権力者を笑うことは大事…映画『スターリンの葬送狂騒曲』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:イギリス(2017年)
日本公開日:2018年8月3日
監督:アーマンド・イアヌッチ
スターリンの葬送狂騒曲
すたーりんのそうしききょうそうきょく
『スターリンの葬送狂騒曲』あらすじ
1953年の旧ソ連。粛清という恐怖で国を支配していた絶対的独裁者スターリンが急死した。厳かな国葬が執り行われる一方、その裏では次期最高権力者の座を狙う、上層部の幹部たちが熾烈な争いを繰り広げる。
『スターリンの葬送狂騒曲』感想(ネタバレなし)
笑ってあげてください
「あなたの支持する政党はなんですか?」という世論調査をするなら、「与党」「野党」以外に、「政治家なんてウンザリだ」という選択肢を用意してほしい。「支持政党なし」「わからない」とかいう回答だと、結局、「これから支持してくれる予定の人」みたいに政治家に都合よく解釈されるだけなので、ダメです。そんなことをずっと思っているという駄文。
しかし、今回の映画『スターリンの葬送狂騒曲』は、そんな政治家に対して日々、不満をため込んでいる人にこそ見てほしい一作です。「政治家なんて、どこの政党であろうと、基本は自分の権力確保が最優先でしょ…」なんて思っている人にとって、非常に溜飲の下がる映画になっています。
本作は、タイトルにもあるとおり、あのソ連の指導者「スターリン」の死にともなって、次の権力の座をめぐる熾烈で醜い政治上層部たちの争いを風刺した歴史劇です。歴史上の権力者の政治風刺といえば、『帰ってきたヒトラー』などがありますが、今作はSF要素はなし。一方で歴史の正確性よりも、完全にブラックコメディに振り切ったつくりになっています。原題は「The Death of Stalin(ザ・デス・オブ・スターリン」という、一切オブラートに包む気配もないものであることからもわかるように、基本はオーバーです。広い心で笑ってあげましょう。まあ、当のロシアでは上映禁止になったみたいですが…。
ただ、日本人のなかにはあまりソ連の歴史上の人物に詳しくない人もいると思うのですが、本作では結構たくさんの人物が入り乱れます。しかも、作中ではそこまで親切な解説もされません。なので、事前知識として、以下に簡単にまとめました。
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- ヨシフ・スターリン
…この人の名は知っておかないとマズい。ご存知、ソビエト連邦の第2代最高指導者。ヒトラーと肩を並べる権力者であり、その逸話は数知れず。写真や肖像画では格好いい風貌ですが、本作では実際の姿を反映して、ずいぶん“こじんまり”しています。
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- ゲオルギー・マレンコフ
…スターリンの補佐として、傍にいた人物。国家防衛委員会のメンバーだったりと、当時のソ連の権力の中枢にいた。堅物な性格なのか、真面目な一面も。それを表現しているのかは不明ですが、本作での見た目もすごく“きっちり”しています。
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- ニキータ・フルシチョフ
…中央委員会第一書記。仕事のできる人物で、産業や戦争で実績を積み重ねて、今の地位を獲得。日ソ共同宣言などで名前を学ぶので、日本人でも知っている人のはず。本作では演じている役者の顔が本人に一番似ているような気がします。
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- ヴャチェスラフ・モロトフ
…外務大臣。スターリンの忠実な部下で、戦争が渦巻く情勢のなか、外交を展開。しかし、後にスターリンとの関係に亀裂が入り、妻でユダヤ人だったポリーナが逮捕されてしまう。そういう点から、スターリンとは複雑な間柄と言えなくもない。
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- ラヴレンチー・ベリヤ
…NKVD警備隊最高責任者。ソ連最悪の大粛清を執行した主要人物であり、悪名高い存在として語られることも多い。そして、それ以外にも実はあんな非道なことまで…。本作では恰幅のいい見た目で登場。なんかハリウッドを騒がせた性犯罪プロデューサーに似ている…。
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- ゲオルギー・ジューコフ
…ソビエト軍最高司令官。ソ連の戦争を先頭で突っ走った男。核兵器も大好き。そのわかりやすい功績から、ロシアの英雄として今も名前を残しています。本作では、一番偉そうに登場。「俺、英雄だから」オーラが凄いです。
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- ワシーリー・スターリン
…スターリンの次男。でも父からは無視されていて、「俺はスターリンの息子なんだぞ」と言って、周りをビビらせるくらいしかできない。ホッケーに命を懸けている。本作では一番アレンジが効いていて、タダのチャラい若者になってます。
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- アナスタス・ミコヤン
…貿易大臣。物資補給などソ連にとって欠かせない大動脈を回していた男。世渡り上手なのか、どんな事態でも結果的に巧みに立ち回って、ちゃっかり地位についている。弟はMiG戦闘機の設計者。MiGの「ミ」は「ミコヤン」の“ミ”です。
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- スヴェトラーナ・アリルーエワ
…スターリンの娘。恋をする相手はいつもユダヤ人だったりと、自由奔放で、父はイライラしていたようです。政治とは無縁ですが、親子の血縁はなかったことにはできず…。このしばらく後、ソ連から亡命してアメリカに帰化したのは別の話。
他にもまだ登場人物はいますが、とりあえずこれくらい押さえておけば大丈夫。作中では、みんな、ドリフのごとくバカをしまくります。
過剰な演出も多いので、歴史の勉強にはならないかもしれません。もっといえば、計り知れない数の人の命を奪った者たちの史実を笑い話にするのは不謹慎だと怒る人もいるかもしれません。でも、権力者を笑うことは、健全な歴史を築くうえでも大切なことなので、ぜひ笑ってあげてください。
『スターリンの葬送狂騒曲』感想(ネタバレあり)
政治風刺といえばこの監督
『スターリンの葬送狂騒曲』の中身について語る前に、まず監督が特筆されると思います。その人とは“アーマンド・イアヌッチ”という人物。日本では知名度が低いですが、『The Thick of It(官僚天国! ~今日もツジツマ合わせマス~)』というBBCのコメディドラマシリーズで英国アカデミー賞を受賞。さらに、イギリスの無能な大臣の失言から始まる大混乱をコミカルに追いかけた『In the Loop』でも賞にノミネート、最近ではアメリカの女性副大統領のドタバタな悪戦苦闘を描いたTVシリーズ『Veep/ヴィープ』で注目を集めるなど、「政治風刺」というジャンルではトップを独走しているクリエーターです。
…と、そんなことを知ったかぶりで書きましたが、私は“アーマンド・イアヌッチ”関連作をひとつも見たことがないのでした。なので、本作『スターリンの葬送狂騒曲』も、どんな作風なのだろう?とワクワクしながら鑑賞しました。
結論から言えば、予想以上にクレバーに政治風刺する人だなという印象。この手のシャンルではひたすらドタバタ劇に徹するとギャグとしてはわかりやすいとは思いますが、政治風刺のメッセージ性は薄れるものです。だからリアルとフィクションのバランスがものすごく大事。本作はそこが上手いなと思いました。
真面目モード
まず、序盤。1953年のモスクワ。まだスターリンが存命だった頃。事務作業的にいつもの粛清をしていく当時の政治支配の恐怖を描くと同時に、それとは対極的なスターリンと上層部メンバーの実にくだらない“はしゃぎっぷり”が映し出されます。
完全にその“はしゃぎかた”が、そこらへんにいそうな地元の不良若者のそれそのまんま。アメリカ映画が大好きだったスターリンの勧める流れで、上層部メンバーが西部劇映画を観るのに付き合わされるくだりとか、同じ映画好きとして若干の親近感を覚えなくもない(あんな風に無理に付き合わせていないですよ、私は…たぶん)。
一方でこの序盤では、市民の暮らしが主体的に描かれるシーンが挟まれるのも特徴です。ラジオ局でのオーケストラ収録の騒動を描きつつ、そこでスターリン&その政治体制に公然と異を唱える女性。“オルガ・キュリレンコ”演じる「マリヤ・ユーディナ」というこのピアニストも実在の人物ですが、本作では重要な役割を担っています。つまり、やっぱりスターリンのやっていることは間違っているよね…という大衆の代弁者であり、ポリコレを示す役割です。本作ではその“真面目”な部分を彼女の存在に一点集中しています。そして、そのマリヤの怒りの手紙を呼んで、大笑いするスターリンが直後に死にかけて倒れるという“ざまあみろ”展開。これで、人の命を奪った者たちの史実を笑い話にするのは不謹慎だと怒る人の需要に応えつつ、「よし、“真面目”はここまで。あとはとことんふざけていくよー」という宣言にもなっています。
事実、この後の場面以降は、ドタバタ劇がフルスロットルで展開。真面目モードからおバカモードに転換します。
この一連の序盤だけで、“アーマンド・イアヌッチ”監督の政治風刺を扱う手際の良さがわかって、凄い人だなと才能を実感しました。
おバカモード
それでもって、“スターリン、爆倒”のあとですが、ここからベリヤ、マレンコフ、フルシチョフら上層部がひたすら言いたい放題、やりたい放題を連発。まだ一応、スターリンは死んでいないのですが、死んだも同然で「これからどうする?」議論に花が咲きます。
このへんからだんだんスターリンが可哀想になってくるくらいの酷い扱いなのですが、本作は手を緩めません。スターリンの威厳やら尊厳が綺麗に“粛清”されていきます。まともな優秀な医者は粛清して死んでしまったのでテキトーに集めた医者で診断するくだりといい、せっかくスターリンが目覚めたのに指さしている絵を勝手に解釈し合ってどうでもいいくだりといい、完全に「スターリン虐待」といってもいいレベル。
ここで乱入してくるスターリンの息子・ワシーリーの、あまりのアホさに「スターリン家、ダメだ…」という思いが強まり、観客さえもスターリンからどんどん遠ざかっていく中、いよいよスターリン死亡。ここからさらにカオスな人間模様が増していきます。
本作の描く組織論
『スターリンの葬送狂騒曲』はわかりやすい一本の軸となるドラマがありません。作ろうと思えばいくらでもできたのにです。その理由は推測するに、そもそも史実なので観客はオチを知っているし、勢力関係もわかるので、そこのサスペンスを見せる気はゼロだったのかなと思います。
じゃあ、その代わり、何を見せるかといえば、当然「風刺」です。
本作の風刺を何に重ねるのか…それを個々人で見つけるのが楽しむための大事なポイントではないでしょうか。
私の感じた風刺といえば、原題にある「スターリンの死」によって“まとまっている”ように見えた組織もいとも簡単に崩壊するという事実。そして、そのバラバラ化した組織も、また新たな大義名分を手にいれれば(本作でいえば“ベリヤの打倒”)、いとも簡単に結集するという事実。この2つでしょうか。これぞどこの国の政治家でも懲りずに繰り返していることそのものですよね。最近も日本の政治でこんなのを見たばかりですよ…。
もちろんこれは政治だけでなく、会社や学校、家族などコミュニティであればみんな同じなのですけど。だから決して本作はスターリンもしくはソ連&ロシア批判の映画ではないですよね。こういう風刺を広げられる範囲の大きさこそ、本作が高く支持される主因なのでしょう。
一見すると小ネタばかりのセリフや行動を散発的に並べているだけに見える本作も、その「組織論」への風刺に注視すると面白いかもしれません。
最後は落ち着いたように見える背後で新たな組織崩壊の芽が…というところで終わっていました。繰り返すものです。今もずっと。
いつか今の政治家たちも風刺映画の対象になるときが来るのかな(もうすでに絶賛風刺されまくっている人もいますが)。でも、政治家の皆さん、風刺されるだけまだマシですよ。風刺すらされないということは全然印象に残っていないということですから。
だからといって“行き過ぎた”ことはしないでほしいです。そういうときはこっちも容赦なく…おや、誰か来たようですね、Amazonで頼んだやつかな、早いな…今、ドア、開けますよ…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 77%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
関連作品紹介
政治風刺映画
・『帰ってきたヒトラー』
…ヒトラーが現代にタイムスリップしてきたらどうなる?というSFコメディ。
(C)2017 MITICO – MAIN JOURNEY – GAUMONT – FRANCE 3 CINEMA – AFPI – PANACHE -PRODUCTIONS – LA CIE CINEMATOGRAPHIQUE – DEATH OF STALIN THE FILM LTD
以上、『スターリンの葬送狂騒曲』の感想でした。
The Death of Stalin (2017) [Japanese Review] 『スターリンの葬送狂騒曲』考察・評価レビュー