パロディが好きなんでしょ?…映画『こいつで、今夜もイート・イット ~アル・ヤンコビック物語~』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2024年に配信スルー
監督:エリック・アペル
恋愛描写
こいつでこんやもいーといっと あるやんこびっくものがたり
『こいつで、今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』物語 簡単紹介
『こいつで、今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』感想(ネタバレなし)
ミュージシャン伝記映画、多すぎですか!?
現在は著名なミュージシャンの伝記映画の全盛期です。
2018年のフレディ・マーキュリーの『ボヘミアン・ラプソディ』の大ヒットに始まり、エルトン・ジョンの『ロケットマン』(2019年)、アレサ・フランクリンの『リスペクト』(2021年)、エルヴィス・プレスリーの『エルヴィス』(2022年)、ホイットニー・ヒューストンの『I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』(2022年)、ボブ・マーリーの『ボブ・マーリー:ONE LOVE』(2024年)…。
今後もあれやこれやと多数のミュージシャン伝記映画の企画が進行中で公開を控えています。量産コースに突入しましたね。
そうなったのはライブ・パフォーマンス的な演出が劇場と相性が良いこともありますが、劇場興行のみならず音楽販売も見込めるので映画会社と音楽会社の利益が確保しやすいという収益性もあるのでしょう。
とは言え、そんなミュージシャン伝記映画の大量放出に「またか…」とややげんなりしている人もいるかもしれません。
そんな人にとってこの映画は胸がすく「どうにでもなれ!」という解放感を与えてくれるのでは…?
それが本作『こいつで、今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』です。
本作は「アル・ヤンコビック」という1970年代から活動しているアメリカのミュージシャンを主題にした伝記映画です。ただ、これ…伝記映画と言っていいのかな…。要するにミュージシャン伝記映画のパロディになっているんですよね。
まずアル・ヤンコビックを知っているかという話なのですけど、このミュージシャンはパロディ音楽の第一人者として話題の人です。パロディ音楽というのは「替え歌」みたいなイメージがありますが、16世紀あたりから歴史のある音楽史を土台にしたれっきとしたジャンルです。
アル・ヤンコビックは、他のアーティストの作品を模倣したスタイルの曲を作って有名となり、もはや「アル・ヤンコビックにパロディにされて初めて1人前のミュージシャンになったと言える」という言説さえ生まれるほど。
そんなアル・ヤンコビックですから、今のミュージシャン伝記映画ブームをただ眺めているわけはありません。
もともと2010年にアル・ヤンコビックの伝記映画の嘘予告編動画を公開していたのですが、2018年代以降のミュージシャン伝記映画の流行りを受けて、本気で長編映画化することを決意。本当にやっちゃいました。
”アル・ヤンコビック”本人もがっつり脚本&製作に関与しています。『こいつで、今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』の監督はこれが長編映画監督デビュー作となった“エリック・アペル”。
そしてアル・ヤンコビックを熱演するのは、「ハリー・ポッター」を卒業して以降、何かと奇抜なキャリアを歩みたがっている“ダニエル・ラドクリフ”。アル・ヤンコビックとは似ても似つかないのですけど、それもまたパロディだから許されるノリです。
誤解がないように何度も繰り返し忠告しておきますが、本作はパロディです。伝記映画は往々にして多少の脚色があり、史実どおりではないですが、本作は思いっきり逸脱しています。ふざけまくっています。
数分鑑賞すれば「これは史実と全然違うな」と素人でもすぐにわかると思うのですが、最近はAIが勝手に自動学習してこれが史実なんだと語りだすかもしれないですからね。油断できないですよ。
まあ、アル・ヤンコビックにとっては知ったこっちゃないのです。
『こいつで、今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』は日本では劇場未公開で、配信スルーとなってしまいましたが、気になる人はぜひどうぞ。
『こいつで、今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :気軽に笑って |
友人 | :のんびり眺めて |
恋人 | :嘘はほどほどに |
キッズ | :風刺は大人向け |
『こいつで、今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
1960年代、自室のベッドの上でシーツをすっぽり被ってラジオに首ったけの少年。流れているのは、ドクター・ディメントの番組。風変わりな新曲を紹介しています。アル・ヤンコビックは夢中でした。
しかし、お楽しみタイムは母が「アルフィ、こんなもの聴くもんじゃない」と取り上げることで終了してしまいます。
それでもアルはパロディ音楽への興味を捨てられません。そんな息子に、父のニックは厳しい言葉で相手にもしてくれません。「アメイジング・グレイス」の替え歌を歌って見せると「神への歌詞を変えるなんて罰当たりだ!」と叱責。理解のない父にアルは怒って食事中に出ていきます。
そんなアルの母親はアルのためにこっそり白いアコーディオンを購入してくれました。運命的な楽器との出会い。慣れない手つきで弾いてみせると妙にしっくりきます。粗暴な父は訪問販売員をタコ殴りにしましたが、アルの人生はここから変わりました。
数年後、少し成長したアルは音楽への情熱を失っていませんでした。友人がポルカ・パーティーを開くと、アコーディオンを見つかり、揶揄われます。そこで開き直って弾いてみせると、意外な上手さにみんな大熱狂。自分の演奏が喝采を受けることに興奮を感じます。
しかし、それを知った父親はアコーディオンを床に叩きつけてバラバラに破壊し、アルと親の関係は決定的にヒビが入りました。
さらに数年後、口髭姿になった学生のアル。アコーディオンはまだ弾いていました。バンドに入ろうと懸命でしたが、アコーディオンは求められていません。
意気消沈でラジオを聴いていると、ザ・ナックの「マイ・シャローナ」が流れてきます。そのとき、目の前にあったボローニャ・サンドイッチから閃きがあり、アルは「マイ・ボローニャ」を即興で作詞演奏。ルームメイトの前で饒舌に歌い上げると、「すげぇぞ」と大満足。
勢いのままにトイレで収録し、カセットテープをノリノリで投函。地元のラジオDJに送ると、なんとオンエアされ、大絶叫で大喜びです。
調子に乗ったアルはスコッティ・ブラザーズ・レコードに行くも、「これはビジネスなんだぞ」と鼻で笑われるだけでした。
しょうがないのでアルは荒っぽいバイカー・バーで、またもアローズの「アイ・ラヴ・ロックンロール」のパロディ曲の「アイ・ラヴ・ロッキーロード」を演奏しましたが、これが予想外に盛り上がりました。
しかも、その場にドクター・ディメントがいて、興味を持ってくれ、師事しながら「ウィアード・アル」という芸名で活動することになりました。
こうしてアル・ヤンコビックの音楽が世界にお披露目されることに…。
嘘99%、真実1%
ここから『こいつで、今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』のネタバレありの感想本文です。
『こいつで、今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』は往年の旧作のようにやけにしんみりとタイトルが始まりますが、映画全編が堂々たるパロディです。ミュージシャン伝記映画によくでてくる使い古された定型が大袈裟に溢れています。
一般的に伝記映画を観たとき「どこまで史実で、どこまで脚色なのか」と気になったりもしますが、本作に限って言えば、むしろ史実どおりの部分を見つけることのほうが困難です。
まず主人公のアル・ヤンコビックの少年時代が描かれますけども、両親、とくに父と対立しています。嘘です。実際のアル・ヤンコビックは親とそんな険悪ではありません。音楽の夢を理解してくれない親という存在…超ベタな設定ですね。ウェルメイドな作り方をしているのですごく騙されそうになるけども。本作ではこの父との亀裂を最後まで引っ張り、ラストで「アーミッシュ・パラダイス」という曲が生まれる感動秘話に強引に繋げ(大嘘です)、祝福されながらの受賞で幕を閉じます。
ただ、実際のアルの両親は2004年に暖炉の一酸化炭素中毒事故で亡くなってしまっているので、こうやってフィクションでいいから親を幸せにし続けたいという思いが反映されていると考えると、それはそれで別の感想があるのですが…。
また、ここでアコーディオンを訪問販売員から買ってもらうというのは本当らしいです(殴ってないけどね)。「フランキー・ヤンコビック」というポルカ王の異名を持つ有名なアコーディオン奏者が1940年代にいたのですが(血縁関係はない)、アル・ヤンコビックはこの少年時代の時点でもうパロディみたいなスタートを切っているのでした。
そして大学時代に音楽が突然閃きます。この唐突な閃きのわざとらしいシーンも、ミュージシャン伝記映画あるある。でもトイレで収録したのは本当らしいです。なんだよ、わけわからないよ…。
続いてドクター・ディメント(ドクター・デメント)がメンターになってくれますが、この先駆者がアルにとって重要人物になるのも史実どおり。実際はドクター・ディメントのステージショーの流れで初めてツアーを行っているのですが、そういう華々しいエピソードはバッサリとカットしているのは予算的制約かな…。
それにしてもあのドクター・ディメントのプール・パーティーの顔触れがカオスだった…。アンディ・ウォーホル、ディヴァイン、ギャラガー、サルバドール・ダリ…そしてジョン・ディーコン(クイーンのベーシストの!と強調しないといけないの不憫…)。
ミュージシャン伝記映画で最もセンシティブになりやすいのがレコード会社の描写ですが(普通はあまり極端に悪く描いて突き放すことはできない)、本作はあっけらかんと薄情にプロ意識ゼロで描いていて清々しく感じましたよ。
マドンナがマドンナでマドンナなのです
『こいつで、今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』は後半からさらにパロディが加速し、全速力で暴れていきます。
後半はこれまたミュージシャン伝記映画あるあるの「アルコール、ドラッグ、恋愛などで人生が堕落していく」というパートに移行します。もちろん嘘です。アル・ヤンコビックはそんな転落を経験したわけではありません。アルは敬虔なクリスチャンということもあり、パロディというパフォーマンス・キャリアに反してわりとお行儀のいい素行をしていました。
ちなみにアル・ヤンコビックがスランプだったとしてよく挙げられるのが1989年の自身が主演の映画『UHF』なのですけど、そっちの裏側も見たかったですよね。絶対に面白うですし…。
ともあれ、本作のアルは凋落します。マドンナというカリスマ性に酔いしれて…。はい、嘘です。実際のアル・ヤンコビックはマドンナと付き合っていません。あまりに堂々と登場して、堂々と交際していくけども…。
”エヴァン・レイチェル・ウッド”演じる本作のマドンナが麻薬王パブロ・エスコバルに誘拐されて以降はもうツッコミが追いつきません。コロンビアに飛び、ジャングルにあるエスコバルの屋敷へ乗り込んで…あれ、何を観ているんだっけ…。
正真正銘のマドンナの伝記映画は本人主導で企画が進んでいるらしいですけど、このマドンナのことが脳裏をよぎってしまいそうで、困ったことをしてくれましたよ…。
世の中のミュージシャン伝記映画は、企業の下心ありきでアーティストの名声への回帰を実現し、音楽の版権にこびりついたカビを取り除いてフレッシュにするためにあるものが多いです。もしくはアーティスト自身にとっては自分の伝説の賞味期限を延長するためのものです。
『こいつで、今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』はそんな試みを笑い飛ばし、適度にユーモアで包んでいました。このバランス感覚はアル・ヤンコビックの培った手腕だからこそだったと思います。
やはり今の時代はアル・ヤンコビックが必要なんですよ。
こぞって作りたがっているミュージシャン伝記映画という存在自体がパロディのようなもの。みんなパロディが好きなのです。
人生、それはあなたのお気に入りの曲のパロディ。リアルと真面目に向き合うと疲れるだけなので、適度にパロディにしていきましょう。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
関連作品紹介
実在のミュージシャンを主題にした伝記映画の感想記事です。
・『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』
・『エルヴィス』
・『ロケットマン』
作品ポスター・画像 (C)Funny or Die ウィアード ジ・アル・ヤンコビック・ストーリー こいつで今夜もイートイット アルヤンコビック物語
以上、『こいつで、今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』の感想でした。
Weird: The Al Yankovic Story (2022) [Japanese Review] 『こいつで、今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』考察・評価レビュー
#伝記映画 #ダニエルラドクリフ #音楽