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『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』感想(ネタバレ)…この動画をもう見てしまったのならば

サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く

あなたも無関係ではない…Netflixドキュメンタリー映画『サイバー地獄: n番部屋 ネット犯罪を暴く』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Cyber Hell: Exposing an Internet Horror
製作国:韓国(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にNetflixで配信
監督:チェ・ジンソン
性暴力描写 児童虐待描写

サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く

さいばーじごく えぬばんべや ねっとはんざいをあばく
サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く

『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』あらすじ

完全に匿名で利用でき、退出すれば痕跡も残らないので、犯罪の温床となっていたオンラインチャットルーム。そこでは未成年の少女を餌食にして、非道な性的加害行為が平然と行われており、個人情報で脅された被害者は奴隷のように言いなりにされていた。社会は関心を示さず、被害者の数だけが人知れずに増えていく。その運営者の正体を突き止めようと奔走した人々と、逮捕の瞬間までの経緯に迫る。

『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』感想(ネタバレなし)

「n番部屋事件」を知っていますか?

性暴力事件は世界中いたるところで起きています。起きない場所は無いと言っていいほどです。自室でさえも起きます。安全地帯は残念ながらありません。

しかし、そんな無数に発生している性暴力事件の大半は認知されず、事件扱いにならず、報道もされません。「Rape, Abuse & Incest National Network(RAINN)」によれば、アメリカでは107秒に1人のペースで誰かが性的暴力を受けていると推定されています。性的な加害行為が日常化してしまい、ことさら騒ぎ立てることもなくなり、抑制のなくなった性暴力がさらに悪化する。最悪な悪循環です。

そんな中、大きな事件として社会に認識される性暴力事件もまれに現れます。無論、どんな性暴力事件も等しく最低で下劣な行為ですが、こうした特定の性暴力事件がことさらピックアップされて有名になるということは、社会にさまざまな影響を与えます。被害者の悲痛な叫びが、もしくは被害者の絶望の沈黙が、世間に届くだろうか…それとも黙殺されてしまうのか…はたまた酷いバッシングが跳ね返ってくるのか…。被害者側にとってその心境は複雑です。

でも世間一般の人たちにとってまずやるべきことは被害者の声と事件について黙って聞き、知ることだと思います。それが初歩です。

今回紹介するドキュメンタリーは、実際に起きた世界的にも最悪な巨大な性暴力事件のひとつを取り上げたものです。それが本作『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』

本作ドキュメンタリーが題材にしているのは、韓国で2019年に発覚した通称「n番部屋事件」と呼ばれるものです。韓国では最初はマスコミも関心が薄かったのですが、しだいに一大事件としてトップニュースとなり、大きな社会問題として論争となりました。

「n番部屋事件」はカテゴリで言えばインターネット性犯罪です。ネット上の性犯罪なんて今さら珍しくもないのでは?と思うかもしれませんが、この事件はその内容のあまりの卑劣な悪質さもあって、センセーショナルな関心を集めました。大雑把に説明すると、不特定多数の匿名の人間たちが主に未成年の女性を特定のアプリサービス内で個人情報を人質に服従させて弄ぶように加害を行ったという事件です。

その首謀者は2020年頃に一挙に逮捕されていったのですが、私たち社会がいかに性暴力というものに無関心で、真剣に向き合ってこなかったのかを突きつけるものでもあり…。まさに社会の闇が露呈した事件でした。

ドキュメンタリー『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』はこの事件の全容が、被害の詳細、報道、捜査にいたるまで順を追って説明されていきます。なのでこの事件について知りたい人には最適な一作です。

ただし、重大な注意点がひとつ。本作は非常に性加害の状況の描写が生々しいです。再現映像のようなかたちで冒頭から映像化されているので、フラッシュバックなどのトラウマを刺激することは避けられないと思います。私もたくさんの性暴力を題材にしたドキュメンタリーを見てきましたが、本作はその中でもとくにショッキングな度合いとしては大きいのではないかと思うほど。基本的に、本作の中でも、被害の詳細が語られる序盤と報道が手探りで進む前半はかなり精神的にキツイ場面が連続するので、苦しいと思ったら素直に視聴をやめたほうがいいと思います。

それでも「n番部屋事件」について知りたいという人には有用な資料となるドキュメンタリーであるのは間違いありません(日本語の資料はあまりないですから)。

後半の私の感想では、この事件は特異なものではなく、日本でも今見られる光景と重なるよねという視点で自分なりに感想を語っています。「酷い事件だね」と他人事セリフで終わらせたくないので。

『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』はNetflixで独占配信されています。

『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』を観る前のQ&A

Q:『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2022年5月18日から配信中です。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:詳細を知りたい人は
友人 3.5:事件に関心がある者同士で
恋人 2.0:オススメはしない
キッズ 1.0:ネット性犯罪の描写がキツイ
↓ここからネタバレが含まれます↓

『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』感想(ネタバレあり)

あらすじ(前半):事件の手口と捜査

最初に注意文。この節および以降の感想でも『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』で説明された「n番部屋事件」についてあらためて文章で整理しているので、読んでいて苦しいなと思ったら、気にせず読み飛ばすか、サイトを閉じて可愛い猫の動画を見るとか遠慮なくしてください。

本作の冒頭は被害者視点で始まります。自分のTwitterにフォローしていない人からメッセージ。あなたの写真が盗用されたのでこのリンクを…との内容。名前も家族も住所も把握されており、言うことをきかないとばらまくぞという脅しに変化。「テレグラム(Telegram)」というアプリをインストールしろと指示されます。するとそこは録画ライブ状態になっており、多くのユーザーが待ち構えていました。勝手にライブ配信が始まり、「裸で顔を隠さずに写真を撮れ」「全部脱げ」と命令が飛んできます。それが延々続き…。

児童ポルノ流布者がいるとの情報メールが垂れ込まれたのはハンギョレ新聞のキム・ワン記者でした。当初はニュースにならないと思っていましたが、オ・ヨンソ記者と共にチームを結成し、調査を開始。

情報提供者の「ジョーカー(JOKER)」や、かつてこのテレグラムで起きている事件を調べていた「炎」という学生記事を作ったプルとタンという女性とコンタクトをとり、しだいに全容が明らかになってきます。

手口はシンプル。狙いを付けた女性にリンクを送り、それをタップさせて個人情報を盗みます。後はアプリ内で脅して好き勝手に命令させて写真を撮らせるなどし、その姿をユーザーが楽しむ…という流れ。被害女性は「奴隷」と呼ばれ、ペンやナイフで体に文字を刻ませて、服従させます。それぞれに複数の部屋があるので「n番部屋」と呼称されていました。

首謀者は「博士」と呼ばれており、ユーザーからは神のように崇められていました。そして運営には「ガッガッ(godgod)」と呼ばれる人物が君臨しているようで、暗号通過を利用して各種部屋を管理して莫大な利益を得ていました。「budda」はナンバーツーの人物で、他にも関与者は大勢います。

ハンギョレ新聞やJTBC「スポットライト」が報道をし出すと、運営者や利用者は悪びれもせず、「番組を放送したら被害者の奴隷に飛び降り自殺をさせる」と脅してくる始末。犯罪の現場になっているアプリの利用者はメディアを嘲笑います。

いよいよ警察のサイバー捜査隊が本格的な捜査を開始。利益の流れ、カネの受け渡し、手口の分析、居場所の解析…あらゆるアプローチで犯人を特定しようと試みますが…。

性暴力事件をドキュメンタリーにする意味はあるのか

こういう性暴力を題材にしたドキュメンタリーを作る際に(ドキュメンタリーだけでなくテレビ番組でもネット記事でも同様だと思うのですが)、気がかりとなることはいくつかあります。

ひとつは「被害者の保護はできているのか」

こうしたドキュメンタリーが余計に被害者を人の目に晒して苦しい思いをさせてしまうだけではないか…そうした被害者のケアを最優先にした姿勢は最も大事です。今回の「n番部屋事件」の場合はすでにかなりたくさんのメディアで報じられてしまっているので、新規の情報もないですし、あらためてこの『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』という作品が被害者の苦しみを新たに造出することはそれほど考慮しなくてもいいと言えるかもしれません。

次に「トラウマを無用にばらまかないか」

確かに直接的被害者の件は大丈夫かもしれませんが、世の中には多くの類似の性暴力被害者がいます。そういう人にとって作品がトラウマを再生成することになりかねないのではないか…これも議論しなくてはいけないことです。『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』はあからさまに性暴力を題材にしていることが鑑賞前から分かるので、この作品を視聴しようとした人は覚悟の上でしょう(さすがに性暴力が題材なんて知らなかった!という人はいないはず)。その点はこういう特化型のドキュメンタリーの強みです。

そして「ショッキングを作品を引き立たせる道具に利用していないか」

これが一番難しいところだと思います。正直言って本作の冒頭からの被害者視点導入はかなり露骨であり、嫌悪感を与えるのは不可避です。正確性を示すための再現とは言え、絶対に必要な要素だったかと言えば、そうではないかもしれません。

一方でこの導入は「ショッキングな出だしで視聴者を釘付けにしよう」という安直さが動機にあるのではなく、おそらく作り手なりに考えてのことなのかなとも思います。というのも、このドキュメンタリーは、視聴者を半ば強制的に事件の渦中に引き込むことで「もう知らないとは言わせない」と当事者意識を徹底的に突きつける、一種の荒業とも言えるからです。

それはドキュメンタリーの終盤で「デジタル性犯罪は集団的な共同犯罪だ」と語る関係者の言葉にも集約されます。これを何人かのイカれた加害者の所業で片付けない。社会全体の問題であり、あなたも当事者ですよという意識を喚起させる。

こういうアプローチは書籍やネット記事ではできないことであり(どうしても文字を読んでいるだけだと傍観者の立ち位置になりがち)、ドキュメンタリーのような映像作品には視聴者を傍観席から引きずり下ろすパワーがあるなと本作を観ていて感じました。

特殊な事件だった…ではなく

『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』を鑑賞して私がとくに思ったのは、この事件は際立って特殊なケースではないということです。それこそ日常で見られる光景の延長の中にある、と。

例えば、「n番部屋」利用者たちのあの行動は常軌を逸してるのですが、ああいう女性へのいわゆる「グルーミング」と呼ばれる手懐け行為。こんなのはネット上でもたくさん観察できます。サイバー集団リンチとも言えるあの酷い有様も、ネットにおける二次加害と何ら変わりません。主にフェミニストなど一部の女性がSNSなどで複数のアカウントから執拗に攻撃を受け続けているのだって構造は同じですし、基本的にネットという空間は「こいつは攻撃していい」と決めつけると見境なくなります。

本作を観ていて私も驚いたのは「n番部屋」がそんなに隠されてもいないこと。「炎」の学生がネットで卑猥な単語でちょっと調べただけですぐに検索でヒットし、やりとりすればあっさりリンクで部屋に入れる。アニメのアイコンにすると信用されるあたりが、いかにもこの界隈の「仲間」と「そうでない奴」の見分け方の安易さを物語っていました。匿名だからこその油断なのでしょうか。

かといって、本作はインターネット特有の問題だとも言い切れないと思います。私はSNSはやらないのでよくわからないんですが…みたいな前置きで自省を避けられるものでもないです。なぜなら誰しもが社会というネットワークの構成要素であり、そういう普遍的なものが引き起こす事件だから…。

これは「性暴力はなぜ起きるのか」という問いの答えにもなっていると思います。それは「男性の身体を持っているから」「生まれつきのサイコパスだから」とかではない。「認知を異常なまでに歪ませるシステムがそこにあるから」です。

そして本作で描かれるそうした背景のシステムは、私たちの日常でも容易に可視化できるものと同一だとわかる人にはわかる。ゆえにこのドキュメンタリーに絶望を感じるわけで…。

作中では、利用者は自分が捕まるわけはないと完全に自惚れ、仲間内でかばい合って癒着して他者を冷笑し、そしてメディアも無関心でいることでそれが助長される。日本だって海外で大量殺人事件が起きる引き金となったサイトの所有者が有識者風情としてメディアで頻繁に顔出ししていないですか? 日本映画界で活躍していた監督・プロデューサー・俳優による性的加害の告発が相次いでいますが、その近しい関係者は傍観するか、知らなかったと白々しくとぼけています。その状況、同じでは?

作中では、性加害画像が消去されたり、犯人が逮捕されても、ずっと癒えない被害者の苦しさが映し出されており、そうしたものに加害者や世間は無頓着でした。そう言えば、話題の『シン・ウルトラマン』でも不快な自分の写真や動画のネット拡散に落ち込んでいた女性キャラがその写真や動画が消滅したことであっさり喜んでいるシーンもありました。結局、世間の被害者の認識ってこの程度なのでは?

つまり、この社会全体が「n番部屋」であり、私たちは部屋にいる。そういう自覚がないと、この最大の部屋を解体することなんてできない…。そんなことを痛感するドキュメンタリーでした。

あなたの今いる部屋では何が起きていますか?

『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
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ネットの誹謗中傷の被害に遭われたら – 一般社団法人セーファーインターネット協会

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・『ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方』

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作品ポスター・画像 (C)Netflix

以上、『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』の感想でした。

Cyber Hell: Exposing an Internet Horror (2022) [Japanese Review] 『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』考察・評価レビュー