クリス・パイン&タンディ・ニュートンの共演作…映画『オールド・ナイブス』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にAmazonで配信
監督:ヤヌス・メッツ
性描写
オールド・ナイブス
おーるどないぶす
『オールド・ナイブス』あらすじ
『オールド・ナイブス』感想(ネタバレなし)
その邦題でいいんですか?
映画の邦題で「むむむ…」とその題名センスに引っかかることは多々あるのですが(そうは言っても私もセンスがない人間なので代わりのベストな邦題なんて思いつかないのですけど)、よくありがちな事例として英題をそのままカタカナにして邦題にしているのに、なぜか英題全部ではなく一部を省略しているケースがあります。
例えば、今回紹介する映画『オールド・ナイブス』もそうです。
このアメリカ映画の原題は「All the Old Knives」。でも邦題は「オール・ザ・オールド・ナイブス」ではなく『オールド・ナイブス』です。なんで「All the」を抜いたんだ…。冠詞の「a」「an」「the」を省くのは、まあ、わかりますよ。日本語にない文法ですし、カタカナに置き換えるとクドイ文章になるので避けるのも理解できる。でも「All the」まで省くと意味は全然変わってくるんじゃないか。こういうことされると何が困るって「海外のあの映画、日本で公開されたのかな~」と調べる際に、原題がそのままカタカナになった邦題だとわりとわかりやすく判断できるのですが、部分省略のカタカナ邦題だと「本当にあの海外映画と同一なのか?」と怪しんでしまったりするんですよね。
さらに本作はこれに加えて余計にややこしくなる邦題問題も抱えていて…。日本ではAmazonプライムビデオの独占配信となった映画なのですが、そのAmazonの作品ページでは『オールド・ナイブス』という邦題で表示されているのですけど、映画動画を再生してタイトルが表示される際の字幕では『オールド・ナイフ ~127便の真実~』というタイトルがでるという…。どっちですか状態。
たぶんAmazonの作品ページにデータを入力する側と、字幕翻訳作業をする側の、それぞれの情報共有ができてなくて、こういう邦題の食い違いが発生しているのだと思いますが…。後で修正が入るかもだけど、ちょっと仕事が雑だなぁ…。
その邦題の話はもうこれくらいにしよう…。『オールド・ナイブス』自体の話題に移ります。
本作は“オレン・スタインハウアー”というアメリカの推理小説作家が2015年に執筆した「All the Old Knives」が原作です。この“オレン・スタインハウアー”の作品と言えば、2009年の「The Tourist」から始まる「ミロ・ウィーバー(Milo Weaver)」シリーズや、2003年の「The Bridge of Sighs」から始まる「東欧某国・民警」シリーズが有名ですが、映像作品になるのは今回の『オールド・ナイブス』が初めてなのかな。
『オールド・ナイブス』は「スパイもの」で主人公はかつて恋人だった男女です。でもスパイだからといって派手なアクション展開があるわけでもなく、むしろそういうエンタメ要素は皆無。本作はほぼ会話からなる、とても抑えられた演出だけで突き進むサスペンスになっています。背景にあるのは飛行機のハイジャック事件。それ自体はとても凄惨なものなのですが、その事件自体の描写は乏しく、そこは期待しないでください。主軸にあるのは、この事件に繋がった内通者は誰なのかを探り合うという会話劇です。
なので会話重視の緊張感あるサスペンスが好きな人はハマると思います。
その会話劇主体ゆえに俳優の演技はとても重要になってきますが、主人公の男女を演じるのは、『ワンダーウーマン』シリーズや『スター・トレック』シリーズでおなじみの“クリス・パイン”、そして『レミニセンス』やドラマ『ウエストワールド』の“タンディ・ニュートン”です。“タンディ・ニュートン”の方が8歳年上なので女性俳優が年上になるカップル構成ですね。なお、“タンディ・ニュートン”は『ミッション:インポッシブル2』にも出演していたのでまたスパイものに帰ってきました。
共演は、『ジョン・ウィック』シリーズの“ローレンス・フィッシュバーン”、『007 トゥモロー・ネバ―・ダイ』の“ジョナサン・プライス”、『ボーン・レガシー』の“コーリイ・ジョンソン”、ドラマ『コラテラル 真実の行方』の“アハド・カメル”など。
監督は、テニス界で圧倒的な人気を誇ったビヨン・ボルグとジョン・マッケンローが繰り広げたウィンブルドン決勝戦での世紀の対決を描いた『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』を手がけたデンマーク人の“ヤヌス・メッツ”。今回の『オールド・ナイブス』は心理戦ですね。
なお、脚本は原作者である“オレン・スタインハウアー”が担当しています。私は原作は読んでいないのですが、原作に忠実なのかな。
先ほども書きましたが『オールド・ナイブス』は日本劇場未公開でAmazonプライムビデオの独占配信です。ぼーっとしていると会話を見逃すので、物語に集中して鑑賞できる環境を用意しておいてください。
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優ファンは注目 |
友人 | :サスペンス好き同士で |
恋人 | :ロマンスはあるけど |
キッズ | :残酷描写や性描写あり |
『オールド・ナイブス』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):だから抱きしめた
2012年、CIAのウィーン支局は慌ただしくなっていました。ウィーン空港の滑走路に留まっているトルコ航空127便のジャンボジェット機はハイジャックされたのです。客室乗務員は殺され、大勢の乗客が人質だとか。そこにエージェントのヘンリー・ペルハムが駆け付けます。しかし、一同は最悪の情報を知らされます。犯人はサリンガスを使用し、乗客もろとも全員死亡した…と。
その虚しすぎる悲報をその場で聞いたシリア・ハリソンという女性はなぜか取り乱したように外へ駆け出します。ヘンリーが追いますが、その姿はどこかへ消え…。
8年後。ヘンリーは支局長のヴィックに昔のハイジャック事件の再調査を命じられます。3週間前にアフガニスタンで事件に関与したイルヤスという男が捕まったそうで、例のハイジャックはウィーン支局の助けを借りたと言っているそうです。イルヤスは拷問のやりすぎで死んだそうで、他に手がかりはありません。至急、内通者がいたのかを調べる必要があります。
ひとつの有力な手がかりとして、当時の局長補佐のビル・コンプトンがテヘランの電話番号にかけていたらしく、疑いが深まります。あの時から職場を離れたシリアも怪しいです。ヴィックは明言しませんが、これはCIAにとって表沙汰にできない不祥事。もし内通者がいたのだとしたら密かに消さないといけない…。
ヘンリーはバーでシリアと久しぶりに会います。「久しぶりね」とシリアは白髪があるヘンリーを揶揄いつつ、「君は昔のままだ」とヘンリーは口にし、2人は「昔の恋人に乾杯」と時間を共にします。
ヘンリーは本題に入ります。矛盾点が多すぎるあの事件について。「これは尋問なの?」とシリアも察します。そして情報を整理するように語りだします。
あの当時のウィーン支局。局長はヴィック。局長補佐はビル。情報管理はレイラ。アーンストはオーストリア情報機関との連絡係。オーエンは暗号解読と分析犯でしたが、なぜかあの事件の後に自宅で自殺しています。そして天才と称される実力を示していた工作員がヘンリーです。
127便の事件では犯行グループはアル・ダイラットとされ、9人の子どもが人間の盾にされるなど残酷でした。ヘンリーはあちこち歩き回って情報を集め、鍵となるイルヤスはどこなのかを突き止めようとしますが、誰も口を割りませんでした。幸か不幸かCIAの工作員であるアハメド・ナジャーが機内にいることが判明し、内部の状況を密かに知らせてくれます。それによれば後部から突入するしかないそうです。ドイツもオーストリアも受刑者の解放の要求には応じないのでやるしかありません。
ところがアハメドのさらに送ってきた情報では急に意見を変え、突入は無理ということを言うようになり、不信感を感じます。
シリアはムスリム女性協会を頼って情報収集を独自にしますが、結局、情報は得られませんでした。そこから帰ってきたシリアをヘンリーはなぜか強く抱きしめます。
あの時、もう運命は決まっていたとも知らずに…。
内通者は誰なのか
『オールド・ナイブス』の物語のミステリー要素はひとつ。内通者は誰なのかということです。
ただ、その答えは実は登場人物の多くは知っています。つまり、この映画の観客だけがその真実を知らされていないのであり、観客だけ情報不足で物語が進行するタイプのミステリーです。観客は登場人物が答え合わせをしていく姿をわけもわからないままに見せられ、最後で「そうだったのか!」という種明かしが待っています。
序盤はとにかく全員が怪しい状況です。トルコ航空127便のジャンボジェット機ハイジャック事件を担当したスタッフはみんなどこか疑わしい。妻サリーの病気の発作だと言ってオフィスを出がちなビルは電話の件で真っ先に疑われますし、特に何も言わずに職を離れたシリアも何かを隠しているように見える。
まあ、でも消去法で考えると、こういうサスペンスで犯人になるのは一番疑われていない人間だということが多いので、単純に考えるとヘンリーかヴィックになるんですけどね。
で、ネタバレ。内通者はヘンリーでした。大勢の命を犠牲にしたヘンリーの素性をシリアは電話番号から知ってしまい、恋人の裏の顔にショックを受けて去ったのでした。
しかし、ここでさらなる裏話が進み、実はヘンリーはシリアを守るためにやむを得ず情報を売ったことがわかります。何気ないあのムスリム女性協会を頼ってシリアが行動していた場面の裏側が描かれる展開は本作の面白さのピーク。緊張感が最も増すところです。
そしてこれで終わりではない。もっとどんでん返しがありました。この再調査自体が偽装であり、もうすでにCIAはヘンリーが内通者だと把握していました。シリアはカール・シュタインと繋がったヴィックの指示のもとでヘンリーのワインに毒を盛っており、ヘンリーはシリアを殺すチャンスがありながらも実行せずに息絶えます。真実と愛を葬りながら…。
立て続けに情報が明らかになっていく気持ちよさが終盤にはあるので、そこに至るまでのにじり寄るような会話劇は少し退屈かもしれませんが、『オールド・ナイブス』として醍醐味はたっぷり堪能できました。おそらく原作小説だとテキストだけなのでもっとニュートラルに惑わされずに情報に集中して最後のカタルシスに移行できるのかなとも思いますが。
タイトルの由来は?
『オールド・ナイブス』、そもそも原題の「All the Old Knives」はどういう意味でつけたのか。映画を観終わってもわからなかったですよね。ナイフ、でてこなかったぞ…みたいに。いや、これは英語圏の人なら意味が理解できるのかなと思いましたけど、英語圏の反応を見てもわかっていない人がいっぱいいたので、やっぱりわからないのでした。
調べたら、この原題は1世紀に活躍したパエドルス(Phaedrus)の寓話「All the old knives that have rusted in my back, I drive in yours,」に由来するそうです。本作の物語の悲劇は6歳の娘を亡くしたイルヤスの復讐から始まり、それが多くの人を巻き込みつつ、最終的にはヘンリーを貫いて終わります。そういう復讐劇という意味でこのタイトルにしたようです。
同時にこのパエドルスと同じ綴りで、紀元前のプラトンの著作で「パイドロス(Phaedrus)」というものがあり、これは2人の登場人物による対話によって構成されています。終始二人きりで語らい合い、恋とは何かを論じているのですが、そこでは恋をすると愚かな行いもするというような話題もでてきます。
この『オールド・ナイブス』もまさにそうで、全体がヘンリーとシリアの対話劇になっており、ヘンリーはシリアへの愛ゆえに多くの犠牲者をだすという結果を招き、自滅へと突き進んでしまいます。
この手の男女スパイものでは『マリアンヌ』といい、悲恋が定番ですね。
個人的にはいっつもベッドシーンを用意する必要はあるかなとは思うのですけど、スパイものはジャンルの特性上、大人向けのアダルトなドラマが展開するのでここぞとばかりにベッドシーンを入れがちなんでしょうか。大昔のスパイ映画は表現規制のせいで性描写を入れられなかったのでその反動がいまだに残っている感じのような気もするけど…。
後はやっぱりイスラム過激派のテロ事件が今回も題材になっているので、どうしたってそういうステレオタイプな偏見の助長はありますよね。なんか飛行機をハイジャックするのはイスラム過激派だけみたいな印象が強くなりがちですけど、実際はそうではありません。2021年なんて、反体制派メディアの創設者の身柄を拘束するためだけにベラルーシで飛行機が緊急着陸を余儀なくされたりして、国家によるハイジャック事件だと騒ぎになりもしました。
今回の映画ももっと時代を反映したハイジャック事件の背景に変更しても良かったのではないかなとも思います。その方がジャンルとしても新鮮で面白いでしょうし。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 66% Audience –%
IMDb
6.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Amazon Studios オールドナイブス オールザオールドナイブス
以上、『オールド・ナイブス』の感想でした。
All the Old Knives (2022) [Japanese Review] 『オールド・ナイブス』考察・評価レビュー