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『ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方』感想(ネタバレ)…妻が夫の局部を切断した事件に迫る

ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方

妻が夫の局部を切断した事件に迫る…ドキュメンタリーシリーズ『ロレーナ事件 ~世界が注目した裁判の行方~』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Lorena
製作国:アメリカ(2019年)
日本では劇場未公開:2019年にAmazonで配信
監督:ジョシュア・ロフェ
性暴力描写 DV-家庭内暴力-描写 人種差別描写

ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方

ろれーなじけん せかいがちゅうもくしたさいばんのゆくえ
ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方

『ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方』あらすじ

1993年のある夜更け、ロレーナ・ボビットは夫のペニスをナイフで切り落とすという事件を起こす。ロレーナは警察に捕まるが、彼女は夫のジョンから性的虐待を受けていたと訴え、捜査は泥沼化していく。この事件をめぐるロレーナとジョンの争いは法廷へと持ち込まれ、連日メディアで報道され、世間を巻き込む大騒動へと発展。ロレーナは男性優位のこの社会でどうなるのか。関係者の証言とともに実在の事件の全容に迫っていく。

『ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方』感想(ネタバレなし)

女性イジメの文化の原点

2022年も始まって2カ月過ぎですが、女性が差別や暴力を受ける日常は相変わらず今年も広がっています。

例えば、インターネットでは、普通に活動したり声をあげたりしている女性を揶揄し、酷い言葉で誹謗中傷する男性たちがわんさかと結集。それは学問の世界でも観察され、そんな女性差別をする悪しき文化に抗議するべくオープンレターで意思表明をした女性たちにさえも、執拗にデマを流しながら攻撃を続けるという陰湿さです。まるで自分の気に入らない女ならいくらでもオモチャにしていいと思っているかのように…。

このようなネット上で(自分が認めたくない)女性を侮辱・冷笑するという行為。この構図は、それこそDV(ドメスティック・バイオレンス)と何ら変わりません。多くのDVでは女性が被害者となりますが、DVもまた、女性の弱い立場を付け狙い、女性を利用価値で身勝手に値踏みし、気の向くままにいたぶります。そして耐え切れずに女性がその非道な加害行為に反撃すると「うわ、あの女、怖いぞ! 狂ってる!」と騒ぎ出し、暴力を振るった加害者の方がなぜか被害者ぶります

今に始まったことではない、大昔から延々と続く、女性への暴力の構図です。舞台はインターネットになるか家庭になるかという違いだけ…。

このサイト「シネマンドレイク」では毎年3月8日の「国際女性デー」に合わせて女性差別を扱う作品を取り上げています。2020年は『ミス・レプリゼンテーション 女性差別とメディアの責任』、2021年は『RBG 最強の85才』をピックアップしました。

そして2022年はやはり前述した女性イジメ、いや「女性への虐待(abuse)」について考える出来事が早々に多かったこともあり、このドキュメンタリー作品を紹介しようと思います。

それが本作『ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方』です。

本作は2019年に「Amazonプライムビデオ」で配信されたドキュメンタリーシリーズで全4話(1話あたり約60分)。ボリュームはありますが、その中身はもっと複雑に詰まっており、情報量がとにかく多いです。

簡単に説明すると、本作は1993年にアメリカの閑静な住宅地で発生した実際の事件を題材にしています。それは男が妻に自分のペニスをナイフで切り落とされるという衝撃的な事件でした。なんとも痛々しくショッキングな内容です。しかし、逮捕された妻が「夫から性的暴行を含むDVを受けていた」と訴えたことから状況はさらに混沌とし始めます。「狂った女にペニスを切り落とされた可哀想な男」か「酷い男に虐待をされて追い詰められた可哀想な女」か…この事件をどう見るかで世間は二分され、大論争へと発展したのです。

言ってしまえば、本作『ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方』はDVを題材にした作品であり、アメリカ社会にDVという問題を意識付けさせる一歩となった史実を掘り起こすものです。当事者や関係者も多数出演し、当時の裁判などの様子が赤裸々に語られます。

本作を制作したのは意外にもあの『ゲット・アウト』でおなじみの“ジョーダン・ピール”のスタジオである「Monkeypaw Productions」。でも被害者と加害者の構造がガラっと一変し、社会に潜むゾッとするおぞましさが顔を見せるという構造が作風と共通しているのかも…。

『ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方』はDV問題を知るうえでの資料になるのは間違いありませんし、アメリカでは有名な事件なので知っておいて損もないでしょう。

ただ、注意点がひとつ。本作では、裁判でDV被害を生々しく語る様子や、周囲からのセカンドレイプ的な言葉の数々など、そうした実際に被害経験のある方のトラウマを刺激し、フラッシュバックを与える映像が多めです。なにせドキュメンタリー自体が4時間もあるので、精神的にかなり滅入ります。メンタル面での適度な休憩を挟みつつ視聴するのがいいです。

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:DV問題の構造を学べる
友人 3.5:題材を真面目に語り合える人と
恋人 2.5:信頼できる相手なら
キッズ 1.5:性暴力を扱っているので注意

『ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方』感想(ネタバレあり)

まずはアレを探す

1993年6月23日、バージニア州マナサス、午前5時6分の夜明け前。警察無線が入ります。

「妻に暴行された男性が病院に駆け込んだ。誰かを病院に向かわせてくれ」

病院に警察官を向かわせるのはよくあることです。でも起きている事態は前代未聞でした。駆け付けた2人の警官が見たのは、妻に性器を切り落とされたと言う男。状況が呑み込めない中、警官たちがまずやらなければいけないこと、それは…ペニス探しでした。

通信指令員のマシェル・ベイリー、警察官のダン・ハリス、警察官のジョン・ティルマン、といった当時の関係者の証言が紹介される中、この本作の序盤はなんとも気まずいシュールさが漂っています。不謹慎だし、笑えないけど、でも真面目に向き合うのもなんだか…という。

例えば、放送禁止用語のせいで無線で「ペニス」とは言えず(医学用語なのですけどね)、それっぽい隠語で必死にやりとりするくだりとか。「man’s dignity(尊厳)」って言ってたけど、絶対に「dick」って言いたかったのだろうな…。このペニス禁句状態はメディアも同じで、「organ」と言い換えたりするのが定番で、ニューヨークタイムズ紙面で初めて「penis」が使用されたというのも「へぇ~」なエピソード。

とにかく被害者のジョン・ウェイン・ボビットのペニスを探すべく、科学捜査員のセシル・ディーンやシンディ・レオは、本格的な科学捜索を開始。食器洗浄機の中まで探しつつ、まるで深刻なサスペンス映画みたいな演出でこのドキュメンタリーも煽ります(絶対に面白がってやっている)。

で、ペニスを切り落とした張本人である妻のロレーナの証言もあって、ペニスが草むらで見つかるのですが、みんな触りたがらない・運びたがらないという…。

しかし、このたかが1本のペニスで始まった大騒ぎが、まさしくこのボビット事件を象徴しているんですよね。この社会はペニスに振り回されているんだ…という現実が…。

「男vs女」のエンターテインメント・ショー

この事件は単なる傷害事件で片付きません。ロレーナ自らが夫から性的暴行を含むDVを受けていたと訴えたことで事態は思わぬ方向に進みます。

DV被害者の女性支援団体やフェミニズム組織を中心に「これは女性への暴力の問題だ」という主張が行われ、一般の女性の中にも同調する意見が散発します。

一方で「これは男への凄惨な暴力だ」と怒り心頭な世論の熱も高ぶります。ここで印象的なのは、もはやペニス信仰とも言えるような過大な言い回しの数々。ジョンの兄弟なんかは「命を奪うよりも酷い」と大激怒ですし、切断されたのが指だったらここまで大騒ぎにはならなかっただろうなとも思います。

そして決着は当然ながら裁判に持ち込まれるのですが、世間やマスコミはこの事件を「男vs女」のエンターテインメント・ショーとして消費することしか考えていないのがよくわかります。事件の背景とかはどうでもいいのです。これはプロレスみたいなもの。どっちを正義で、どっちを悪人にするか、それを設定し、あとはひたすらに過剰に扇動して盛り上げる。これでメディアは稼げますし、ゴシップ大好きな大衆もそれで満足します。最高のタブロイド・ストーリーのネタが舞い込んできたのです。

ただ、このバトルは最初から女性、つまりロレーナが圧倒的不利です

まずジョンは元海兵隊所属で、ジャン=クロード・ヴァン・ダムと名乗ってもいたほどに腕っぷしだけは強い大柄の男でした。要するに軍人で白人なのでいかにもアメリカの模範的な男性に当てはまります

対するロレーナはヒスパニック系の移民で、英語もまだ不慣れで小柄な女性。無職の夫のために必死に仕事で稼ぐも貧困でした。特権らしいものはまるで皆無です。頼れる人さえも無し。

こうした当事者の背景に目を向けず、中立気分で「男が正しいのか、女が正しいのか、どっちでしょうね」と白々しく報道を連発するメディアのおぞましさ。現在もよくみる光景じゃないでしょうか。

裁判は女性にとっては拷問

こうして世間はフェアなデスマッチだと思いこんでいる(実際は明らかにアンフェアな)裁判が開幕。

まずはジョンの性的暴行に関する容疑の裁判。しかし、これがなんともお粗末な内容で、下着は破ける素材じゃないとか、ジョンは心理分析で一切の嘘が付けない性格だと判明しただとか、事件の5日前の出来事しか考慮されないのでロレーナはずっと受けていた暴力については証言できないとか、とにかく酷すぎる。これを裁判と呼んでいいのかというレベルです。レイプに対する証拠の重要性を軽視している現実がハッキリ浮かび上がる…。

ジョンは無罪をあっさり獲得し、次はペニス切断行為への傷害事件の裁判。ロレーナが初めて公で全容を語ります。その姿はあまりにも苦しく辛く、見ているこちらの心までぐちゃぐちゃになるような…。

この悲痛な姿でわかるとおり、裁判は女性のDV被害者にとっては拷問です。自分の屈辱的な体験を人前で語らないといけない、自分でも蓋をしてきた嫌な記憶を思い起こさないといけない。男は名誉のための戦いなどと息巻いているかもだけど…(この構図は『最後の決闘裁判』などでも対比されていましたね)。

それでもその自分を犠牲にした結果、近隣住民の証言もあって、ロレーナが虐待を受けていたことは事実として世間に認識されます。本当は先の裁判でこれを立証したかったのですけど…。

次の問題は、心神喪失を主張できるのかということ。それは難しいので、抵抗不能の衝動(一時的な心神喪失)としてPTSDを弁護側は主張。ただ、そもそもDV被害の問題意識がない世間でこの主張を通すのは至難の技。「逃げればいいのに…」と世の中は言いますが、それは難しいのは全米DV撲滅ネットワーク(National Network to End Domestic Violence)のキム・ガンディが「真っ先逃げると大半の妻は答える。でも実際はできない」と言うとおり(ドラマ『メイドの手帖』も参考に)。

今回は、偶然の重要参考人の参戦と、ポール・エバート群検事長の意外な力添え、法廷精神科医の意見変更もあって、なんとかロレーナは無罪に。

でもここで良かったね!とはならない。ここが残酷ですが、ロレーナは精神科病院行きとなります。被害女性が勝っても待っているのはこの結末。

負けても苦痛。勝っても苦痛。これが女性差別の過酷さで…。

ないがしろにされてきた女性への虐待

『ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方』は、歴史や社会がないがしろにしてきた女性への虐待の問題をあらためて突きつけます。

動物虐待ははるか昔に法律で違法になっても、女性への虐待を防ぐ法律は全然作られない。ゆえにこの世界は暴力を耐え忍んできた女性たちが無数にいる。

ロレーナが事件を起こす前から大きな話題はありました。1991年のアニタ・ヒルが最高裁判事候補のクラレンス・トーマスをセクシャル・ハラスメントで訴えた事件(『アニタ 〜世紀のセクハラ事件〜』として映画にもなっています)、大統領ファミリーであるウィリアム・ケネディ・スミスの女性暴行疑惑、1992年の海軍パイロットの女性暴行事件。それらは全て水に流されてきた…。

1993年にロレーナが図らずもやってしまった今回のペニス切断は、そうした隠れた被害女性に意外なエンパワーメントを与えます。「私がやりたかったことを誰かがやってくれて嬉しい」という率直な声、“ウーピー・ゴールドバーグ”も「男が用心しなきゃいけない時代になった」と嬉々として語ります。「私も前の夫をハサミで刺したことがあって、それ以降は暴力は無くなった」と過去を吐露する女性の姿も印象的です。

なぜロレーナのやったペニス切断を世間(男社会)がこうも騒ぐのか。それは作中でも指摘されるとおり、「女も反撃する」という事実が何よりも怖いからであり、目障りだからです。冒頭で取り上げた2022年の日本でオープンレターで声を上げた女性がバッシングされるのも、全く同じ背景でしょう。

このドキュメンタリーで強烈に刻まれるのが加害者側(ジョン)です。ロレーナの裁判後にポルノスターになろうとしたりと迷走したあげく、またも恋人の女性に性的暴行をし、逮捕・収監。それでもいまだにロレーナにしつこく手紙を送り、この本作でも「若気の至りだったと言いながら和解できるさ」と言ってのける。この認知の歪みのゾワっとするほどの気持ち悪さ。

作中でもジョンは「男は女を理解できない」と言いつつ、女ってこう生き物だろうと知ったかぶりをする、そういう「女を下に見ている」のが言葉の端々からたっぷり伝わります。そして、自分の被害者エピソードを語る喋りは止まらない(俺の方が可哀想だという思考)。こうして女性差別の沼から抜け出せずに何度も醜態を繰り返して年老いていく…。こんな加害者男性の姿は今も散々見られるわけで…。

ロレーナはシェルターのカウンセリングで自分を見つめ直して回復できたようで、そこは何よりもホッとしますが、男女平等は程遠いです。

今も女性の尊厳は加害男性たちのナイフで切り落とされています。家庭であろうと学校であろうと職場であろうとインターネットであろうと、そんな行為は許されない。

ロレーナの行為を忘れずに、全ての包括的な「女性」に対する現在進行形の差別に向き合っていきたいと私も思います。

『ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 83% Audience 77%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
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DV被害を受けている人のための相談窓口
被害を受けたら、どこに相談すればいいの? – 政府広報オンライン
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ネットの誹謗中傷の被害に遭われたら – 一般社団法人セーファーインターネット協会

作品ポスター・画像 (C)Monkeypaw Productions

以上、『ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方』の感想でした。

Lorena (2019) [Japanese Review] 『ロレーナ事件 世界が注目した裁判の行方』考察・評価レビュー