MCUも月にかわっておしおきよ!…「Disney+」ドラマシリーズ『ムーンナイト』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
シーズン1:2022年にDisney+で配信
原案:ジェレミー・スレイター
児童虐待描写 恋愛描写
ムーンナイト
むーんないと
『ムーンナイト』あらすじ
『ムーンナイト』感想(ネタバレなし)
何もかも異色のMCUドラマ
ついてきていますか。何がって「マーベル・シネマティック・ユニバース」、通称「MCU」のドラマシリーズ展開のことです。
『ワンダヴィジョン』(2021年1月)、『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』(2021年3月)、『ロキ』(2021年6月)、『ホークアイ』(2021年11月)と、2021年だけでも4作の実写ドラマが配信。コロナ禍のせいで出だしが遅くなったのですが、始まりだすと怒涛の勢いです。
これまでのMCUドラマはどれも既存のキャラクターを掘り下げるものばかりであり、必然的に過去作を観ていることを前提とする内容のものがほとんどでした。そういうフランチャイズ戦略なのでしょうがないのですが、ハードルの高さを感じる人は少なくないはず。
ただ、一方でマーベル側もその果てしなく高さアップし続けるハードルを傍観しているだけではありません。これまでのシリーズ作品を一切鑑賞していなくても楽しめる作品も生み出しており、映画では『エターナルズ』や『シャン・チー テン・リングスの伝説』などがそれに該当しました。そして今回、新規大歓迎の入り込みやすいドラマシリーズも登場しました。
それが本作『ムーンナイト』です。
『ムーンナイト』は本当にMCUを1作も見たことがなくても大丈夫な立ち位置になっており、予備知識は全く必要ありません。MCUの他作品の要素もほぼ絡んでくることもないのです(微かに感じ取れるかなという程度のささやかなものはなくもない)。
これほど完全に独立したドラマシリーズさえも送りだしてくるあたりが今のMCUの底知れぬ自信というか、挑戦心の表れだなと思います。
本作は他にも特色があって、そのひとつが非アメリカのヒーローを描くということ。これまでのMCUのヒーロー、とくにアベンジャーズはニューヨークを起点としており、やはりアメコミなので、アメリカのヒーローでした。各ヒーローが抱く正義の信念もアメリカの価値観を主軸にしているものが多かったです。
対する『ムーンナイト』に登場するヒーローはエジプト文明に根差したダーク・ヒーローというポジションであり、アメリカはまるっきり関係ありません。こういうように脱アメリカを実現しているのも特徴的で、今のMCUがグローバルを目指している証なのでしょうか。
『ムーンナイト』の製作総指揮&監督を務めるのが“モハメド・ディアブ”という気鋭のエジプト人のクリエイター。“モハメド・ディアブ”監督はこれまでも『Clash』(2016年)などエジプトの政治や社会問題を根底にしたジャンル作品を生み出しており、2010年の監督作『Cairo 678』なんかはバス内で起きる痴漢などエジプト社会における女性への性暴力を題材にしたことで国内で論争を呼んだりもしました。つまり“モハメド・ディアブ”監督はかなり社会正義を描くタイプの作家性でもあるんですね。相変わらず監督のチョイスが尖っているな、MCU…。
事前の話題では内容はバイオレンスだと言われていましたが、それはゴア描写があるとか、そういうビジュアル的な暴力性というわけではなく、どちらかというとドラマ面での生々しい葛藤があるという意味で捉えておくと良いと思います。それに加えてミステリーの側面も濃く、とてもジャンルが捉えどころない感じでもあります。
というのも『ムーンナイト』の主人公は解離性同一症(以前は多重人格障害と呼ばれていた)を患っているという設定になっており、そこにエジプト神話に基づく摩訶不思議なファンタジー要素も加わり、非常に何が現実なのか曖昧な状況で物語が進行します。ある時は子どもでも笑える内容、でもある時は急に大人向けのシリアスさに豹変する。こういう佇まいもこれまでのMCUになかったですね。
『ムーンナイト』の主人公を演じるのは、『スター・ウォーズ フォースの覚醒』で一気に知名度が上がり、『DUNE デューン 砂の惑星』などの大作にもでている“オスカー・アイザック”。そしてヴィランを演じるのは『6才のボクが、大人になるまで。』などベテラン俳優として抜群の信頼を得ている“イーサン・ホーク”。この2人の演技合戦が凄まじい作品なので、それだけでも見ごたえを保証できます。“オスカー・アイザック”と“オスカー・アイザック”のブロマンスみたいな楽しみ方もできるし、“オスカー・アイザック”の可愛さが溢れんばかりに詰まっているし、『戦慄の絆』みたいなスリルもあるし、贅沢ですよ。
『ムーンナイト』は全6話(1話あたり約44~53分)。もちろん「Disney+(ディズニープラス)」の独占配信です。
『ムーンナイト』を観る前のQ&A
A:今作で初登場のキャラクターです。なので知らなくても良し!
A:ありません。事前に鑑賞しないと物語が理解できないような作品は一切なく、いきなり本作から鑑賞てもOKです。MCU初心者も気楽にどうぞ。
オススメ度のチェック
ひとり | :MCU初心者も気にせず |
友人 | :エジプト好きの友達も誘って |
恋人 | :異性愛ロマンスもあり |
キッズ | :子どもでも大丈夫 |
『ムーンナイト』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):もうひとりの自分
ひとりの男がベッドから起きます。しかし、足を柱に縛っています。ドアにテープ。でもそれもいつものこと。アパートを出たスティーヴン・グラントは母に電話しながら、古代エジプト展を開催している職場の博物館へ向かいます。つまんなそうにしている女の子に思わず解説をしだすスティーヴン。そこへ同僚のドナがやってきて、「あなたはツアーガイドではなくギフトショップ店の店員でしょ」と本来の職場の博物館内の店に連れていきます。
同僚の女性から「明日の7時だけど大丈夫?」と言われます。なんだかデートの約束をしたようですが、覚えがないです。ステーキを食べるらしいけど、自分はヴィーガンだし…。
スティーヴンは自分に別の人格があり、時折勝手に動き出しており、本人には自覚がないことに感づいていました。それゆえにろくに他人と関係を築くこともできません。
帰宅し、寝ます。ふと目覚めると、そこは草原のど真ん中でした。ここはどこだろう…。すると謎の声が意識に語りかけるように聞こえます。
「腰抜けは眠っていろ、お前はお呼びじゃない、マークに体を渡せ」
ポケットを探ると金色のスカラベのような品が…。混乱しているといきなり背後の建物にいる2人に撃たれ、逃げるしかなくなります。
たくさんの人がいる町中まで逃げてきたスティーヴン。そこにゆっくり歩み出る謎の男が現れ、「心に闇を潜める者がいる」「女神アメミットの名において汝を裁く」と厳かに言います。彼、アーサー・ハロウは多数の信者を抱えており、信者のひとりの手をとり、天秤のタトゥーが動くと、罪人とされた人がその場で死ぬのでした。
異様な光景に茫然としていると、ハロウに見つかります。「お前は傭兵だな。スカラベを返してくれ」…そのとき頭の声が「その男に渡してはならん」と言い、なぜか自分の身体が勝手に動き、スカラベを渡すまいと抵抗。そしてまた意識が飛び、気が付くと周りの人が倒れていて、自分の手は血塗れ…。
混乱しながら手近の車で逃走。またまた意識が飛び、目覚めると、追っ手を倒していました。
さらに目覚めると…自分の部屋のベッドの上。なんだったのか…。そう言えばデートだったと思い出し、店で待てでも来ません。電話すると2日前だと言われ、意気消沈で帰宅。
しかし、自室の壁の中に鍵と携帯を発見。その電話にレイラという女性から着信があり、「いまどこ?」「どうしたの、マーク」と言われます。
怖くなってパニックになるもまた意識が飛んで目覚めたのはバスの中。博物館へ行くと、そこにハロウがおり、「真実を知りたいか」「君はカオスを抱えている」と囁きます。
逃げるスティーヴン。ところが夜の博物館で化け物に襲われ、トイレに追い詰められます。
「俺にコントロールを渡せ」
その瞬間、スティーヴンは白い衣装に包まれ、驚異的な戦闘能力で怪物を倒すのでした…。
解離性同一症を描く難しさ
『ムーンナイト』の主人公であるスティーヴン・グラントは解離性同一症であり、すぐにマーク・スペクターという別人格があることが判明し、本来の主人格はマークの方だったことも後半で明らかになります。
この解離性同一症はフィクションではもっぱら異常者的な存在として描かれやすく、それこそ『スプリット』のように危険人物として扱われることも珍しくありません。
もちろんそれは解離性同一症の当事者にとっては有害なステレオタイプでしょうが、一方で解離性同一症を真摯に正確に表象として形作るのは至難の業で、私も様々な病理(もしくはアイデンティティというべきか)の中でも最も困難なもののひとつではないかと思います。
『ムーンナイト』のこの表象も完璧とは思いませんが、それなりに熟慮を重ねながら考えて形にしたのだろうことは伝わってきます。
まず主人公のスティーヴンのキャラクターがとても良くて、親近感溢れる存在にしているので異常者という感じはしません。原作コミックでは1975年に登場。MCUドラマでは、スティーヴンをエジプト文化オタクの博物館土産物店の店員にするという改変を加えており、このアレンジが効きましたね。“オスカー・アイザック”の名演もあって本当に愛嬌があります。銅像パフォーマーに話しかけるくらいしかできない孤立っぷりとか、可哀想だけど愛おしさもあるし…。
スティーヴンとマークは英語版では話す英語の訛りで区別できるようになっているのですが(スティーヴンは嘘臭いイギリス英語訛りになっている)、日本語吹き替えするときは大変だったろうな…(日本の声優さん、お見事でした)。
そんな予測不可能な展開の中で、急な精神病院エンドという衝撃で終わった第4話。そこでスティーヴンとマークが直に出会って互いにハグしあう。ここでの2人の絆…同時に「自分をもっと愛そう」というメッセージは素直に心に響きます。
そして第5話で描かれるのは人格が分離した真相。幼少期の弟の死と母による虐待。解離性同一症は実際にこういう幼少時期のトラウマが原因なことも多いのですが、ここまでハッキリ描くとは。だから「メンタルヘルスに関しては専門家へ」という注意が各エピソードの最後に表示されていたのかと納得。
複雑な工程を紆余曲折で進んだ『ムーンナイト』はなんだかんだで最終的にはマークとスティーヴンの互いの人格の肯定によって辛い過去を乗り越えるという助け合いの精神が描かれており、メンタルケアとしては真っ当でした。
ただ、そこにジェイク・ロックリーという第3の人格の存在が最終話クレジット後に示唆され、まだまだ波乱がありそうではあるのですが…。
エジプトのヒーローがそこにいる
トラウマと病理と向き合う真面目なストーリーもありつつ、『ムーンナイト』はやっぱりエンターテインメントでもきっちり満足させてくれます。
とくに今作はエジプト文明にスポットがあたり、『インディ・ジョーンズ』的な遺跡探索の展開もあれば、あげくにはエジプト神話の神々が集って自身のアバターで戦わせるというバトル展開もある。ほんと、エジプトの神様たち、人間をポケモンみたいにしか思ってないな…。
マークが月の神「コンス」の力で変身する「ムーンナイト」はとてもカッコいいビジュアルなのですが(かっこつけすぎでは?というくらいにイチイチ絵が決まる)、スティーヴンの変身する「Mr.ナイト」は対極的なアホ丸出しで(「白いデッドプール」と巷で称されていて笑える)、この凸凹コンビで楽しめるという実質バディものみたいな味わいもあったり。
そして最終話ではレイラもタウエレトの力でアバターに覚醒。カバの姿になったらどうしようかとヒヤっとしたけど、ちゃんとかっこよかった…。あれは「スカーレット・スカラベ」という名らしいですが、作中で助けた一般人の女性が「エジプトのスーパーヒーローなの?」と感動しながら呟いていましたけど、こうやってエジプトに地に足のついたヒーローの誕生は本当に良かったですね。演じている“メイ・カラマウィ”はエジプト&パレスチナにルーツがあり、今作でも魅力的に活躍していたので今後も登場してほしいな…。
でも思うのだけど、MCUはいろいろな神話がこれでかなり出そろいましたよね。『マイティ・ソー』シリーズは北欧神話で、今度の新作ではギリシャ神話も出てくるようだし、『ムーンナイト』でエジプト神話も追加されて…。こんな神話だらけで整合性とか大丈夫なのかな…。いつかいろんな各所の神様が大集結する作品とか見てみたいけど、絶対にあいつら協調性なさそうだから喧嘩するな…。
これなら日本神話のヒーローとかもあってもいいなと思ったりもする…。
ともあれ、この調子で各国のヒーローを増やすのかはわかりませんが、その第1弾に中東・北アフリカであるエジプトが選ばれたのはすごく意義があると思います。
『ムーンナイト』のシーズン2はあるのかは不明ですが、とても存在感のある新キャラクターを始動させるのに成功してみせましたし、今後のMCUならではの化学反応に期待高まります。
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 87% Audience 93%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
MCUドラマシリーズの感想記事です。
・『ホークアイ』
・『ロキ』
・『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』
・『ワンダヴィジョン』
作品ポスター・画像 (C)2022 Disney
以上、『ムーンナイト』の感想でした。
Moon Knight (2022) [Japanese Review] 『ムーンナイト』考察・評価レビュー
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