映画やドラマを観る際、その作品のレビュー評価が気になることもあります。当サイトでは以前は有名なレビュー・アグリゲーター「Rotten Tomatoes(ロッテントマト)」の見かたも紹介しました。
一方でその記事でも少し言及したのですが、そんなレビュー文化を破壊しかねない問題が近年は巻き起こっています。それが「レビュー爆撃」です。
今回はこのレビュー爆撃についてその実態と問題性を整理しています。
レビュー爆撃とは?
まず「レビュー爆撃」とは何でしょうか。
英語で「review bomb」と呼ばれ、日本語はこの直訳となります。
これはインターネット上で観察されるもので、オンラインのレビューにおいて、一部の少数の者たちが自分たちの気に入らない対象(作品や商品など)に狙いを定め、その評価を著しく低下させる目的で、否定的なユーザーレビューを一斉に大量に投稿する行為のことです。攻撃対象となるのは、映画、ドラマ、本、ゲーム、その他の商品、実店舗などさまざまです。
レビュー爆撃を受けると、そのレビューサイトなどでの評価は極端に低いスコアとなります。どれくらい評価が下がるかは、レビュー爆撃の規模と元々のその対象のレビュー数の多さなどに左右されます。
これはいわゆるレビューの水増し(padding)の一種で、「投票ブリゲーディング」と呼ばれる手法を用いたものですが、レビュー爆撃はレビュースコアを下げることに専念したものです。
大概のレビューサイトではレビュー爆撃は本来の利用とはかけ離れたものなので、禁止しているか、制限対策などを講じていますが、レビュー爆撃を防止することはなかなか難しいのが現状です。
レビュー爆撃は英語の「review bomb」の和訳ですが、これは日本語にはない英語特有の意味合いを織り交ぜたものです、英語で「bomb」は「爆弾」や「爆撃」という意味だけでなく、「突発的に起きる事件」や「作品が興行的に大失敗する」という意味でも使われます。レビュー爆撃という現象は、一部のユーザーが爆弾を次々と落とすように低評価をつけまくり、それは突発的に起きる事件のようで、作品が興行的に大失敗したかのように見せかけることができます。まさにいろいろな意味で「bomb」なのです。
「review bomb」は2008年に登場した言葉だそうです。今では大手のメディアも普通に使う言葉になっています。
レビュー爆撃の見分け方
この「レビュー爆撃にともなうレビュー」は通常のレビューとは本質的に異なりますが、個別のレビューを「レビュー爆撃によるものか、単に各個人のユーザーが素直な低評価をつけただけのものか」と判別するのは難しいケースもあります。
しかし、現象としてレビュー爆撃を認識するのはそれほど難しいことではないです。一般的にユーザーレビューのスコアというのは、正規分布でばらけることが多いのですが、レビュー爆撃を受けると極端に最低評価(星5段階評価なら星1)が突出して確認できるようになります。加えて、その状況が短期間の集中的なレビュー投稿で一転して発生します。そのため、レビュー爆撃を受けた作品は通常では記録されない量のレビュー数がみられることがよくあります。
これはレビュー爆撃がネット上の不特定多数の呼びかけで瞬間的に起きるからです。ひとりの人物が複数のアカウントを作成してレビュー投稿を試みたりすることで、少数でも大量のレビュー投稿を実現しています。
また、レビュー爆撃によって投稿されたユーザーレビューは、後述する「レビュー爆撃が起きる理由」と関連しますが、妙に政治的な主張が書き込まれたり、特定のアイデンティティ(もしくはその表象)への嫌悪感情を剥き出しにしたものだったり、同一の特徴を有していることも多々あります。場合によっては、とくに文章を書かずに最低評価だけを連発してつけるだけのものもあります。
レビュー爆撃が起きる理由
映画やドラマなどの作品に対してレビュー爆撃はなぜ起きるのでしょうか。
基本的に「作品が気に入らない」という反発感情が土台にあります。そのため、どんな理由であれ、気に入らないという要素があれば起こる可能性があります。しかし、わざわざレビュー爆撃を仕掛けるほどの動機はよほど根深いです。
近年は「反”多様性”」を表明する攻撃としてレビュー爆撃が実行される傾向にあります。
例えば、「作品の主要キャラが女性ばかりである」「白人ではなく黒人にリキャストしている」「LGBTQ表象がある」などの特徴を持った作品です。とくに従来は男性中心とされてきたファンダムを有する人気タイトルの作品は、そうした「反”多様性”」レビュー爆撃が頻発しやすいです。なのでレビュー爆撃を行うこうした男性たちのことは「怒れるファンボーイ(Angry Fanboys)」と皮肉をこめて呼ばれたりしています。無論、こうした行為に手を染める人たちを「ファン」とは呼べない(ただのヘイターである)と多くの人は感じているものですが…。実際、レビュー爆撃を実行宣言するネット上のグループも存在します(Polygon)。
2010年代後半から2020年にかけては、「ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)が押し付けられている」「”woke”に染まっている」といった陰謀論を前提に攻撃衝動が増幅しています。2014年のいわゆる「ゲーマーゲート(Gamergate)」事件から常態化し始めました。
メディアやインターネット上で少しでも多様性のトピックで話題になった有名作があれば、「あの作品も”woke”だ」と誰かの犬笛をもとにすかさず攻撃者が殺到し、ターゲットにされる…という流れが定番化しています。
こうしたレビュー爆撃を行う攻撃者は「作品は自分のモノだ」という支配欲や独占欲があり、「自分は楽しめないのに、他の人たち(女性・有色人種・LGBTQなど)が楽しんでいる」という事実が許せないだけとも言えます。歪んだ劣等感がレビュー爆撃の原動力です。
さすがに直球の差別発言をするのは目立つと思ったのか、レビュー爆撃を行う攻撃者の中には「オリジナルをリスペクトしていないからだ」などともっともらしい理屈でコーティングする人もいます。しかし、たいていはダブルスタンダードであったり、やはり内には差別主義的な考えが覗いています。
レビュー爆撃の事例(映画・ドラマ)
レビュー爆撃の被害がメディアで報じられた作品は数多くありますが、以下にいくつかの映画やドラマの事例を紹介します。
- 『ゴーストバスターズ』【2016年】
主演が女性たちでリメイクされたことが主な攻撃理由(CBR)。 - 『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』【2017年】
多様な人種の俳優が演じるキャラクターのストーリーが目立ったことが主な攻撃理由(Polygon)。 - 『キャプテン・マーベル』【2019年】
主演が女性であり、俳優がフェミニストとしても活動しているのが主な攻撃理由(CBR)。この件をきっかけに「Rotten Tomatoes」は評価システムを変更した。 - 『エターナルズ』【2021年】
多様な人種の俳優からなる主要キャスティング、そのうちひとりがゲイで同性ロマンスが描かれることなどが主な攻撃理由(CBR)。 - 『ミズ・マーベル』【2022年】
イスラム教徒の有色人種の女性が主人公であることが主な攻撃理由(The Mary Sue)。 - 『シー・ハルク:ザ・アトーニー』【2022年】
(ミソジニストが嫌いそうな)女性主人公であることが主な攻撃理由(The Mary Sue)。なお、作中で有害な男性ファンダムが敵となっており、現実と物語がシンクロしていた。 - 『ロード・オブ・ザ・リング 力の指輪』【2022年】
女性主演が多く、エルフやドワーフの一部を黒人が演じているなどが攻撃理由(The Mary Sue)。 - 『リトル・マーメイド』【2023年】
ディズニーのアニメ映画版では主役が白人の人魚だったものの、実写映画版では”ハリー・ベイリー”が演じる黒人に変更されたことが主な攻撃理由(The Guardian)。反発者は本作は不評でヒットしなかったと語る傾向にあるが、実際は本作は2023年の世界の興行収入で第8位にランクインするほどに大ヒットしている。 - 『スター・ウォーズ アコライト』【2024年】
本作の主要製作陣が女性で、主演が黒人のノンバイナリー俳優であるなどが主な攻撃理由(The Mary Sue)。配信のかなり前から攻撃感情が高まっているのが観察されていた。 - 『ザ・ボーイズ』シーズン4【2024年】
本作がドナルド・トランプとその支持者(MEGA)から着想を得ていることに当人たちが気づくのにシーズン4までかかる。反発者は「ディズニーから何人かの脚本家を引き抜いた」と疑い、ドラマが突然「wokeになった」「左翼に乗っ取られた」と不満を述べる(The Mary Sue)。
レビュー爆撃を行う攻撃者は、かなりいい加減なノリでその行動を実行していることも多く、例えば、タイトルが似ている全く関係ない作品に誤ってレビュー爆撃をしていた事案も観察されています(The Mary Sue)。
レビュー爆撃はどんな悪影響を?
こうしたレビュー爆撃は実際のところ、どんな悪影響があるのでしょうか。
レビュー爆撃はいわゆる「荒らし」のいち形態であり、オンライン・ハラスメントです。「これはただの感想なんですよ?」というすまし顔をしながら嫌がらせをして自己満足に浸るものです。「反”多様性”」レビュー爆撃の場合は、自身の内なる排外主義的な政治的主張をぶつけて憂さ晴らししており、明確な目的があるわけではありません。
ビジネスにおいては、レビュー爆撃で興行収入が減少したり、売り上げが減ったり、キャンセルになったりすることはほとんどないと言われています(Forbes)。
レビュー爆撃の攻撃者は「”woke”だから評価が低いし、ヒットしなかったんだ」と結び付けようと狙ってきますが(The Mary Sue)、仮にヒットしなかったとしてもそれは全く別のさまざまな要因が理由であり、レビュー爆撃の攻撃者の考えどおりではありません。
一方で、レビュー爆撃を受けるのは有名作が多く、もともとビジネス面で強い作品ばかりです。もし小規模作がレビュー爆撃を受けた場合、大きなイメージダウンに繋がることはあり得ます。映画やドラマの話ではないですが、「Goodreads」という書籍のレビューシステムにて有色人種の新人作家を狙ってレビュー爆撃が行われていた事例もあります(The Mary Sue)。
わかりやすいレビュー爆撃の最大の悪影響は、攻撃の舞台となったレビュー・システム自体の信頼性が大幅に低下し、対策コストがかかってしまうという、サービス運営側が被るものです。
同時に、ファンダムの居心地の低下も顕著です。レビュー爆撃に付随する差別的主張を目にしなくてはいけなくなり、ファンダム・コミュニティからやむを得ず離れる人もでてくるでしょう。当然、社会構造上のマイノリティの立場にいるファンほど、メンタルケアが損なわれ、作品を純粋に楽しめる安心の空間を奪われてしまいます。
レビュー爆撃はただ無視すれば片付くものではなく、確実に有害性を発揮しています。
「爆撃」は言い過ぎ?
ここまで英語を直訳した「レビュー爆撃」という表現をとくに断りもいれずに使ってきましたが、「爆撃」という表現は大袈裟でしょうか?
昨今は「地雷」や「奴隷」など本来は差別や戦争で用いられる単語をそれとは全く違うカジュアルな使い方をする事例に対して、本来の言葉の深刻さが損なわれてしまうとして、避ける動きもあります。
「爆撃」も、日本語では、LINEにおいてスタンプを連続して投稿することを「スタンプ爆撃(スタ爆)」と言ったり、カジュアルな借用が観察できます。
しかし、「レビュー爆撃」という表現は一概に不適切と言い難い事情があることにも留意がいるでしょう。というのも、実際の爆弾を落とす「爆撃」は人の生活を脅かし、命を奪うもので、政治的動機で実行されるものですが、「レビュー爆撃」にもそれと同じ構造がみられるからです。
レビュー爆撃は幼稚な嫌がらせで終わりません。その攻撃は現実の人間の仕事や生活に影響を与え、自死に追い込んだり、殺害予告に繋がるケースもあります。近年は「確率的テロリズム」という言葉があるように、オンライン・ハラスメントは現実社会で危険な事件を起こす力を有しています。
2023年、パレスチナのガザ地区に対してイスラエルは爆撃を含む攻撃を行い、人道上大きな批判を浴びています。実は同時期、パレスチナ支持を表明した店舗に対してレビュー爆撃が行われる事件がアメリカで散見されました(Al Jazeera)。爆弾による爆撃とレビューによる爆撃の政治的構造が完全に一致している象徴的な事例です。
レビュー爆撃は「どうせただの悪ふざけでしょう?」と過小評価されがちです。これはオンライン・ハラスメントに共通する問題でもあります。
しかし、その認識は甘いと思います。その甘さがこれらの問題を野放しにしてしまってもいます。
レビュー爆撃をするということは本当に誰かに爆弾を落としているのと同じ。そういう認識であるべきです。明白な人権侵害です。
当サイトも、どんな理由であれ、いかなるこれらの行為も支持しません。