10代女子たちは政治に参加したくてウズウズしている…「Apple TV+」ドキュメンタリー映画『ガールズ・ステイト』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にApple TV+で配信
監督:ジェシー・モス、アマンダ・マクベイン
がーるずすていと
『ガールズ・ステイト』簡単紹介
『ガールズ・ステイト』感想(ネタバレなし)
女性には政治の力がある
内閣府男女共同参画局によれば、日本の議員のうち、女性の割合は、衆議院(2023年2月13日時点)では10.0%、参議院(2023年3月30日時点)では26.0%、都道府県議会(2021年12月31日時点)では11.8%、市区町村議会(2021年12月31日時点)では15.4%だそうです。
衆議院の女性議員比率を見ると、これは190か国中165位の低さであり、サモアと同じ割合となります(1位はルワンダの61.3%、2位はキューバの53.4%、3位はアラブ首長国連邦の50.0%)。
この統計からわかるとおり、日本の政治における女性の参加は惨憺たる現状です。にもかかわらず、女性に深く関わることが閣議決定みたいな短期間判断でどんどん決まってしまっています。もちろんほとんど男性ばかりの政治の場で…。
そんな現実に鬱憤も溜まるもの。誰かと分かち合いたい。そこでちょうどいいドキュメンタリー映画が2024年に配信されました。
それが本作『ガールズ・ステイト』です。
アメリカ在郷軍人会の後援で行われている政治疑似体験ワークショップがあり、1930年代からの歴史があります。このイベントは10代のアメリカの若者たちに政治を体験してもらうのが趣旨です。けれども、授業を受けるとかそういうレベルではないんですね。
なんと大勢の若者が同じ場所に集まって集団生活し、その10代の子たちは無作為に連邦党(Federalists)と国民党(Nationalists)という架空の政党に振り分けられます。そして各党は指名候補を選出し、綱領を作成して選挙に挑み、最高位職となる知事を決めたり、他の役職も選定します。その間に本格的な政治討論の舌戦が繰り広げられ、まさに政治一色です。つまり、ゼロから政治を体験できるわけです。
参加するのはあらかじめ審査選考を通過した一部の10代なので、政治に対するやる気はみなぎっています。中には実際の政治家を目指している子もいます。本当にこのイベント経験者の中に大物政治家となった人もいます。
このうち男子たちを集めて行われている「ボーイズ・ステイト(Boys State)」を取材したドキュメンタリー『ボーイズ・ステイト』は2020年に公開されました。
その模様は実際に観てみてほしいのですけど、実にアメリカの政治の縮図のような光景が繰り広げられており、同時に「政治とは何か」という本質を浮かび上がらせる、なんだか社会実験のような趣さえもありました。
そんな『ボーイズ・ステイト』を観ながら「女子版も観たいな」なんて思ったものですが、ちゃんと女子版である「ガールズ・ステイト(Girls State)」という同等の体験イベントも開かれており、2024年にこの模様を取材したドキュメンタリーがめでたく配信となったわけです。
ドキュメンタリー映画『ガールズ・ステイト』は、ただ男子から女子に置き換わっただけではありません。当然、政治にはジェンダーの力場が生じるもので、女子になればその様相は一変します。
そして今作は2022年のミズーリ州での「ガールズ・ステイト」を取材しているのですが、これがまたタイムリーな出来事になって…。詳しくは観ればわかるので、これ以上は具体的なことは言いませんが、本作はこの時代のフェミニズム史を記録したドキュメンタリーとして非常に貴重な作品になったのではないでしょうか。
作中では政治的な解説をしてくれるわけではないので、後半の感想では少しだけ説明していますが、まあ、詳しくは私よりも専門家の文献をみるほうが何倍もいいです。
難しいドキュメンタリーではないですけどね。むしろ10代の若者たちの率直な語り口は心に響きやすいと思います。
ともあれ、政治、ジェンダー、フェミニズム…これらに興味があるなら見て損はないでしょう。複合的なテーマを若者の目線で直球に扱っていますから。
一番嬉しいのは本作を鑑賞して、日本の若い世代、とくに女子の中に政治参加意欲が沸き上がってくれることですが、それを阻む社会が変わらないとね…。
今この現在に政治家になっている日本の議員の人もこのドキュメンタリーを見て、何か気づいてくれるといいのですけど、届くだろうか…。いや、わかってくれ…。
『ガールズ・ステイト』は「Apple TV+」で独占配信中ですので、気になる人は要チェックです。
『ガールズ・ステイト』を観る前のQ&A
A:Apple TV+でオリジナル映画として2024年4月5日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :題材に関心あれば |
友人 | :政治を素直に語り合おう |
恋人 | :率直に話せる人と |
キッズ | :政治を学ぼう |
『ガールズ・ステイト』予告動画
『ガールズ・ステイト』感想/考察(ネタバレあり)
共通の境遇がある女子たち
ここから『ガールズ・ステイト』のネタバレありの感想本文です。
「私たちは教えられました。意見を通すには身なりや語り口で男性のやり方に従え…注目されるには強さに訴えろと。これほど現実離れした教えはありません。真実とは女らしさ(femininity)には力がある(powerful)ことです」
そんな叫びとも言える熱演で始まる『ガールズ・ステイト』。
『ボーイズ・ステイト』が「男だけしかいない空間」というものが構築される場であれば、この『ガールズ・ステイト』は「女だけしかいない空間」が構築されます。
女子高みたいな環境でも同様のことは成り立ちそうですが、違うのは参加者全員が政治に対する並々ならぬパッションがあるということです。
そしてこれは現実的に特異な空間です。残念ながら…。
その理由はもうわかりますよね。本作の冒頭でも実際の政治参加者の写真の中に女性がポツンとしかいない状態を映していましたが、現実では政治は男性主体です。それを端的に表す言葉として「女性大統領がいない世界で育った」と語られるのが印象的でもあります。そう、それが紛れもない事実です。
それはたぶんあの10代の女子たちも日常の中で肌で感じ取っていることでしょう。作中で取り上げられる女子たちはみんな政治に対して熱意があり、自分の意見を持っています。
しかし、普段はああいう政治トークをする場に飢えていたはずです。SNSではいくらでもできるかもしれないけど、現実ではなかなかその機会はない…。
なぜなら「女性=政治」という結びつきを社会規範が避けるから。女子は政治の話をさせてもらえない、議論してはいけない…それよりも愛想よく可憐に佇め…そんな風潮の中で今も育っている10代女子たち。Z世代は政治参加意欲が高いし、SNSで活発に活動していると言われがちですが、まだまだ現実では思うように振舞えていないのだと思います。
その足枷が外れるのがこの「ガールズ・ステイト」という大舞台です。
作中で取り上げられる女子たちは、政治思想、家族構成、人種、宗教…それぞれがみんな違います。バラバラです。
例えば、エミリーという子は、牧師家庭で、聖書研究会も作ったというほどにどっぷり宗教に浸かった出自なので、やっぱり政治思想としては保守派だと自分では言います。でもこの「ガールズ・ステイト」では当初は「保守かリベラルかには答えたくない」などと、自分の保守派であることを隠そうとします。
その理由はやっぱり現代の10代女子ともなると全体の構成からみるとリベラルな子が多く、保守派はアウェイな気分になるからなのでした。エミリー自身もそれを結構気にしている様子が映し出されます。
『ボーイズ・ステイト』ではテキサス州が舞台で、逆にリベラルな子がアウェイな居心地の悪さを味わっていたので、それと対照的で面白いですね。
そんなエミリーですが、知事に立候補する中で、当然、自身の政治思想をぼやかすわけにはいきません。保守であること、キリスト教徒であることを表明しながら、一歩一歩、政治議論に参加していく姿は初々しくもあり、当人は不安でいっぱいだったと思いますが、成長が見られた瞬間が多くありました。
知事には選ばれませんでしたが、エミリーは明らかに保守派ではない子からも評価されたりしていました。「政治的な意見に賛同はできないけど、人柄は好き」と言ってくれる子もいたり。
結局、こうやって政治的思想の異なる女子でも共感し合えるのは、先ほど挙げた「女性は政治から排除されてきた」という共通の境遇があるのも大きいのでしょうね。
日本だと「政治的な話題は避けるべき」という処世術がまことしやかに浸透していて、それが一層、女性の政治参加評価を下げることに繋がっていると思うのですが、本作のように対立するとはわかっていてもちゃんと政治思想を表明することが大事だと尊重される前提があるというのはやはり意義があるなと感じました。
ガールズ・ステイト自体に声をあげる
知事には、明らかに突出してスピーチが上手かったセシリアという子が選ばれます。
そのセシリアも演説の中で言及するのですが、あの女子たちはこの「ガールズ・ステイト」という用意された舞台で、架空の政治ごっこをするので終わりません。この「ガールズ・ステイト」自体が実は政治的であり、そして政治における女性の冷遇を象徴している事実にすぐさま気づいていきます。
今回のミズーリ州では男女のイベントが同時開催になったことで、その歪みが強く浮き出ました。自ずと比較しやすくなったんですね。
例えば、女子にだけ肌のでる服は避けるなどの厳しいドレスコードがあります。それは察するに男子もいる場なので、目立たないようにということなのでしょうが、それは女子が気を付けないといけないことなのか?
服装だけではありませんでした。エミリーは男女プログラムの違いを記事にするべく、調査をしていきます。指導員もその論点に触れたがらない中、調べていくと男女の不均衡がどんどん明らかになります。
実はこの「ボーイズ・ステイト」と「ガールズ・ステイト」。一見すると対等なイベントに思えますが、経費も組織運営体制も違っていて、あからさまに女子を対象とするイベントのほうが軽く見られている…言うなれば添え物扱いなのでした。
男子にだけ知事の就任宣誓がある光景を見せつけられるという屈辱もあったり、参加した女子たちはこの「ガールズ・ステイト」で普段の政治的抑圧から解放されつつ、同時にやっぱり政治的抑圧を感じました。ここでも女性は政治の主流から外されているんだ…と。表面上は女子に政治の機会を…みたいな綺麗事を掲げているけれども…。
作中では補足はありませんが、実は2023年にカリフォルニア州で大きな動きがあり、この州では「ボーイズ・ステイト」と「ガールズ・ステイト」を共学化し、性別に限らず、同じリソースとプログラムを受けられるように改善される見通しとなりました。
こうなってくると、その「ボーイズ&ガールズ・ステイト」も覗いてみたくなりますね。
女性のことならなおさら女性に…
ドキュメンタリー『ガールズ・ステイト』で題材となるミズーリ州での2022年の「ガールズ・ステイト」。その政治的テーマとして大きく取り上げられることになるのが中絶です。
作中でも触れられていましたが、アメリカでは人工妊娠中絶権は合憲だとしてきた1973年の「ロー対ウェイド」判決というものがありましたが、2022年にどうやらそれが覆されるかもしれないというリーク報道があったんですね。具体的には、2022年5月2日に「Politico」というメディアが”サミュエル・アリート”判事が書いたとされる判決草案を分析した記事を公開したことが引き金です。
今回の「ガールズ・ステイト」はそのリークがあった真っ只中に行われています。アメリカ社会全体でもリークを受けて、大規模な抗議運動に発展していったのですが、こうなると当然、この「ガールズ・ステイト」でも中絶が論題になります。
と言っても、論じられるのは「中絶前のカウンセリング義務はプライバシー侵害か」という裁判なのですが、司法長官になったトチや、最高裁判事に立候補するも選ばれなかったニーシャなど、多くの関心が集まる中、女子たちがズラっと埋め尽くした場で裁定される光景が象徴的です。
折しも、同時開催の「ボーイズ・ステイト」でも中絶が論じられていると聞いて、女子たちは疑問に思うわけです。「なんで男がジャッジするんだ?」と。それは社会全体への問題提起でもあります。
ちなみに中絶の権利を取り下げる大きな後押しをした”サミュエル・アリート”判事は、2006年に当時のジョージ・W・ブッシュ大統領に最高裁判事として指名され、熱心なカトリック教徒で、かなり物言いも強い人物です(BBC)。
なんでこんなひとりの男に、アメリカ全土の女子たちの未来に深く関わることを決めさせるんだ?と思うのは当たり前の反応です。
『ガールズ・ステイト』にて作中の「女性だけが集い、女性が最も影響を受ける議題に答えをだす」という場面。その結論の中身が何であれ、この女性中心のプロセスが成立すること…その重要性ですね。それをワンショットで示す強烈に壮観なシーンでした。
この『ガールズ・ステイト』での模擬裁判の6日後に最高裁が「ロー対ウェイド」判決を覆し、中絶が違法となる状態が各州で相次ぎ始めた…という結末。まさに女性不在の政治の脅威をまざまざと見せつける事案でした。
本作『ガールズ・ステイト』は女性に厳しい方向へと舵を切った時代を映す鏡です。でも未来の女性たちによるその時代を簡単には受け入れないぞというパワーも感じさせてくれました。男中心の政治にトドメをさすのはこんな女子たちです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 91%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
中絶を題材にした作品の感想記事です。
・『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』
作品ポスター・画像 (C)Apple ガールズステイト
以上、『ガールズ・ステイト』の感想でした。
Girls State (2024) [Japanese Review] 『ガールズ・ステイト』考察・評価レビュー
#政治 #女子高校生 #中絶 #キリスト教