それがアメリカです…映画『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本公開日:2025年1月17日
監督:アリ・アッバシ
性暴力描写 DV-家庭内暴力-描写 性描写 恋愛描写
あぷれんてぃす どなるどとらんぷのつくりかた
『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』物語 簡単紹介
『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』感想(ネタバレなし)
トランプのビジネスは本物か?
ファクトチェック専門メディア「PolitFact」が選んだ「2024年の嘘」のトップは「オハイオ州スプリングフィールドでハイチ移民がペットの犬や猫を食べている」でした。
その作り話を堂々と放言して2024年のアメリカ大統領選挙に勝利し、2025年1月20日の就任式をもって2度目の大統領の座に返り咲くことになったのが“ドナルド・トランプ”です。
“ドナルド・トランプ”については「発言は過激だけど、ビジネス面では実力があるから…」なんて声も世間の一部から聞かれます。しかし、本当にそうでしょうか?
“ドナルド・トランプ”がビジネスの成功者であるというイメージを作り上げたのは大手メディアです。最も有名なのが2004年から放送された『The Apprentice』というリアリティータレントゲーム番組でした。この番組では当時から不動産業で成功したと評されていた“ドナルド・トランプ”を司会に据え、さまざまな職業経験を持つ全国からの参加者がビジネスマンの弟子(apprentice)になるために自身のスキルを証明して競い合うという内容でした。脱落することになる参加者に対しては司会者が「you’re fired(お前はクビだ)」と宣言することになっており、これが“ドナルド・トランプ”の象徴的なキャッチフレーズとして持て囃されました。
しかし、この番組を放送したNBCの元幹部のひとりが「トランプが超成功したビジネスマンだという誤った物語を作り上げてしまった」と2024年に謝罪しました(Snopes)。
“ドナルド・トランプ”のビジネスにおいての実像は案外と知られていません。もともと父が不動産王で、その家業を受け継ぐかたちとなった金持ちのぼんぼん。セレブの社交界にも普通に入り浸り、それこそ“ジェフリー・エプスタイン”や“ショーン・ディディ・コムズ”と肩を寄せ合って記念撮影しているくらいの人物(Snopes)。そんな人間がどうやってここまでの「評価」を得たのか。
今回紹介する映画はそんな“ドナルド・トランプ”のビジネスマンとしての実像を赤裸々に描いています。
それが本作『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』。
原題は「The Apprentice」で、例のあの番組と全く同じなのは意図的に狙っているからだというのはお察しのとおり。このタイトルの時点で本作がどういうアプローチなのかは想像つくでしょう(わからない人は風刺に鈍感すぎる)。
アメリカでは大統領経験者の伝記映画はよく作られます。それらがどういう中身の映画なのかは常にその人の「人となり」を表しています。この『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』も実に“ドナルド・トランプ”らしい伝記映画です。
ちなみに“ドナルド・トランプ”の伝記映画はこれが初ではなく、実は本人の自伝本『Trump: The Art of the Deal』をパロディにした『Donald Trump’s The Art of the Deal: The Movie』という映画が2016年に制作されており、作ったのは“ウィル・フェレル”の「Funny or Die」で、“ドナルド・トランプ”を“ジョニー・デップ”が演じていました。
そちらの映画は皮肉たっぷりのコメディ寄りなのですが、今回の『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』はより伝記映画としてフォーマルな体裁がありつつ、クリティカルに研ぎ澄まされています。
脚本を手がけ、企画の原案に立っているのが、“ガブリエル・シャーマン”というジャーナリスト兼作家。この人は右派メディアの「Foxニュース」の社長“ロジャー・エイルズ”の伝記本を執筆してベストセラーになりました。権力者相手でも遠慮なく切り込んでいくスタイルです。
問題は『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』の映画を誰が監督するのかということ。現在進行形で権力を振りかざして手当たり次第に行く手を遮る者を攻撃している人物ですからね。実際、なかなか監督をやってくれる人は見つからなかったそうです。
しかし、やってくれる人が現れました。“アリ・アッバシ”です。2016年に『マザーズ』で長編映画デビューを果たし、続く2018年の『ボーダー 二つの世界』、2022年の『聖地には蜘蛛が巣を張る』で鮮烈な物語を届けて衝撃を与えた監督。
イラン系デンマーク人という非アメリカ人の“アリ・アッバシ”監督だからこそ作れる映画と言えるでしょう。トランプ批判的という枠を超えて、痛烈にアメリカ批判的な映画でもあります。
今作でドナルド・トランプを演じた“セバスチャン・スタン”もよくこの役を引き受けたなという勇気ですけどね。どうしたって見た目が特徴的なので『サタデー・ナイト・ライブ』っぽくなりやすい人物なのはやむを得ないとして、コメディショーではなく映画に出演しようとしたその決意はまず評価したいところ。
『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』を観てもまだ「発言は過激だけど、ビジネス面では実力があるから…」なんて口走るならその人は“ドナルド・トランプ”の忠実な「apprentice」と言われてもしょうがないです。
『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | 生々しい性暴力を描くシーンがあります。実在の人物(しかも現在の大統領)が加害者なのでトラウマを与える可能性はさらに大きいかもしれません。 |
キッズ | 暴力的描写やヌード描写が多いです。 |
『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
1973年、20代のドナルド・トランプは高級クラブでデート相手の女性に近くにいる著名な富裕層の大物を指さして得意げにこっそり解説していました。ふと遠くの席に座っているある人物の視線を感じます。そしてテーブルに招待されます。そこにいたのは弁護士のロイ・コーンとその取り巻きの連中でした。
ロイ・コーンは非常に物議を醸す案件を率先して切り込んでいくことで知られるやり手です。この場でも表情変えずに威風堂々としており、若造のドナルド・トランプは圧倒されます。ロイ・コーンはドナルド・トランプに試すような眼差しを向けます。
今のドナルド・トランプの仕事は低所得者向け住宅を回り、カネを回収するという地味な作業でした。住民に手荒に追い払われることもしゅっちゅうです。不動産王の父フレッド・トランプの家に生まれ、暮らしは何不自由なく裕福でしたが、長男のフレッド・トランプ・ジュニアばかりが寵愛を受け、不満を溜め込んでいました。父は「ロイ・コーンは詐欺師だ」と吐き捨てます。
ドナルド・トランプは懸命に働いても空回りするだけで、自分の権力を手にすることができない状況に苛立っていました。そこで父の忠告を無視してあのロイ・コーンに再び接近してみます。
彼に頼み込み、ロイ・コーンはしぶしぶ相手をしてくれます。頑張って付き合いについていき、ロイ・コーンも少し気に入ってくれたようです。
ドナルド・トランプはロイ・コーンの仕事の傍についていき、身だしなみからメディア対応に至るまで何でも学びます。そして、常に攻撃し、決して不正を認めず、負けても常に勝利を主張するという「3つのルール」を教えられました。
トランプ家の主要事業のひとつである住宅業にて、連邦政府がアフリカ系アメリカ人の入居者に対する差別があるという問題を調査していました。その件でロイ・コーンに相談すると、ロイ・コーンは主任検察官をいとも簡単に脅迫し、解決してみせました。
ドナルド・トランプはその手腕に感激し、ロイ・コーンを父親よりも自分に理想の指導者としてみなし、さらに懐に入ってきます…。
ホモフォビアとトランプ
ここから『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』のネタバレありの感想本文です。
ドナルド・トランプの人生は切り口に困らないと思いますが、『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』はドナルド・トランプとロイ・コーンの師弟関係に焦点をあてています。本人はロイ・コーンとの関係をすでに“無かったこと”にしており(それは作中の最後でも描かれるとおり)、触れてほしくない過去でしょうが、本作は遠慮せずにその交友という言葉で表しきれない関係性を映し出します。
ロイ・コーンは1950年代にあの“ジョセフ・マッカーシー”上院議員の主任弁護士だった人物であり、ドラマ『フェロー・トラベラーズ』でも描かれたように、当時の共産狩りとラベンダー狩りを主導した政治フィクサーです。
そのロイ・コーンを師とするという時点で、これはビジネスを学ぶ関係性ではないのは明白です。詐欺師としてのノウハウを学んでいくことになるのです。
本作ではこのロイ・コーンを“ジェレミー・ストロング”が凄まじい気迫で熱演しており、ドラマ『メディア王 華麗なる一族』での役柄の応用版として見事な貫禄でした。
ロイ・コーンは脅迫で相手を圧倒するのが武器であり、作中では「同性愛者だとバラすぞ」と脅すというラベンダー狩りでやっていたことと全く同じ手口を披露していました。
この手際をみて普通なら「ヤバい…これは近寄ってはいけない相手だ…」と距離をとるものだと思うのですけど、若造のドナルド・トランプは「すげぇ…カッコいいなぁ…」と陶酔していく。そして倫理観がどんどん捻じ曲がっていく。まあ、こういう人間関係は今の日本社会にもいっぱいいますし、それこそドナルド・トランプに憧れてしまう人の心理ですよね。
本作はそこにさらに説得力を与えるために、「内面化されたホモフォビア」を効果的に利用していたと思います。
ロイ・コーンは自身ではゲイであることを否定していたのですが、仲間内ではわりとゲイなのは隠しようもないほど滲み出ていたそうで、本作は性生活もきっちり描かれます。
アンディ・ウォーホルなどが参加するロイ・コーン主催の退廃的なパーティにて、ドラッグもヌードもありの中、居心地悪そうに突っ立ってるドナルド・トランプが、ロイ・コーンのゲイ乱交現場を目撃してしまって慌てる場面。親のセックスをみてパニクる子どもみたいですが、そのドナルド・トランプとロイ・コーン双方の内面化されたホモフォビアが後半の亀裂の背景にあるような、そんな演出にもなっていました。
そもそもロイ・コーンがドナルド・トランプを気に入って傍に置いたのも性的な対象としてなのか?という不安がドナルド・トランプの心の中に芽生えるような…。
結局、本作で描かれるドナルド・トランプは必死に自己否定を重ねるばかりです。
「男に性的にみられる男になりたくない」「カネに群がる女に操られたくない」「無残な顛末を遂げた兄のようになりたくない」「父と同類ではなく上回りたい」…。
偉大さを求める表向きの勇ましい姿の裏には常に自分の現状への恐怖がありました。
最終的にドナルド・トランプが脂肪吸引と頭皮縮小手術を受ける姿が映るのですが、それも自己否定的な嫌悪感を示すようで…。医療処置で終盤を締めるのは『バイス』にもあったな…。
アメリカの成功は嘘でできている
『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』は、ドナルド・トランプを批評するだけでなく、そのひとりの人間をとおして、アメリカという世界そのものを批評していたとも思います。もっと言えば、アメリカ人が讃えるアメリカらしさ(アメリカンドリームを含む)がいかに欺瞞に満ちているかということを…。
本作で描かれるドナルド・トランプは特殊な異常者とかではないです。平均的なアメリカ人。もちろんおカネ持ちの生まれですが、人間性としては極めて平凡です。現在の世間がカリスマ性として持ち上げるような素質は皆無です。
後に妻となるイヴァナ(演じるのは“マリア・バカローヴァ”。『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』といい、すっかりトランプ特攻の俳優ですね)を欲する姿は情けなく、それでも最後は力で屈服させます。
なお、あの床に押し倒しての性暴力シーンは、1989年の離婚手続き中の声明文にあった「レイプ」という言葉から着想を得て映像化しており、イヴァナ・トランプ本人は実際には性的加害はなかったと言っています。
その真偽はともかくとして、そこに投影されるのは「家族」とか「愛」とか、そんなものは家父長制を大衆にみせるときの詐欺的なデコレーションだという現実。
トランプタワーもそうです。観光名所的な地域のランドマークになろうが、それは権力の誇示。メディアもその偽りの印象操作に加担します。
フレッド・トランプ・ジュニアがアルコール依存に苦しんでいても、おカネをばらまくしかできず、死なせてしまう。そこに医療ケアの概念はない。これもまたアメリカ。
アメリカというのはありとあらゆるものが嘘偽りでできている。「成功」という概念さえもそれは詐称でしかないのかもしれない。
そういう意味ではドナルド・トランプはアメリカを体現しています。
本作はかなりわざとらしくその時代のアメリカっぽい演出を挟み込んでいくのですが、何もかも嘘っぽくみえる。「アメリカっていいな」という高揚感はありません。アメリカに憧れのある人がみれば単に不快でしょう。でもこれがアメリカじゃないの?という本作の問いかけ。
そしてそれはアメリカだけに収まらず、世界中の国に似たような構造があるはず。
『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』はあらためて教えてくれました。見習ってはいけない、と…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
△(平凡)
作品ポスター・画像 (C)2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. ドナルドトランプの創り方
以上、『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』の感想でした。
The Apprentice (2024) [Japanese Review] 『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』考察・評価レビュー
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