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『チェリー Cherry』感想(ネタバレ)…トム・ホランドがヒーローになれなかった世界線

チェリー

トム・ホランドがヒーローになれなかった世界線…「Apple TV+」映画『チェリー』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Cherry
製作国:アメリカ(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にApple TV+で配信
監督:アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ
性描写 恋愛描写

チェリー

ちぇりー
チェリー

『チェリー』あらすじ

大学生の青年はキャンパスで一目惚れしてしまう。そうして恋人となったエミリーとの甘い時間は些細なすれ違いから亀裂が入る。そして青年はむしゃくしゃした勢いで陸軍に志願入隊する。衛生兵としてイラクに派兵されたものの、戦場で待っていたのは壮絶な現実。なんとか無事に帰国できたが、心には大きな傷を負っていた。医師から処方された薬の依存症となったことで犯罪にまで手を染めていく。

『チェリー』感想(ネタバレなし)

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「Apple TV+」映画の話題作

「Apple TV+」を利用していますか?

この質問で始まる出だし文、2020年7月に書いた『グレイハウンド』の感想記事でもやったのですが…。

2019年11月にサービスを開始した文字どおりAppleの動画配信サービス。その始動から1年半くらい経過します。この間、コロナ禍によって自宅でのエンタメを求める人が増え、動画配信サービスの需要は急上昇したとも言われています。

当然そういうことになれば「Apple TV+」の利用者も増え…あれ…そんなに増えていない。いや、増えてはいるけど、ライバルのサービスに匹敵する勢いはない…。

そうです、「Apple TV+」はまだ低空飛行を続けています。確かに私の見える範囲での映画ファンとかの反応を見ても、「Apple TV+」の話をしている人はあまりいません。前よりはちょっとだけ増えましたが、それでも珍しいほうです。

「Apple TV+」は利用しづらいサービスではないです。Appleの新製品を購入したら1年間無料になるし、コストもかかるわけでもない。日本にはAppleユーザーも多いんだから、並行して動画配信サービスを使えばいいだけの話。

それなのにこの目立たなさ。やっぱり配信のラインナップがパッとしないせいですかね。現状は日本の一般ユーザーの話題を引き起こせるだけの目玉コンテンツもないですし、オタク層を刺激する作品も乏しいのは事実。宣伝もあんまりしてません。初期のNetflixもこんな感じだったし、これからなのかな。

そんな「ウサギとカメ」の亀みたいにマイペースで勝負している「Apple TV+」ですが、映画マニアに注目してほしいオリジナル映画は着実に配信されています。トム・ハンクス脚本の『グレイハウンド』は最近の一本でしたが、今回は新しい一本を紹介。それが本作『チェリー』です。

本作はもし「Apple TV+」でこっそり配信されているのではなく劇場公開とかだったら、じゅうぶんな話題性を持っていた一作です。

まず主演はあの“トム・ホランド”ですよ。みんなが親戚気分で成長を見守っている(?)、“トム・ホランド”なんですから、ファンは駆け付けるでしょう。

そして監督はあの“アンソニー・ルッソ”&“ジョー・ルッソ”の“ルッソ兄弟”なのです。つまり、この『チェリー』は『アベンジャーズ エンドゲーム』などでおなじみのMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)を象徴する俳優と監督が揃った作品ということ。実際、俳優と監督だけでなく、音楽も『シビル・ウォー キャプテン・アメリカ』の“ヘンリー・ジャックマン”ですし、製作陣は重なっています。

最近の“ルッソ兄弟”は自身のスタジオ「AGBO」を立ち上げ、『タイラー・レイク 命の奪還』『21ブリッジ』とMCU俳優を起用した映画を連発しており、この路線で行くっぽいですね。なんかヒーローの裏仕事で俳優業をさせているみたいだ…。

で、この『チェリー』なのですが、“トム・ホランド”に何をさせるのかなと思うのですが、中身はかなりヘビーなドラマになっています。退役軍人モノであり、ドラッグものでもあり、息苦しい人生の行き詰まりに葛藤する若い男の物語です。原作があって、ニコ・ウォーカーという人の実体験をまとめた自伝本がベースになっています。

ということで“トム・ホランド”で“ルッソ兄弟”と言えば当然『スパイダーマン』ですが、そんな軽快な明るさがある作品では全くありません。面食らわないようにしてくださいね。

“トム・ホランド”以外の俳優陣は、主人公が恋する女性の役として『心のカルテ』の“シアラ・ブラヴォ”が抜擢。他には『ミッドサマー』の“ジャック・レイナー”、“マイケル・リスポリ”など。でも基本は“トム・ホランド”が出ずっぱりですし、ファンには嬉しい映画ではないでしょうか。

映画時間が2時間20分くらいあるのがややネックではありますが…。

『チェリー』を機に「Apple TV+」をちょっと覗いてみるのも良いでしょう。

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『チェリー』を観る前のQ&A

Q:『チェリー』はいつどこで配信されていますか?
A:Apple TV+でオリジナル映画として2021年3月12日から配信中です。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:俳優ファンは必見
友人 3.0:映画好き同士で
恋人 3.0:恋愛要素はあるけど
キッズ 2.5:暴力・薬物描写が多数
↓ここからネタバレが含まれます↓

『チェリー』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):流されるままに

プロローグは2007年から語られます。家から出てくるひとりの若い男。その姿は決して健康そうには見えません。疲れきり、追い詰められ、見境がなくなっているような、そんな表情。その男は車を出し、どこかへ向かいます。そして煙草を吸いながら街を歩き、人生を思い出します。

黒い車に近づき、男が足を踏み入れたのは銀行。でも普通の利用者とは違います。なぜなら強盗が目的なのですから。

なぜこの男がこんな犯罪に手を染めるまでになったのか。最初から悪が染み込んでいたわけではありません。物語は数年前に遡ります。

大学。あるひとりの男は授業を聞いていませんでした。今、彼が釘付けになっていたのは講義室に座るエミリーという女性。つまらない教室を背景にしつつも、そのエミリーだけは光輝くように見えました。一目惚れです。

その後、授業終わりにキャンパス内で軽く蹴られて話しかけてきたのはその例の女性、エミリーです。彼女もこちらに気づいていたようです。こうして2人は交流を重ねていきます。

学業にはおカネもかかりますが、銀行は相手にしてくれません。男にとって友人たち4人で歩きまわり、人生の鬱屈に愚痴ることくらいしかできません。

それでもエミリーと過ごす時間は幸せです。キスをし、愛する想いを確かめ合うだけで、人生は悪いものじゃないと思えました。

ところがそのエミリーは勉学を優先したい気持ちがあるらしく、その姿勢に男は不満を感じ、勝手に距離を置かれたと思ってしまいます。そして、怒りの勢い任せで、軍へと志願してしまいました

こうして男のいる世界が軍隊へと変わります。もう引き返せません。さっそく厳しいブートキャンプがスタートです。髪を剃り上げられ、怒号と罵声が飛び交う現場。厳しい体力トレーニングは毎日行われ、銃を手に敵を狙うことを叩きこまれ、兵士として徹底的に鍛え上げられます。疲弊しながら、いまだにエミリーを思い浮かべる男。結局、彼女だけが頼りでした。

ついに訓練は終了し、派兵されることになります。陸軍所属となり、外国へ。ジープで砂漠帯を走行し、緊迫感の中に包まれます。激しい爆発と銃声はすぐにやってきました。無論、本物です。訓練のフェイクではありません。目の前には内臓が飛び出た負傷兵がおり、男は訓練どおり無我夢中で手当てをします。感情が麻痺しながらただ茫然と戦地に立つのみ…。

キャンプ地に帰還し、体に染み込んだ砂と血を洗い流します。男たちが暴れまくっている荒々しい空間。サンタ美女に欲情し、歓声をあげる野郎が群れつつ、自分はトイレでエミリーの下着姿を思い浮かべて欲望を発散するしかできません。

ある日、ジープがハマって動かなくなります。このままでは埒があかないので、仲間たちは1台のジープに乗ってその場を離れます。自分は待機です。しかし、仲間が乗ったジープが出ていくと…爆発。IED(即席爆発装置)です。ショックで何が起こったのか理解するのに数秒かかりましたが、急いで駆け寄ります。炎上する車体。崩れ落ちるしかないです。

焼け焦げた死体を見つめ、しばらく後、死体を遺体袋に入れます。戦場は男の心をズタズタに引き裂きました。

そして2005年。帰国。国家に尽くした愛国者を称えるべく、熱烈な地元の歓迎。そこにはエミリーの姿も。

しかし、ここからが本当の地獄で…。

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無気力なトム・ホランド

『チェリー』は何よりも“トム・ホランド”の名演に魅入ります。

役柄的には若者ということで、『スパイダーマン』に重なるものです。“トム・ホランド”も童顔なので、高校生でも大学生でもそんなに違和感ありません。ただ、この2作では“トム・ホランド”の雰囲気はかなりガラっと変わってます。

『スパイダーマン』の方は、純情に青春を謳歌しようと必死になってる感じがまた可愛いという、ピュア・ボーイです。決して絶望に沈むわけでもなく、前向きに自分のできることをやろうと努力を怠りません。挫けることはあっても再起する。まさに若き等身大のヒーロー。

一方の『チェリー』は、ある意味でヒーローになれなかった“トム・ホランド”という世界線を見せられているような、そんな感じ。とにかく無気力です。どうせ自分には何の可能性もないし、何かを成し遂げられるとも思っていない。人生を消費することしかできないと、どこか冷笑的でもある。ちょっと悪魔の囁きにそそのかされて簡単にヴィランになってしまいそうな…。

“トム・ホランド”はこんな演技もできるのかとあらためて才能に感服します。最近は『悪魔はいつもそこに』でシリアスな演技も見せていましたし、初期作の『インポッシブル』でもわかるように演技派なのは知っていたのですけど、やっぱり凄い俳優なんだなと。

『スパイダーマン』のあのピーター・パーカーはたぶん本人の素に近いんだと思いますが、今作の『チェリー』におけるあの影の出し方を見てしまうと、実は騙されてしまっているんじゃないかと思ったり…。あのネタバレうっかり屋さんの姿は被り物なのかもしれない…。

こうなってくると“トム・ホランド”、ぜひMCUでヴィランの役とかやってほしいですよね(まあ、もうすでにネタとして考えてそうだけど…)。

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トム・ホランドは碇シンジ

『チェリー』の感想に話題を戻すと、とにかくこの主人公は無気力です。

そもそも明確な名前が明らかにならず、クレジットでは「チェリー」と明記されているだけ。この主人公にはアイデンティティというものがないのです。人間の身体はあるけど、そこに詰まっている「個」がなく、どこか虚ろで人形的。

そんな惰性で生きているような主人公がひとつだけ自分の意味を見い出せるのがエミリーでした。最初の目を奪われる惚れシーンが印象的。教室の明かりに照らされるエミリーという幻想的な演出。エミリーだけが主人公の全てになっていきます。

逆にエミリー以外のものは本当にどうでもいいらしく、それを反映するようにその他のキャラクターの名前などがなんとも杜撰に描かれます。「Sgt. Whomever」とか書いてあったりしますからね。

そしてエミリーが思い通りにならない不満の勢いで軍隊に行った後もやっぱり無気力。そこで愛国心に芽生えるとかはゼロ。なんでこんな愛国心から程遠い奴を軍人にしているのかという話なんですけど、それ自体が軍というシステムの致命的な歪さを浮き彫りにしているような…。ここで撮影の仕方などが『フルメタル・ジャケット』風になっているのは皮肉ですかね(『フルメタル・ジャケット』も軍隊の虚像を暴く風刺作でしたから)。

ここでは極めて露骨なホモ・ソーシャルなコミュニティが存在しているわけですが、主人公はそこにも身を任せるわけでもありません。やっぱり無気力。男たちの見苦しい狂乱に参加もせず、トイレでエミリーを思い浮かべて自分を欲情させるのみ。この究極の自己中心的完結型人間。

なんかキャラクターとしては『エヴァンゲリオン』の碇シンジに似ていますよね。『エヴァンゲリオン』をハリウッドで実写化したら、きっと碇シンジの役は“トム・ホランド”でいいかな。

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不幸な境遇の白人は本当に不幸なのか問題

しかし、この『チェリー』の主人公には何の世界を救う役割も与えられません。ただの駒です。

軍隊を出た後に待っているのはPTSD。そしてドラッグの底なし沼。それにエミリーさえも巻き込み、自分を照らす光を曇らせます。光が消えれば、もう後はバッドエンド直行。

銀行強盗というどう考えてそんなスキルもないのに犯罪に走っていく姿の情けない描写は、最近の映画だと『アメリカン・アニマルズ』を彷彿とさせますし、“ルッソ兄弟”の作品だと初期作の『ウェルカム・トゥ・コリンウッド』がそうでした。なのでこのジャンルは十八番なのかもしれません。

一方で、この退役軍人モノとして観ても、ややありきたりな感じは否めません。『アメリカン・ソルジャー』でもそうでしたが、こういう作品はオチが予定調和的だったりします。そこを上手くやれるのが監督の腕の見せ所なのですが、“ルッソ兄弟”は今回は実力出せずか。ところどころ独特の演出を混ぜ込んでオリジナリティを醸し出していたのですけどね。まだ、イーストウッドとかに監督させる方が上手いバランスに落ち着かせられたかも…。

『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』『ザ・ゴールドフィンチ』などでも同じだったのですが、不幸な境遇の白人を描こうとすると、なぜこうも冗長になるのか。もっぱら役者の名演頼みですよね。

ちょうど同時進行で『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』を観ているせいもあるのですけど、『チェリー』のような白人の不遇を観ていても「まだ白人だから良いこともあるのでは?」と思えてしまうし…。『チェリー』の主人公が黒人だったらドラッグを持って外を歩いているだけで射殺されてますからね…(それに“無事に”捕まったとしてもたぶん刑務所から出れない)。

エミリーも男を甲斐甲斐しく待つ女性というステレオタイプでいまひとつ存在感に欠けるし…。あくまで主人公視点でしかないのでどこか偶像的になっている演出の意図はわかるけど。

MCUの“ルッソ兄弟”は先進的な踏み込みをガンガンしていたような気もしたのですけど、あれは監督の単独の力量というよりはチームの成せた技だったのかな。『チェリー』を観ていると“ルッソ兄弟”監督だけだと心もとないなと痛感しました。

無気力のままで理想の恋人が手に入るのはフィクションの中だけです。

『チェリー』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 37% Audience 70%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
4.0

作品ポスター・画像 (C)Apple

以上、『チェリー』の感想でした。

Cherry (2021) [Japanese Review] 『チェリー』考察・評価レビュー