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『伯爵』感想(ネタバレ)…Netflix;アウグスト・ピノチェトは吸血鬼です

伯爵

アウグスト・ピノチェトは吸血鬼です…Netflix映画『伯爵』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:El Conde
製作国:チリ(2023年)
日本では劇場未公開:2023年にNetflixで配信
監督:パブロ・ラライン
動物虐待描写(家畜屠殺) ゴア描写 性描写

伯爵

はくしゃく
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『伯爵』あらすじ

とある吸血鬼は絶大な権力を欲した。そして南米のチリで独裁者へと上り詰めた。アウグスト・ピノチェトと名乗り、伯爵として生き、政治を操って自由に好き勝手に振舞う。ところが、己の犯し続けた所業を責められるようになり、もはや生きることに疲れてしまった。それでも家族からも簡単には死なせてもらえない。死を迎えるための準備はしているが、過去の行為が人生の清算を複雑にしていく。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『伯爵』の感想です。

『伯爵』感想(ネタバレなし)

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あの独裁者は吸血鬼

「あなたは吸血鬼だ」といきなり他人に言い放ったり、そう言われたりしたことのある人はあまりいないと思います。陰謀論に憑りつかれているのか、ヴァンパイア・ハンターなのか、どっちかですね…。

でも今回紹介する映画『伯爵』は、言い切ります。

「アウグスト・ピノチェトは吸血鬼です」と…。

これは「吸血鬼のようだ」という直喩でもなければ、「吸血鬼だ」という暗喩でもないです。この映画の物語では、本当にガチで吸血鬼なのです

「ええと、そもそもアウグスト・ピノチェトって誰?」…という人もいるはず。確かにここから説明しないと始まりません。

アウグスト・ピノチェトは南アメリカのチリという国で、軍人にして、1974年から1990年まで大統領を務めた人物です。このアウグスト・ピノチェトの評価はハッキリ言ってよろしくありません。なぜなら残忍な独裁者として君臨していたからです。

チリのバルパライソにてバスク系チリ人の家庭に生まれたアウグスト・ピノチェトは軍人のキャリアを突き進み、1973年9月11日のチリ・クーデターで政権を掌握。当時のサルバドール・アジェンデ率いる社会主義政権を転覆させました。

クーデター直後から戒厳令をだし、気に入らない者を次々と弾圧・迫害し、大勢を虐殺していきました。推計で3000人近くが処刑され、8万人もの人々が強制収容され、数万人が拷問を受けたと言われています。

1990年に退任した後も権力を持ち続けていましたが、その非道さは国際的に非難のまととなり、1998年にロンドン滞在中に人権侵害ゆえに逮捕されました。ところがピノチェトは釈放され、チリに帰国。認知症などの理由で裁判から逃げつつ、様々な容疑にもかかわらず、結局は何も有罪判決がでることもなく、2006年に91歳でこの世を去りました

ピノチェトの悪行は数知れず、『オオカミの家』の感想でも言及したとおり。

今回の映画『伯爵』はこのピノチェトを吸血鬼として描くことで、まあ、簡単に言ってしまえば風刺している、ブラック・コメディなわけです。それにしてもかなり思い切った直球な政治風刺ですけど…。

この政治風刺劇を生み出した監督が“パブロ・ラライン”

チリ出身の“パブロ・ラライン”監督は、両親が政治畑の人だということもあり、このピノチェト独裁政権時の問題意識が強く、手がける映画でも頻繁にそれを取り上げてきました。『トニー・マネロ』(2008年)、『Post Mortem』(2010年)、『NO』(2012年)と直接的にテーマにしてきた政治映画が続き、『エマ、愛の罠』(2019年)でもチリの政治を背景にした物語を紡いできました。

そんな“パブロ・ラライン”監督が今回はかつてないほどにストレートパンチでピノチェトを描き出した『伯爵』。たぶん“パブロ・ラライン”監督本人としても、今のチリの政治状況を見つめながら、いろいろな危機感を感じているという心情の現れなのかなとも思います。

映画『伯爵』自体は、実在の人物を扱いながらも寓話的なタッチで、これもまた『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(2016年)や『スペンサー ダイアナの決意』(2021年)など、“パブロ・ラライン”監督の得意分野です。

そんなわけで映画『伯爵』はそういう政治的背景をどれくらい知っているのかで、映画の感想も変わってくるでしょう。さすがにアウグスト・ピノチェトのことを1ミリも知らないで鑑賞すると「?」が頭に浮かぶばかりです。第一、マニアックな設定を駆使した政治風刺っていうことだけで相当に癖があるんですが…。

でもそんなに隅々までピノチェトについて知り尽くしておく必要性はないので、上記の歴史的概要を知っておけばOKです。

映画『伯爵』はヴェネツィア国際映画祭にて脚本賞を受賞するなど、評価も上々で、今作も“パブロ・ラライン”監督の才能は高く認められそうです。

日本では映画『伯爵』は「Netflix」で独占配信となったのですが(皮肉なことに1973年のクーデターから50周年の2023年に配信)、全編モノクロで、非常にダイナミックな映像もところどころ演出として繰り出されるので、なるべく大きい画面で見たい映画です。

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『伯爵』を観る前のQ&A

Q:『伯爵』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2023年9月15日から配信中です。
✔『伯爵』の見どころ
★痛烈な政治風刺。
★ダイナミックな映像演出。
✔『伯爵』の欠点
☆政治背景の事前知識はある程度必須。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:アート性も注目
友人 3.5:題材に関心あるなら
恋人 3.0:デート向きではない
キッズ 3.0:残酷描写がいくつか
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『伯爵』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『伯爵』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):そして王となる

これはとある吸血鬼の話。世界中で人間の血をすすって生きてきましたが、好物はイギリス人の血。なぜならローマ帝国を感じることができるからで、ヴァイキング風味も絶品です。しかし、この吸血鬼は南米の労働者たちの血も貪っていました。酸味が強く犬のような味がする…庶民の味が何週間も口に残るのは不快なのに…。

事の始まりは何百年も前のフランス。若きクラウド・ピノッシュは20年近くをパリの孤児院で過ごしました。その後、ルイ16世の軍で兵となり、夜は売春婦を求め、そこで本性を露わにしました。そのせいで杭で殺されそうになり、ピノッシュは容赦なく反撃します。

フランス革命が起きると、農民の格好で革命家に成りすまし、王族の処刑を見物。ギロチンにこびりついたマリー・アントワネットの血をなめます。そして自身の死を偽装し、元女王の頭を持ち出し、フランスを離れました。

指揮官を目指すことにし、王のいない国を選びます。チリです。1935年、新たな名、アウグスト・ピノチェトを名乗り、活動を開始。目的は王になること。手始めに妻が要るので、ルシア・イリアルトを迎えます。

こうして将軍に昇格。1973年、クーデターを起こして社会主義派のアジェンデ大統領を追放。私生活では伯爵と呼ばれる中、チリで絶大な権力と富を手にしました。

40年、将軍として君臨しましたが、汚職などの罪を疑われると再び死を偽装することにします。血を飲むのをやめれば心臓は止まります。棺の中では眠っているふりです。

蘇生し、空を舞うピノチェト。心臓スムージーで活力をみなぎらせ、手慣れた技で殺しを繰り返し、何も知らない夜の街で欲望のために惨殺をし続け…。

現在、ピノチェトはフョードル・クラスノフという伯爵の唯一の奴隷に支えられ、妻のルシアとひっそり暮らしていました。フョードルは吸血鬼にしてもらっており、ルシアと不倫関係にあります。

そこに5人の子どもたちが帰省してきます。みんな遺産が目当てです。きっと父は遺産なんて1ペソも渡さないだろうという意見もありましたが、意外にもピノチェトは子どもたちに財産を相続させると言いました。

書類をチェックしまわる子どもたち。かなり乱雑で何が何なのかわかりません。そこで専門家としてある人物を呼び寄せます。会計士アシスタントのカルメンです。カルメンはテキパキと書類に目を通し、朗らかな口調で財産整理をし、隠し財産もきっとあるのでは?とピノチェトに質問します。

ピノチェト家は知りません。このカルメンが悪魔祓いとして教会から派遣されてきた人間であり、このピノチェトの悪行を暴こうとしていることに…。

この『伯爵』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/02/04に更新されています。
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富と権力を吸血する

ここから『伯爵』のネタバレありの感想本文です。

映画『伯爵』はアウグスト・ピノチェトを吸血鬼として描いているのですが、人生をそのまま史実どおりに映すわけでもなく、始まりからして全然違ってきます。

逆にどこが史実どおりなのかと言えば、作中で言及されていくピノチェトの悪行のあれこれです。

本作がユニークなのは、ピノチェトが独裁者として成り上がっていく過程は冒頭10分くらいでサクっと説明してしまって、後はずっとこのピノチェトの晩年、というか死ぬに死ねない状態を描いているということ。

このピノチェトはもう死にたいようで、250年の人生を終焉させようとしていますが、なかなか死ねません。歩行器でよろよろと歩き、弱々しくなっている姿は独裁者としての風格もありません。ただし、それはピノチェトが改心したわけでもなく、作中で「殺人鬼と言われるよりは泥棒と言われる方が嫌だ」と言ってのけ、共産主義者やらを殺したことには微塵の罪悪感を感じていないことからもわかるように、ピノチェトはこの姿になっても自惚れています。歪んだ自尊心を守るために死にたいだけです。

そこへやってくるのが5人の子どもたち(成人済み;史実でも子どもは5人)。この子どもたちは父が吸血鬼だと知っているも、自分たちは襲われないので平気です(権力の庇護を受けて身の安全は保障されていることへの風刺)。そして作中では、子どもたちは父がやってきた行為に何の問題意識も持っていないことが浮かび上がってきます。要するに、この子どもたちは吸血鬼ではないですけど、父の富と権力を吸血してきたも同然の輩です。

また、妻のルシア・イリアルトも史実どおりですが、作中で会話で言及されますが、「CEMA」というNGO絡みで公共資産の流用、脱税、横領などの罪に問われます(実際は失脚するもこちらも何の刑罰も受けずに2021年に死亡している)。ルシアも全然罪の意識はなく、知らぬ存ぜぬで自分も吸血鬼になりたいと願っています。権力の永久パートナーとしてのポジションが欲しいのです。

こんな感じで映画『伯爵』は、ピノチェト・ファミリーのあまりに欲深く救いようのない醜態を赤裸々に描き出しています。もちろんこれは家族だけの性質ではなく、チリにおけるピノチェト周辺の人間たち全てをまとめるような風刺です。権力に群がるような人間たちは結局はこんな情けなさしかない連中ばかりであるという…。

最終的にあの子どもたちはありったけの家財を船に積載して、なんとか持ち逃げすることしかできないのですが、本当の財産は意外なものでした。それはピノチェトが隠し部屋に保存してきた歴史的な品々(たいていが植民地主義や暴力などと関連する野蛮な代物なのですが、人類の歴史はそういうものであるという象徴でもあるかもしれません)。

少なくともピノチェトはこれらを子どもたちに渡しもしなかったので、権力者というのは子さえ別に信用していないというオチでした。

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次の独裁者は着実に育っている

映画『伯爵』はアウグスト・ピノチェトを吸血鬼として描くだけでもかなり大胆な設定ですが、さらに隠し玉を用意していました。

物語の後半、颯爽ともうひとりの吸血鬼が登場し、自身の過去を語ります。ナレーションとして冒頭から喋っていたそいつの正体。それは…マーガレット・サッチャーでした。イギリスの首相となる、あの「鉄の女」です。

ピノチェトの実の母親はストリゴイによって吸血鬼になった女性であるこのマーガレット・サッチャーだった!…という衝撃の過去(もちろんこれは本当にピノチェトの母はマーガレット・サッチャーであると言いたいのではなく、風刺ですよ)。

この設定は、歴史的にもピノチェトの政権を支持していたのは他ならぬ英米であり、あのピノチェトだってアメリカやイギリスの傀儡だったのだという現実を突きつけるものです(アメリカ政府はピノチェトのクーデターを支援し、イギリス政府はピノチェトの釈放を後押ししました)。

蜜月の関係を本作では母子として思い切って描写してしまうという荒業でした。作中でピノチェトがフランスにて権力の味を覚え、マリー・アントワネットの生首まで大事に保管しているあたりからしても、“パブロ・ラライン”監督はこれを単にピノチェト個人批判で片付けず、国際社会の歪な構造まで手を伸ばして批判しているのが伝わってきます。

そして本作でもうひとりの鍵となる人物がカルメンです。当初の彼女はピノチェトの悪行を暴くつもりのようでしたが、悪魔祓いで倒すこともできると考えたのか、行動はどんどん錯乱していき、最終的にはピノチェトの意のままになってしまい、吸血鬼化します。開放的に空中を浮遊するシーンが印象的です。

最後は斬首で終わりますが、ピノチェトのような独裁者には司法も信仰も歯が立たないことを見せつけるような展開でした。

さらにこの映画は追い打ちをかけます。ピノチェトとマーガレット・サッチャーは生存し、どこかへ消えます。ラストで描かれるのはマーガレット・サッチャーのような女性に送り出されて学校へ行くひとりの子ども。この子はおそらくピノチェトが若返った姿であり、「左翼を滅ぼしてやる」と息巻きながら登校するというエンディングです。

今のチリにもピノチェトの生まれ変わりがいて、あの惨劇は繰り返される未来が着実に迫っているのだという警告を残して映画は終わります。

現実のチリの状況はその“パブロ・ラライン”監督の懸念も納得のありさまです。最近の世論調査では、国民の60%が過去のクーデターに関心がないと答え、約4割はクーデターが起きたのは当時のアジェンデ政権に大半の責任があるとの見方を示しているとのことロイター。チリ国民の10人中4人近くがピノチェト政権が国を近代化したと考えており、20%が独裁者ピノチェトを20世紀のチリの最良の統治者のひとりとみているとのデータもありますAP News

今だにあのピノチェトを「チリの奇跡」を起こして経済を復活させたヒーローとして心酔している人は少なくありません。チリ国民の3分の1以上がピノチェト政権を否定していないというのは、かなり恐ろしい話です。

アメリカもかつて独裁政権誕生を支援した証拠となる機密文書の開示に応じていません。

チリにまたも残忍な独裁政権が生まれてしまうのか。時間の問題のような気もしますが、そのとき殺されていくのは今の社会における弱い立場の人たちです。

自分の血や心臓は独裁者のご馳走にはならないとは考えないことですね。

『伯爵』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 82% Audience 67%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
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関連作品紹介

吸血鬼映画の感想記事です。

・『ドラキュラ デメテル号最期の航海』

作品ポスター・画像 (C)Netflix

以上、『伯爵』の感想でした。

El Conde (2023) [Japanese Review] 『伯爵』考察・評価レビュー