そうだといいけど…映画『リアル・ペイン~心の旅~』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本公開日:2025年1月31日
監督:ジェシー・アイゼンバーグ
りあるぺいん こころのたび
『リアル・ペイン 心の旅』物語 簡単紹介
『リアル・ペイン 心の旅』感想(ネタバレなし)
ジェシー・アイゼンバーグの旅路
1999年に『Get Real』という家族ドラマシリーズにて俳優として初めての大きな一歩を踏み出したひとりの10代の俳優。その名も“ジェシー・アイゼンバーグ”。
2002年に『Roger Dodger』という映画で主演デビューを果たし、映画界に飛び込んだ瞬間に、批評家の間では注目の若手に躍り出ます。そして2009年のゾンビ・エンターテインメント映画『ゾンビランド』の大ヒットで大衆にも認知され、人気俳優の仲間入りに。間髪入れず2010年の『ソーシャル・ネットワーク』で「Facebook」創業者のマーク・ザッカーバーグを熱演し、アカデミー賞の主演男優賞にノミネート。キャリアは絶好調でした。
2010年代は舞台で演者だけでなく劇作家としての才能も発揮。10代の頃から脚本を書いていたらしく、確実に実力の幅を広げていきます。
同時に、社会活動にも精力的に身を捧げ、その内容は難民支援やDV被害者支援など多岐にわたっていました。政治運動にも関わり、バーニー・サンダースの支持を口にしたりもしています。
それにしても童顔なこともあって40代になっても10代の頃とそんなに見た目は変わらない不思議な人です。服装も常にカジュアルで、垢抜けなさをいつも漂わせていますよね。貫禄をだそうとか、そういう男らしさとは一切無縁の人です。
そんな“ジェシー・アイゼンバーグ”は2020年代からはさらに新しいキャリアに挑戦しています。監督です。
2022年に初監督作となる映画の『僕らの世界が交わるまで』を公開。“ジェシー・アイゼンバーグ”は監督だけでなく脚本も手がけていました。
そして2024年、監督2作目となる映画で一気に賞レースの筆頭に。やはり“ジェシー・アイゼンバーグ”、持ってる人間なのか…。
それが本作『リアル・ペイン 心の旅』です。
物語自体は本当に肩の力を抜いた平凡なトーンで進むもので、アメリカに暮らす2人の40代のいとこ同士の男がポーランドに旅行に行く…という内容。2人はユダヤ人で、そのポーランドの観光も主に第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるホロコーストの歴史を辿るツアーになっています。いわゆるルーツを巡る旅です。
これは“ジェシー・アイゼンバーグ”自身もユダヤ系の家族の出自があり、自分のルーツと重ねた物語にしているのでしょう。別に自伝的な作品というわけではないみたいですが、今作でも“ジェシー・アイゼンバーグ”が脚本もやっています。
かといって歴史を強く前面に打ち出す物語でもなく、あくまでそれは背景にすぎず、メインは2人の男が内面的な感情をさらけ出していくところにあります。内省的な男同士の語り合いのストーリーです。
“ジェシー・アイゼンバーグ”も主人公のひとりを演じており、その横に並ぶのが“キーラン・カルキン”。『ホーム・アローン』で兄の“マコーレー・カルキン”が主人公で大ブレイクする中、一緒に共演し、俳優の道に。今では兄よりも俳優業で成功しており、最近はドラマ『メディア王 華麗なる一族』で非常に癖があるけど愛嬌もある役柄をずっと好演。『リアル・ペイン 心の旅』で少し久しぶりに映画に戻ってきました。
ちなみに“キーラン・カルキン”はユダヤ系ではありません。
他の共演者には、“ウィル・シャープ”、“ジェニファー・グレイ”などがいます。
『リアル・ペイン 心の旅』は90分と見やすいボリュームです。映画館で観るにしても家で観るにしても、邪魔の入らない静かな環境で物語に浸ってほしいですね。映画を観終わった後は、心の悩みを共有できる相手を探したくなるかもしれません。
『リアル・ペイン 心の旅』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | 希死念慮や自殺未遂の過去に言及する描写があります。 |
キッズ | 大人のドラマです。 |
『リアル・ペイン 心の旅』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
とある空港。ビジネスや観光目的で大勢の人がひしめき合う中、待合室の席にひとりの髭面の男が神妙な顔つきで座っていました。彼の名はベンジーです。
一方、ニューヨークに住むデヴィッドは従兄弟ベンジーに移動中に何度も電話をかけながら、落ち着かない早口で遅刻を弁解。相手に届いているか問わず、とにかく電話で逐一伝えます。
それでも空港に着くと、大きなリュックを背負ったベンジーが、後ろから赤い帽子のデヴィッドを驚かせます。ベンジーの顔は無邪気です。
2人はこれまでちょっと疎遠で、これが久しぶりの再会です。ベンジーはお喋りな陽気な性格。デヴィッドは見てのとおりいつも不安そうです。それでもぎこちなくはありません。飛行機内でもデヴィッドの止まらないトークにベンジーは落ち着いて対応します。まるでいつものことであるかのように…。
こうして揃ったのは、亡くなった最愛の祖母の遺言のためでした。2人ともユダヤ系で、家族はユダヤ人のルーツがあり、ポーランドはその始まりの地。今回はポーランドのユダヤ人の歴史を辿るツアー旅行に参加するのです。
父親であり夫であるデヴィッドは子どもの映像をベンジーに見せて、近況を報告。ベンジーは旅慣れしているのか、どこでもリラックスしています。
ホテルへ着きました。ツインベッドのシンプルな部屋です。宿泊するにはじゅうぶんでした。
そのまま英国人ガイドのジェームズと合流とします。今回のツアーのナビゲーターであり、これからずっと案内してくれます。ホテルのロビーには他の参加者も座って待っていました。それほど多くはないです。デヴィッドとベンジーを除いても他に4人。そこにツアーガイドのジェームズが加わるかたちです。
それぞれの理由で参加しているようで、最初に顔合わせがてら簡単に自己紹介します。デヴィッドとベンジーも自分たちの祖母の話をしながら経緯を説明します。祖母について口にしたベンジーは少し言葉に詰まり、感傷的になりますが、デヴィッドがすかさず会話を繋げます。
今日はホテル周辺の観光地巡りです。ベンジーはその性格もあってか、他の参加者とも気さくに打ち解けたようです。デヴィッドも写真を撮りながら、一緒に巡っていきます。街を練り歩いていくうちに自然とこのツアーグループの交友も深まっていきました。
しかし、あるとき、ベンジーが感情的な言動をみせて…。
ポーランドの歴史を心のキャンパスに
ここから『リアル・ペイン 心の旅』のネタバレありの感想本文です。
『リアル・ペイン 心の旅』で表面上描かれていくのは、ポーランドの観光ツアーです。主にホロコーストに関する歴史的名所や記念碑などを訪れます。その観光場所も有名どころばかりであり、「ポーランドといったらここだろうな」というベタなコースになっています。なのでこのツアー自体にそれほど特筆するようなところはありません。
知らない人のために一応、初歩的な話から説明すると、ポーランドは第二次世界大戦の際、ナチス・ドイツとソビエト連邦の両国からそれぞれ侵攻されるという事態が起き、分割状態になってしまいました。独ソ戦が激化する中、1944年、ナチス・ドイツ占領下のポーランドの首都ワルシャワで国内軍によって武装蜂起が起こります。俗にいう「ワルシャワ蜂起」です。しかし、ソ連の赤軍はとくに助けもせず、結果、国内軍は徐々に劣勢になり、最終的には壊滅。大勢が処刑されてしまいます。18万から25万もの市民が死亡したとも言われています。赤軍が進攻したのは1945年になってからであり、ポーランドはソ連の占領下に置かれ、その後の終戦でのポツダム会談の決定によりポーランド人民共和国が定められます。
作中でツアー開始時にまず映されるのが「ゲットー英雄記念碑」です。1948年に完成・公開されたもので、1943年に起きたワルシャワ・ゲットーのユダヤ人レジスタンスたちによるドイツに対する武装蜂起「ワルシャワ・ゲットー蜂起」を記念したものです。1944年のワルシャワ蜂起とは違って、当時ゲットーに隔離されていたユダヤ人たちが絶滅収容所への移送に対抗するべく、戦いを決意し、鎮圧された事件を指します。
作中でデヴィッドとベンジーが見上げるほどに大きな記念碑は11mもの高さがあり、戦ったユダヤ人の庶民の群像が生々しく彫刻されています。
続くのは「ワルシャワ蜂起記念碑」。こちらは1944年のワルシャワ蜂起を記念したもので1989年に公開されました。記念碑の後ろにある建物はポーランド最高裁判所です。
作中ではデヴィッドのノリでみんなでその躍動感ある記念碑の前で同じようなポーズを撮るという、ちょっと若干の不謹慎さもある行為をしており、すぐ前のゲットー英雄記念碑での反応と比べると随分と気楽です。
後半ではルブリン郊外にあるマイダネク強制収容所の跡地を訪れます。ここにはガス室があり、数万人が亡くなったと推定されています。今はだいぶ荒廃していますが、かつての名残りを見ることはできます。
このマイダネク強制収容所の跡地で映画の撮影が行われることはこれまでほぼ無かったのですが、本作では珍しく認められたようで、本作の歴史に対する謙虚な姿勢のおかげでしょうか。
『リアル・ペイン 心の旅』の影響でこれら観光名所に来る観光客も増えそうですけど。
日本ではそこまでポーランドの歴史が知れ渡っているわけではないでしょうし、作中のジェームズのような解説員がいてくれるほうが助かります。
しかし、デヴィッドとベンジーは決して無知な人間ではない様子ですし、なにせ祖母に関わる重要なルーツでもありますから、今回のツアー参加は勉強みたいな単純な意味合いは薄いです。
『リアル・ペイン 心の旅』が面白いのはこれら観光名所はあくまで背景となり、作中の主役のプライベートな心情を静かに書き込んでいくキャンパスになっていることでした。
収まってまたぶりかえす疼き
『リアル・ペイン 心の旅』のデヴィッドとベンジーのいとこ2人組。この2人が一時的に疎遠になっていた理由は、作中で明かされるとおり、祖母の死…それだけでなく、ベンジーの自殺未遂が起こったからでした。
なぜベンジーが自殺しようと思ったのかという詳細はわかりません。しかし、デヴィッドはそのベンジーの行為に大きく打ちのめされ、デヴィッドもまた心を痛めたようです。
冒頭の2人の再会時はそんなことは全然感じさせません。対照的な2人のチグハグ感をむしろユーモアにしてみせてくれています。デヴィッドは不安症の傾向があり(演じる“ジェシー・アイゼンバーグ”もその当事者です)、よく早口で喋り、心配をよくしています。対するベンジーはデンと構えており、安定感があります。
それなのにベンジーのほうが自死に傾いたのは意外に思うかもしれませんが、自死は性格の問題ではないということがよくわかります。
2人の探り探りの吐露は、典型的な男らしさにおいては「男は弱音を吐いてはいけない」とされる圧力に対する、率直な反論的描写にもなっています。男性であろうとも、こうやって気持ちを下手でも自己表現していける。それは何もおかしくないし、恥ずかしくもない。40代という年齢設定もこのテーマには身近ではないでしょうか。
それだけでなく、簡単に解決できない個人の葛藤という心情を、ポーランドの複雑な歴史を象徴する観光名所と重ね合わせ、絶妙に表現してもいたと思います。
ルブリンの旧ユダヤ人墓地を訪れた際、みんなで小石を置くという伝統的な方法で追悼を示そうとします。とくにベンジーは観光的な豆知識よりも、今はそうやって追悼によって心を落ち着けようとしています。もちろんそれは過去のユダヤ人への追悼ではありますが、祖母への追悼であり、さらに自分自身への対処でもあるでしょう。しかし、それが正解なのかは本人もよくわかっていません。というか正解があるものなのかという話ですが…。
一方で、終盤に祖母の旧居を訪れるのですが、そこでもドアの前に小石を置いてみるのですけども、近隣の人から躓いて危ないので邪魔だと静かに怒られ、2人は小石を片付けます。ギャグみたいになっていますが、追悼ばかりでもいけないというちょっとしたアドバイスのようで、これはこれで心に染みます。
実際、これから2人はまた未来に向かって歩まないといけません。いつまでも嘆いているばかりもいられません。
本作はスッキリとした「こうするべき」という答えを提示するものではありませんが、でも手探りで前に進もうともがく人間の心に寄り添ってくれます。
他にも心情を表現する細やかな演出も効いていました。
ポーランド出身のフレデリック・ショパンの曲があれこれ流れる中でも、穏やかになりそうでなりきれない複雑な気持ちの揺れ動き。少し収まったようで、また疼く気がする。“キーラン・カルキン”の絶妙な表情演技が最後も観客の心を掴みますね。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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・『ビバリウム』
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作品ポスター・画像 (C)2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved. リアルペイン
以上、『リアル・ペイン 心の旅』の感想でした。
A Real Pain (2024) [Japanese Review] 『リアル・ペイン 心の旅』考察・評価レビュー
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