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『失墜 Jusqu’au declin』感想(ネタバレ)…Netflix;備えよりも大事なもの

失墜

備えよりも大事なもの…Netflix映画『失墜』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Jusqu’au declin(The Decline)
製作国:カナダ(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:パトリス・ラリベルテ

失墜

しっつい
失墜

『失墜』あらすじ

地球環境問題、経済危機、感染症、戦争…。あらゆる世界をひっくり返しかねない危険に備えて準備を進めるサバイバリストたち。人里離れた森の奥にある訓練施設に集まってさらなる知識と技術を磨く。それは充実した時間になるはずだった。不幸な事故により、居合わせたサバイバリストたちの間に生じた亀裂。それはやがて生き残りをかけた壮絶な戦いへと姿を変える。

『失墜』感想(ネタバレなし)

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サバイバリスト・ブーム到来か!?

2020年に人類が直面した世界的なパンデミックの問題は私たちに日頃からの備えの大切さをあらためて教えてくれました。不測の事態に対応するべく用意周到に備えていた人とそうでない人とで、明暗が大きく分かれているのかもしれません。問題の渦中にいるとなかなか判断できませんが、このパンデミック以降の世界では人々の認識はどう変わるのか、興味深いところです。

そんな中、誰よりも入念すぎるくらいに備えを徹底していた人たちが世界にはいました。それが「サバイバリスト」とか「プレッパーズ」とか呼ばれる人々です。

彼ら彼女らはあらゆる世界的な危機に警戒しています。天変地異や海水面上昇などを引き起こす地球環境問題、地震や津波などの大災害、核戦争などの放射能汚染、市場がひっくり返るような経済危機、爆発的な拡大を起こす致死的な感染症、移民からの侵略、はたまた宇宙人からの侵略まで…。

その危機が来るものと想定して、膨大な食糧備蓄、生活必需品の用意、銃や爆弾など武器の確保、シェルターの整備、自給自足のシステムなど、万全を期して備えているのがサバイバリストです。ちょっとスーパーマーケットでトイレットペーパーを買いだめするとか、そういうレベルではありません。こういう備えを趣味にして、完全待機しているのが当然な人たちなのです。

そんな世界の終焉を常に考えているサバイバリストは、世間一般から「大袈裟な…」と小馬鹿にされることも多かったのですが、今回のパンデミックによって社会の印象も変わったでしょうね。サバイバリストになる新規勢も増えて、おそらくこのビジネスも続々と活性化すると思います。

当のサバイバリストにとっても「待ってました!」と言わんばかりの事態。今頃、森の奥とかにあるシェルターかキャンプに避難しているのかな…。

しかし、そんな自己流プロフェッショナルなサバイバリストたちは本当に世界の危機を生き残れるのか。彼ら彼女らですら見逃している危険はないのだろうか。

そんなことを考えさせる映画が本作『失墜』です。

本作はまさにサバイバリストの人たちが主人公で、この集団の中で発生する、とある事件がしだいに本当にサバイバルしないといけない事態に発展してしまうという、急転直下のスリラーになっています。あまり言うとネタバレになるので控えますが、この緊急事態はさすがのサバイバリストも「待ってました!」と意気揚々な余裕顔ではいられない。そんなヤバいシチュエーションが勃発します。

『失墜』はケベック映画です。つまり、カナダのケベック州の映画であり、使用される言語は公用語がフランス語なので、作品内でもフランス語。長らくフランスの領有地としての歴史があるせいで、今もこのケベック州だけはカナダでも特別な扱いになっていますが、映画文化も独自に進化してきました。ただ、私はあまりケベック映画を観ていないので全然語れないのですけど…。モントリオール国際映画祭とかは有名ですけどね。

それにしても邦題は『失墜』ときたか…。英題は「The Decline」ですが、かなりいろいろな翻訳ができてしまう単語だから難しいなぁ…。わからなくはない邦題センスでもあるのですけどもね。

監督は“パトリス・ラリベルテ”というケベック出身のカナダ人。これまでは短編を手がけてきており、本作『失墜』が長編デビュー作となるようです。なので私も初見となります。まだどういう作家性なのか判断しかねる状況ですが、地元を舞台に映画を今後もガンガン作ってくれるのかな。

俳優陣は、“ギヨーム・ローレン”、“マリー=エヴリーヌ・レサール”、“レアル・ボッセ”、“マルク=アンドレ・グロンダン”、“マルク・ボープレ”、“マリリン・キャストンゲ”など。これに関しても私はケベック映画ビギナーなのであまり知っている顔ぶれではない…。逆に変な先入観がないので、この手のスリラーは楽しくなってきますけどね。少なくとも俳優で展開が読めることもないですし。これが邦画だったりすると俳優だけでもう誰が死んで誰か生きるのか見え見えになることが多々ありますからね。

『失墜』はNetflixオリジナル作品として2020年3月27日から配信中です。

映画時間が83分と、とてもコンパクトなので、ちょっとした空き時間に視聴してみるのもいいのではないでしょうか。サバイバリストになりたくなる…かはわかりませんが。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(小粒のスリラーで暇つぶしに)
友人 ◯(サスペンスを見たいなら)
恋人 ◯(時間が空いているなら)
キッズ △(残酷な描写がいくつか)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『失墜』感想(ネタバレあり)

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全員で協力することが不可欠だ(戒め)

男の後頭部が映ります。その男の前には何か血にまみれた白いものがあります。これは…。

「ダフネ、起きるんだ」とベッドで寝ている少女が起こす父親らしき男。懐中電灯片手に、どうやら今は夜中。「行くぞ」とまだ寝ぼけまなこな少女に防寒着を着せ、自分も荷物を持って明らかに出かける準備をします。するとダフネが忘れたとラファエルというカメのいる飼育ケースを持ってきて、やっと準備万端。車庫には妻らしき女性もいて、ライトを消し、「ここからは静かに」とシャッターを開けます。そこには…割と普通の夜の住宅地。

車に3人で乗り、まっすぐどこかへ向かい、街外れに到着。そして…「よし、島を出るまで17分53秒」「前回より2分早い。いいタイムだ」と褒め合うのでした。今度はカメを覚えておくように…などと言いながら。
そう、この家族は根っからのサバイバリストであり、こうやって万が一の事態に備えて避難訓練をしているのでした。

日中、食料の保存方法レクチャービデオをノートパソコンで視聴しながら、自分たちも実践しています。「この米が食べられるのは20年後」と言い、まだ幼さもある娘のダフネもしっかり教育されているようで、父アントワーヌの言うことに素直です。

ある日、アントワーヌは尊敬しているベテラン・サバイバリストであるアラン・フェレットが主催しているサバイバリスト向けキャンプ合宿に参加する機会を得ます。参加者の中に欠員が一人出たとのことで幸運に感謝しながら、ひとり車を飛ばします。

たどり着いたのは大自然に囲まれた雪深い森。そこでアランに出迎えられ、スマホを預かられると、「これをつけろ」と前が見えないゴーグルを渡されます。そのままスノーモービルにまたがり、どこかへ連れていかれることに。さすがサバイバリスト、居場所がばれないように情報保護は徹底しています。

そして到着。そこには先に着いていた参加者のアナダヴィッドフランソワラシェルがおり、遅れてセバスも到着しました。アランも含めてこの7人が今回の参加者のようです。

テントがあり、ここで共同生活なのか、ベッドが複数あります。アランが説明します。仮自立ゾーン、通称「TAZ」。ここには太陽光発電、プロパンガス、発電機、薪、鶏小屋、リンゴの木、シカもいるから肉に困らないし、カエデの木もあるのでメープルシロップだって採れる(すごくカナダっぽい)、攻撃を受けた時の避難も考えてあると、自信たっぷりに解説。

テント内では各参加者がそれぞれが考える世界の危機を語り合います。同じサバイバリストとはいえ、問題視しているものはかなり違っているようです。

夜はみんなで食事。アランは同じ志を持った仲間が集ったことに満足しているようでした。

「感謝してるよ。君たちは意識が高い。だから俺の知識を少しでも共有できたら幸せに思うし、それが広まればこんなに美しいことはない。誰もが君らのような良識があるわけじゃない。そして連中は君らの全てを奪おうとする。だから俺たちは互いを守らないといけない。良い人間を集めることが大切だ

「俺も以前は1人じゃなかったが彼女は興味を示さなかった。街から遠く離れて暮らすなど行き過ぎだと言われた。だが君らを見ても行き過ぎた人間などいない。全員が共通の理想を持ったまともな市民たちだ。その理想を実現するためには努力が不可欠だ。全員で協力することが

ひとしきり想いを語り、参加者も感激する中、乾杯。

キャンプ中はまるで軍隊のような日々。ランニングし、射撃訓練し、狩りの仕方と獲った獣のさばき方を学ぶ。仕掛け爆弾を作る実技講義もあります。

互いの親交を深めて楽しい時間を過ごせている。そう思っていたある日、サバイバルは唐突に始まるのでした。世界の危機は起こっていませんが…。

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このサバイバルは想定外でした

『失墜』は、前半はサバイバリストたちの用意周到な備えが披露されていく、いわば自画自賛タイム。

射撃訓練なんて完全に本格的なものですし、栽培や狩りを中心とした自給自足な暮らしといい、なんかこれだけを切り取ると憧れる人も出てくるのは無理はないなとも思います。本人たちもすごく楽しそうで、充実している。やはり普段から変な奴だと見られてしまっているせいでしょうか、サバイバリストたちも仲間の存在を確かめ合うことで、肯定感を得ることができている感じです。

ところが例の爆弾暴発事件によってフランソワが死亡したことで事態は一変。

事故ということにしよう、通報されるぞ、過失致死とテロ容疑で刑務所行きだ、埋めるしかない、警察を呼ぼう、捜索願いが出されて終わりだ…あれこれ意見が噴出し、関係性は一気に劣悪に。そしてついにアランとダヴィッドが残りの4人に銃を向け、敵対していくことになります。

まずこの事件からわかるのは、このさっきまで割と準備万端に見えたサバイバリストたちは不測の事態に全然対応できていないということです。そもそも爆弾を作る技術はあっても、その爆弾で怪我をしたときのことは想定していないというのはうっかりミスでは済まない部分。結局、このキャンプ施設だってアランの自己満足で多少は揃っているものの、欠けているものがいっぱいあったのです。医療設備も知識もないし、外からの攻撃に備えるばかりで内側からの自滅を考慮していなかった大失態。

ここからはまさに自業自得の内部崩壊です。自分たちの仕掛けた罠にかかってセバスは死ぬし、備蓄していた武器は相手に奪われるし、動き出した負の連鎖は止まらない。

しかもこの大自然の土地もサバイバルするにはそれはそれで危険な環境。凍った水面が割れて落下したミシェルは死にかけ、その自然の猛威を味わいます。

もちろんサバイバリストたちはこの人間社会から離れた環境が「安全」と考えていたのでしょうけど、根本的な話、この世に絶対の安全安心空間なんてないわけで。

サバイバリストもこのサバイバルは想定外だったのか。

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社会を嫌っても社会からは逃げられない

『失墜』に限らず、サバイバリストというのは「社会」を信用していません。だからその助けを期待せずにこうやって自分たちであれこれと備えるわけです。

でも『失墜』のアントワーヌたちはキャンプで集まって語り合っていました。要するに小さいものではありますが、「社会」を形成しているんですね。そして楽しんですらいる。

またアランもわざわざこんなキャンプを主催しているくらいですから、結果的に「社会」をなんだかんだで欲してしまっています。それはここに居住しないかと誘ってくることからもわかります。

つまり、サバイバリストの意外な弱点が明らかになるわけです。彼ら彼女らは「社会」は嫌うけども「孤独」は苦手だということが。

同じくサバイバリストを描いたスリラー映画で『10 クローバーフィールド・レーン』という作品がありましたが、あれも孤独を補うために他者を引き入れた結果、崩壊していく空間を描いています。

私たちは「社会」をどんなに嫌っても、そこから逃げることはできない。だからこそその「社会」をどう安全に協調性を持って保つかということを考えないといけないのですが、サバイバリストにその良い社会を構築するノウハウはありませんでした。

前半で仲良さそうに見えたサバイバリストたちもよく見ると些細なことで意見が食い違ったり、ちょっとした火種ができてしまっています。

また、『失墜』の舞台は「ノール・デュ・ケベック地域」と呼ばれる場所で、ここはケベック州の約55%を占める広大な自然エリアで、人はほとんどいません。しかし、先住民は住んでいます。で、思い出してほしいのですが、爆弾を作っている時、アランは「5000人の移住者に対抗するには銃じゃダメだ」とか言っているのです。でもよく考えるとそもそも移民はこのサバイバリストたちの方なのですよね。よそ者です。このあたりからもこの人たちの「社会」というものへの感覚欠如を感じさせるのではないでしょうか。

もちろん本作はサバイバリストだけを嘲笑う映画ではないと思います。こういう弱点というのは人間誰しもが持っているものです。

まさに現在の世界的危機でもそれを実感することがたくさんあるじゃないですか。危機的状況なのにこの期に及んで利権を手放せずにズルズルと悪手を打ってしまうということも。一番身近な相手にすらも警戒心や嫉妬心を抱いて攻撃をしてしまうことも。本当に大事な瞬間に最も求められる行動がとれないことも。後悔してからでは遅いということを無力な気持ちで痛感するだけなことも。

そういう意味ではこの『失墜』の展開は全然笑えもしない、私たちの今の姿そのものですよね。

個人的にはこの『失墜』、もう少し捻りのある展開が後半のあと一押し二押し欲しかったのですが、それにはまだ時間がいるべきだったのかも。100分くらいでもいいのでもっと観たかったです。アイディアはとても面白いものでしたから。

本作を観て、もう一度再確認できたので良かったです。危機が生じたときに大事なのは、買いだめでもなく、武器の確保でもなく、信頼のコミュニティを築くことなんだ、と。

『失墜』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience 86%
IMDb
6.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Couronne Nord

以上、『失墜』の感想でした。

The Decline (2020) [Japanese Review] 『失墜』考察・評価レビュー