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ドラマ『シンパサイザー』感想(ネタバレ)…ベトナムとアメリカの狭間で

3.5
シンパサイザー

ベトナムとアメリカの狭間で…ドラマシリーズ『シンパサイザー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Sympathizer
製作国:アメリカ・カナダ(2024年)
シーズン1:2024年にU-NEXTで配信(日本)
原案:パク・チャヌク、ドン・マッケラー
人種差別描写 性描写 恋愛描写
シンパサイザー

しんぱさいざー
『シンパサイザー』のポスター。赤い背景で黄色いタイトル。影がかかる主人公の顔を映したデザイン。

『シンパサイザー』物語 簡単紹介

ベトナム戦争末期の1970年代。フランスとベトナムの血を引く大尉と呼ばれる男は、状況が日に日に悪化する南ベトナムのサイゴンでCIAと密かに協力していた。しかし、ついに街が陥落することが避けられなくなり、仲間たちと共にアメリカのロサンゼルスへと脱出する。ところが、なおもベトナムとアメリカに翻弄され続けることになり、その運命は予想していなかった方向へと吹き飛ばされていく…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『シンパサイザー』の感想です。

『シンパサイザー』感想(ネタバレなし)

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反共主義が何かを引き裂く

選挙などで都合悪く負けたとき、「共産党のせいだな」と何でもなすりつけようとするのが今の日本の風物詩ですが、これもプチ”反共主義”みたいなものでしょうか。

そんな現在から約70年前、「反共主義(Anti-communism)」が凄惨な戦争を激化させる事態を招きました。いわゆる「ベトナム戦争」です。

ベトナム戦争は、一般的に1955年から1975年まで、ベトナム、ラオス、カンボジアを主な地として起こった紛争を指します。発端は植民地支配でした。

もともとベトナムはフランスの支配下にあり、民族文化は抑圧されていました。これに反発して共産主義が沸き上がり、ベトナムの民族性を取り戻す共産主義国家を樹立しようという動きが起きます。ここに1940年に日本の占領が加わり、反日抵抗運動としてのベトナム独立の動きも勃発。独立を目指す勢力は「ベトミン」と呼ばれます。これに日本と敵対するアメリカが干渉し、最初は独立を支援します。日本の敗戦撤退の後、1945年に「ベトナム民主共和国」が誕生。続いてベトミンとフランスの間で第一次インドシナ戦争が起きます。

結局、ソ連と中華人民共和国が支援するベトナム民主共和国、フランスの歴史を持つサイゴンを首都とするベトナム国という、2つに分断され、1954年のジュネーブ会議でベトナムは暫定的に北緯17度線で分割されました。いわゆる「北ベトナム」「南ベトナム」が出来上がったわけです。

2つのベトナムが穏便に共存するわけもなく、すぐに両国は緊張状態に突入。これに拍車をかけたのがアメリカで、冷戦の流れで反共主義を掲げるアメリカは、ソ連が支援する北ベトナムを敵と認定。南ベトナムを軍事支援して、しだいに軍隊を投入して、アメリカとソ連の代理戦争となり果てます。

戦争の結末は歴史が示すとおり。戦争は20年近く続くほどに泥沼化し、アメリカ軍は撤退し、アメリカの事実上の敗北。1975年にベトナム、ラオス、カンボジアの3か国すべてが共産主義国となりました。現在もベトナムは市場経済を開きながらも社会主義国家です。

ベトナムの民族性は常にアメリカなどの他所の大国に振り回されてきました。

そんな翻弄されてきたベトナムというアイデンティティを映し出すような異色のドラマシリーズが今回紹介する作品です。

それが本作『シンパサイザー』

原作はピュリッツァー賞を受賞したベトナム系アメリカ人の”ヴィエト・タン・ウェン”による小説。ジャンルは大雑把に言えばスパイ・サスペンスなのですが、一般に想像されるエンタメらしいスパイものとはだいぶ違います。

舞台はベトナム戦争末期から戦後を引きずる時代。フランス人を父に、ベトナム人を母に持つ男が主人公。北ベトナム、南ベトナム、アメリカ…複数の国家の政治的駆け引きに巻き込まれる人生を送ることになります。

あんまりネタバレできませんが、ベトナムのアイデンティティとは何なのか?と自問し、周囲にその歪みを突きつける、かなり容赦のない切れ味があります。

原題の「sympathizer」は、政治思想などに共鳴する支持者(シンパ)のことです。

この映像化が難しそうな『シンパサイザー』を手がけることになったのが、あの韓国の鬼才“パク・チャヌク”『お嬢さん』『別れる決心』といかんなくその才能を発揮してきましたが、“パク・チャヌク”監督はベトナム系の人ではないのですが、確かに「なんか上手く扱えそう」という納得感がある…。今回は“パク・チャヌク”監督作の中でもかなり派手なスケールになってます。

主演に抜擢されたのは、ドラマ『Last King of the Cross』のベトナム系オーストラリア人の”ホア・シュアンデ”(ホア・スアンデ)。なんか受賞してほしいなぁ…。

共演として主役以上に目立ってくるのが、『オッペンハイマー』で助演男優賞に輝いたばかりの“ロバート・ダウニー・Jr”。なぜ目立つのかと言えば、“ロバート・ダウニー・Jr”の演技力もあるのですけど、1人4役をやってみせているからです。“ロバート・ダウニー・Jr”祭り状態ですよ。

他には、『クイズ・レディー』“サンドラ・オー”もでています。

ドラマ『シンパサイザー』は本国では「HBO」「Max」配信で、日本では「U-NEXT」独占配信。リミテッド・シリーズで全7話なので(1話あたり約50~60分)、比較的見やすいです。

ややハイコンテクストな作品ですが、前知識としては前述したベトナム戦争のざっくりした政治的背景をわかっていれば大丈夫です。

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『シンパサイザー』を観る前のQ&A

✔『シンパサイザー』の見どころ
★独特なストーリーテリングと演出。
★ベトナムのアイデンティティを問う政治風刺。
✔『シンパサイザー』の欠点
☆政治的背景の理解は必須。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:題材に関心あれば
友人 3.5:監督ファン同士で
恋人 3.5:やや癖があるけど
キッズ 2.5:暴力描写あり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『シンパサイザー』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤)

北ベトナムの再教育キャンプ。粗末な小屋で「大尉」と呼ばれる男は自白しろと強制され、机に向かって「私はスパイです」と文を書き始めます。

1975年、南ベトナムの首都サイゴン。「大尉」と呼ばれる男はCIA局員のクロードと落ち会い、『狼よさらば』の”試写会”に参加します。しかし、実際に観るのは映画ではありません。館内のステージでは拘束された女性の尋問が行われていました。

クロードは淡々と席につき、それをいつものことのように眺め、大尉も付き合います。「将軍」と呼ばれる男が近くに座り、映写機に照らされた尋問は苛烈さを増します。血を流す女性は大尉を睨むように見つめ、大尉は目を逸らせません。

2日前、南ベトナム軍の秘密警察の一員として働いていた大尉は、同僚と女性を捕らえ、CIAの拠点に連れて行きました。実は大尉と同僚のマンは、秘密裏に北ベトナム軍と協力していましたが、これは公には当然できません。

他の同僚であるボンはこのことを知らず、ボンは妻と赤ん坊とともにベトナムで静かに暮らして満足していました。

2カ月後、サイゴンに空爆があり、映画館は吹っ飛びます。陥落は時間の問題でした。クロードは大尉と将軍を訪ね、撤退の準備に取り掛かっていました。彼らの関与の証拠となるものは全て破棄しなくてはいけません。

大尉も身の安全を考えます。ボンは家族のことを考えて、このベトナムから避難し、アメリカに移り住むことを考慮します。そこで将軍の力を頼ろうと計画します。

なんとか何人かの集団でバスで移動し、近くの滑走路から飛行機で国外へ脱出することにします。

この脱出計画は「フリークエント・ウィンド作戦」と呼ばれており、実際にありました。1975年4月29日から30日のおよそ24時間の間に、在留アメリカ市民1373名、南ベトナム市民及びその他の国籍者5595名が避難したそうです。

夜、闇夜に紛れて飛行機は待機。大尉はボンとその家族と一緒に飛行機に乗り込もうとしますが、そこに激しい空爆が襲います。爆発の直撃を受け、ボンは生き残るものの、妻と赤ん坊は死亡してしまいました

大尉は痛感します。あの尋問を受けた女性も、ボンの愛する家族も、みんな犠牲になっていく。この戦争は一体誰のための戦争なのか…。ベトナム人はなすすべはないのか…。

この『シンパサイザー』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/07/26に更新されています。
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アイデンティティを蹂躙され続ける

ここから『シンパサイザー』のネタバレありの感想本文です。

『シンパサイザー』みたいなベトナム戦争の向き合い方のハリウッド作品は初めて観たかもしれない…そう思うほど本作はユニークでした。

現実においてベトナム戦争はアメリカの戦争ナショナリズムを見つめ直す歴史の起点となりました。『ザ・ファイブ・ブラッズ』のようにアメリカの帝国主義を省みる作品も生まれています。

『シンパサイザー』の最大の特徴は、ベトナム人の視点でこの戦争を捉えていること。第1話の冒頭で「アメリカはそれを”ベトナム戦争”と呼び、ベトナムはそれを”アメリカ戦争”と呼んだ」とありますが、これはある種の本作の立ち位置の表明です。

問題はベトナム人の視点とやらがそんな決まり切ったひとつではないことです。

主人公である大尉は、ベトナム人とフランス人のハーフ。当人にとっては不本意ながら植民地主義が無視できないルーツになっています。そしてさらに上乗せするように、南北に分断されたベトナムの狭間に立ち、アメリカへの移民として居場所を変え、大国に蹂躙されていきます。

スパイと言えば、カッコいいイメージがありますが、本作の大尉は本当に翻弄されっぱなしです。そこに己の主体性はありません。第1話でも罪悪感に潰され続ける辛いシーンが続きます。

戦争だけではありません。というか、一般的なベトナム戦争自体は第1話で終わり、それ以降は大尉はベトナムから離れます。でもベトナム戦争が終わっても戦争は続くのでした。本作はそれを「ハリウッド」という強大なエンタメ帝国の蹂躙として活写します。

冒頭から映画館が仕掛けに使われるなど、本作の映画産業への皮肉の刃が研ぎ澄まされていましたが、第4話ではそれが豪快に爆発。『地獄の黙示録』を元ネタにしているであろうベトナム戦争が舞台の戦争映画が撮られることになり、そこにコーディネーターとして参加することになった大尉。しかし、撮影は、まあ、酷かった…。このエピソードはブラック・コメディが濃厚ですが、アイデンティティの傷つけ方としては残忍です。これがエンタメの暴力であり、搾取であり…。

その次は、アメリカ国内の愛国心溢れるベトナム人たちが立ち上がり、将軍の指揮するベトナム奪還の秘密作戦へと身を捧げていきます。愛国主義が利用されていることも知らず、憎しみの操り人形になっていることも自覚できず、ただただ駒として送り込まれる同胞たち。振り出しに戻るだけ。それをわかっている大尉にもどうしようもできません。

こんな感じで本作の主人公である大尉はずっと不憫に彷徨うしかなく…。「ベトナム人って一体何なのだろう…」という終わりなき自問自答の逡巡です。作中で多くのそれぞれの生き方をするベトナム人が登場しますが、それらもまた迷いの象徴のようでした。

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エンディングって難しいよね?

アイデンティティを問うというだけならまだわかりやすそうに思えるのですが、『シンパサイザー』がことさら複雑なのはそのストーリー構成が非常にメタなアプローチをともなっているためです。

そもそも本作の語りは、北ベトナムの再教育キャンプに捕らえられた大尉の自白に基づいています。こういう自白は基本的に北ベトナム側に都合のいい内容に書き換えられます。

なので実際、作中でも巻き戻しの演出が挿入されたり、本作のストーリーテリングは編集されていることが観客にもわかるように明示されます。

加えて大尉の真意がわかりません。語っている姿をみていると、とても自嘲的にも思えますし、開き直っている感じもあります。大尉はどこまで真実を語る気でいたのでしょうか?

その大尉の視点を特徴づけるのが、“ロバート・ダウニー・Jr”演じる4人の非ベトナム人。いずれもアメリカの帝国主義的な横暴さを誇張するような大袈裟なキャラクター性です。情報権力を体現するCIAのクロード。アジア文化をオリエンタリズムとして食い物にするロバート・ハマー教授。国家権力の糧にしようとする下院議員のネッド・ゴッドウィン。ハリウッド産業の権化であるニコ・ダミアノス監督。さらに4人で終わらず、5人目として最後に追い打ちで大尉の父までもが“ロバート・ダウニー・Jr”演じるかたちで登場します。

これだけ極端なキャラクター性だと変に浮いてしまいやすいですが、“ロバート・ダウニー・Jr”の見事な実在感で完璧に大尉の精神をボコボコにしていましたね。

信頼できない語り部のまま、物語は北ベトナムの再教育キャンプの時間軸に到達します。語りの信頼性がやっと戻るのかなと思ったら、もっと仕掛けを用意していました。

この最終話、日本配信版では最終話のタイトルが「再会」とやけに味気のないものになっているのですが、オリジナルのタイトルは「Endings Are Hard, Aren’t They?」です。「エンディングって難しいですよね?」というなかなかにふざけたエピソード・タイトルになっています。

でも実際そのとおりで、大尉はアイデンティティを見い出せぬまま最終話を迎えるのです。大尉の前に現れたのは包帯で顔を隠す男。正体は判明しますが、フィクショナルなキャラクター性です。そして、このキャンプ自体の存在性が揺らぎます。まるでこの世界がもう死後のようにも思えてくる…。

最後に大尉は問われます。「自由と独立よりも大切なものは?」と。それに大尉は「何もない(nothing)」と答えます。この短い言葉の解釈は非常に多義的で、観客に委ねられます。大尉は何かの政治的イデオロギーに賛同することで落ち着いたのか? それとも生存を優先して忖度しているだけか? または大義を超越したもっと異なる境地に触れたのか?

ラストはボートでベトナムを脱出。みんな文化を歌いあげ、無数のボートが「移民」や「死」を連想するように暗闇に漂う…。ベトナム人としてのアイデンティティのリスタートがこうして各自で始まっていく…そんな静かな送り迎えでした。

近年はアジア系の文化的ルーツをフィクションで斬新に抉り出す作品が続々と映像化されていますが、この『シンパサイザー』も間違いなくそのひとつとして並ぶものでしょう。

『シンパサイザー』
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)

作品ポスター・画像 (C)2024 Home Box Office, Inc. All rights reserved.

以上、『シンパサイザー』の感想でした。

The Sympathizer (2024) [Japanese Review] 『シンパサイザー』考察・評価レビュー
#スパイ #ベトナム #映画業界