韓国のテレビドラマによる本気のSFワールド…ドラマシリーズ『シーシュポス The Myth』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2021年)
シーズン1:2021年にNetflixで配信
脚本:イ・ジェイン、チョン・チャンホ
恋愛描写
シーシュポス The Myth
しーしゅぽす ざまいす
『シーシュポス The Myth』あらすじ
天才工学者として巷で有名だったハン・テスルは、ある日、とんでもない現象に遭遇する。それは科学に秀でた自分でも理解することはできない。普通に考えればあり得ない出来事。そんな困惑する彼の前に、カン・ソへという女性が当然やってくる。彼女は謎の組織に狙われており、非常に戦闘能力に長けていた。事情がわからない中、カン・ソヘは驚くべきことを告げる。自分は未来から転送してこの時代に来たと…。
『シーシュポス The Myth』感想(ネタバレなし)
「JTBC」10周年の本気ドラマ
現在のかたちとしての韓国のテレビ業界の歴史は比較的浅いです。それは韓国の歴史的背景を知っていれば想像がつきます。
1980年代の韓国は『タクシー運転手 約束は海を越えて』や『1987、ある闘いの真実』で描かれていたように、独裁的な軍事政権下にあり、国民の生活は権力によって厳しく弾圧されていました。
当然、その時代では言論の自由も容赦なくコントロールされます。当時は「言論統廃合」という政策が行われ、メディアは政府の都合がいいように動かされていきました。例えば、多くの主要なテレビ局は公営の韓国放送公社に統合され、商業的な内容の放送も著しく制限されました。
その後、韓国は市民運動の犠牲もあってなんとか民主化を達成。1990年になると、抑圧されていたテレビ局も解放され、一気にメディアのバラエティが広がります。
ということは韓国のテレビ局の自由を獲得してからの歴史はまだ30年しか経っていないんですね。でも、その歴史の浅さを感じさせない、素晴らしいコンテンツを今では韓国国内のみならず世界に発信できているのですから、本当に凄いものです。
その韓国のテレビ局の中で、割と新米なのが「JTBC」です。中央日報系のテレビ放送局であり、設立は2011年。日本からはテレビ朝日が主要株主になっています(3.08%だけど)。外国提携放送局としては、CNN、FOX、HBO、BBCなどもカバーしているので、なかなかにグローバルです。
そんな「JTBC」が制作しているドラマシリーズとしては、『梨泰院クラス』が日本でも人気となりましたし、『それでも僕らは走り続ける』がつい最近は放送されたり、割とクィアな作品が目につきます(私だけかな)。
そして「JTBC」開局10周年の記念すべき大事な時期を飾る気合の入ったドラマシリーズが登場しました。それが本作『シーシュポス The Myth』です。
本作は…どこまで話していいのかな。ネタバレに気を付けないといけないので慎重になるのですけど、これは言っていいでしょう、タイムトラベル要素ありのSF作品です。
雰囲気としては『20世紀少年』や『STEINS;GATE』などに近いと思ってください。世界の終焉をどうやれば防げるのか、はたまたなぜこんな現象が起きているのか、それを探っていくミステリー成分濃いめのセカイ系SFですね。
そして何よりも『シーシュポス The Myth』はスケールがデカいのが特徴。本当にテレビドラマなのか?と疑うレベルの大規模な撮影となっており、大作映画級の映像に驚きます。なるべく大きな画面で観ないともったいないと思うほどです。
また、アクションにも実は力が入っており、『ジョン・ウィック』だとかああいう昨今のアクションの系譜をしっかり掴んでいる見ごたえのあるシーンも定期的に飛び込んできます。『悪女 AKUJO』とか、韓国映像業界の最近のアクションは目覚ましくカッコよくなっていますよね。『シーシュポス The Myth』もアクション・マニアは見逃せないんじゃないかな、と。
俳優陣は、ドラマ『秘密の森』シリーズの“チョ・スンウ”、『ザ・コール』『#生きている』の“パク・シネ”。この2人が謎多き物語を引っ張る主役です。そして、『今日も無事に』の“チェ・ジョンヒョプ”、『探偵なふたり』の“ソン・ドンイル”、『ドクター異邦人』の“チョン・ヘイン”など。
韓国ドラマシリーズのネックはその時間の長さで、本作も1話約70分で計16話もあるのですが、じっくり謎と向き合いながら鑑賞していくのも楽しいです。日本ではNetflix配信なので見やすいですし。
何より「JTBC」10周年のスペシャルなお祭り感もありますし、とりあえずの気軽さでこの派手な打ち上げ花火を観に行くのもありです。
オススメ度のチェック
ひとり | :じっくり鑑賞がベスト |
友人 | :物語を語り合おう |
恋人 | :異性恋愛要素もあり |
キッズ | :子どもには少し長いかも |
『シーシュポス The Myth』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):またその時間が始まる
「ソヘ、起きろ」「行け、お前の番だ」…父にそう言われて目覚める若い女性。ここはどこかの場所。スーツケースを持った人たちが重装備な警備員に監視されチェックを受けています。腕に機械でコードのようなものを刻まれる人たち。「本社は責任を負いません」というアナウンス。そして奥には巨大な機械があり、怪しい光を放っています。
「一緒に行けない」と言う父は着いたら何をするかの確認をしてきます。逃げる、捕まるな、誰も信じるな、そして、ハン・テスルに関わるな…。それが絶対の決まりでした。「お母さんが死んでも構わないの?」と女性、カン・ソヘは訴えますが、「みんな死ぬ」と父は達観。涙ながらの別れ。
「行けば旨いものがたくさんある、自由に生きろ」…そうして「250811」と呼ばれるソヘは、奥にあるのは光を放つ装置に向かいます。
そして…目が覚めるソヘ。ここはどこ? 夜の野外、みすぼらしい建物の脇です。すぐに歩き出すと線路をひたすら歩きます。電車が通るのを茫然と眺めるソヘ。まるで初めて目にしたかのように…。
すると上空にライトを照らすドローン、そしてスポットライトを照射されます。前方には防護服のようなものを着た異様な集団が迫ってきます。武装もしています。列車の下に隠れ、逃げようとするソヘでしたが…。
一方、空の飛行機。ファーストクラスの座席は快適。そこに座る、気だるそうな若い男。彼の名はハン・テスル。彼は自惚れ屋の天才工学者であり、今も客室乗務員を口説くような調子者。しかし、その表向きの顔はIT財閥の「クォンタムエンタイム」の共同創業者であり、業界では知らぬ者はいない大富豪。けれども会社の経営にはそんなに興味がないらしく、今日もひとりで遊びに出かけている最中でした。
そのとき、揺れとともに飛行機はコントロールを失います。テスルはコクピットへ行くと、「窓に人が…」と残った副操縦士は意味深なことを呟いていました。確かに窓には穴があいており、応急処置で塞ぎます。
時間は3分程度しかありません。電力を復帰させるべく策を考え、その場で計器を分解しだすテスル。
そこでスンボクという人から電話がきて、「理事会だぞ」と催促を受けます。「今は墜落中だから」とテスルはそっけなく答え、その場で経営方針を宣言。遺言、そして金庫の暗証番号は100811で、お前の彼女のユリと大学時代に出かけたとのたまう始末。
そうこうしていうちにビル街に飛行機は急接近。テスルの咄嗟の発明は間に合うのか…。
間に合いました。気が付けば病院。世間は英雄としてテスルを称えます。メディアは事故原因をバードストライクと分析。
一方でスンボクからは責任を持てと怒られ、「テサンは死んだんだ」と強調されます。精神科医のキム・ソジンに薬をねだるテスル。兄のことを聞かれます。「亡くなる直前に大喧嘩したそうですね、最後に何が?」…テスルは答えたくありません。
昔、企業が初めて軌道に乗った大事な日。パーティ会場に兄のテサンが乗り込んできて「奴らを見たんだ、スーツケースを持っていて」「お前とも関係ある。この世界には別の世界の人間が紛れ込んでいるんだ。奴らはお前を探している」とまくしててきました。それをテスルは「いい加減に正気になってくれ」と突き飛ばしたのです。その後、兄は損傷の激しい遺体として発見されるとは思いもよらず…。
現在、心に兄への後悔を抱えるテスル。帰りの車、目の前に現れた例の副操縦士の男からUSBを渡され、その中身を見ます。それはコクピット映像。飛行機の窓に衝突したのは、人間です。顔を解析すると…「兄さん?」
テスルは飛行機に衝突した人物が手にしていたスーツケースを草原で発見します。暗証番号は兄がよく使うあれ…。開く鞄。テスルの留守電にソヘから「早く逃げて、恐ろしい連中よ、絶対に誰も信じないで」「スーツケースは絶対に開けないで」というメッセージがきているのに気づかず…。
テレビドラマでも政治は風刺する
『シーシュポス The Myth』は第1話からジャンル作品としてのツボを的確に押さえた作りになっており、マニアも満足させつつ、しっかり初心者向けの敷居の低さもサポートしていました。
まずやはり世界観構築が良くできています。本作は、ミサイル攻撃(その正体は後にわかるとおり、黒幕のシグマであるソ・ウォンジュが仕組んだもの)によって崩壊した韓国が描かれます。とくにソヘが父とサバイバルすることになるポスト・アポカリプス状態の韓国描写は映画一級品レベルです。
崩落したビル街、廃棄された商店街、朽ち果てた遊園地…たぶん全部セットもしくはCGの組み合わせなのでしょうけど、全く違和感のない作りこみです。最近も『新感染半島 ファイナル・ステージ』で同様の状態になった韓国を観たばかりなのですけど、こっちの『シーシュポス The Myth』は明るいシーンも多く、誤魔化しのきかない場面を堂々と再現してみせており、クオリティでは本作に軍配があがる気もします。
それだけでなく、しっかり社会風刺もできているのが韓国作品の大事な優秀点。今作の世界では、未来から量子テレポーテーション装置「アップローダー」を使ってやってきた第1陣が相当な権力を手にして社会に溶け込んでおり、政治家もそれを知りつつ、黙認しています。相変わらずの政府の腐りっぷり。ほんと、この作品内では国家権力なんてこれっぽっちも役に立たない、クズです。
「取締局」なる組織が転送者を狩るという展開は、北朝鮮との分断問題を抱える韓国だからこそのリアリティがありますね。やたらと防護服装備で厳重に包囲し、隔離し、存在を抹消してくる感じは、今のコロナ禍ともシンクロします。
こういう政治批判を裏に縫い合わせたセンセーショナルな作品をちゃんとテレビ局が大々的に作れる韓国。政治家とべったりな傀儡化している日本のテレビ局を目にしちゃうとね…。羨ましいなぁ…。
韓流のセカイ系を彩る人間模様
『シーシュポス The Myth』はもちろんキャラクターも魅力的。基本的には世界の命運を握る男女を描くというベタベタな「セカイ系」の流れなのですが、主役2人が濃いです。
まずハン・テスルですが、彼はあれですね、『アイアンマン』のトニー・スタークとほぼ同一です(まあ、やっていることは『アントマン』の博士なんですけど)。金持ちで、天才で、女たらしで、自信過剰で…。
韓国の作品だと割と敵として描かれそうなキャラクター性なのですが、絶妙に気の抜けた愛嬌と持ち前の才能で事態を突破していき、物語にスリルとユーモアを混ぜ込んでくれます。
また、個人的にはカン・ソヘの魅力が際立っていた作品なんじゃないかなと思います。華奢な身体に見えつつも想像できない戦闘能力を発揮し、敵をバッサバサと撃退。毎回、アクションシーンが最高です。カットを極力抑えた映像で、流れるように住宅の部屋での戦闘からそのまま屋外に飛び出し、逃走劇へ。ときにはエレベーターでの狭いバトル展開もあり、集団戦も個人戦もお手の物。お父さん、どんな教育したんだよ…。
ソヘと父があの崩壊した韓国世界で生き抜いていく姿は、ゲーム「ラスト・オブ・アス」の絵面に似ていますし、参考にしたのかな。
韓国では映像作品における女性の描かれ方が近年になって急激に多様で幅広くなってきていますし、“パク・シネ”もこの路線でさらに極めていってほしいところです。
他の登場人物はと言えば、例えば、中華料理店で借金返済のために働いていて、バナナを皮ごと食べる女を拾ったら億万長者になっちゃった…なソンは本作の可愛い担当として貢献(ずっと防弾チョッキを着させてからかってあげたい)。アジアマートの社長であるパクは韓国らしいトリックスターで輝いていましたね(妻と娘ジウンの解決はあれで良かったのかと疑問もあるけど)。理事長の娘にして精神科医であるキム・ソジンはサプライズな出番もありましたが、もう少し深みのある描写だと良かったかな。テスルのボディガードである献身的なヨ・ボンソンはいい奴だった…(もっと絡みが見たかった)。
そして悪役であるシグマことウォンジュ。こいつの百面相に翻弄されまくる作品だったと総括もできますけど、見事な顔芸でした…(子ども時代からすでに顔芸を発揮していた…)。『ドクター・プリズナー』や『SKYキャッスル〜上流階級の妻たち〜』で名演を見せた“キム・ビョンチョル”がここでも暴れまくりです。
キャラクター作品としてはじゅうぶん合格点な面白さを担保してくれていました。
ジャンルの欠点はあるけど
当然ながらこういうジャンルですから『シーシュポス The Myth』も無数にツッコミどころはあるんですよ。
アップローダーがそもそもチートすぎることもあって、ほぼ後出しじゃんけんみたいな感じで勝負が決まってしまいますし、もっと言えばテスルしかコーディングできないというのもどうなんだという話です。じゃあ、エラーが起きたりとかしたらどうするんだと思いますし、世界崩壊後も長期間維持できないし…。
世界観の壮大さでストーリーの穴の多さを強引に押し切った感じもあります。同様にタイムトラベルSFでミステリー要素の強いドラマシリーズ『ダーク DARK』などと比べると、風呂敷の広げかたも自由すぎるかなとも。
まあ、これは『シーシュポス The Myth』の欠点というか、ジャンルの欠点なんですけどね。
個人的に気になるのはテスルとソヘのロマンスであり、さすがにあれに関してシグマが「愛が芽生えるように仕組んだ」と主張するのは無理あるような…。だいたい人間のセクシュアリティだって多様だし、ロマンスなんて不確実性が高すぎますし…(コーディングより絶対に難しいよ…)。
そんな苦言もありつつ、終わり良ければ総て良しじゃないですけど、ラストのオチも味わいあったのでなんだかんだで良かったなと。あそこで薬を捨てるということは、テスル自身が隣のソヘの実在を確かめるのを放棄したと受け取れるわけですから。テスルは兄の遺恨を今度はソヘに上書きしてしまったとも言えるエンディングであり、単純なハッピーエンドとは言えない、一抹の不安をともなう別の世界線のループに入ったとも解釈できる結末。ロマンスに対する皮肉のある幕引きだったので気持ち的には私は穏やかです。
『シーシュポス The Myth』によって韓国のテレビドラマの次元がまたひとつ格上げされて、今後の進化もますます期待したくなりました。
ROTTEN TOMATOES
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IMDb
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シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)JTBC
以上、『シーシュポス The Myth』の感想でした。
Sisyphus: The Myth (2021) [Japanese Review] 『シーシュポス The Myth』考察・評価レビュー