レズビアンの歴史を開拓した女性の物語…ドラマシリーズ『ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:イギリス・アメリカ(2019年~2022年)
シーズン1:U-NEXTで配信(日本)
シーズン2:U-NEXTで配信(日本)
原案:サリー・ウェインライト
性暴力描写 自死・自傷描写 DV-家庭内暴力-描写 LGBTQ差別描写 性描写 恋愛描写
ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ
じぇんとるまんじゃっく しんしとよばれたれでぃ
『ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ』あらすじ
『ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ』感想(ネタバレなし)
こんなレズビアンが19世紀の英国にいた
突然ですが、イギリスの同性愛の歴史を振り返る授業の始まりです。今日は18世紀から19世紀の簡単なお話をします。
1533年、アナルセックスを違法とする「Buggery Act 1533」という、事実上の初のソドミー法が制されて以降、一時的な廃止期間もありましたが、これがイギリスにおける同性愛を迫害する法的な規制となりました。つまり、同性間、とくに男性同士の性行為がほぼ法律違反になったわけです。「モリー・ハウス」と呼ばれるゲイ・コミュニティも取り締まられます。
では女性同士の同性愛、レズビアンはどうだったのか。確かに法的には男性間の性行為のみへの言及だったため、もっぱら男性の同性愛者が厳しい目に遭っていましたが、だからといって女性の同性愛者は自由気ままだったわけではありませんでした。
女性同士であろうともこの時代の同性愛はタブーです。表に堂々とはでれません。それでも同性愛の関係はひっそりと紡がれていました。『女王陛下のお気に入り』でも描かれたアン女王は有名です。
そんな中、「初のモダン・レズビアン」と後に評価される女性が1800年代前半に登場します。その人物こそ「アン・リスター」です。
アン・リスターはイングランドのヨークシャーのハリファックスという地で、小規模な地主の家系の出身でした。1791年生まれなのですが、若い頃からレズビアンとして堂々と生きてきました。
なぜそれがわかるのかと言うと、まずこのアン・リスターは男性の格好をしていました。ゆえに「ジェントルマン・ジャック」というあだ名まであるほどでした。「ジャック」というのは当時は女性の同性愛者への侮辱語でもありました。当時は「レズビアン」という用語はそこまで一般的ではなく、当事者の間でもアイデンティティを示す用語としては普及はしていないようです。
そしてアン・リスターはずっと日記をつけ続けており、これがいちいち暗号化されているという、なんとも手の込んだことをしていたのです。そしてこの暗号日記を解読すると、そこには自分の女性との恋愛関係が実に赤裸々に綴られており、あまりに生々しいのででっち上げだと思われたこともあったのだとか。
そのアン・リスターは生涯で何人もの女性と関係があったと言われていますが、最後にパートナー関係となったのが「アン・ウォーカー」という女性で、教会で自分たちにしかわからないささやかな結婚の儀を執り行ったとされており、この教会はレズビアン結婚発祥の地として今も愛されています。
そんなレズビアン史において重要な偉人となったアン・リスターを主人公にした歴史ドラマが2019年からシリーズ・スタートしました。
それが本作『ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ』です。
なお、「ジェントルマン・ジャック」という名称のウイスキーがありますが、本作とは無関係です。
ドラマ『ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ』はアン・リスターを主役に、アン・ウォーカーとの馴れ初めを濃厚に描きながら、当時のイギリスの情勢も映し出していく、軽快なテンポの英国上流階級ドラマです。
ドラマ『Fleabag フリーバッグ』みたいな第4の壁を突破する演出もあったり、語り口は軽妙なので、そこまで小難しい堅さのあるドラマではありません。
ドラマ『ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ』の原案・脚本(一部エピソード監督も)は、『Happy Valley』の“サリー・ウェインライト”。なんでもずっとこのアン・リスターを描くのが夢だったらしいです。
アン・リスターを演じるのはドラマ『女医フォスター 夫の情事、私の決断』や『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』の“サランヌ・ジョーンズ”。お相手のアン・ウォーカーを演じるのはドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』の”ソフィー・ランドル”。
ボリュームはシーズン1・シーズン2ともに全8話で各1話あたり約60分。レズビアン史に興味ある人なら必見のドラマです。
『ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :作風が好きなら |
友人 | :趣味がある人同士で |
恋人 | :同性ロマンスたっぷり |
キッズ | :性描写ややり |
『ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ』予告動画
『ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):あの人が帰ってきた
1832年、ハリファックス。この穏やかな地にかなり老朽化しているシブデン館が建っています。これは地主のリスター家のもので、変わり者と評判でした。
ジェレミー・リスターが家長でしたが、ほとんどその権威は衰え、戦争などで子どもが亡くなり、家には娘2人しか成人していません。そのうちの年長であるアン・リスターはとくにこの家の変わり者の筆頭で、世界のあちこちを旅しており、今はヘイスティングスでスチュアート男爵の親戚のヴィア・ホバート嬢と生活をしているなんて話でした。
そのアン・リスターがこの故郷に帰ってきました。アン・リスターは男の格好をしており、何も知らずに男性と思って話しかけた人は「ご婦人でしたか」と態度を変えます。
アン・リスターは父に挨拶し、馬丁のジョージが撃たれて死んだことで馬の世話をする者がいないという家の問題を把握。さらに借地人ブリッグスが病気で、集金する人がいません。
そこでアン・リスターは塀を乗り越えてブリッグス家へ。集金は自分がやると申し出て、帳簿を渡されます。加えて石炭の話をされ、所有する土地は石炭の採れる場で、石炭価格が上がっているのでチャンスだと言われます。
妹のマリアンは「集金は男の仕事だ」と難色を示しますが、こうなるとアン・リスターは止まりません。「ホバート嬢と何かあったの?」と聞かれるも、アン・リスターは何も答えないまま。また、父はあこぎな商売なので石炭業に関わるなと釘を刺します。叔母だけが自分を理解してくれています。
一方、小道を乱暴に駆け抜ける何者かの軽馬車が原因で、横を通り過ぎた別の馬車に乗る子どもが投げ出され、片足を失う大怪我を負うという事件が起きていました。トマス・サウデンはそのハードキャッスルの怪我した少年を見舞います。
アン・リスターはトマスの父に厳しく地代を要求します。地所管理人のサミュエル・ワシントンが来て、生き馬の目を抜く業界なので他人に貸すのではなく鉱床を自分で掘ってみてはと提案されます。何にせよ資金が必要です。
すっかり当主気分となったアン・リスターは、もうひとつの名家でこちらは資産が潤沢にあるウォーカー家の話を聞かされます。そのウォーカー家の娘である29歳のアン・ウォーカーは精神的な病気を疑われており、あまり評価されていませんでした。
アン・リスターはアン・ウォーカーと対面し、ひとめで気に入ります。資産がどうこうという理由ではありません。アン・リスターの頭にあるのはひとつだけ。
あのアン・ウォーカーを私の妻にできないだろうか…。
シーズン1:最終話で救われる
ここから『ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ』のネタバレありの感想本文です。
ドラマ『ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ』は、まずやはり主人公であるアン・リスターの強烈なキャラクター性に惹かれます。
アン・リスターはとにかく当時の規範に収まる気が欠片もない人間で、科学にも興味あって(解剖の話とか普通にする)、ビジネスや政治の手腕もなかなかのもので、やり手です。
しかし、そのアン・リスターでさえも簡単に手に入らないもの。それが自分の愛が正当に社会であり続けられること。子どもに「男なの?」と素朴な疑問をぶつけられたときのアン・リスターの複雑な表情から察せるように、彼女も苦しい思いをたくさんして今に至るわけで…。そして最近付き合っていたヴィア・ホバートが男性と婚約する道を選んだことで失望(この失望も何度も経験してきたのでしょう)。虚しさを紛らわすように、没落していた家の復興に精を出すようになります。
そんなアン・リスターが出会ったアン・ウォーカー。すぐさまこの女性を攻略しに行くのが笑ってしまいますが、アン・ウォーカーはアン・リスターとまた真逆の状況でした。
アン・ウォーカーは女性差別と同性愛差別の挟み撃ちとなっており、それに自分で対抗できるほどのパワーを持ち合わせていません。家父長制、宗教、女らしさ、他人の目…ありとあらゆるものがアン・ウォーカーを後ろめたい気持ちにさせ、生理が原因だの“鈍い”だの精神病理化されていき、罪悪感で縛ってきます。エインズワース牧師から性暴力を受けた過去がありながらも、男性の“名誉”(糞くらえです)を守るために、自分が妻になってあげるべきとまで考えてしまったり…。
スコットランドの姉エリザベス・サザーランドのもとに送られてからも、その精神的苦痛は悪化し、派手に自傷するまでになり、ガスライティングが最悪の結末一歩手前まで追い詰めて行きます。ほんと、あの姿は可哀想で見ていられない…。
アン・リスターもジェレマイアとクリストファーのローソン兄弟とのビジネス紛争でかかりきりになり、結局嫌気がさしてまた旅の人生に逃げていきます。
それでもシーズン1最終話でまたこの2人は偶然の再会をする。ずっと辛いシーンを続けてきましたが、このカタルシスがあるなら救われるものです。「もう一度求婚してくれたら断りません」のセリフはアン・リスターにとっても報われるものになったでしょうね。そしてこの時代にこんな愛があったという事実は、現在の私たちへの勇気にも繋がります。
シーズン2:生涯の愛の証明
ドラマ『ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ』のシーズン2では、めでたく結ばれたアン・リスターとアン・ウォーカーがずっとイチャイチャしている…わけにはいきません。
まあ、人によってはこの2人がロマンチックに過ごしている姿を永遠に観ていたいと思うでしょうし、その気持ちもわかりますが…。
シーズン2ではアン・リスターはまるで「シムシティ」でもやっているかのごとく、もっぱら土地や炭鉱など資産運用の話ばかり。崩落で水没した炭鉱をどう立て直すか、列車開業をどう活かすか、選挙の投票をどう集めるか、ノースゲート・カジノ&ホテルを軸とする新しい町をどう築くか…奔走しまくりです。
でもこれもアン・リスターとアン・ウォーカーのカップル愛と無縁ではないんですね。というのもこの時代、そしてこの階級の人たちにとってこの資産運用が全てです。だからこそ生涯の契りを結びたいアン・リスターは不動産権をもってしてそれを証明したいと思っています。これなら2人の愛は事実上社会的にも否定しようのないものだ、と。これはこの時代ならではの「権利」の獲得をめぐるアン・リスターなりの闘い方なんですね。
一方でアン・ウォーカーはそんなに目立つことをして大丈夫かとまだ遠慮がちですし、アン・リスターも元カノのメアリー(マリアナ)に責められてちょっと自信をなくしたり、2人とも揺れ動きます。アン・リスターがおそらく最初に付き合ったイライザの話がでたり、彼女の過去のトラウマも採掘されてしまいますし…。
そんな中、何よりもこのアン&アンを許せないジョージ・サザーランド。2人の関係を純粋な愛とは当然思っておらず、カネ目当てなのだとしか考えていません。「女性が財産を奪うなんて邪悪だ」という言葉にジョージの女性蔑視思考が如実に出ています(男性が財産を手に入れても何も疑問に思わないのに)。そして女性同士の関係を「不自然(アンナチュラル)」と表現することからも…。
その怒れるホモフォビアなジョージに弁護士のグレイが淡々と、でも明白な事実でもって、そのジョージの主張は偏見にすぎないと正していく最終話の場面。当時は「差別」なんて概念もないでしょうが、それでも差別主義にはこうやって事実でもって対抗できる。その不変の力強さがあるシーンで非常に良かったです。
最後はジョージの妻であるエリザベスがとうとう夫に盾突き、夫は嘘を述べていると言い切ったことで決着。独りよがりの家父長制の敗北でした。
本作は別に同性愛だけの話ではなくて、「結婚した女性」という型にすがるしかなく身分が下の承認のアボットと婚約しようと焦るマリアンだったり、わりと自由奔放に性的に振舞っている使用人ウジェニーの居場所の無さだったり、家父長的“性愛”規範に苦しめられている女性たちの物語です。この時代の女性たちは身分や性的指向を越えて連帯する術はありませんでした。その未来を引き継ぐのは今の私たちです。
残念ながらこの『ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ』はシーズン2で打ち切りでシーズン3はありません。
登場人物の史実でのその後を簡単に紹介すると、アン・リスターは1840年に49歳で亡くなるのですが、アン・ウォーカーと最期まで添い遂げました。アン・ウォーカーはその14年後の1854年に息を引き取ります。
1800年代後半には「男性からの経済的支援に依存せずに裕福な女性2人が同棲する」という「ボストン・マリッジ」と呼ばれるライフスタイルがしだいに目立ち始めます。きっとその中にはアン・リスターとアン・ウォーカーの関係の噂を知って後押しされた人もいたのかな。
男社会から飛び出して女性たちで家庭を作る…そんなアン・リスターとアン・ウォーカーの開拓した道の上を現代の私たちも歩いているのです。
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 90% Audience 93%
S2: Tomatometer 95% Audience 96%
IMDb
8.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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・『戦慄の絆』
・『ウィロー』
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以上、『ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ』の感想でした。
Gentleman Jack (2019) [Japanese Review] 『ジェントルマン・ジャック 紳士と呼ばれたレディ』考察・評価レビュー