映画なら人生を巻き戻しできる…映画『aftersun アフターサン』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2023年5月26日
監督:シャーロット・ウェルズ
恋愛描写
aftersun アフターサン
あふたーさん
『aftersun アフターサン』あらすじ
『aftersun アフターサン』感想(ネタバレなし)
2022年の最注目の新人監督
映像を逆再生することを「巻き戻し」と以前は呼んでいましたが、最近はこの「巻き戻し」という言葉は死語だという意見もあります。確かにデジタルの時代になったことで、技術的には何も「巻き」はないので、単に「早戻し」しているだけです。
それでも「巻き戻し」は字面としては正確ではないですが、このまま部分的に残って使われ続ける単語にもなりそうですけどね。もしかしたら違う意味で用いられ始めるかもですし…。例えば「チャンネル」は本来は周波数や放送切り替えの“つまみ”を意味していましたけど、今や動画サイトの「チャンネル」としてもっぱら多用されています。
やっぱりビデオテープや旧式ハンディビデオカメラなど昔の映像媒体のときは「巻き戻し」を使いたくなります。ビデオテープは途中再生で止めたりせず、必ず最初まで巻き戻して保存するのが劣化を防ぐためにも大切でした。もし家に映像が記録されているビデオテープがあるなら1年に1回は再生&巻き戻しをしてメンテナンスしてくださいね。大切な思い出のホームビデオも失われたりすることもありますから。
今回紹介する映画はそんな昔に撮ったホームビデオが物語の鍵となる作品です。
それが本作『aftersun アフターサン』。
『aftersun アフターサン』、まず監督が要注目の新進気鋭の逸材。その人とは“シャーロット・ウェルズ”という、スコットランド出身で1987年生まれとまだ若い新米監督です。
この2022年の『aftersun アフターサン』が“シャーロット・ウェルズ”の長編初監督作品となったわけですが、これが公開されるや、瞬く間に世界で大絶賛。英国アカデミー賞では新人監督賞を受賞し、長編作品賞にもノミネート。英国インディペンデント映画賞では作品賞・監督賞・脚本賞・新人監督賞・撮影賞・編集賞を総なめし、インディペンデント・スピリット賞でも最優秀初作品賞を受賞。他にも米アカデミー賞では主演男優賞にノミネートされたり、とにかく各地の映画賞で眩しく輝きました。間違いなく2022年に最も突出した栄光に輝いた新人監督は“シャーロット・ウェルズ”です。
それだけの話題作なので映画ファンの中には気になっていた人もいると思うのですが、物語は“シャーロット・ウェルズ”の自伝的な内容だそうで、監督にとっても特別な一作なのでしょう。
主人公は比較的若い父と11歳の娘。この2人が仲良く異国でリゾートを楽しんでいる姿を描いており、これだけ切り取れば普通に父娘のアットホームな家族ドラマです。
でも『aftersun アフターサン』は“そういうもの”ではなくて…。何と言えばいいのか、これは作品の味わいを大切にしたいのでネタバレとして言及しないほうがいいと思うし、なるべく初見は何も知らずに鑑賞したほうが…。
ざっくり言えば、本作の芯の部分については、とても暗いトーンの作品です。見終わった後は気分はかなり落ち込むかもしれません。間違っても「家族の温かい物語に浸って心をポカポカにして帰ろう!」なんてウキウキでこの映画上映スクリーンの前に座ってはいけないです。
別にそんな警戒しなくてもいいのですが、一応、ほら、鑑賞前の「自分の認識」と「実際の映画の中身」がズレすぎていると、調整不足で「あれれ…」となることあるじゃないですか。
あと、ものすごくアップダウンのない淡々とした話運びなので、疲れ切っているときに観るのは推奨しないかな。眠くなるだけですし…。
後半の感想はネタバレありでいつもは書いていくのですが、今回の『aftersun アフターサン』の感想記事は、配慮して2段階形式のネタバレ感想としています。1段階目のネタバレでは作品のテーマを明かし、2段階目のネタバレでは作品のラストも含めたオチについて語っています。なので「テーマだけ知りたい」という場合は、下記の「ネタバレ:1段階目」をチラっと目を通せばいいです。もちろん何度も言いますけど「テーマも知らずに映画を完全初見で観る」のが個人的にはオススメですが…。
『aftersun アフターサン』、人によってはものすごく刺さる映画になるでしょうし、また別の人には「なにこれ?」という反応にもなりうる。でもこういう“届く人にだけ届く”特別性を持っているというのも大事じゃないかなと思います。
『aftersun アフターサン』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :静かに見つめて |
友人 | :盛り上がりはしづらい |
恋人 | :デート向きではない |
キッズ | :大人のドラマです |
『aftersun アフターサン』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):お父さんと遊ぶだけ
ビデオカメラの起動音。ひとりの大人の男性が映っており、それを撮っているのは11歳のソフィという女の子です。
エディンバラに暮らすソフィは、母と離婚した父カラムと一緒に、この夏休みにトルコに旅行に来ていたのでした。父と2人きりのリゾートです。ソフィはとても楽しみにしていましたし、父もそんな娘に寄り添って、この休暇に臨んでくれています。
宿に到着し、父は受付のベルを鳴らすも誰も来ないので奥に見に行きます。部屋でソフィはベッドでだらしなくくつろぎます。すっかり移動だけで疲れてしまったのか、今は大人しく眠りにつきました。
父は外で暗闇に向きあいながら煙草を吸い、癖のようになっている太極拳の動きで体をよく揺らします。
翌朝、ソフィが目が覚めると隣で眠る父の後ろ姿がありました。無垢な瞳でその背をじっと見つめます。
ホテルのプールで水着となり、準備もしっかりして、まずは気持ちよく遊びます。そして次は海。2人で波に揺れながら全身で楽しみます。
リゾート地なので遊ぶものはいくらでもあります。ビリヤードをしたり、アーケードのレースゲームをしたり、同じ観光客と混ざって、好きなように発散します。美味しいものも食べ、お腹も心もいっぱいです。
そしてひとしきり遊んだ後は、のんびり横になり、一緒に同じ空を見上げるのでした。普段は離れていますが、頭上の空はきっと同じものを見ることができるはず。ソフィは父との繋がりを当然のように当たり前にあるものと思っていました。
ときどき合間に母と電話もします。母との関係も良好です。
この地にはたくさんの子どもも観光に来ており、ソフィより少し年上のティーンエイジャーがとくに多いようです。ソフィはそんな子たちと一緒に混ざろうとしますが、やはり年齢差があるせいか、年上のティーンは色恋沙汰に興味を持つばかりで、ソフィはちょっと置いていかれます。
ホテル近くでは、夜に自由参加のカラオケ・パーティーが行われており、野外でそれを見ている中、ソフィもステージにあがって歌うことにします。いざ歌い出しながら、目線と手振りで父にもステージに来るように誘うソフィ。いつもあれだけ親身な父ならきっと優しい笑顔と共にここに来てくれるはず…。
しかし、父は険しい顔でそれに答えません。見えていないわけではないはず。何か怒らせるようなこともしていない。なぜなのかわからず、ソフィは困惑したまま、ステージで歌を歌いきり、拍手の中、舞台から離れます。
ソフィは父に無視されたことに動揺を隠せず、父からホテルの部屋に戻ろうと言われても、それを意地を張って拒否します。
まだ幼いソフィにはわかりません。父が娘との思い出作りだけに心血を注げるわけではないことを…。今の父には子どもには明かせない、巨大で漠然とした不安と苦悩が体中に膨れ上がっていることを…。
ネタバレ:1段階目
ここから『aftersun アフターサン』のネタバレありの感想本文です。
『aftersun アフターサン』は、ごく普通のリゾート観光をする父娘の他愛もないひとときを映す作品に思えます。ビデオカメラの起動から始まる映画ですが、全編がビデオカメラにおさめられた映像ではなく、あくまでビデオカメラの映像が部分的に挿入されるのみ。それ以外は、11歳のソフィの目線か、父の目線…そのどちらかを交互に映し出しています。
ソフィの目線でみれば、まぎれもなく楽しい思い出の時間です。青春映画と言ってもいいです。ちょっとリゾートという新しい地に来て浮足立っており、男の子とキスをしてみたり、おませなことで”大人”気分を味わったりもして、自由に模索しています。
無邪気なソフィは父も同じ気持ちで楽しんでいるに違いない…そう無邪気に考えています。でもそうではなかった…。
娘と父の気持ちの乖離が直接ハッキリするのが、カラオケのシーンですが、観客にはもうすでに父カラムの心境が、彼の目線のシーンによって伝わり始めています。暗く先の見えない映像がこのカラムだけがでてくる場面では無言で漂っていました。
察するにこのカラムは、何かしらの心理的な理由で、鬱病、そして希死念慮に直面しています。どれくらいその症状に苦しんできたのかはわかりません。本人がどこまで自覚しているのかも不明です。ただ、希死念慮というのはそんなに露骨ではないですし、恒常的に発揮されるものでもなく、波があったりしますから、わかりにくいのは当然と言えば当然。
何を理由に希死念慮があるのかは明確になりません。仕事か、病気か…。はたまたクィアな葛藤か…。監督はクィアの観点にもメディアで言及はしています(Them)。
真実は何であれ、このカラムの振る舞いは非常にそれっぽいですし、映像演出によってもその死への渇望がふっと湧いてきていることを暗示する場面が何度かあります。非常に意図的です。
カラムを演じた“ポール・メスカル”の演技も抜群に素晴らしいです。娘への愛情を確かに見せる瞬間もあれば、悪意ではなく空虚な変貌で愛を忘れてしまう一瞬も表現しきってみせる。なんでもこのソフィを演じた“フランキー・コリオ”とは撮影前にしばらく一緒に過ごして本当の親子のように仲良くなったそうで、仲睦まじい関係性を作るのはそんなに大変じゃなかったのかもしれません。
一方で、本作はこれに加えてカラムのもうひとつの側面もださないといけないですからね。“ポール・メスカル”も精神的にシビアな演技を自分なりに絞りだしていたのだろうな、と。
ソフィを演じた“フランキー・コリオ”はこの映画の完成版を観たんですよね? どういうふうに思ったのだろうか…。ちょっとショックを受けないか心配になるけど…。
ネタバレ:2段階目
ここからは『aftersun アフターサン』のラストのオチも含めた感想となっています。
『aftersun アフターサン』は、この無邪気に青春の思い出を作ろうとするソフィに対して、明らかに希死念慮という絶望に沈んでいるカラム…この極端な対比で成り立っています。
ソフィは「大人になりたい」という願望を抱え、かたやカラムは「30歳になるとは思わなかった。40歳までは生きるとは思っていない」と発言するように「大人になってしまった自分」に失望している。この真逆の構図が本当に残酷です。
しかも、ここでソフィが父の誕生日を祝うわけです。またすごく無邪気で可愛らしい方法で…。もちろん「お父さんを喜ばせよう」と精一杯のソフィには何の非も無いのですけど、あれはカラムにとっては最もキツイ追い打ちだろうなという…。
そして映画のラスト、ソフィが父と別れて空港で飛行機に乗るために搭乗口へ向かっていく姿を、カラムがビデオカメラで映している。冒頭にもあったシーンの完全版。そこからスっと、今の成長したソフィ(父と同年代くらいか)の姿が映り、このホームビデオを再生していたと思われる場面。しかし、その表情は心痛そのもの。さらにまた空港で撮り終えたばかりであろうビデオカメラを持ったカラムを正面から映し、そのカラムが背を向けて、空港の扉から出ていくという、少し現実離れしたシーンで、この映画は終わりを告げます。
解説文無し。無言のエンディング。非説明的な閉幕です。
このラストが意味するところは、やはりカラムはこの後に命を絶ったのではないか…そうかなり確信的に思わせます。少なくとも取り返しのつかない断絶があったのだろう、と。
父が自死したという前提で考えると、この思い出のビデオはとてつもなく残酷なアイテムに早変わりします。基本的にそこに映っているのは楽しい記憶であり、父の内側に抱えていた苦悩までは見透かせないからです。いつまでも“楽しい過去”として保存される。
一方でたぶん大人になったソフィの記憶も薄れ始めるでしょうし、このホームビデオくらいしか頼るになるものがなくて、そうなってくると結果的にどんどんビデオと現実が離れていくばかりにもなるし…。「あれ、なんで私はこの時こんなに笑っていたんだっけ…父はあんなことになったのに…」と思い出すとツライですよね。
とは言え、この『aftersun アフターサン』は残酷無慈悲なだけの映画でもないと思います。終盤にカラムがレイブでひとりノリノリに踊り出し、少し遠慮がちな娘のソフィを引っ張って、音楽に合わせてダンスする。あそこでの曲が、“クイーン”と“デヴィッド・ボウイ”の共作である「Under Pressure」というアンセム(賛歌)なのがまた象徴的で…。
あのソフィとカラムの抱擁は、「父と娘」という家族関係なのは表面であり、裏面では「全く異なる未来に向かっている者同士」の最後の交差を確かめ合っている感じで、とても切なく慈しみを滲ませる名シーンでした。
暗いベールは多いですが、死に関する直接的なショッキング描写を入れていないのも、トラウマを煽っていないので誠実でしたし…。
『aftersun アフターサン』は“シャーロット・ウェルズ”監督の自伝的な映画として、おそらく唯一無二の特別作となったと思うのですが、これを映画にするというのは、一面的なホームビデオとはまた違った「記憶の残し方」です。そうやって巻き戻せるかたちで保存するのもありなんでしょうね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 81%
IMDb
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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自死・自殺に関する映画の感想記事です。
・『マイ・ブロークン・マリコ』
・『最高に素晴らしいこと』
作品ポスター・画像 (C)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
以上、『aftersun アフターサン』の感想でした。
Aftersun (2022) [Japanese Review] 『aftersun アフターサン』考察・評価レビュー