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『アルプススタンドのはしの方』感想(ネタバレ)…しょうがない青春への不満

アルプススタンドのはしの方

しょうがないでは済まない青春を送った身としては…映画『アルプススタンドのはしの方』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:On the Edge of Their Seats
製作国:日本(2020年)
日本公開日:2020年7月24日
監督:城定秀夫
恋愛描写

アルプススタンドのはしの方

あるぷすすたんどのはしのほう
アルプススタンドのはしの方

『アルプススタンドのはしの方』あらすじ

夏の甲子園1回戦に出場している母校の応援のため、演劇部員の安田と田宮は野球のルールもよく知らずに応援の熱狂で沸いているスタンドにやって来た。そこに遅れて、元野球部員の藤野も現れる。訳あって互いに妙に気を遣う安田と田宮。応援スタンドには帰宅部の宮下の姿もあった。こうして4人は同じ空間を共有し、しだいにそれぞれの思いを打ち明けていく。

『アルプススタンドのはしの方』感想(ネタバレなし)

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青春には補償はない

コロナ禍はあらゆる経済活動をズタズタに破壊しましたが、青春もその被害に遭っていることを忘れてはいけません。小学校・中学校・高校・大学…それぞれが青春の舞台になるものですが、パンデミックのせいでこれまでの「普通」は吹き飛びました。人との接触を避けなくてはいけないのが致命的です。だいたい学校というのは「集まる場所」ですからね。それを否定されたらおしまいです。

もちろん学校が嫌いだった人は学校に行く機会が減って良かったかもしれません。でも逆に家に居づらい人には学校という逃げ場がなくなり、辛かったでしょう。本来、青春を過ごす若者たちにとって、大人による社会的抑圧の中でどうやって自由を見い出すかというのがひとつの要になるわけですが、このコロナ禍はその抑圧を抗えないレベルで限界を超えて上限突破させてしまいました。子どもたちは従来以上に不満が言いづらい空気に囲まれて苦しかったと思います。

何より経済的被害には補償が与えられますが(日本はそれも乏しいけど)、青春の損失には補償も補填も一切ないですからね。しかも、青春は期限つき。こうなると開き直るしか選択肢はありません。

そんな中、2020年、コロナ禍では絶対に見られない今や懐かしさすらある青春の光景を描いた邦画が映画ファンの間で話題となりました。それが本作『アルプススタンドのはしの方』です。

2020年はとにかく映画業界にとっては息苦しい時期だったので、一部の記録的大ヒット作を除き、例年どおりの話題性を獲得する映画が出づらい状況でした。それでもこの『アルプススタンドのはしの方』は苦境の中でもバズった一作で、それだけ魅力があったということなのでしょう。

皮肉なのは本作で描かれている甲子園で声援を送る学生たちという姿は、公開時期の2020年ではほぼ見られないものだったということ。邦画では散々青春を描いたものを観てきて飽きるくらいだったのに、リアルでそれが見られなくなるなんて予想だにしなかったです。

そういう時事的に意図せず発生した希少性というのもこの『アルプススタンドのはしの方』を、コロナ禍でかつての普通に飢える観客にとって輝かしいものに見せた…のかもしれません。

本作のほぼほぼインディペンデントな作品で、有名な俳優が出ているわけもない、小規模な一作。それをここまで注目させたのは当然クオリティの良さでもあります。あまりネタバレできないので言葉を控えますが、とにかく脚本がよくできています。その詳細は後半の感想で…。

もともと兵庫県立東播磨高等学校演劇部の顧問教諭を務めた籔博晶による高校演劇の戯曲で、それが今回、初めて映画化されたという経緯。そのため、ものすごく小さな人間模様を描いています(始まりとなる高校の演劇部が4人しかいなかったので登場人物も4人)。私はこの戯曲の素晴らしさが本作の根幹にあると思いましたし、面白くなるに決まっている映画化だったんじゃないかな、と。

出演している俳優陣も、舞台に引き続いて同じ役で出演しているメンバーが多く、もう慣れ切っている感じも。私はほとんどよく知らなかった俳優ばかりだったのですけど、これを機に知れて良かったです。作中で無口な優等生を演じる“中村守里”はドラマ『17.3 about a sex』に出ていましたね。

監督は主にピンク映画でキャリアを積んできた“城定秀夫”。いきなりエロティックな要素ゼロの作品に転身してきましたが、今回ばかりは良い原作を引き当てたラッキーワークだったのでは? これをひとつのきっかけにピンク映画じゃない映画の仕事が増えるのかな。

『アルプススタンドのはしの方』は2020年を象徴する青春映画だったと思うので、メモリアルな記録としても観ておくにこしたことはないでしょう。75分と短いのでサクッと見れますし。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(2020年の代表作)
友人 ◯(本音で話せる仲良い友達と)
恋人 ◯(素直な気持ちを明かせるなら)
キッズ ◎(ティーンには観てほしい)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『アルプススタンドのはしの方』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):しょうがない

「しょうがないよ」と肩を叩かれ、感情をぐっとこらえるひとりの女子。よく使われるそんな言葉がずっと心に残っていく…。

球場では応援がすでに白熱していました。「夢に向かって全力野球!」という横断幕が掲げられている応援席では前方で吹奏楽部部長の久住智香が引っ張る吹奏楽部が音楽で場を盛り上げ、高校から送り込まれた在校生や教師たちが選手にエールを送ります。

そんな中、応援席の後ろ、“はしの方”に2人の女子…安田あすは田宮ひかるが座ります。人の気のない場所。炎天下の直射日光をもろにうける、蝉の声が響き、夏そのものな空間。それでも白熱する前方席よりは涼しいだろうと考えて…。

カキンと打った音。「今のアウト? 今度、守り?」…2人に野球の知識は全然ありません。「今の点、入ったの? とったのになんであの人は走ったの?」「実は落としていたのかな?」「迷宮入りだね」

その野球ちんぷんかんぷんな女子2人の後ろにひとりの男子が遅れて座ります。さらにずっと後ろには別のひとりの女子が立っています。

周りがぞろぞろと中に入っていき始めました。「何かあるのかな?」「ファウルボールにあたらないように? あたったら死ぬらしいよ」

私たちも避難しようと安田と田宮は勝手な憶測で腰をあげますが、近くにいた藤野富士雄がたまらずという感じで「あれはグラウンド整備だから」と説明してきます。「今5回裏終わったじゃん。6回表の間にトイレとかいけるの」

「どうしてくるのが遅かったの?」と女子2人が聞きますが、「ホテルで補修があって…」と答える藤野。しかし、「私も補修があったけど間に合ったよ」と言われ、「いや…」と言葉を濁します。

間髪入れず、英語教師の厚木先生がもっと前で応援しろと指導してきました。じっと一番後ろに立っていた宮下恵にも遠慮なしで大声で促します。そしてこの4人に熱弁を振るいます。「いいかお前ら、人生ってのは空振り三振の連続だよ、一番いけないのは怖がってバットをふらないことだよ」

先生は一方的に藤野を応援団長に指名して次の場所に行ってしまいました。「で、なんで遅くなったの?」とあらためて質問。「来るかどうか迷って」と藤野は答え、「私もわかる。なんでまだ1回戦なのにみんなで応援しなきゃいけないの、あと野球部の人って偉そうじゃん」「嫌いだわ~、野球部ってだけで自動的に嫌い」と安田はトークが止まりません。

「藤野くんって野球部だよね」と田宮が指摘。「俺、やめてるし」と答える藤野。そのまま野球部の話になり「園田くんとか偉そうかな」との言葉に「ちょっとスカウトに目をつけられているからってな」と藤野も同意。

「演劇だとどういうことないよね」「あ、わたしら演劇部だから」と演劇ではプロからのスカウトはないと説明する安田。「私が台本かいて、関東まで行った」と安田は続けますが、その間、隣の田宮は気まずそうにしています。

そして田宮は飲み物を買いに行きます。まるでその場を離れたがっていたように。その途中、宮下に話しかける田宮。「疲れない? 座ったら?」の言葉に、宮下は「いや、いい」とポツリ。

残った安田と藤野は会話を続けます。「なんかさ、高校3年生の夏ってこんなんなのかな」「なんか青春ってみたいなの」「青春ってどんなの?」「でも甲子園は青春じゃないの」「じゃあ演劇は青春じゃないの?」

すると安田は厳密には関東大会に出てないこと、本番で部員がインフルエンザにかかって出れなかったことを喋ります。しょうがないと安田は呟くのでした。

肝心の試合ですが、相手のほうが強いらしく、春も甲子園に出ている常連校。なんとかピッチャーの園田が抑えているらしいです。

またも暑苦しい厚木先生がやってきて「応援したって試合には関係ないと思っているのか! いいか、人生ってのは送りバンドなんだよ」と喉を痛めるほどにエネルギー爆発。先生は茶道部なのになぜここまで張り切っているのか…。

全然ヒットをうてない母校のチーム。「外野の人っている必要あるの」という安田の野球音痴発言に端を発して、藤野は「そんなこといったらベンチの矢野だって」と続けます。矢野は下手なのですが、ずっと部活は辞めずにいるそうです。

3-0。試合は負けています。

でも“はしの方”にいる存在には他人事の勝負なのか、それとも…。

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最小の舞台で最大限の創意工夫

『アルプススタンドのはしの方』は前述したとおり、もともとの戯曲の時点で相当によく練られたシナリオなのだと思います。メインの登場人物4人だけで、しかも試合を映さずに、いかにして面白いストーリーを作るかという意味で、最大限の創意工夫が発揮されていました。

映画版となる本作でもその作品性はブレておらず、野球映画の新しいアプローチによる良作が誕生したのではないでしょうか。

個人的には序盤からずっと漂うあのシュールさがなんとも言えず楽しいです。基本的にそれぞれの事情があって、あの熱狂的空間の輪に入れないでいる4人。その部外者的なボヤキが良い意味で青春批評にもなっています。

とくに安田と田宮の2人。演劇部ということもあって野球は門外漢。その2人の野球を知らなさすぎる気だるいトーク。でもわかる人にはわかるこの感じ。野球は確かにルールがわからないと意味不明なスポーツですよね(だから世界的に人気はないのかな…)。

そんな2人に居ても立っても居られない感じで野球を教えていくことになる藤野。彼は彼で園田に勝てないことを痛感して野球から離れようとしているわけですが、さすがにあの2人のマヌケさにツッコミを入れたくなっていって、いつのまにか野球の情熱が再点火している。「だから普通はこう、矢野はこう!」と全力で実演しているあの姿も爆笑ものなのですが…。

こうやってただのギャグなのかなと思ったら、意外にちゃんと伏線として後に機能していくあたりが本作の脚本の上手さです。

田宮が黒豆茶を買ってきた理由も「安かったから」という身も蓋もない事実がセリフでポロっと明かされる笑いもありつつ、それを踏まえてみると「お~い お茶」をわざわざ買って宮下に渡そうとする久住の思いが推察できたり、そのへんもアレンジが効いています。

演じている俳優陣もみんな本当にナチュラルにそこに佇んでいる感じで良かったです。個人的には安田あすはを演じた“小野莉奈”の薄っすらと捻くれてしまっている感情を隠し持っている雰囲気の出し方が絶妙でした。なんというか、ああいう青春を謳歌できずにいじけている存在を過度に露悪的に出さずに、それでいて生々しく体現しており、丁度いいバランスだったと思います。

また、野球の試合が映らずに、バットで打つ音、声援、そして吹奏楽部の演奏だけで、上手いこと緩急つけていく演出といい、どことなく一方的に見るという構図がある映画館のシチュエーションにマッチしていましたよね。

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他人の青春に同調するだけでいいのか

そんな感じでいろいろ絶賛できるポイントがヒットしまくりの『アルプススタンドのはしの方』だったのですが、個人的に気になる部分も…。

とくに終盤にかけて、物語全体が「青春を謳歌できなかった者たちが他人の青春に感化されて輝いていく」というオチに染まっていきます。私はそれでいいのかなとやや全肯定できない気持ちもあって…。

青春を謳歌できなかった者たちが肯定感を手に入れるのは全然OKです。むしろそうあるべきでしょう。でもその方法が他者の青春に同調することで達成されるというのは、やはり典型的な日本型同調意識だと思うのです。終盤に4人が大声を張り上げて応援するようになるという着地点も、いかにもその短絡的な精神論に落ち着いた感じが否めません。

しかも、この映画版では余計な追加もあって、その同調圧力がさらに清らかなものとして美化されている側面もあります。とくに映画で加わった吹奏楽部部員の進藤サチと理崎リンについては、あれほど嫌味ったらしく久住に接していたのに、終盤で一気に青春ムードに感化された存在に成り下がっていて「おいおい」という感じで…。

ラストの後日談エピソードも蛇足だったな、と。藤野と宮下が付き合っているふうな匂わせなども、これまたベタなロマンス規範にハマってしまっていますし…。この後日談のせいで、あの甲子園での4人はただただ青春の波の下げ値にいただけになってしまっていますよね。結局はあの程度で救われるくらいの青春の倦怠期に過ぎなかったのか。

また、百歩譲って青春に感化されるのを良しとしても、それが「甲子園」でもたらされるのはどうなのかなとも。私は親戚に甲子園出場校の出身の人がいて、そういう学校の実情を知っています。そこにはどうしても奇麗事ではない部分もあります。甲子園に出ることはカネも労力もかかるので、我慢を強いられることが多く、それも経済格差などの問題にも直撃します。それでも不満を言える空気もなく、協力しないのは酷い奴という扱いになってしまいます。言ってしまえばオリンピックと同じですね。

もちろん甲子園で青春を経験する人はいるし、それで問題ないのですが、全員が甲子園にプラスの影響を受けると安易に固定するのはね…。甲子園の番宣みたいになっちゃうし…。

『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』みたいに、青春を謳歌できなかった学生でも、他者を気にせず自分だけの規範で青春を見い出せる描き方はできなかったのかな、と。『桐島、部活やめるってよ』のような負のオーラ全開で吐き出す作品にならずとも、独立したポジティブさを見つけられたはずで…。私の勝手な要望を言えば、最後は4人は甲子園球場から試合中に出ていき、自分の青春を見つけに街に繰り出す!って感じでも全然よかったです。

まあ、文句は言いましたけど、低予算で面白さを見せた『アルプススタンドのはしの方』の存在感は元気をもらえました。最近の日本作品はNetflixでカネをつぎ込んで面白くなれる!みたいな論調もありますけど、こういう最小限のアイディアで面白くさせる姿勢を大事にしたいなと強く思いました。

『アルプススタンドのはしの方』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
?.? / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2020「On The Edge of Their Seats」Film Committee

以上、『アルプススタンドのはしの方』の感想でした。

On the Edge of Their Seats (2020) [Japanese Review] 『アルプススタンドのはしの方』考察・評価レビュー