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『アテナ Athena』感想(ネタバレ)…Netflix;戦争は団地から始まる

アテナ

戦争は団地から始まる…Netflix映画『アテナ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Athena
製作国:フランス(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にNetflixで配信
監督:ロマン・ギャヴラス

アテナ

あてな
アテナ

『アテナ』あらすじ

ひとりの少年が殺害された悲しい事件をきっかけに、激しい戦いの舞台と化したアテナ団地。警察に反感を持つ若者たちが大挙して集い、武装して徹底抗戦を構える。一方、警察隊はその団地の前で隊列を組み、突入の機会を窺っていた。そして、団地の中にはまだ避難を終えていない住民もいて、内部は騒然としていた。緊張感が高まる争いの渦中には、被害者である少年の兄たちがおり、各自の思いがぶつかる。

『アテナ』感想(ネタバレなし)

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フランスの団地は燃えているか

2022年4月にフランスで大統領選挙があり、現職のエマニュエル・マクロン大統領が極右政党のマリーヌ・ルペン前党首を破り、再選を果たしました。とは言え、マリーヌ・ルペン率いる極右政党「国民連合」の存在感は強く、今の国民連合は排外主義的な政策は表面上は控えていますが、マクロン大統領自体も中道派ということもあり、フランスの国内情勢がどう転ぶかわかりません。

フランス社会は荒れ続けています。とくに火種となっているのが警察への不満です。

2018年11月から燃料税の引き上げに抗議するデモとして始まった「黄色いベスト運動」は、市民と警官の衝突へとエスカレートしました。その光景はドキュメンタリー映画『暴力をめぐる対話』でも映し出されています。こうして警察は市民の抵抗を押さえつけようとする「敵」としての印象が濃く刻まれていきます。

2020年11月には、白人警官3人が黒人市民に人種差別的な言葉を浴びせ、容赦なく殴っていく様子をとらえた防犯カメラ映像が明るみに出たことで世論は激怒。大規模な抗議デモが起きました。

本来は市民を守るはずの警察が市民の敵となるのであれば、市民は警察に反旗を翻し、その悪行をカメラにおさえてやろう…そうした運動は高まり、今や庶民が警察を積極的に監視し、告発する時代へと変貌しました

その情勢を巧みに映像化して国際的に注目を浴びた最近のフランス映画が“ラジ・リ”監督の2019年の『レ・ミゼラブル』だったわけです。

そして2022年、その最新版とも言える強烈な映画が登場しました。

それが本作『アテナ』です。

『アテナ』はもうこれは『レ・ミゼラブル』の続編じゃないか?と思ってしまうような内容です。ストーリー上の接続はもちろんないのですが、作品性は完全に同一線上にあります。

舞台はフランスの架空の団地(フランスでは郊外のことを「バンリュー」と呼ぶ)。ひとりの少年が警官らしき者たちに暴行されて死亡する事件が動画に撮影され、その動画が拡散したことで団地に暮らす若者たちが暴動を始めます。警察隊との一触即発と睨み合いの中、怒れる群衆はどんどん激しさを増していく。そんな様子を長回しを多用して複数の視点で映像化した、とんでもない映画です。

冒頭のシーンから圧巻で「これ、どうやって撮ったんだ?」と驚くような臨場感の映像が流れていきます。本当に暴動の渦中に飛び込んだような気分になる映画体験。劇場で観ればさぞかし凄かっただろうなと思うのですが、残念ながら日本ではNetflixでの独占配信です。

でも『アテナ』は2022年の9月初旬に開催されたヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品された映画で、それが同月内で日本でも観られるのですから、これはこれで嬉しくはあるんですけどね。『アテナ』自体はヴェネツィア国際映画祭では無冠で終わりましたけども、批評家からは当然そのセンセーショナルな内容を含めてさまざまな反応を巻き起こしており、映画の狙いどおりという感じでしょうか。

この衝撃作の『アテナ』を監督したのは、“ロマン・ギャヴラス”というフランスのフィルムメーカー。主にミュージックビデオを手がけていた人だそうですが、2010年の『Our Day Will Come』、2018年の『The World Is Yours』と長編映画を作り、評価を積み重ねていました。今作の『アテナ』でさらにキャリアはワンステップ上昇したのかな。

『アテナ』の脚本には『レ・ミゼラブル』の“ラ・ジリ”も参加しており、あの映画がハマった人には本作もグサっと刺さるでしょう。

約97分の映画ですが、見始めると休憩する隙間もないくらいの怒涛の緊張感が続く映像が始動します。トイレにいく暇はないですし、食べ物を口に運ぶのも忘れますよ。

2022年の究極の団地作品であることは間違いなし。これを超える団地作品はもう2022年はないかな…。実質、戦争映画であり、その覚悟を持ってじっくり向き合うといいと思います。これはフィクションではなく、実際に明日にでも起きるかもしれないのですから。

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『アテナ』を観る前のQ&A

Q:『アテナ』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2022年9月23日から配信中です。
✔『アテナ』の見どころ
★本物と見間違うほどに圧倒される群衆映像の迫力。
★フランスのあり得る今を描く社会風刺。
✔『アテナ』の欠点
☆劇場で観れない。
日本語吹き替え あり
阪口周平(アブデル)/ 櫻井トオル(カリム)/ 烏丸祐一(モクタール)/ 遠藤純平(ジェローム) ほか
参照:本編クレジット

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:じっくり観たい
友人 4.0:関心ある者同士で
恋人 3.0:ロマンス要素無し
キッズ 3.0:暴力描写が多め
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『アテナ』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『アテナ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):これは戦争だ

ひとりの軍服の男が深刻そうな表情で警察署内の廊下を歩いています。

そして建物の表で記者会見を急遽実施。「警部と話しました。弟のイディールは昨夜亡くなりました。動画の警官の身元特定に全力を尽くします」…感情を押し殺すように冷静に言葉を述べましたが、押しかけた記者たちの中に紛れていた聴衆のひとりが火炎瓶を投げつけ、現場は一気に大混乱へ。

大勢がなだれ込み、車が突っ込み、煙であたりは視界不良となります。暴徒が警察の建物へ乱入し、手当たり次第に荒らしまくります。火も燃え、収拾がつきません。警察は盾でバリケードを作って廊下で対峙しますが、武器やヘルメットを探す暴徒を抑えられず、暴徒は花火で応戦。

その騒動の最中、カリムという男は暴徒に指示を出していき、車に金庫を積み、発進させます。盗んだパトカーで道路を疾走し、フランス国旗をたなびかせ、バイクで並走する仲間たち。

彼らは帰還したのは近くにある住処のアテナ団地。歓声で迎えられたそこはすでに血気盛んな若者に占拠され、要塞のようになっていました。「この戦争に勝つぞ!」

武器を手にして威勢を増す若者たち。「サツたちをぶちのめすぞ!」と動画を撮って盛り上がり、盗んだ防弾チョッキを身に着けてわざと撃ってみせるなど大興奮。

「これは遊びじゃない」とカリムは叱責します。

一方、警察隊の中のひとりであるジェロームは団地へ向かう車両に乗っていました。「日没に一斉に突入するぞ」と見取り図とともに説明を受けます。そして団地前に整列。状況は一触即発です。

団地ではモクタールがコカインを探していました。「騒動がおさまえるまでブツは森に埋めるぞ」と部下に命令しますが、警察が来たので急いで車を降りて階段を上がります。広場を通ると「それはなんだ」と若者たちに問い詰められ、群衆に囲まれ、カリムは「敵か味方か」と問います。「中身が銃ならよこせ」と言われますが、関わりたくないモクタールは足早に去ります。

団地の年配の大人たちは若者の怒りをどうやって鎮めるべきか思案しますが、もうこうなると手に負えません。まだ大勢の住人の避難も完了していないので、それが先決。カリムの兄であるアブデルは事態収拾を任せられます。

アブデルはバイクの後ろに乗り、カリムと連絡をとろうと暴徒の中を突っ切ります。群衆に警察とやりあうなと叫びますが、もはや止められる状況ではないです。

周囲も気にせず花壇を世話しているセバスチャンを発見し、誘導して一室に避難させます。アブデルはイディールの葬式に参加しますが、そこでも窓が割られ、参加者を退避。避難の列で母を発見し、「弟をお願い」と頼まれます。

報道では、13歳のイディールは3人の警官にやられたということ、犯人は本物の警官ではなく混乱を狙った極右集団と報じられていました。そのニュースをシャットアウトするカリム。激怒の感情で暴走するカリムはがむしゃらに警察隊に飛び掛かり、仲間を激励し、「やり返すんだ」と煽ります。

空が暗くなり始め、警察隊は進行。花火の中、突撃していき、暴徒を片っ端から棍棒で叩いていきます。反撃するカリムは火炎瓶を投げつけ、警官たちは散り散りに。その中に怯え切ったジェロームもいました。そしてジェロームはカリムたちに捕まってしまいます。警官を殺すことも辞さない…そう考える集団に取り囲まれて…。

アブデルは警察隊と密かにやり取りし、「俺がこの警官を取り返す」と言ってみせます。猶予はあまりありません。軍隊の突入の準備は進んでいます。

こうしてフランス各所に暴動は飛び火していき…。

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ビジュアルの完成度に圧倒される

『アテナ』、冒頭から言葉を失いますね。でもこのカリムたちが反旗を翻す最初の一撃を放つ一連のシーンは高揚感もあるのです。それこそまるで観客までもがこのカリムたちの熱気に感化されてしまうような…無関係の観客さえも巻き込んでしまうパワーがあります。そしてカリムが団地の陣地に立って眼下を見下ろしてのタイトルがドン!とでる。いや、これはカッコいい…。あまりこういうデモにカッコよさとか求めてはダメなんですけど、でもこれはつべこべ言わす隙もないほどにカッコよさでキメてくる。オープニングとしては100点満点です。

で、この冒頭だけでなく、以降のシーンも無茶苦茶カッコいい映像のオンパレードです。起きていることは阿鼻叫喚の暴徒状態での大騒動なのですが、全てのカットがひとつひとつ完成されていて、ビジュアルがもはや芸術の領域に達しています。

暴徒から放つ花火の放物線と火花、それを防ぐためにシールドで防御して進む警察隊の陣営…その構図であっても、ドキュメンタリー的に撮るのではなく、アートなアプローチで撮っている感じです

団地の使い方も巧みで、高低差や奥行きのある構造をとても上手く活用しており、通常の何十倍もスケールのある巨大な演劇の舞台を観ているような気分になってくる…。

私は2回目の鑑賞でやっと本作の絵作りとかを注視できるようになりましたよ(初見はただただ圧倒されていた)。

すごい馬鹿な感想だけど、フランスの芸術文化だな…という感覚がガンガンと突き刺さってきて、これは日本では作れないなぁ…と打ちのめされてしまいました。

フランスの芸術と言えば、“ウジェーヌ・ドラクロワ”の「民衆を導く自由の女神」を始め、民衆蜂起を題材にしたものが印象的で、それはフランスの市民革命の歴史と一蓮托生だったわけです。その伝統がまさにこの『アテナ』のような最新の映画に受け継がれ続けているなんだなと思うと、ほんと、フランスの芸術によるカウンターカルチャー、さすがですよ…。

こういう映画を作れることは今の時代、ますます重要なんじゃないかと思うのです。とくに“虐げられる側”にいる者たちが映画を創作できるパワーを持っているということが大事で…。

架空の内戦が起きてしまった「if」の歴史を描くノリとして『カールと共に』と同類ですが、この『アテナ』はビジュアルで一点突破しており、キャラクターのドラマであれこれと手を広げていないぶん、スマートに無駄な寄り道せずにまとまっていたかなと思います。

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暴力の認識の不均衡に蹂躙される

強烈なビジュアルが目に焼き付く『アテナ』ですが、ドラマ面もしっかり用意はされています。

騒乱の中でごちゃごちゃしていますが、キャラクターの視点は明確なのでわかりにくいわけでもありません。ただ、人間関係はちょっと混乱するかもですが…。

主に対立する視点は2人。カリムとアブデルです。2人とも殺されたイディールの兄なのですが、立場が異なります。カリムは暴動を指揮している中心的人物。一方でアブデルは軍所属ということで、警察や暴動に参加していない住民の側に立ち、なんとかこの騒動を収めようと必死に対処しようとします。

中盤以降、捕虜にした警官のジェロームをめぐってシャッターごしに対峙するカリムとアブデル。しかし、カリムは警察隊に撃たれて自分の火炎瓶で焼かれて死亡してしまいます。その衝撃的な出来事によって今度はアブデルに憤怒と憎悪の炎が引火。アブデルが激情のままに暴徒を指揮していくという怒涛の展開になっていきます。

本作を観て「どんな理由でも暴力は良くない」みたいな感想がでる人もいるでしょうが、本作はきっとそんな上っ面だけのコメントは端から相手にしていないでしょう。本作で描かれるのは暴力というものが社会にどう認識されるのか、その不均衡です。

警察のような国家は正当な暴力行使を独占的に保持している一方で、市民による正義のための暴力は不道徳なものとして決めつけられてしまう。それでいて極右連中が裏でやっているような非道な暴力は見過ごされる。この理不尽さ、屈辱…。それがこの爆心地であるアテナ団地の戦争を生んだわけで…。

終盤にジェロームに銃を突きつけて殺すべきか凄まじい形相で逡巡するアブデルの姿がまさにこの苦痛を味わうことになる者の全てを代弁していました。結局は殺さずに逃がし、自分自身は爆発で死ぬ前に心が燃え尽きてしまったかに見えるアブデル…。自分たちが蹂躙される存在だということをあらためて確認しただけに終わるのか…。

ラストでは暴動の引き金となったイディール殺害の真相が明かされます。暴行した警察の服を着ている者と動画撮影している者は同じグループで、首のタトゥーから極右の人間だとわかります。この示唆するシーンは蛇足かもしれませんが、おそらく作り手としては昨今の勢力を拡大して巧妙に対立を扇動する極右への警鐘を鳴らすべきだと考えたのかな。現在の社会は「市民vs権力」という単純な二項対立では収まらず、そこに分断を煽って漁夫の利を得ようとする極右勢力の存在も無視できません。それはフランスだけでなく、ヨーロッパ全体でもそうですし、日本だって同様です。

また、本作を観ていて印象的に感じるもうひとつが、男たちの戦争、男たちの革命、男たちの反逆…という様相になっていること。作中ではアブデルの妹がチラっと登場して、まだどうにかなると思っている兄に戦争がすでに勃発していることを強い口調で訴えますが、全体としては男ばかりの映画です。でもこれが現実であり、やはり現代においても戦争は男のものになっている。そのことが如実に表れていました。

『アテナ』は現代の戦争映画として最も迫っている一作なのではないでしょうか。

『アテナ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 82% Audience 73%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)Netflix

以上、『アテナ』の感想でした。

Athena (2022) [Japanese Review] 『アテナ』考察・評価レビュー