地球外生命体に出会うという意味…映画『アド・アストラ』(アドアストラ)の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2019年9月20日
監督:ジェームズ・グレイ
アド・アストラ
あどあすとら
『アド・アストラ』あらすじ
地球外生命体の探求に人生をささげ、宇宙で活躍する父の姿を見て育ったロイは、自身も宇宙で働く仕事を選ぶ。しかし、その父は地球外生命体の探索に旅立ってから16年後、地球から43億キロ離れた太陽系の彼方で行方不明となってしまう。時が流れ、エリート宇宙飛行士として活躍するロイに、驚くべき情報がもたらされる。
『アド・アストラ』感想(ネタバレなし)
ブラッド・ピットは宇宙で何を想う
先日、安倍首相が「自衛隊の宇宙版を作りたい」という趣旨の発言をしたことが報じられていましたが、だったらまずは日本の科学教育を充実させてくださいと切に願う今日この頃。
現在、もっぱら隣人や隣国との軋轢ばかりに身も心も向けているような我々地球人。その中に宇宙へのロマンを持っている人はどれくらいいるのだろうか…そんなことを考えたくもなります。
宇宙を見つめることは私たち人間にとても大きな事実を教えてくれます。それは所詮私たちは「地球生命体」というひとつの惑星の命に過ぎないということ。人種、民族、宗教…そんなものは個体差でしかないのです。みんな地球人です。
そう考えると、ほんと、なんで争っているのでしょうかね…。
今回紹介するSF映画もそんな黙考をしたくなる作品かもしれません。それが本作『アド・アストラ』です。
本作は宇宙を舞台にした壮大な作品で、地球外生命体探査任務中にどこかの宇宙の果てで行方不明となってしまった父親の真実を知るために、ある男が調査に向かう…というのが大雑把なあらすじ。主演はなんとあの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でも素晴らしい名演を披露し、やっぱりこの男は凄いなと痛感させられた“ブラッド・ピット”です。“ブラッド・ピット”がこういう宇宙モノに出演するのは初なのかな? 珍しい組み合わせですよね。
これだけ聞くと、そして映画のポスタービジュアルなんかを見ていると、いかにもスペクタクルとエンターテインメントに満ちたスペース・アドベンチャーな感じで期待する人もいるでしょう。
でも最初に言っておきます。そういう映画ではないです。近年の宇宙モノはなんだかんだ言って山あり谷ありの一般ウケしやすいノーマル性を持っていましたが、この『アド・アストラ』はちょっと違う。これはすでに多くの鑑賞者が口にしていることですけど、スタンリー・キューブリックの名作にしてSF映画の伝説的一作『2001年宇宙の旅』と、フランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』を合わせたものを彷彿とさせる雰囲気を持っています。かといってそこまで難解というわけではないので警戒しなくてもいいのですが、少なくともSF的な読解力を求めてくるのは確かです。いや、そこまでマニア丸出しなSF思考はいらないかな、単に人間の心象心理に向き合う姿勢がいる…そんな感じでしょうか。『オデッセイ』や『インターステラー』のような宇宙舞台の“自分との見つめ合い”ではありますが、それらよりも『アド・アストラ』はもっと内省的で非娯楽的です。
監督は“ジェームズ・グレイ”という人で、あまりポピュラーな馴染みはないと思いますが、1994年の長編映画監督デビュー作『リトル・オデッサ』でヴェネツィア国際映画祭にて銀獅子賞を受賞するなど、映画界では国際的な認知度の高い監督です。どちらかといえば好事家たちに評価されるドラマ性の強い作品を手がけることが多く、いわゆる商業的娯楽大作とは無縁の人です。直近だと2016年に『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』という映画を監督し、邦題からアドベンチャー作品風に見えるのですが、中身はがっつり人間ドラマに自重をかけた奥深い映画でした。
なので“ジェームズ・グレイ”監督の作風を知っている人は、あらかた“こうくるのかな”と身構えられるのですが、そうじゃない人でエンタメを要望されていると「え、なにこれ?」「寝ちゃいました」となりかねない。そんなミスマッチは映画も観客も可哀想なので、忠告しておきますね。
ただ、一方でこれで“この映画は見なくていいや”と鑑賞予定リストからデリートするのは待ってほしいところ。先にも言ったように役者の演技力そしてドラマと映像のハマり方、どれも非常によくできている映画です。とくに映像面での素晴らしさは筆舌に尽くし難い。出品されたヴェネツィア国際映画祭でも批評家評価が高かったのも頷けます。これが“ジェームズ・グレイ”監督作に初めて触れるという人にも割とオススメです。
“ブラッド・ピット”以外の出演陣は、日本人には宇宙人でおなじみの“トミー・リー・ジョーンズ”、他は“ルース・ネッガ”、“ジョン・フィン”、“ドナルド・サザーランド”など。でも基本は“ブラッド・ピット”の芝居力がメインの映画です。2時間たっぷり濃厚に味わえます。
この手の宇宙モノは絶対に劇場スクリーンで観た方がよく、スケールが段違いで変わるので、ぜひとも映画館で「宇宙と“ブラッド・ピット”」の絵になる映像を見ながら、深遠なSFに足を突っ込んでみてください。
オススメ度のチェック
ひとり | ◎(SF好きは必見) |
友人 | ◯(SF趣味同士で) |
恋人 | ◯(俳優目当てでも良し) |
キッズ | ◯(宇宙が好きなら) |
『アド・アストラ』感想(ネタバレあり)
はるか宇宙の彼方へ
『アド・アストラ』というタイトル「ad astra」の由来はラテン語で、「星々へ」(to the stars)という意味です。本作のオープニングのテキストでもまさにその文字が表示されます。
舞台はそう遠くない、近い未来。
主人公であるアメリカ宇宙軍に所属するロイ・マクブライドは、地球の地上から天高く大気圏近くまで伸びる巨大な宇宙アンテナで仕事をしていました。極度に空気の薄い外にも耐えうる作業スーツを着用して、狭い室内で職場の人の横を通り抜け、いざ外へ。地面がはるか下に見えるクラクラする映像。そこから下に降りていき、作業を開始。
すると突然何の前触れもなく異常事態発生。謎の大規模サージ電流によってアンテナ施設でトラブル多発。爆発とともにあたりはパニックに。近くで同じく作業をしていたスタッフが無残にも落下する中、ロイもこの場にはいられないほどの危険に直面し、自ら落下。なんとかパラシュートで無事地上に降りることができました。
ここの映像のインパクトで観客の心を一気に持っていかれますね。
一難去ってまた一難。実はこのサージは地球規模で問題となり、人間社会は存続が危ぶまれるほどの機器に陥っていました。しかも、ロイはアメリカ宇宙軍の上層部に呼び出され、衝撃的な事実を知らされます。
ロイの父親クリフォードは地球外生命体を探索するという使命のもの深宇宙へと26年前に出発し、海王星の軌道のあたりに到達した16年前に音信不通となっていました。ところがこのサージ現象がクリフォードが関連したものである疑いがあるというのです。父は生きているのか。何が関与しているのか。精神が壊れてしまったのか。それとも…地球外生命体に遭遇した結果なのか…。全くの謎だらけの状態で混乱も収まらない中、ロイは火星に行き、クリフォードに対して「止めるように」説得するメッセージを発信するという大役を任せられます。
父との古い知り合いであるというプルーイット大佐と一緒にまずは月へのロケットに乗るロイ。この作中の時代ではすでに月への航路が商業的に開拓されているという設定のようです。民間航空のジャンボジェット機とほぼ同じ。ロケット内のアメニティが100ドルを軽く超えるほどバカ高いですが。月へ到着するとそこはちょっとしたアミューズメント施設。サブウェイとかも普通にあって、家族旅行者もいる感じ。
しかし、ここから『地獄の黙示録』と同様にまさかのダークサイドを体験することに。月の施設から少し離れた先にある火星へのロケット発射場までの移動途中。実は月ではならず者による紛争地帯が存在し、案の定、ロイたちは移動最中に襲撃されます。ここの月という特有空間でのカーチェイスシーンがなかなかに斬新。静と動の使い分けをした映像センスが相変わらず発揮。
犠牲者も出しながらロケット発射場に着くと休む暇もなく、ロケットへ。ここでプルーイット大佐は怪我を負い、離脱。その時、彼はロイにクリフォードの暗殺命令が下っていることを密かに伝えます。動揺を隠せないロイですが、何もできないので火星へ出発。このロケットはさすがに民間客ではなくプロが搭乗しています。道中、救難信号を発していたノルウェーのステーションに立ち寄りますが、実験動物だったと思われるワイルドなモンキーに襲われ、船長が死亡。ロイが代わりに操舵し、サージにまたもや直面しながらも、無事に火星に到着。
長い、長い旅路でした…。
ところがここで終わりではなく、ここからが本題で…。
この人の撮影はやっぱり凄い
『アド・アストラ』の魅力はやはりいの一番に挙げられるのが映像美。正直言って、宇宙モノの作品は結構作られているので観飽きることも多いです。『ゼロ・グラビティ』など革新的なビジュアル作品もありましたし、二番煎じ感を回避するのは極めて難題です。
でも『アド・アストラ』の映像は、“まだまだこんなことできますよ!”と言わんばかりの、映像センスが流星群のように降ってきます。序盤の宇宙アンテナ大惨事の場面では、こっちの首が痛くなる錯覚に陥るほどの上に下にの映像視点の切り替えがあり、緊張感を上手く煽ります。そして例の月での『マッドマックス』的カーチェイスの場面は、クラッシュが幻想的という非常にカオスな絵でした。
それ以外にも激しくない場面でも映像面の仕掛けが盛りだくさんで、例えば、猿襲撃のステーションでロイが船内に入る際、ロイのヘルメットを真正面からとらえるシーンで彼の前にある丸い小窓のあるドアが反射しているのですが、そのビジュアルが『2001年宇宙の旅』に登場する「HAL 9000」のカメラ・アイに見えます。これによりここで“人間が予期もできない者による反逆があった”ことを示唆させる、SFマニアを歓喜させる演出とか。
本作の撮影を手がけたのは『インターステラー』『007 スペクター』『ダンケルク』と映像撮影が称賛される作品を生み出し続けている、名手“ホイテ・ヴァン・ホイテマ”。さすがとしか言いようがない仕事っぷり。『ダンケルク』ではアカデミー撮影賞にノミネートでしたが、『アド・アストラ』でも評価されないとオカシイでしょう。
そして忘れてはならぬ俳優の名演。“ブラッド・ピット”…なんであなたはこんなに凄いの…。そんな問いかけもしたくなるような、“ブラッド・ピット”熱演集みたいな映画でした。なんか最近の彼の演技はすでに上手いとかそういう次元を超えて「尊い」みたいな領域に到達していますよね。今回も異様に人生に達観している状況に立ってしまった男の役であり、ある種の今の“ブラッド・ピット”の実人生に重なるのでしょうね。
“ブラッド・ピット”はすでに俳優キャリアにはあまり興味がないようで、バックアップサポートに徹していく感じらしく、名作を生み出している彼の製作会社「Plan B Entertainment」とともにこれからも映画の宇宙を拡大させていってくれるのでしょう。「みんなに優しく」「愛する気持ち」と一緒に。
地球外生命体に出会えたのか
『アド・アストラ』を鑑賞していて物語を整理すると、最近の同じく宇宙モノである『ファースト・マン』に近しいものを感じます。あれもひとりの男の人生との向き合いの静かな物語であり、ストーリー展開構成も、まずは“下”に落ち、自分にしか理解しえない目的のために“上”に向かい、それを達成して“下”に戻ってくる…ここも共通です。
でも『アド・アストラ』の場合は『ファースト・マン』よりもさらにこの世の深遠に首を突っ込んでいくような踏み込みをする物語です。
本作を語るうえで欠かせないのが、ジョゼフ・コンラッドの代表作にして非常に有名な1902年の小説「闇の奥」。この作品は西洋植民地主義が蔓延るアフリカを舞台に、人間や文明の闇を浮かび上がらせる話なのですが、この「闇の奥」をベトナム戦争に置き換えて映画化したのがフランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』でした。
実は“ジェームズ・グレイ”監督は、過去作『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』が「闇の奥」と極めて近い舞台設定と雰囲気を持つものになっており、たぶんこのテーマ性が好きなんでしょうね。こちらはアマゾン奥地にあるという秘密の黄金古代都市を追い求める探検家の物語で、実話なのですが、どこかにあるであろう“何か”を果てなく探す旅路という部分が大事。
そして『アド・アストラ』はまさに「闇の奥」の宇宙版です。
私はこの感想の序文で、「人種、民族、宗教…そんなものは個体差でしかないのです。みんな地球人です」なんて綺麗事を書きましたが、でもそれはよく考えると理想的な平和性を意味するとは限りません。みんな地球人なら、自分の個性はどこにあるのか。ましてや地球外生命体にもし出くわしたら、私たちの常識や倫理さえも覆されるかもしれない。一種の究極のアイデンティティ・クライシスです。
『アド・アストラ』ではロイが地球を離れていくたびにその自我が揺れていきます。月にいる時はまだその場所は地球の商業主義がそのまま移植されており、見慣れた安心感があります(いいか悪いかは別にして)。ところが、火星に着くともうそこは地球の世界ではないです。しかも、ここで正真正銘の火星生まれの人間、いわば「火星人」に出会うんですね。そこからの旅路で人を殺めてしまったロイは、ますます地球人としての“欠かせない何か”を捨てた存在になります。
そして「リマ」プロジェクトの終着点である海王星で地球外生命体探しに独り没頭する父を発見。このクリフォードは結局、地球外生命体を見つけられず、仲間は絶望と不安に気が狂い、反乱を起こして粛清された…という暗い世界に生きているわけです。しかし、考えようによっては、もうこのクリフォード自身が地球外生命体と言えなくもありません。そもそも地球生命体と地球外生命体を分ける基準なんてあるのか。
本作の物語を見ていると、やっぱり人、もしくは個人を定義するためにも、国、宗教、人種、民族、いやもっと小さいスケールで言えば、映画が好きとか、この食べ物が好きとか、そんな些細なことでもいいので、それが自分を確固たるものにしてくれるのでしょうね。
それを理解して地球へ帰還したロイ。人間が宇宙で唯一の知的生命体であるかもしれない中で、彼が出会ってホッとした相手は妻でした。この物語はそんな生命体との出会いで幕を閉じます。
本作にSF汁たっぷりの濃厚な作品でしたが、それでいて科学一辺倒ではなく、非常に文学的な要素も強い映画です。とくに終盤の展開は映像どおり単純に受け止めていいのかと躊躇させます。本当に主人公は地球に帰れたのか? 家を出たことが冒頭でわかる妻が最後に帰ってくるなんてあるのか?
昨今はどうしても「ヒーロー!」「リーダー!」「団結!」「平等!」みたいなシュプレヒコールの全盛期で私たちはそのムーブメントについつい熱狂してしまいます。でも本当に単に迎合しているだけでいいのか。もっと大切な何かを忘れていないか。そういう民衆が本能的に求める現在の社会の在り方に対するアンチテーゼになるような映画が、『ファーストマン』『トイ・ストーリー4』、そして『アド・アストラ』と作られているところを見ると、やっぱり作り手の中にはそこに一石を投げたい人もいるんだなと痛感しますね。
監督前作『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』に続いての科学批判。男性的なヒロイズムに基づく科学は正しいのか。そんな問いを投げかける本作は『2001年宇宙の旅』に心躍らせた“男たち”に冷や水を浴びせるものです。ロマンと言えば聞こえはいいけど、それは男のナルシズムでもある。そんなもののせいで、犠牲になった命や人権が無数にあるのが科学発展の歴史の闇(それを示すかのような作中の殺戮と核爆発)。私としてはあの不完全燃焼に終わった『パッセンジャー』の答えを提示しきった映画にも思います。とにかく今の時代を象徴するSF映画でした。
知的宇宙生命体コンタクトとは簡単にはいかないけど、ぬるま湯に浸かる私たちを振動させてくれる『アド・アストラ』。
本作が気に入った人はぜひ“ジェームズ・グレイ”監督過去作『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』も見てみてください。日本では劇場未公開で知らない人も多いはずですので。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 81% Audience 55%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation
以上、『アド・アストラ』の感想でした。
Ad Astra (2019) [Japanese Review] 『アド・アストラ』考察・評価レビュー