エノーラ・ホームズの事件簿
Netflix映画『エノーラ・ホームズの事件簿』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Enola Holmes
製作国:イギリス(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:ハリー・ブラッドビア

エノーラ・ホームズの事件簿

あらすじ

優れた推理力と行動力を発揮して、兄である著名なシャーロックを出し抜き、行方をくらました母親を捜す16歳のエノーラ・ホームズ。そこに待っていたのは、狭い屋敷の世界では体験できなかった社会の現実。それでも母の教えで身につけてきたことを武器に、偶然に出会った若き侯爵をめぐる陰謀に巻き込まれていきつつ、この謎めいた事件を解き明かす。

『エノーラ・ホームズの事件簿』感想(ネタバレなし)

女でも探偵はできる!

世界で最初の探偵は「フランソワ・ヴィドック」という人物で、1833年に私立探偵として事務所を構えたそうです。面白いのはこの人はもともとは犯罪者だったということ。彼の伝記映画として『ヴィドック』(2001年)という作品があるので気になった方はぜひ。

とにかくこのヴィドックが探偵のイメージの原点になり、後にエドガー・アラン・ポーやアーサー・コナン・ドイルといったフィクション探偵小説を書くクリエイターの想像に繋がったわけです。実際には探偵は警察に依頼されて犯罪事件の解決とかをしたりはしないのですが、すっかりフィクションの探偵の方が私たちには定着してしまいました。凄いですよね、このフィクション探偵の浸透力。

しかしどうでしょう。そういう探偵の世界は男ばかり。やっぱりここでも男社会なのでしょうか。警察とやり合ったり、犯罪と隣り合わせのフィールドなので、女には不適切…という考えなのか。でもフィクションなのですから、その気になればどうにだってできたはずです。

もちろん女性の探偵はフィクションの世界でも存在します。アガサ・クリスティ作に登場する老嬢「ミス・マープル」は有名ですし、子ども向けのものと言えば「少女探偵ナンシー」という小説も名が知れています(映画にもいくつかなっています)。

ただ、その数は男と比べれば圧倒的に少ないですし、なかなか女性探偵のイメージが私たちの頭には定着するに至っていません。

そんな中、今回紹介する映画は印象的な女性探偵として心に刻まれるかもしれません。それが本作『エノーラ・ホームズの事件簿』です。

本作はあの超有名な「シャーロック・ホームズ」の関連作となっており、名探偵シャーロックの妹「エノーラ」が主人公になっています。

え、そんな妹、いたかな? …と思うでしょうが、それもそのはず。本作はナンシー・スプリンガーの執筆したヤングアダルト小説の映画化で、シャーロックの妹であるエノーラというキャラクターはこの原作者の創作です。オタクっぽく言えば「二次創作」というやつであり、もうちょっと専門っぽい言い方をすると「パスティーシュ」ですね。もちろん許可はとっているのだろう…と思ったら、権利はもうないらしいです(ただこの映画版はコナン・ドイル・エステートに訴えられました。シャーロックのキャラクター性が著作権の範囲にあたるという、かなり無理やりな理屈で…。なお、映画を観るとわかりますが、本作のシャーロックはこれまでにない独自の立ち位置になってます)。

ともあれ、この『エノーラ・ホームズの事件簿』は誰もが知るシャーロックの物語を女性視点で見つめ直す、とても意欲的な作品になっています。ちなみにHBOとHuluが合作して日本で制作された『ミス・シャーロック Miss Sherlock』というドラマシリーズがあり、こちらはシャーロックの物語を完全に現代の女性に置き換えたストーリーになっていました。それと比べると『エノーラ・ホームズの事件簿』は時代舞台も本家と同じで1800年代後半のイギリスですから、クラシカルな雰囲気を維持しています。そこまで正典からの乖離はないです。

本作の魅力は何よりもキャラクター。従来の映像作品の中では根強い人気を持つBBCのドラマ『SHERLOCK(シャーロック)』に負けない魅力的な登場人物が満載です。

主人公のエノーラを演じるのは、ドラマ『ストレンジャー・シングス』や映画『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』で大活躍する若手の“ミリー・ボビー・ブラウン”です。主演映画として“ミリー・ボビー・ブラウン”の顔になる一作となったと思います。

そして気になるシャーロック・ホームズを今回演じるのは誰か。今まではジェレミー・ブレット、ベネディクト・カンバーバッチ、ロバート・ダウニー・Jr、イアン・マッケランとそうそうたる顔ぶれでしたが、今回の『エノーラ・ホームズの事件簿』では“ヘンリー・カヴィル”が熱演しています。スーパーなマンから抜け出して、すっかり英国紳士に。ちょっと『コードネーム U.N.C.L.E.』を思い出しますね。

他にも、マイクロフト・ホームズを“サム・クラフリン”が、ホームズ家を支える母を“ヘレナ・ボナム=カーター”が演じ、さらに“フィオナ・ショウ”、“アディール・アクタル”などが並びます。

そんな個性豊かなキャラに囲まれつつ、エノーラはガイ・リッチー監督の『シャーロック・ホームズ』(2009年)ばりのアクションも披露し、エンタメ要素も盛りだくさん。そして、歴史への目配せもある。非常に上手いバランスで成立した一作になっています。

批評家評価もとても高いですし、観客の反応も上々なので、このままシリーズ化してほしいくらいなのですが、どうなるやら。そもそも本作はワーナー・ブラザースとレジェンダリー・ピクチャーズの製作だったのですが、コロナ禍のせいで劇場公開を断念し、Netflixに売られてしまいました。不運な映画になってしまいましたが、じわじわと愛される作品になってほしいですね。

子どもでも大人でも楽しめるフレッシュにリニューアルしたホームズ物語、ぜひ味わってみてください。

『エノーラ・ホームズの事件簿』は2020年9月23日よりNetflixオリジナル作品として配信中です。

オススメ度のチェック
ひとり◎(俳優ファンも必見)
友人◯(エンタメとして満喫)
恋人◯(幅広く楽しめる)
キッズ◎(子どもも満足な探偵物語)

『エノーラ・ホームズの事件簿』予告動画







↓ここからネタバレが含まれます↓





『エノーラ・ホームズの事件簿』感想(ネタバレあり)

エノーラ、初めての事件

エノーラ・ホームズは、生まれた屋敷でずっと暮らしてきました。父は幼い頃に他界し、2人の兄はすぐに家を出たのでよく覚えていません。エノーラの傍にいつもいてくれたのは母・ユードリアです。母は自身が教師になって、エノーラに何でも教えてくれました。読書、科学、スポーツ、格闘術まで…何者にでもなれると言って…。

家には男たちはおらず、ときおり母を中心に女たちが集まってなにやら会議をしているところを目撃したこともあります。あれはなんなのか、今でもよくわかりません。

そして、エノーラの16歳の誕生日。母は屋敷から忽然と消えていたのです。理由は不明。誘拐なのか、それとも自分から出ていったのか…。使用人のレーン夫人がくれたのは母が手渡すようにと言われたらしい包みで、その中には花言葉が描かれた紙。これもまた謎です。

ひとり途方に暮れたエノーラは、得意ではない自転車を飛ばして急ぎます。その目的は家の緊急事態で戻ってくる2人の兄を駅まで迎えること。シャーロックマイクロフトは大きくなったエノーラに気づかず、一瞬スルーします。シャーロックは有名な探偵で、マイクロフトは財力も地位もある人間です。

マイクロフトはエノーラを見るなり、ひどい身なりだと怒ってきて、馬車は来ているのかと迫ります。そして、家のありさまに言葉を失います。確かに多少は散らかっています。お上品ではないかもです。

シャーロックは淡々と母の部屋を物色し、誘拐ではないと推理。自分で姿を消したのだろうと言います。でもその理由はまだわかりません。

とりあえず今はエノーラをどうするかが議題になり、ふいに「家庭教師は?」と聞かれましたが、先生は母であり、シェイクスピアからメアリ・ウルストンクラフトまでしっかり教わったと宣言するも、マイクロフトは話にならないとイライラ。妹を受け入れる寄宿学校を探さないとダメだと家長であるマイクロフトは言い放ち、母の捜索はシャーロックに任せ、エノーラの指導係としてミス・ハリソンを呼び寄せます。

このままでは寄宿学校で花嫁として育てられることになる。結婚する気もないエノーラは抵抗しようと策を練ります。頼れそうなシャーロックは後継人でないので「どうにもできない」と静観していますが、エノーラに「事実を見るんだ、見たいと思うものではなく」と助言のような言葉をかけます。

ふと思い立つエノーラ。母とはよくワードパズルをしており、自分の名前は逆さ読みすると「alone」です。母からもらった手紙もそうすればいいのでは? さっそくそうすると「エノーラ、私の菊を調べて」と文章が判明。母の部屋に会った菊の花を調べますが、買った菊じゃなくて描いた絵の菊のことだと推理し、絵の裏に封筒があるのを発見。そこには「未来は自分次第」と書かれていました。

エノーラは母の想いを受け取ったような気がして、自分も消えてやろうと決心します。シャーロックの若い頃の服を着て変装し、ロンドンへ母を探しに行くのです。

ところが駅の列車に乗車し、計画どおり余裕で上手くいったと思った矢先、思わぬトラブルに直面します。家出してきたと思われる同年代のテュークスベリー子爵と遭遇。半ば巻き込まれるように彼の騒動に対応することに。なぜかテュークスベリーは山高帽の男に追われるだけでなく、殺されそうになっており、助けるべく列車を2人は飛び降ります。

いきなり出鼻をくじかれるように旅路が脱線しましたが、前に進むしかありません。あまり外の世界は経験ありませんが、自分には武器があるのです。母から授かった豊富な知識と体力、そして“女である”ということが…。

エノーラ・ホームズの事件簿

エノーラの母親の正体は?

『エノーラ・ホームズの事件簿』は「シャーロック・ホームズ」の正典がそのままベースになっているので、いつもの主要キャラ(シャーロック、マイクロフト、レストレード警部)についてはとくに説明不要で「もうわかっているよね?」という前提で進みます。

物語は王道で「母を探す」という謎と同時に、「テュークスベリー子爵が命を狙われる」という事件を解くことになります。この事件は一見すると無関係に見えますが、実は裏では繋がっているのがわかってきます。

しかし、ここで観客にもある程度の教養が求められます。本作を理解するには特定の歴史的知識は必須であり、そこについて映画内ではあえて親切に説明してはいません。なのでそれを理解していないと、「結局あの母はなんだったの?」とか「投票って何のこと?」ということになりかねないです。

つまり、本作はフェミニズム(女性参政権をめぐる第1波フェミニズムの歴史)が物語のバックグラウンドになっているわけです。この歴史を知らない人はたぶん本作もちんぷんかんぷんのはず。まあ、普通は学校で教わるのですけど、日本はただでさえこの分野に無関心な人(もしくは誤解している人)が多いから…。

詳細はWikipediaとかを呼んでほしいのですけど、ざっくり説明すると…


昔、女性は政治に参加できませんでした。投票すらできません。しかし、1800年代に「女性にも参政権を!」という動きが活発化し、これがいわゆるフェミニズムの産声となります。

イギリスでは1832年以前はそもそも選挙権は特権階級のみに与えられており、男性ですら全員に与えられていませんでした。そしてやっと1884年には成年男子の多くが選挙権を得ることになります。この『エノーラ・ホームズの事件簿』は1880年代が舞台だと思われるので、ちょうどこの時期に重なります。なので本作終盤の投票は男性が平等を勝ち取るためのものなんですね。

そんな中、依然として除外される女性たちは不平等に怒りを募らせ、一部の女性が過激な活動に転じます。いわゆる「サフラジェット」と呼ばれる女性たちであり、第1波フェミニズムを象徴するフェミニストです。1905年以降、その行動は激しさを増し、投石、放火、ハンガー・ストライキ、自殺、爆弾などあらゆる手段に打ってでます。当時の保守派の人たちはそんなサフラジェットのことを、過激派で危険なテロリストだと糾弾しましたが、そうでもしないと平等は勝ち取れないくらい社会は酷い状態だったということです(『未来を花束にして』という映画でも描かれているので参考に)。

ここまででわかるとおり、作中のエノーラの母親は、あの女性たちの会合や爆弾などの資料から明らかに後にサフラジェットになっていくのだろうと推測できます。最後に登場する母の「家を出たのは愛していないからではない。あなたのため。将来あなたがこんな世界で生きないために。大声を出さないと。だから戦った」という言葉はまさに未来の女性のために戦う者の想いですね。

新しい女性像を解き明かす

『エノーラ・ホームズの事件簿』は「女の子」のための映画であり、作中でエノーラがしょっちゅう第4の壁を突破して、観客側に目線を合わせてくるように、あからさまに現代の同年代少女に向けてメッセージを放っています。

まずは第1波フェミニズムの歴史を謎解きがてらに振り返りながら、それがどう今に繋がっているのかを手際よく示します。同時に、終盤で1票の重みだけで投票結果が変わり、将来を変えられるんだとも提示します。これはつまるところ、今も政治的に大きな節目を迎えている現代社会において、まだ投票権がないティーンたちに「選挙って大事なんだ」と教えているものですね。ということで、第1波フェミニズムから第4波フェミニズムへの的確な目配せもあります。

面白いのは、そこに男性の権利も土台になってくるところです。本作のテュークスベリー子爵はすごく未来的な新しい男性像です。野草やキノコを愛する男子であり、従来の男らしさへの意地を持っていません。対するマイクロフトなんかはフェミニズムを露骨にバカにする発言をするように典型的なミソジニー全開ですし、シャーロックも善人だけど無力という弱さもあって(「世の中の変化が見えていないの?」と言われたり)、最後の「(エノーラに)一本取られた!」と認めるような快活な笑顔が印象的。

そんな未来を担う男子が将来をまさしく作る1票をする。その過程で、エノーラがテュークスベリー子爵の事件を解決したことで男性平等を後押しし、いずれそれが次の男女平等へと繋がっていく

この男性の権利をステップに女性の権利にコネクトしていく流れ、史実モノだと『ビリーブ 未来への大逆転』もそうでした。


『エノーラ・ホームズの事件簿』はとにかく史実をベースに現代に繋がるメッセージを打ち出すストーリーを構築するのが本当に上手いです。

まあ、監督があの女性を題材にした革新的ドラマシリーズとして話題騒然になった『Fleabag フリーバッグ』『キリング・イヴ』を手がけた“ハリー・ブラッドビア”で、脚本が『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』やドラマ『ダーク・マテリアルズ』を手がけた“ジャック・ソーン”ですからね。完璧な布陣でした。とても隙なく絶妙なドラマを練り上げており、あらためて才能に惚れ惚れとします。とくに史実をほどよくアレンジするという意味では『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』に近いですよね。


エノーラは第4波フェミニズム世代にとってのロールモデルにぴったりです。淑女になる気もない。テュークスベリー子爵とロマンスにはならない。女の幸せは結婚ありきじゃない、やりたいことをやることだ…という姿勢は『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』にも通じる、新世代女性像だと思います。私は探偵映画だと最近の高評価だった『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』よりも、『エノーラ・ホームズの事件簿』の方が女性キャラに主体性があるぶん、断然好きですね。エノーラの続編、作られないかなぁ…(原作はまだいっぱいある)。

もう古臭い探偵のイメージは捨てましょう。探偵映画の未来は私たちしだいです。

『エノーラ・ホームズの事件簿』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 91% Audience 84%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Legendary Pictures エノーラホームズの事件簿

以上、『エノーラ・ホームズの事件簿』の感想でした。