私はどこにも行かない…映画『ハリウッド・スターガール』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にDisney+で配信
監督:ジュリア・ハート
恋愛描写
ハリウッド・スターガール
はりうっどすたーがーる
『ハリウッド・スターガール』あらすじ
『ハリウッド・スターガール』感想(ネタバレなし)
なぜかみんなを魅了する才能の持ち主
「タレント・ショー」というものがあります。一般人が何でもいいので“一芸”を披露する出し物イベントみたいなものです。歌、ダンス、寸劇、漫才、楽器、体技、詩…とにかくステージ上でできることなら何をしてもOK。そうやって自分の特技をアピールする場、それがタレント・ショーです。
日本にはこういう文化はあまり根付いていないと思うのですが(『NHKのど自慢』が一番それに近いかも)、アメリカではタレント・ショーは珍しくないようで、学校がやっていることもあれば、バーが場所を提供していたり、はたまた自治体が大掛かりな町のイベントとして実施していることもあります。映画やドラマを観ていてもタレント・ショーが普通に描かれていますよね。やっぱりアメリカン・ドリーム的な精神と親和性が高いのかな。
そのタレント・ショーがアメリカで爆発的に流行し始めたのは1980年代頃だそうで、テレビの影響は大きかったようです。タレント・ショーをテレビで大々的に放映し、みんながお茶の間でそれを楽しみ、アマチュアにとっては自分がキャリアを獲得する足掛かりにもなりました。
とくにアメリカで有名なタレント・ショー番組が『アメリカズ・ゴット・タレント』です。2006年からNBCネットワークで放送されている公開オーディションのリアリティ番組なのですが、賞金100万ドルとラスベガスでの公演チャンスが優勝者には与えられ、その大きな報酬もあって、注目度が高く、古今東西たくさんのパフォーマーが「我こそは!」とこの番組に参加し続けています。
仕組みは単純。まずはプロデューサーによる選考で放送に出られる人を選びます。次に審査員によるオーディション放送があり、数人の審査員が生でパフォーマンスを観て、一定数の審査員が合格のブザーを押すと勝ち進めます。会場には観客もいて、わりと観客の反応も込みで審査員が評価していたりもします(案外とアバウトです)。そして、準々決勝、準決勝、決勝、フィナーレと続き、ここまでくると視聴者投票が重視されるようになります。最多得票数を獲得すれば優勝です。
この『アメリカズ・ゴット・タレント』で最も華々しいデビューを飾った人物と言えば、“グレース・ヴァンダーウォール”でしょう。2016年の第11シーズンの優勝を飾った当時はまだ12歳。歌を歌うのが好きでこの番組で初めて自身のオリジナル曲「I don’t know my name」を披露。自身のウクレレ伴奏で歌いあげました。まだ幼さもある12歳でしたが、その歌声と雰囲気に審査員も観客もあっという間に魅了され、審査員のひとりは「次のテイラー・スウィフトだ!」と大絶賛。一躍、時の人となったのでした(実際の番組の様子は以下の動画からどうぞ)。
“グレース・ヴァンダーウォール”は番組優勝後はアルバムデビュー。そして2020年に映画『スターガール』で俳優としてもデビューを飾りました。この映画は、ごく普通の高校生男子の主人公が、ウクレレを弾く不思議な少女のスターガールと出会い、人生が変わっていくという物語。原作は“ジェリー・スピネリ”の小説なのですが、完全に“グレース・ヴァンダーウォール”をメタ的に扱ったようなキャスティングです。この映画でも“グレース・ヴァンダーウォール”は天性の魅力を振りまいており、上手く言葉にできないですけど、スター性というものを自然に放てる子なんだろうなというのがわかります。
この『スターガール』の続編となる映画が2022年に登場しました。それが本作『ハリウッド・スターガール』です。
今度は主人公はスターガールで、彼女を視点にしており、スターガールがハリウッドに引っ越すことになり、そこで映画の世界で活躍することを夢見る若者たちと映画を制作していくという、これまた前作の俳優デビューとなった『スターガール』をメタっぽくからかうようなお話になっています。
監督は前作と同じ“ジュリア・ハート”。2016年に『マイ・ビューティフル・デイズ』で監督デビューし、2018年には『Fast Color』というユニークな超人SF映画を生み出し、さらに2020年は『アイム・ユア・ウーマン』という否応なしに危機的状況下で子育てを押し付けられた女性を描く一風変わった映画を手がけました。こちらも新鋭監督として注目されている才能の持ち主です。
共演は、ドラマ『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』の“イライジャ・リチャードソン”、『ハード・キャンディ』の“ジュディ・グリア”、『キル・ビル』でおなじみの“ユマ・サーマン”、『ビューティフル・マインド』の“ジャド・ハーシュ”など。
『ハリウッド・スターガール』は夢を素直に応援してくれる前向きな映画であり、ハリウッドのノスタルジーも漂う一作です。前作と同じく、劇場公開はなく、「Disney+(ディズニープラス)」で独占配信で見れるので気軽にどうぞ。
『ハリウッド・スターガール』を観る前のQ&A
A:前作にあたる『スターガール』を鑑賞しないと物語がわからないわけではなく、この『ハリウッド・スターガール』からいきなり見てもOKです。その後に1作目を観てもいいでしょう。『スターガール』も「Disney+」で配信されています。
オススメ度のチェック
ひとり | :元気をもらえる |
友人 | :気楽に眺められる |
恋人 | :異性愛ロマンスあり |
キッズ | :夢を応援してくれる |
『ハリウッド・スターガール』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):ディズニーランドは閉園よ
スターガールは自分の部屋でいつものように歌っていました。聞き役はネズミのシナモンです。
そこに母のアナ・キャラウェイが「準備はできた?」と入ってきます。そして荷物を持って車で出発。今日はこのアリゾナからロサンゼルスへ引っ越すのです。
途中で浜辺に寄って、くつろぐ母と娘。
「ママ、話したいことがあるの。また引っ越すことになるとは思わなかった。友達ができたら引っ越した。これからずっと街から街へと渡り歩くの? シナモンが一番の旧友なんて普通じゃない」とスターガールは静かに不満をこぼします。でも母は「冒険が好きでしょう?」と言いますが、「人生そのものが冒険っていうのは…私は人とちゃんと知り合いたい。その後、冒険する」とスターガールはやはり納得いきません。「次の仕事は居間より稼げるから。あなたが高校を卒業するまでここにいると約束するから。楽しんで」と説得され、母の言葉を信じます。
新しい家に到着。ダフネという人が案内してくれます。下の階には高齢の男性が住んでいるらしく、ダフネは夫のジョージと次男のエヴァンと暮らしているそうです。
翌朝、母は出かけたようで、自分もシナモンを連れて街を探索してみます。気に入ったものをどんどん買っていくスターガール。そして母の職場へ。仕事は映画の衣装作り。監督のダニエルがやってきて、なんだか嫌な態度です。邪魔みたいなのでその場を去ります。
帰宅して、ひとり部屋で歌って気分をあげるスターガール。そのとき、窓に小石があたる音。ゆっくり近づくと「君の歌いいね」とエヴァンが下で立っていました。すると下に住む老人のミッチェルもでてきて「とにかく静かにしてくれ」と言われてしまいます。
外でエヴァンと話すと、兄のテレルと映画を作っているらしく、エヴァンは脚本家だそうです。まずは映画の企画を見せる素材となるシズルリールを作らねばならず、出演してくれないかとお願いされます。演技なんかしたことないスターガールですが、カバー曲でいいので歌ってほしいそうです。物語は、高校の卒業が近い男の話で、女の子と出会って成長するのだとか。最後は2人で踊って、彼女は去る…そのエンディングになんとなく引っかかるものを感じたものの、タイトルは「話を聞かせて」だそうで、少し興味を持ちます。
そして別の日、フォルテというクラブに招待されます。オーナーのイギーはオープンマイク・ナイトを客に宣言していました。誰でもステージでパフォーマンスができます。
さっそくスターガールも出てみることに。マイクを前に歌いだすと、聴衆は自然と魅了され、みんなで歌おうと呼びかけて、合唱になっていきます。大評判です。
こうして映画にも出てみようかと気持ちが傾くスターガールでしたが、クラブの6番テーブルに座っていたのが憧れの歌手であるロクサーヌ・マーテルだと気づき、気持ちはますます昂り…。
不思議女子にも苦悩はある
『ハリウッド・スターガール』は前作『スターガール』に引き続き、“グレース・ヴァンダーウォール”の生い立ちをそのまま疑似的に投影させた構造になっており、“グレース・ヴァンダーウォール”主演だから成立する映画になっています。
一方でこの2作目は1作目さえもその構造に取り込んでいるあたりが違いになっており、メタ的な構成としてはより一歩進んでいる感じです。“ジュリア・ハート”監督の手腕も磨かれているせいか、映画の出来はさらにウェルメイドで良質なものになっていたと思います。
面白いのはスターガールを本格的に主役にしたこと。実は原作にも続編があったのですが、本作はそれを映画化したわけではありません。完全に“ジュリア・ハート”監督のオリジナルとして1作目の映画を膨らませて独自の続きを描いています。
そして1作目の特徴として取り上げておきたいのが、スターガールの立ち位置。映画などのフィクションで描かれる女性のステレオタイプのひとつとして、「男子を元気づけるために現れる不思議な女子」というのがあります。ある時にふらっと魔法にように出現して、まるで天使のように独特な不思議さを身にまといながら、鬱屈を抱えた男子の心を解きほぐしていく…そんな女の子です。いわゆる「マニック・ピクシー・ドリーム・ガール」と呼ばれもするアレ。定番な描写ですが、前作『スターガール』はまさにそういう映画でした。
この『ハリウッド・スターガール』は明らかにそれに対する風刺が挟まれます。エヴァンに映画のアイディアを説明される時、その内容はまさに前作『スターガール』とまんま同じで、「女の子は男の子を助けるためだけの登場人物なの?」とスターガールは問いかけます。
今回の『ハリウッド・スターガール』はその「男子を元気づけるために現れる不思議な女子」をあえて主体的に描くというのが作品のポジションになっていて、そこがオリジナリティです。男子から見ればふんわり不思議少女だったかもしれないけど、その少女側にも心があり、苦悩がある。その視点は前作にもあったのですが、今回はその特性の少女ゆえの寂しさが序盤からこぼれでるように描かれており、とても切ないです。
私は立ち止まらず夢を見続ける
『ハリウッド・スターガール』は物語のメインは映画作りです。といってもインディペンデントというか、本当に自主製作レベルの小さな作品になる前に企画動画に過ぎません。
そんな中で現在と過去のハリウッドの交差点が描かれ、そこにノスタルジックな居心地の良さがあります。
16ミリカメラじゃなくてiPhoneで映画が撮れてしまう時代だけど、映画への熱い気持ちは変わらない。すでに夢を諦めてステージを降りてしまった人もいるけれど、それでも次の夢を目指す若者を応援してあげようというベテランがあちこちにいる。そんな先人の思いを無邪気に真っ直ぐに受け止める若々しいクリエイターたち。
一方で、男性監督のハラスメントな振る舞いで大迷惑を被って苦しむ現場の人たちという現在進行形の問題も描いており、その渦中にいる母親の辛さを受け止める物語にもなっていて…。
オープンマイク・ナイトのシーンはまさしく“グレース・ヴァンダーウォール”の出発点になった『アメリカズ・ゴット・タレント』の再現ですが、今回は“グレース・ヴァンダーウォール”はロクサーヌの指導のもとで本格的な歌手としてのノウハウ、さらには俳優としての一歩も踏んでいきます。
相変わらず“グレース・ヴァンダーウォール”の魅惑が今回も輝いています。なんだか往年のクラシックなハリウッド女優の面影がありますよね。本作ではエヴァンとのささやかなロマンスもあったりするのですが、その描き方もいかにも商業恋愛至上主義的なベタベタのやつではなく、クラシカルな恋の兆しくらいの感覚に抑えており、ここも昔の映画っぽいです。
本作のために書き下ろした曲「Figure It Out」も合わさりながら、しっとりとハリウッドの今と過去が溶け合っていく感じは“ジュリア・ハート”監督と“グレース・ヴァンダーウォール”の相性の良さもプラスされ、「良い映画を観たな」というほど良い満足感でエンディングを迎えさせてくれます。
ハリウッドは悪いニュースばかりが流れてきて絶望することもしょっちゅうですが(これに関しては日本映画業界も全くの同類ですが)、昔ながらの良い部分だけを若い有望な子たちに受け継がせていきたい。そういう前向きさを感じさせる一作でした。
映画の世界は、才能(タレント)を無駄にしない、どこにも追い出したりしないショーであり続けたいですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 86%
IMDb
6.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Disney ハリウッドスターガール
以上、『ハリウッド・スターガール』の感想でした。
Hollywood Stargirl (2022) [Japanese Review] 『ハリウッド・スターガール』考察・評価レビュー