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韓国映画『ユンヒへ』感想(ネタバレ)…中年女性2人の愛が降り積もる小樽です

ユンヒへ

中年女性2人の愛が降り積もる小樽です…映画『ユンヒへ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:Moonlit Winter
製作国:韓国(2019年)
日本公開日:2022年1月7日
監督:イム・デヒョン
恋愛描写

ユンヒへ

ゆんひへ
ユンヒへ

『ユンヒへ』あらすじ

韓国の地方都市で高校生の娘セボムと暮らすシングルマザーのユンヒの元に、小樽で暮らす女性ジュンから1通の手紙が届く。20年以上も連絡を絶っていたユンヒとジュンには、互いの家族にも明かしていない胸の内に閉まっている秘密があった。手紙を盗み見てしまったセボムは、そこに自分の知らない母の姿を見つけ、好奇心を抑えられずにジュンに会うことを決意。母を誘って小樽へと旅行することに…。

『ユンヒへ』感想(ネタバレなし)

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韓国と日本が小樽で出会う

2022年は始まって早々にコロナの第6波が襲来して医療ひっ迫で大変だったわけですが、私の地元である北国の北海道ではそれプラスで別のものも同時襲来していました。それが「大雪」です。

平年をはるかに上回る降雪量がドカっと発生。とくに札幌圏は大変な状況になりました。除雪は追いつかず、生活道路は車1台がギリギリ通れる程度の幅しかなく、車はすれ違えません。たぶん経験したことある人しかわからないと思いますが、雪で道幅が極端に狭くなった道路を運転するときの怖さは尋常じゃないですよ。当然、公共交通機関は麻痺し、本来は雪に慣れているはずの住民もヘトヘト。

こういう雪国エピソードを語ると「苦労自慢」みたいに思われることもあるのですが、当事者にしてみればそんなつもりはなく、死活問題。実際にライフラインが断たれたり、雪かき中の死亡事故も多発していますからね。

ただやっぱりこういう雪国暮らしをしている人とそうでない人の現実認識の落差というものはなかなか埋まらないもので…。観光客はマイクを向ければ「雪がいっぱいあって北海道らしくていいですね」なんて呑気に答えます。雪はあくまで装飾品みたいにしか目に映っていない…。

そうです、世間一般では北海道の雪が降り積もる景色は「美しい」という認定なのでした(忘れそうになる)。まあ、観光地としても北海道はそのイメージのおかげで経済が潤っているので文句は言いづらいのですけど…。

映画も同じ。北海道の雪景色を格好のロケーションとして活用している映画はいくつもあります。今回紹介する映画もそのひとつです。それが本作『ユンヒへ』

本作は北海道の小樽を舞台にして、そこで撮影もしています。小樽は札幌に近いので、比較的観光しやすいスポットです(北海道は広いからね)。港町と言えばどうも漁業ありきの感じがするのが定番ですが、小樽はオシャレ化することに成功しており、観光地として上手く立ち回っているなと私も思います。

そんな小樽の街並みで物語が展開する『ユンヒへ』。ただ、少し本作が変わっているのは韓国映画だということです。韓国から旅行としてこの小樽にやってきた女性が、昔から知り合いの小樽住みの女性と再会する…というのがおおよその軸です。北海道は中国や韓国からの観光客も非常に多いので(コロナ禍ですっかり見なくなったけど)、こういうシチュエーションもじゅうぶん考えられます。

しかし、『ユンヒへ』はさらに特徴的な個性を持っていて、それは、そんな韓国と日本の交流地点として小樽が活かされているだけでなく、さらに中年女性同士の同性愛を描いているという点です。中年女性同士の同性愛を描く映画なんてそもそも珍しいのに、その舞台が小樽になるとは…。私は小樽出身ではないですけど、小樽は何度も行ったことがある身として、何とも言えない変な気分…。別に小樽と同性愛に特別な接点もないのですけどね…。

まあ、ともあれそんな独特の映画になった『ユンヒへ』。日本でも一部で限定公開が以前からされていたのですが、その頃から映画ファンの支持を集め、2022年1月に日本で一般公開されました。

『ユンヒへ』は韓国国内でも高く評価されています。青龍映画祭で監督賞と脚本賞を受賞し、作品賞にノミネート。釜山国際映画祭ではクィアカメリア賞を受賞しました。韓国でも本作の特別なファンによって支えられ、愛されているようです(ファンのことを「満月団」と呼ぶらしい)。

韓国は『はちどり』『82年生まれ、キム・ジヨン』のようなフェミニズムを内包した作品がしっかり賞レースでも評価されているのがスゴイですよね。そういう映画を揶揄するのではなく、ちゃんと評価する業界人の姿勢があるのが羨ましい…。

そんな大絶賛の『ユンヒへ』の監督は、2016年に『メリークリスマス、ミスターモ』で長編監督デビューした“イム・デヒョン”。若き俊英として期待が集まっています。

俳優陣ですが、巡り会う主人公2人を演じるのは、ドラマ『夫婦の世界』の“キム・ヒエ”と、ドラマ『Giri/Haji』の“中村優子”。その脇を、ドラマ『最高のチキン~夢を叶える恋の味~』の“キム・ソへ”、『隻眼の虎』の“ソン・ユビン”、『愛しのアイリーン』の“木野花”、『由宇子の天秤』の“瀧内公美”、『野球少女』の“ユ・ジェミョン”など。

『ユンヒへ』をひとりでじっくり味わうのも良し、大切な人と隣で一緒に観るのも良し。映画を観終わった後は自分自身の“伝えられていない気持ち”について考えたくなるかもしれません。

この映画を鑑賞後に雪かきとかはしたくないですけどね。

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:自分を静かに振り返って
友人 4.0:大切な想いを分かち合える人と
恋人 4.5:落ち着いた恋愛の趣
キッズ 3.5:大人の静かなドラマです
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ユンヒへ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):雪はいつやむのか

北海道の小樽でカフェを経営する高齢のマサコは、ジュンという中年女性の親戚と暮らしています。ある日、マサコはジュンの部屋で「ユンヒ」という人にあてた手紙を見つけ、それを読んでしまいます。

マサコは小さな郵便局前のポストを通り過ぎるも引き返して郵便を投函するのでした。そのジュンが郵送するのを躊躇っていた1通の手紙を…。

その手紙は日本を飛び出し、宛先である韓国の地に渡り、ある家に届きます。手紙を郵便受けから何気なく取り出したのは、宛先のユンヒの娘・セボムです。セボムは母親のところへ届いたと思われる手紙に興味津々で、こっそり読んでしまいます。母はシングルマザー。今は離婚しています。その母にこんな大事そうな文章を送ってくる人は一体誰なのだろうか…。セボムは母が離婚した理由や、母の過去について、よく考えると全然知らないことを自覚。でも母に聞くのはさすがに気まずいです。

高校生のセボムにはギョンスといボーイフレンドがいて、そのことを話すとギョンスも協力してくれます。

セボムは夕食のとき、母と会話。もう自分はソウルの大学に行くので、旅行として小樽に行かないか…と。もちろんこれはあの手紙の件が関わっています。セボムはなんとか母とこの手紙を送ってきたジュンという人と会わせられないか考えていました。

その手紙。こう書き綴られています。

「ユンヒヘ、元気だった?。あなたは私のことを忘れてしまったかも。もう20年も経ったから。急に私のことを伝えたくなったの。生きていればそんなときがあるでしょう。どうしても我慢できなくなってしまうときが」「私の両親を覚えている? いつも喧嘩していた2人は私が20歳のとき、結局離婚してしまったの。母は韓国に残り、私は父と一緒に日本に来た」「日本に来た後、父は私を叔母に預けたの。ときどき電話をしたりもしたけれどもうそれすらもできなくなった。少し前に亡くなったの」「おかしいでしょう。いつ死んでも構わないと思っていた父のお陰でこうやってあなたに手紙を書くことになるなんて」

一方の小樽では、自分の手紙が送られたことも知らずにジュンは日常を過ごしていました。獣医の仕事で同僚と話し込んだり、SF小説を読みふける叔母のマサコと他愛もない時間を送ったり、父の葬儀に参加したり…。

ジュンは母が韓国人で韓国にいたのですが、両親の離婚で20年前に日本へ来ていました。そのことを知る人は周囲にほぼいません。父親から離れた後はずっと叔母と暮らしています。ジュンは独身です。

ある日、マサコはジュンを抱きしめたがり、ジュンもそれに応じて抱きしめられます。懐かしいと呟きながらジュンは顔を見せることなく涙を流します

そんな小樽の地に到着したセボムとユンヒ。心配になったギョンスもついてきました。セボムは母に手紙のことは話していないので、上手い具合に誤魔化しつつ、ひとりで手紙を送ってきた住所に向かいます。そのカフェでマサコと出会うセボム。そしてマサコに事情を打ち明けます。

こうしてもう巡り合うはずもなかった2人の女性の人生がまた交わることに…。

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派生作品としての完成度

『ユンヒへ』は物語としては既視感があるもので、なにしろあの“岩井俊二”監督の『Love Letter』(最近は『ラストレター』というセルフオマージュな映画も作っていましたが)の影響を色濃く受けているからでした。

“岩井俊二”監督作品は本当に韓国や中国では大人気で、それにインスパイアされた作品が数多く生み出されているのですが、『ユンヒへ』はまさにその派生作の極めつけかもしれません。韓国と日本をまたがる交流を描き、しかも舞台に韓国でも人気の観光地である小樽を設定。

それでいて中年女性同士の同性愛を主軸にしたところはやはりエポックメイキングだったと思いますし、『リップヴァンウィンクルの花嫁』など本元の“岩井俊二”監督もやっていることでしたが、『ユンヒヘ』はそれを軽やかに超えたパワーがあったのではないでしょうか。

ちなみに、『ユンヒへ』で描かれるユンヒとジュンはレズビアンなのかは作中で明言されないので、もしかしたらバイセクシュアルやパンセクシュアルの可能性もあります。ただ、作中では父の葬儀の後に従兄弟のリュウスケが「どうして結婚しないの? 韓国の男性を紹介しようか」と言葉を投げかけてきて不快感を露わにするジュンのシーンがあったり、リョウコとの食事で「隠したいと思うことがあれば、これからも隠したほうがいい」と言葉を放ったり、明らかに異性愛と対比させる描写がいくつも挿入されます。また、ユンヒも元夫との雰囲気からなかなか異性同士での愛を育めなかったことが察せられますし、やはりあの2人はレズビアンとしてのアイデンティティがあったのではないかと必要最小限の示唆がある映画だったとも思います(モノセクシュアルの人とマルチセクシュアルの人では可視化の現実的日常は違うものですしね)。

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中年女性同士の連帯

『ユンヒへ』では「中年」という年齢と「女性」というジェンダーの要素も物語に影響し合っており、その生きづらさのようなものを、わざとらしい愚痴とかではなく、静かに生きるその姿ひとつで表しているのも良かったです。

例えば、ユンヒはシングルマザーとして娘・セボムを育てており、この娘を育てることだけに徹してきたのは容易に想像がつきます。生活の経済状況からも察するに、娘を育て上げることだけを考えて、家計をやりくりし、それ以上は何も求めてこなかったのではないかなとも。しかし、いよいよその娘も大学に行ってしまうとなると、自分の目的が完全に行き先を見失ってしまいます。それでも不安を一切口にすることはないです。

かたやジュンは子どももいないですが、キャリアウーマンとしてビシバシ働いて業界で活躍する…という感じでもない。小樽というあの街で、主要産業の観光に関わるものでもない、言っちゃ悪いですけど地味な仕事です。しかも、ジュンの場合は半分は韓国人でもあるという血筋を隠している。これはやはり日本にある朝鮮人差別としての文脈もあるでしょうし、ジュンの居心地はなおさら狭かったのでしょう。そこには単に同性愛者だから独身で人付き合いが少ない…というわけではない背景を感じさせます。

そして2人とも、いかにも東アジアの中年女性にありがちな、抑圧された女性像そのままでこの社会に立つしかできないという…。そこに性的指向とは別の共通点も生まれており、そのささやかな連帯の話でもあるのが、この『ユンヒヘ』だったと思います。

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雪はもう降らなくていいけど

中年女性同士の埋もれていた恋が掘り返される一夜の出会いを描く『ユンヒヘ』ですが、それを支える脇のキャラクターも魅力的でした。

本作には異性愛描写もあります。しかし、同性愛を純化するために異性愛をことさら露悪的に描いているわけでもなく、かといって同性愛を塗りつぶすように悪目立ちするでもない、上手いバランスで据えているなとも思いました。

異性愛カップルとして据えられているセボムとギョンス。この2人の関係はちょっと笑ってしまうくらいにピュアで対等なものとして描かれており、このあえてのフワっとした感じが、メインのユンヒ&ジュンの愛を邪魔せずに応援するサポートとしてちょうどいいです。

また、ジュンを支えるマサコも「映画好きな男性」との昔の恋バナを披露するのですが、それが何かしらの異性愛規範を植え付けるような押し付けがましさもないので、なんだか安心して観ていられます。

同性愛と異性愛を対等に配置できている世界観でしたね。

もちろんこの感想記事の冒頭で話したことに繋がりますが、あくまで本作は小樽を綺麗なロケーションとしてしか引用していないので、それ以上の意味がないのはやや退屈ではあります。「雪はいつやむのかしら」と呟きながら雪かきする人もちょっとメルヘンチックすぎますし…。現実では、もっと激しい悪態をつくか、奴隷が顔に浮かべそうな絶望の無の表情で除雪労働しているからね…。

北海道でパートナーシップ制度を導入しているのは、2022年1月時点で札幌市のみ。北海道トップクラスの観光地である函館市は導入を決め、札幌市の隣にある江別市も導入を予定しています。ぜひ小樽市も導入を決めてほしいものです。いや、北海道全体でもいい。それなら『ユンヒへ』の舞台がこの雪降る地になった意味もあるでしょう。

『ユンヒへ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
?.? / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)2019 FILM RUN and LITTLE BIG PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

以上、『ユンヒへ』の感想でした。

Moonlit Winter (2019) [Japanese Review] 『ユンヒへ』考察・評価レビュー