨に転がっているだけ。その兵の手に金塊を見つけ、事情を察します。
このアアタミは只者ではありませんでした。かつての戦争であり得ないような戦果をあげ、その不死身の存在は伝説として語り継がれるほど。そんな人間がなぜここにいるのかはわかりません。
それでもその老兵が莫大な価値のある金塊を手にしている…。ナチス兵たちはこれをなんとしてでも奪おうと狙いを定めます。
孤立無援のアアタミはこの欲深い猛攻を回避し、危機を脱することができるのか…。
さっさと撤退すればいいのに
ここから『SISU シス 不死身の男』のネタバレありの感想本文です。
『SISU シス 不死身の男』はやっぱり第二次世界大戦におけるフィンランドの歴史を軽く知っておいたほうが背景がわかっていいですね。
フィンランドは最初はソビエト連邦(ソ連)と戦争状態にありました。この俗に言う「第1次ソ芬戦争(冬戦争)」は、1939年11月30日に始まり、1940年3月12日のモスクワ講和条約によって3ヶ月で終結したのですが、1940年4月にドイツがデンマークとノルウェー両国に侵攻し、占領すると事情が変わってきます。東にソ連、西にドイツと、挟まれるようなかたちで孤立したフィンランドは、「ソ連vsドイツ」の流れをもろに受けてドイツと手を組むような構図となり、1941年6月25日から1944年9月19日にかけてまたもソ連とぶつかる「継続戦争」が勃発します。
『SISU シス 不死身の男』の主人公アアタミ・コルピはこのソ連との戦争で伝説となった兵士であることが作中で説明されます。どうやらその戦争で家族を失い、心を閉ざして隠遁状態となったことも示唆されます。
結局、継続戦争はモスクワ休戦協定で終わるのですが、その協定には駐留ドイツ軍の排除が条件にあり、今度はフィンランドは少し前まで共闘していてドイツと戦わないといけないハメになります。これにドイツのヒトラーは激怒し、ドイツ・ナチス軍はとくにラップランド地方で焦土作戦を行い、この地は壊滅に近い惨状になってしまうのでした。これが「ラップランド戦争」です。
『SISU シス 不死身の男』はこのラップランド戦争の最中が舞台ですが、もうほとんど戦局は見えており、ドイツ側の敗北が秒読み段階にあります。
ここで本作で描かれるナチス兵の描写がまた絶妙なのですが、彼らナチス兵側ももう自分たちの負けなんだと薄々感じ取っています。だったら素直に撤退すればいいのですけど、往生際が悪いというか、少なくともあのナチス兵たちは、地元の女たちを拉致して好き勝手に弄んだり、腹いせのように振舞います。
そしてあのアアタミにも欲をだすわけです。最初はアアタミを嘲笑うだけ。敗北した自分たちよりもこの爺さんのほうがみっともないなと見なして自分たちを慰めるかのような、なんともみみっちい態度です。
けれどもそのアアタミが金塊を持っているとなれば、それを奪ってせめて自分たちも勝利の余韻を味わいたいと欲ばってしまう…。これが運の尽きになるんですが…。
ツルハシは最強
『SISU シス 不死身の男』は“ヤルマリ・ヘランダー”監督いわく、『ランボー』を参考にしたらしいですけど、伝説の老兵が単独でステルスキルを決めていく姿はゲーム『メタルギアソリッド』を彷彿とさせますね。
乗っている馬が地雷で爆発四散してからの粘り強さがもう人間の域を超えています。地雷原を利用して逃走し、軍用犬の追尾をガソリンでかわし、川では水中の兵の首から息を吸うという荒業に…(さすがにあれは無理だろうとは思いましたけど)。
首を吊るされても死なず、飛行機ごと墜落しても死なず…。「はい、これでも死にません」と意図的に見せつけるような展開の連発にこっちも圧倒されっぱなし。
その中でナチス兵たちが「やべぇよ、やべぇよ、次、俺が死ぬよ…」みたいな表情で無言で佇んでいるのがなんともシュールでもあります。このナチス兵もわざとらしく小物臭をださずに、こちらもあまり喋らない描写にすることで、自分の死期が迫っていることを痛感していく兵士として描いていて面白かったです。
その死を与えるアアタミは生身の人間というよりは、この「Sisu」というタイトルのとおり、ある種のフィンランドの精神性を体現しています。『イコライザー THE FINAL』と同じですよ。殺し屋って究極形態となると死神へと到達するんだな…。
アアタミのキャラクターのインスピレーション元としては、冬戦争におけるフィンランドの伝説の狙撃手“シモ・ヘイヘ”が参考になっているようですけど、アアタミの場合はツルハシをトレードマークの武器にしているあたりが、“ヤルマリ・ヘランダー”監督っぽいセンスですよね。
あと、連れている犬。普通に考えたらドーベルマンとか、いかにも大型の凶暴そうな犬を起用しそうなところ、なぜか妙に可愛い子犬を並べるという、あえての組み合わせ(ベドリントン・テリアという犬種らしいです)。『ジョン・ウィック』のように犬と連携で戦うでもなく、あの子は敵に利用されて爆弾をつけて来ちゃうという、うっかりなシーンもあったり(でも生き残る)、本作の愛嬌担当になってくれています。
終盤は、蹂躙されていた女性たちへと不屈の精神を伝染させ(この反撃への転身がまた盛り上がる)、最後の最後でやっと喋ってカネを手にするアアタミ。
フィンランドのアクション映画としてこのままシリーズ化してほしいくらいの満足度でした。次は現代を舞台に、再び調子に乗っているネオナチを捻りつぶす話とかでいいので、作ってくれないかな…。なんか「88」を掲げて図に乗っている奴らがいっぱいいるらしいからね…(「88」は「ハイル、ヒトラー」を表す数字)。
それにツルハシを買っておくことですかね。ツルハシがあれば、穴も掘れるし、飛行機にも飛び乗れるし、一家にひとつはあってしかるべき道具です。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 94% Audience 88%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
北欧の戦争映画の感想記事です。
・『ナルヴィク』
・『その瞳に映るのは』
作品ポスター・画像 (C)2022 FREEZING POINT OY AND IMMORTAL SISU UK LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
以上、『SISU シス 不死身の男』の感想でした。
Sisu (2022) [Japanese Review] 『SISU シス 不死身の男』考察・評価レビュー