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『CLOSE クロース』感想(ネタバレ)…近すぎず遠すぎずなクィアとの距離のとりかた

CLOSE クロース

近すぎず遠すぎずなクィアとの距離のとりかた…映画『CLOSE クロース』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Close
製作国:ベルギー・フランス・オランダ(2022年)
日本公開日:2023年7月14日
監督:ルーカス・ドン
自死・自傷描写 LGBTQ差別描写

CLOSE クロース

くろーす
CLOSE クロース

『CLOSE クロース』あらすじ

13歳のレオとレミは、ベルギーの地で穏やかな草花広がる風景に囲まれて、いつも一緒に過ごしていた。学校でも放課後でも常に同じ時間を共有する。大親友であるのは家族もじゅうぶんに理解している。しかし、ある時、2人の親密すぎる間柄をクラスメイトにからかわれたことで、レオはレミへの接し方に戸惑い、そっけない態度をとってしまう。そのせいで気まずい雰囲気になる中、さらに深刻な事態が起きてしまい…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『CLOSE クロース』の感想です。

『CLOSE クロース』感想(ネタバレなし)

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ベルギーからのクィア映画

ヨーロッパの中では大きめのドイツとフランスにギュっと挟まれている国、ベルギー

そんなベルギーはLGBTQへの取り組みの先進地となっています。「ILGA-Europe」によれば、ベルギーのLGBTQの権利保護ランキングはマルタに次いで第2位(ちなみに最下位はポーランド)。

同性同士の性行為は1795年にはすでに合法化され、2000年に同性結婚を法的に定め、同性婚を法制化した世界で2番目の国となりました。政府内でもセクシュアル・マイノリティ当事者の政治家が普通におり、2011年から2014年まで首相を務めた”エリオ・ディルポ”も同性愛者であることを公表しています。最近だと副首相の”ペトラ・デ・サッター”はヨーロッパで初のトランスジェンダーで大臣になった人になりました。

もちろん現時点でまだまだ不十分なこともたくさんあるのですが…。

今回の紹介する作品は、そんなベルギーを舞台にした、ベルギー出身の監督による、クィアな映画です。

それが本作『CLOSE クロース』

なんか「クロース」だけだと「サンタクロース」のクリスマス映画だと勘違いしそうですけど(実際『クロース』というタイトルの作品もあるし)、綴りは「close」「近い」という意味の単語のほうですね。

『CLOSE クロース』は2022年のカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞しました

監督は2018年のデビュー作『Girl ガール』でカンヌ国際映画祭のカメラドール(新人監督賞)を受賞した“ルーカス・ドン”。監督2作目となる『CLOSE クロース』ですから、あまりにも順調にキャリアを伸ばしていきましたね。パルム・ドールも時間の問題かな。

1作目の『Girl ガール』は、プロのバレリーナを夢見るトランスジェンダー少女を主人公にした映画でしたが、今回の『CLOSE クロース』は13歳の2人の少年同士の親密な関係を描いたもので、作中では明言していませんが、とてもプラトニックな同性愛的な空気を匂わせる物語となっています。“ルーカス・ドン”監督自身もゲイですので、より自分に近い題材の作品となりましたね(だからといって自伝的な作品ではないのですけど)。

長編2作目ともなれば“ルーカス・ドン”監督の作家性もかなりハッキリわかるようになってきて、内心の見えない主人公の心の動揺を、非説明的な映像の空気感だけで静かに伝えていくのが、この監督の持ち味といった感じでしょうか。

今回の『CLOSE クロース』も本当に説明的な要素は皆無に等しいです。冒頭からただ2人の少年が戯れていて、だんだんと不穏さが増していき、その関係に歪みが生まれていって…。言葉では語らなくても、その主人公の苦悩が不思議と伝わってくる。きっと観客がクィアかそうでないかに限らず、心情を動かされていく。そのセンスは“ルーカス・ドン”監督の映画マジックです。

『CLOSE クロース』のベルギー国内の評価はどうなんだろうかと思って調べると、ベルギー版のアカデミー賞とも言える「マグリット賞」では、『CLOSE クロース』は10部門の最多ノミネートで、うち7部門の最多受賞を果たしていました。でも最優秀映画作品にはノミネートすらされなかったみたいですね…(最優秀映画賞は『Nobody Has to Know』。他のノミネート作品には『トリとロキタ』や、実在の同性愛ヘイトクライムを描いた『Animals』などが並ぶ)。

『CLOSE クロース』の俳優陣は、“ルーカス・ドン”監督と電車内で偶然であったことでオーディションに参加した“エデン・ダンブリン”、そしてそのオーディションで抜群のペア相性を発揮した”グスタフ・ドゥ・ワエル”。2人ともこれが映画デビューですが、じゅうぶん大物俳優になりそうな逸材です。

クィアなジュブナイルものを観たい人は必見です。日本では「泣ける映画」みたいな推しかたで宣伝してくる傾向にありますが、それは忘れてください。本作で描かれるあれこれは別に泣かせるための素材ではないですからね。

なお、これは隠すようなことではなく、観客のメンタルケアのためにも明確に注意喚起するべきことなので事前に書いておきますが、本作には同性愛差別的な揶揄い、そして自死に関する描写(直接的ではない)があります。その点は留意してください。

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『CLOSE クロース』を観る前のQ&A

✔『CLOSE クロース』の見どころ
★少年たちの心の機微を捉えた演出。
✔『CLOSE クロース』の欠点
☆クィア当事者にとって悲劇的な展開がある。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:じっくり味わう
友人 3.5:シネフィル同士でも
恋人 3.5:静かに共有して
キッズ 3.0:やや非説明的だけど
↓ここからネタバレが含まれます↓

『CLOSE クロース』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):ずっと一緒だと思っていた

「しーっ!」と静かにするように促しながら、13歳の少年、レオレミはあるところで、声を秘めてふざけ合っていました。そして全速力で外に駆けだし、花畑を突っ切っていきます。

ベルギーの田舎に住む2人は常にこうです。いつも一緒に自然豊かなこの地で遊んでいます。レオの家族は花卉園芸の仕事をしており、広々とした花畑は2人のホームグラウンドです。

レオはレミの家にしょっちゅう顔を出し、ほとんどもうひとりの息子のように、レミの両親のソフィピーターに迎えられています。信用し合っており、ここは第2の我が家みたいなものです。

散々遊んだ後は、レミの寝室で同じベッドで隣り合って寝るのが定番。互いに横になってコソコソと喋りながら、レオはレミに「特別だ」と囁きます。それぞれの寝息、それに合わせて身体が呼吸して上下に動き、その鼓動を間近で感じます。

離れることなく気ままな夏を過ごした後、レオとレミは中学校に入学。大勢の同年代に囲まれつつ、2人はキョロキョロとしていますが、でも2人でいれば安心。レオの不安はレミが、レミの不安はレオが分け合えばいい…。

クラスも同じです。自己紹介が始まる中、ここでも隣の席で「緊張してる?」とこっそり語り合い、互いをリラックスさせます。

しかし、あることが2人の空気を乱します。クラスメイトの女子3人組が、何気なくレオとレミに対して「2人はカップルなのか」とあからさまに尋ねてきます。親密だったからそう思ったらしいですが、レオは穏やかに否定します。口調は静かですが、「親友なだけ」とキッパリです。それをレミは隣で見ているだけでした。

レオは家にイラつくように帰ってきます。

次の学校の日、レオは人前ではレミと少し距離をとるようになり始めます。多くの生徒がいる場では、一緒に芝生で重なり合って寝るようなことはしません。レオは意識的に他の友達とも遊ぶようにもします。

しかし、やはり家ではレミと親しくじゃれ合い、登下校は常に並んでいます。

また別の日、同級生と何気なく喋っていると、レオに対して同性愛者を侮蔑的に表した言葉をぶつけてくる生徒が通りかかりました。そのときは平然としていたレオ。

けれども放課後、いつもの2人だけの遊び場でもレオは元気がありません。またそれが終わって一緒に寝ますが、レオはそっとベッドから降りて一段下に移ってしまいます

朝、目が覚めると2人はベッドの上で取っ組み合い。それはなぜか思っている以上に乱暴で激しいものになってしまい、2人は一旦離れて横になり背を向けて息を整えます。そんなことがあったと親には言えず、レミは食欲がないと言うだけ。

それから学校でもレオが声をかけてもレミはあまり応えず、レオのほうはアイスホッケーを始め、レミとの時間は薄れていきます

そしてついにレオとレミは多くの生徒が行き交う校庭のど真ん中で、ふとしたことで口論となり、激しい喧嘩へと発展してしまい…。

この『CLOSE クロース』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/01/07に更新されています。
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そこにあるのは誰の視線なのか

ここから『CLOSE クロース』のネタバレありの感想本文です。

『CLOSE クロース』はレオとレミの関係を同性愛とは明言していません。

“ルーカス・ドン”監督自身もインタビューで「ヘテロノーマティヴで家父長的なシステムは、親密な者同士を必ず性的に見るよう植えつけるものです。だから、そのまなざしを解体したかった」と語っていますEsquire。なので特定のラベルをあえて作中でも宣伝でも使用しないようにしているのでしょう。

ただ、だからと言って、「同性愛なんて決めつけるのこそ逆差別だよね」みたいなとんちんかんな方向性の安直“理解”を支持しているわけでも当然なく…。

本作で直視させられるのは、監督がインタビューで述べているとおり、マジョリティ側の視線です。マイノリティ側の視線ではない。そこを勘違いするとボタンの掛け違いが起きてしまいます。

例えば、レオとレミは確かに直接的な性関係はないです。でもほ~んのちょっぴり、小さじ一杯どころかそのひと欠片くらいの分量で、性的な雰囲気を微かに漂わせる瞬間があります。取っ組み合いをするシーンも、恋愛感情か、性的欲求か、怒りか、とにかく何かが発露していることだけを窺わせる。アイスホッケーもその鬱憤の捌け口になっていくかのようです。

こういう小さな積み重ねを示すことで、安易に同性愛を矯正することを良しとしているような、はたまた「子どもにはLGBTQなんてまだ早い」というどこぞの保守的保護者団体の主張を是としているような、そんなマジョリティ側への迎合ではないことを表せていると思いました。

もちろんクィアを秘匿すべき題材ネタにも、サプライズな題材ネタにもしていませんし…。

“ルーカス・ドン”監督は本作でその繊細なバランス感覚を必要とする部分を上手く渡り抜けており、ここはやっぱり当事者の監督じゃないとなかなかできないことなんじゃないでしょうか。近すぎず遠すぎずなクィアとの距離のとりかた…みたいな…。

正直、マジョリティ側にずっと立ってきた監督が急にセクシュアル・マイノリティを描いた作品を作ったりする事例を観ていると、中には明らかにその作り手は「セクシュアル・マイノリティを尊重してます」と姿勢だけは示しながらも、結局はマジョリティ側の視点じゃないかということがよくあります。たぶんその違いが全然感覚として実感できないままにフィーリングだけでLGBTQを題材にする人は結構いるはずで…。

『CLOSE クロース』は「まずヘテロノーマティヴ(異性愛規範)というものがあって…」という、「規範の中の無力なイチ個人」を描くことに徹しており、そこは安心して観られる土台になっていました。

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悲劇の描き方も丁寧に

『CLOSE クロース』は序盤から“ルーカス・ドン”監督らしい長めの撮影で、登場人物の心情を映していきます。

徐々にレオとレミの関係が希薄になり、ある場面で一緒の自転車移動から別れ道でスーっと離れていく2人。決定的な分離が起きたのだなと感じさせる印象的なシーンです。

そしてバスでの学校外出授業のあと、唐突に知らされる悲劇。

クィア的な題材において自殺などの悲劇が軸になるのは、個人的にはもうお腹いっぱいかなと思ってはいるので、こういう展開もそんな何度も観たいわけではないです。ショッキング展開で観客を惹きつけているようにも思えますからね(“ルーカス・ドン”監督の前作である『Girl ガール』もトランスジェンダー当事者から結構批判されたりしたのですが)。

今回は、それでもわりと丁寧に自死を描いているほうだとは思いました。WHOの映像制作における「自殺予防のためのガイダンス」もだいたい守っていて(詳細は『最高に素晴らしいこと』の感想で取り上げました)、直接的な自死行為シーンは描かれませんし(とても重要)、その後のセラピーも描かれますし、レジリエンス(立ち直る力)の物語も取り入れていますし…。

同じような同性愛と自死関係の学校モノだった日本映画『彼女が好きなものは』と比べると、衝撃を与えることありきのシーンも無いので、『CLOSE クロース』は幾分かは心を落ち着いていられます。

『CLOSE クロース』が何より上手かったのは、物語の視点をあのレオだけに特化していることだと思います。変に「マジョリティ側とマイノリティ側の相互理解」みたいな、都合よい語り口を用意していないですし…。

本作はそもそも時代設定も曖昧で、とても寓話的なんですよね。花卉園芸をやっているあのフィールドからして、おとぎ話っぽさがありますけど。

レオはいかにして大切な人の死から立ち直るのか、そしてそれはレミの母であるソフィとの交差で達成されていきます。ソフィはレミをどう認識していたのかは表向きには見えてきません。でも喪失感は同じです。

この後半でレオは親密になれる相手を失い、次に親密さを描くのはレオとソフィの関係です。当然それはレジリエンスの共有という意味での親密さで、恋愛や性愛ではありません。

こうやって人は親密さによって前に進む原動力を手にできるし、これだって名前の無いものである…という、本作の一貫しているテーマ性がこの終盤でもしっかり強調され、物語は閉じていきます。

『CLOSE クロース』は“ルーカス・ドン”監督の才能がさらに研ぎ澄まされていた一作だと思いましたし、次の題材が何であれ、まだ若い監督なので貪欲に作家性を育んでいってほしいなと願っています。

『CLOSE クロース』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 86%
IMDb
7.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
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電話相談 – 厚生労働省
自殺に関する相談窓口・支援団体 – NHK

作品ポスター・画像 (C)Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022

以上、『CLOSE クロース』の感想でした。

Close (2022) [Japanese Review] 『CLOSE クロース』考察・評価レビュー