お前はどのアメリカだ?…映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本公開日:2024年10月4日
監督:アレックス・ガーランド
人種差別描写
しびるうぉー あめりかさいごのひ
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』物語 簡単紹介
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』感想(ネタバレなし)
アメリカの2度目の内戦は起きるか?
1861年4月12日から1865年4月9日、アメリカで内戦(Civil War)が起きました。「南北戦争」です。
南部11州がアメリカ合衆国から分離して「アメリカ連合国(Confederate States of America)」を結成し、アメリカ合衆国にとどまったその他の北部23州との間で戦争となったのです。
結果は知ってのとおり、アメリカ合衆国(北部)の勝利に終わり、今もアメリカ合衆国は存続しています。もし南部が勝っていれば、「USA」じゃなくて「CSA」がこの世界に存在していたでしょう。
アメリカでの内戦はこの1度きりなので、アメリカで「Civil War」と言えば、この1861年~1865年の南北戦争を指します。
しかし、仮に将来、アメリカでまた内戦が勃発したら…。そうはいきません。
そして今後アメリカで内戦が勃発する場合、以前のように「北」と「南」に別れるような単純な二分裂の対立では収まらないかもしれません。
なぜなら今のアメリカには民兵組織がとてもたくさん存在しているからです。民兵組織というのは正規の軍や警察ではなく、庶民が武装している組織のこと。その目的はさまざまですが、多くは右翼と連動しており、いざとなれば政府に対して反乱を起こすべく備えています。なんでも2020年時点で200近い民兵組織がアメリカには点在しているそうです。2021年1月6日に起きたアメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件も「Oath Keepers」という民兵組織の関与が指摘されています。
そんな情勢もあり、現代のアメリカで内戦が起きたとしてもどんな勢力図になるのか…それは全く予測しづらいです。
今回紹介する映画はそんな“もし”を映像化した作品です。
それが本作『シビル・ウォー アメリカ最後の日』。
本作は近未来のアメリカを舞台に、勃発した内戦の惨状を描いている歴史ifの戦争SF映画となっています。
ただ、日本の宣伝がちょっと誤解を招くというか、映画の内容と食い違っているので注意です。「もし今、アメリカが2つに分断され、内戦が起きたら…」というキャッチコピーがついていますが、私たちの知っている今のアメリカで内戦が勃発する瞬間を描いているわけでもないですし、“2つ”に分断されるわけでもないです。
本作は、アメリカの政権がひとりの大統領によって長期独裁状態となり、複数の州が合衆国から分離していくつかの勢力に分裂した状態。その分離勢力と合衆国政府がすでに内戦状態にあり、内戦も終盤に差し掛かったところから映画は開幕します。
分離勢力や合衆国政府の視点ではなく、戦場を取材するジャーナリストの視点で一貫して描かれているのも大きな特徴です。戦争映画らしいドンパチのシーンもありますが、ジャーナリストの葛藤がメインとなってきます。
この『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を監督したのは、イギリス人の“アレックス・ガーランド”。初監督作となった2014年の『エクス・マキナ』がSFマニアも唸るビジュアルやストーリーで高評価をおさめ、一気に注目SF監督のトップとして頭ひとつ抜きん出ました。その後も2018年に『アナイアレイション 全滅領域』を監督し、2020年にはドラマ『Devs』、2022年には映画『MEN 同じ顔の男たち』を生み出しています。
テクノロジーを描く印象が強い“アレックス・ガーランド”監督ですが、最近は多彩なジャンル的なアプローチで社会風刺を試みており、今作『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は硬派な戦争SFという大作に初挑戦。何でも“アレックス・ガーランド”はジャーナリズムな職業家系の育ちだそうで、本人的にはこだわりもあるのでしょう。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』で主演するのは、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の“キルスティン・ダンスト”。他には、『セルジオ 世界を救うために戦った男』の”ワグネル・モウラ”、『プリシラ』や『エイリアン ロムルス』の“ケイリー・スピーニー”、『DUNE/デューン 砂の惑星』の”スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン”など。
“アレックス・ガーランド”監督作では常連の“ソノヤ・ミズノ”も本作に少しだけ出演しています。
アメリカ大統領選がある2024年を象徴する映画なのは間違いないですね。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :緊迫の映像に魅入る |
友人 | :作風が気に入るなら |
恋人 | :デート向きではない |
キッズ | :暴力描写あり |
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
アメリカ合衆国の大統領が演説しています。偉大な勝利を自信満々に語り、勝利は目前と主張。戦っている相手は他国ではありません。数年前まで同じアメリカであった州です。
アメリカの連邦政府から19の州が離脱し、いくつかの州は勢力として結集し、合衆国政府に反旗を翻していました。とくにテキサス州とカリフォルニア州の同盟からなる「西部勢力」は政府軍と激しい内戦に突入しています。大統領は自身の優勢を報道していますが、実際のところ、「西部勢力」の軍が間もなく大統領のいるワシントンD.C.に到達すると推測されていました。
ベテラン戦場カメラマンのリー・スミスは、その自国の大統領の演説中継をテレビで複雑な表情を浮かべて見つめ、カメラをそのテレビに向けます。
今、リーはニューヨークにいます。このかつての経済と文明の中心地は今や混沌としていました。水を求めて市民が集まり、抗議の声をあげています。現場にリーもおり、カメラでその緊迫した様子を撮影。警官隊と衝突する怒れる市民。その最中、巻き添えで暴力を受けていた若者のジェシー・カレンを助けて、少し現場から離れます。ジェシーもリーに憧れて写真家を目指しているようです。
そのとき、アメリカ国旗を掲げた人物が群衆に突撃し、いきなり爆発が起きます。あたり一帯が吹き飛び、そこには大勢の死体が無惨に転がっていました。すぐに仕事に戻ったリーはカメラのシャッターをきります。
拠点に帰ったリーは仲間でベテランのサミーやジャーナリストのジョエルと会話。ワシントンD.C.に行ってみようという話になります。おそらく大統領はもうわずかの政治生命です。命も失うかもしれません。その前にインタビューができれば…。
ジェシーがやってきて、同行することになります。ワシントンD.C.まで857マイル。内戦ゆえに一帯は厳戒態勢で、取材陣でも命の保証はありません。
4人は車で出発し、乗り捨てられた車で埋め尽くされた道路を進んでいき、検問を通過。ここからの安全は自分たちで何とかするしかないです。
ガソリンスタンドに到着すると、銃を持った人たちがいました。なんとか交渉してこちらを理解してもらいます。
その間にジェシーはすぐ裏の近くの洗車場へと足を運び、そこで2人の人物が吊るし上げて拷問されているのを見つけます。ジェシーは言葉を失いますが、リーは上手く話をつけてその場を収めます。
この先はさらに危険が待ち構えていましたが、4人は前進を続け…。
この「if」はありか、なしか
ここから『シビル・ウォー アメリカ最後の日』のネタバレありの感想本文です。
感想にガッツリ入る前に『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の世界観を一旦整理しておきましょう。そこまで作中で明解に説明はされないのですけど、一応、設定はちゃんとあるようです。
物語開始時点で、アメリカ大陸は「Loyalist States」「Western Forces」「New People’s Army」「Florida Alliance」の4つの政治勢力に分裂しているとのこと。
「Loyalist States」は合衆国政府の統治下にあります。「loyalist」は現体制の支持者を意味する単語であり、漠然と現政権支持派の集合体なのでしょう。
「Western Forces」は地理的に2つの勢力の同盟であり、カリフォルニア州のある地域とテキサス州のある地域に分かれています。カリフォルニア州とテキサス州は現実では政治的に対極なので(前者はリベラル、後者は保守的)、一体どのような経緯でこの2つの地域が手を結んだのか、それは謎です。作中では戦闘機や戦車を駆使してワシントンD.C.に攻め入っており、相当な軍事力を有しているのがわかります。
「New People’s Army」はアメリカ北西部の地域一体の勢力。名前からしてどことなく共産主義っぽい雰囲気を漂わせていますが、詳細は全然わかりません。
「Florida Alliance」はその名のとおりフロリダ州を中心とする勢力なのだろうと考えられます。政治的立ち位置は不明です。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は本国公開時から(公開前からもそうだったけど)、ある批判がありました。それは政治の不透明さです。
本作は内戦を描くのですからどうしたって政治的です。しかし、具体的な政治性を示す記号がほとんどありません。例えば、政党。今のアメリカは共和党と民主党の二大政党が盤石ですけども、それがこの世界観でも健在なのか…。“ニック・オファーマン”演じる大統領にいたっては政党どころか名前も明かされません(冒頭のスピーチはトランプ的な大言壮語ですが、まあ、アメリカのトップっていつもこんな感じですけどね…)。イデオロギー的なモチーフも除去されています。
大企業の動向も不明ですし、国際関係も大きく触れられません。内戦なら他国の干渉は絶対にありそうですけども…。
当然、これは「配慮」なのは理解できます。変に言及してしまうと現実社会の政治に肩入れしかねないので刺激を避けているのだと思います。
一方でジャーナリズムとしては逃げ腰な感じは否めません(そもそもジャーナリストを主役にしているのに)。
結果的に本作は政治風刺映画だけど非政治的なラインを超えないように絶妙に綱渡りしている作品だったなという肌触りでした。
それを世界観構築の上手さと捉えるか、はたまた政治的分裂を実際よりも極端に誇張して映画的に味付けして大衆の政治所属への意識を弱めているとみなすか、そこが観客の評価を左右するのではないでしょうか。
政治から目を逸らすな
大部分の政治を不透明化している『シビル・ウォー アメリカ最後の日』ですが、唯一凄まじく政治的イデオロギーの残酷さが突きつけられるシーンが、後半の武装した民兵が大勢の遺体を埋めているシーンでリー一同が銃を突きつけられる展開。
あそこで「お前はどの種類のアメリカ人だ?」という本作の核心とも言える強烈なセリフが飛び出し、2人の取材メンバーが即射殺されてしまいます。
あの射殺する民兵の白人は“ジェシー・プレモンス”(“キルスティン・ダンスト”の夫です)が演じているのですが、あからさまに白人至上主義の超保守主義者でした。敵かどうかを主観でカテゴライズして、容赦なく処理するというおぞましさ。その前に出会った狙撃手が「殺そうとしてくる相手を殺すだけ」みたいな発言をするのですが、その究極系というか、殺意なくとも平気で殺す…。政治的対立の大義名分も気にしなくなり、ただ「殺すべきかどうか」という二択になる到達点をえげつなく描いていました。
一方で、中盤には完全に非武装的で(実際は厳重に守られている)、まるで戦争を感じさせない時が止まったかのような町もあって、そこに住んでいる人が「どちらにも無関心だったら平穏だ」みたいなことを言います。これはこれで政治的無関心さの恐ろしさを突きつけるかたちになっており、”アレックス・ガーランド”監督のSF的な政治風刺が際立っていました。
少なくとも本作を観て「左派と右派が無駄にいつまでも対立し合っているから悪いんだよ」と知ったかぶって他人事で発言するような人はいない…と願いたいですが、まあ、いるだろうな…。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の物語自体は、ジャーナリスト、とくに初々しいジェシー・カレンの成長に焦点があたります。
ジェシーは経験が浅く、残忍な戦場の実態を目にして、当初は戦慄するばかりで身動きできなくなってしまいます。しかし、先輩であるリーの指導もあって、少しずつ成長し、最後はリーが撃たれる瞬間まで記録します。
ジェシーのようなジャーナリストの姿勢は無関心とは正反対で、(その残忍性も含めて)政治から逃げずに直視せよという揺るぎないポジションがあります。
なので私は本作は主軸にはノンポリな逃げ腰ではなく、ジャーナリズムを大切にはしているのだろうとは感じました。あとは大衆向けのエンターテインメントとどう折り合いをつけるかですかね。
それが功を奏したのか、『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は「A24」の制作で、このスタジオの最大のヒット作となりました。これだけ政治的にグイグイといった映画がアメリカ市場でもヒットしたのは、業界動向に変化を与える可能性もありそうです。政治的に攻めた映画が興収を上げるというのは韓国映画市場でみられた現象ですけど、アメリカでも起きうるのかな。
アメリカの政治エンタメ映画のジャンルはここからが開戦かもしれませんね。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved. シビルウォー
以上、『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の感想でした。
Civil War (2024) [Japanese Review] 『シビル・ウォー アメリカ最後の日』考察・評価レビュー
#ジャーナリズム