草の王は韓国をどうしたかったのか…映画『キングメーカー 大統領を作った男』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2021年)
日本公開日:2022年8月12日
監督:ビョン・ソンヒョン
キングメーカー 大統領を作った男
きんぐめーかー だいとうりょうをつくったおとこ
『キングメーカー 大統領を作った男』あらすじ
『キングメーカー 大統領を作った男』感想(ネタバレなし)
政治家の裏には別の人間がいる
政権支持率が30%前半や20%代になっても何食わぬ顔で閣議決定を連発して政治を仕切っている人がトップに立っている日本で暮らしていると感覚が麻痺してきますが、本来、政治家になろうと思えば、国民の支持が何よりも土台になります。支持の無い人間が政権を握っても意味はありません。それは単に権力を牛耳っているだけです。
だからこそ政治家になろうと選挙に立候補すれば、その政治を志す人は国民に気に入られようと躍起になるもの。政治家になれるのは国民に支持される政策を掲げた者だけ。そして政治は国民のために純粋に寄与する…。
これが政治の理想的な性善説ですが、残念ながらその理屈どおりにならないのも政治の無慈悲な現実だということを私たちは嫌というほどに身に染みてわかっています。
そしてこれをさらに厄介にしているのは政治家というのはその人単独で活動しているわけではないということです。政治家のバックには支援者もいますし、その政治家のために戦略を考えている人もいます。もしかしたら政治家こそ操り人形にすぎず、本体はそんな裏にいる顔の見えない人物なのかもしれません。
今回紹介する映画も、理想を掲げて邁進する政治家が主人公…ではなくて、その政治家の裏で戦略を練って実行している影の立役者を描いた作品です。
それが本作『キングメーカー 大統領を作った男』。
『キングメーカー 大統領を作った男』は本国では2021年公開の韓国映画であり、百想芸術大賞で監督賞や最優秀演技賞を受賞したり、青龍映画賞でも7部門ノミネートなどの実績をあげました。
本作は金大中(キム・デジュン)をモデルとするひとりの政治家が選挙で勝ちあがって韓国の政界を制覇し、大統領にまで上り詰めていく姿を描いています。まず、金大中についてはある程度基礎知識として知っておいた方がいいでしょう。韓国国内では常識ですけど、日本だとそうではないですからね(とは言え、日本にも深く関係する人物だけど)。まあ、その金大中に関してはインターネットでサラっと経歴を調べて理解しておけばそれでいいです。
しかし、『キングメーカー 大統領を作った男』は金大中の伝記映画ではありません。金大中が主人公ではないのです。では誰が主役なのか。それはこの金大中の選挙参謀だった厳昌録(オム·チャンノク)。本作はこの厳昌録(オム·チャンノク)をモデルにした人物の視点で金大中の政治劇を映し出しています。
これはかなり変則的なアプローチでしょう。普通は歴史に残る政治家をそのまま主体的に描けばいいのに、なぜこの映画はあえてその後ろにいた、たいして有名でもない選挙参謀の人物に焦点をあてるのか。
でもこれこそがこの映画の面白いところであり、ありきたりなポリティカル・サスペンスとも違う、独特の味わいになっている点です。
内容としては確かに政治劇であり、選挙にいかにして勝っていくかという、業界裏側モノとしてもたっぷり楽しめます。しかし、全体を俯瞰すれば、この『キングメーカー 大統領を作った男』は、金大中と厳昌録という光と影に位置する男2人の関係性を濃厚に描いた物語であり、政治はあくまでその背景にすぎないとも言えます。
韓国映画は本当にこういう男と男の関係軸を描くのが好きですね。『KCIA 南山の部長たち』なんかととくに通じるものがあると思います。
『キングメーカー 大統領を作った男』を監督するのは、『マイPSパートナー』『名もなき野良犬の輪舞』の“ビョン・ソンヒョン”。
俳優陣は、メイン2人を熱演するのは、『夜叉 容赦なき工作戦』の”ソル・ギョング”と、『PMC ザ・バンカー』の“イ・ソンギュン”。他には、『声もなく』の“ユ・ジェミョン”、『茲山魚譜 チャサンオボ』の“チョ・ウジン”、『感染家族』の“パク・イナン”、『アシュラ』の“キム・ジョンス”、『スタートアップ!』の“ユン・ギョンホ”、『コンフィデンシャル/共助』の“イ・ヘヨン”など。
『キングメーカー 大統領を作った男』は実際の政治や歴史を学べるような映画とは少し違い、どちらかと言えば実在の人物を素材にした同人誌的な「if」の解釈設定で「関係性」を楽しむタイプのフィクション作品です。それでも本作で描かれる政治的なテーマは、今の愚鈍な日本の政治にも突き刺さるものがあるでしょう。
『キングメーカー 大統領を作った男』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優の名演をたっぷりと |
友人 | :韓国映画好き同士で |
恋人 | :政治劇が見たいなら |
キッズ | :大人のドラマです |
『キングメーカー 大統領を作った男』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):あなたを手伝いたい
1961年。長きにわたる独裁政権が常態化してしまっていた韓国。地方は疲弊するも政治に改革を求めるような空気もなく、ただ生活するのがやっとでした。
そんな中、野党候補であるキム・ウンボムは熱心に演説し、社会の搾取を糾弾していました。しかし、聴衆のひとりの男は「共産シンパめ!」と罵声を浴びせます。ところが連行されそうになる罵声男でしたが、「皆さんには思ったことを発言する自由があります」とキム・ウンボムは落ち着いて語りかけ、その男を放すように指示します。
「この国を北朝鮮に渡すために出馬したんだろ!」と引き続き男は喚くものの、「私は戦場で人民軍に捕らえられ、銃殺寸前で脱出したことがある。人民軍に殺されかけた共産主義者とはあまりにマヌケではありませんか?」と言葉巧みに語り、聴衆の心を掴みます。
その饒舌な演説を密かに聞き入っていた男がひとりいました。薬剤師を営んでいるソ・チャンデです。
ソ・チャンデはキム・ウンボムに会いたくて手紙を書いていたこともあったのですが、返事もないので直接面会を試み、夜遅くまで待ちます。
キム・ウンボムとその仲間がバタバタと事務所に帰って来たところで、「そんな古いやり方では今度も落ちますよ。この7年で4度も落選を。先生の公約も政策も素晴らしいですが、その日暮らしの労働者には何の役にも立ちません」とソ・チャンデはいきなり図々しく発言。
「誰だ?」「はじめまして。ソ・チャンデです」
「私の何が間違っていると?」「自由党のやり方は効率的です。口汚く一言で罵ればいいだけ」
ソ・チャンデは「おカネも票も稼ぐのは同じでしょう」と言いますが、キム・ウンボムは「違うな。商売は金稼ぎが目的になり得るが政治は票稼ぎを目的にしてはならんのだ」と言葉を返します。
それでも「前回の選挙では候補者登録すら邪魔された。下劣な敵には同じ手段を」とソ・チャンデも引きません。「政治家自ら国を汚せと言うのか。アリストテレスは正義こそが社会の秩序だと言った」とキム・ウンボムは諭しますが、「正しい目的のためなら手段は不問。アリストテレスの師匠プラトンの言葉です」とソ・チャンデも反論します。
「それで用件は?」とソ・チャンデは質問され、「お手伝いさせてください。おカネは要りません。私は北出身ですがなまりはありません」と自分を売り込みます。
その勢いの良さにキム・ウンボムは感心し、ソ・チャンデを仲間に加えました。
1967年。「私はパク大統領に問いたい。法律を変えて任期を3期に改定し来期も続けるつもりなのか」とキム・ウンボムは語気強く演説し、なおも政治の世界を諦めていませんでした。
一方でソ・チャンデはとくに静養という体裁で追い払われており、実はそれは手段を選ばないやり方のせいで謹慎させられていたという噂も飛び交っていました。
現在の政権与党を引っ張るパク大統領陣営は目障りなキム・ウンボムを叩き潰すべく選挙区の木浦へ向かい、異例の応援演説までしてきます。
キム・ウンボム側は窮地に追い込まれ、あのソ・チャンデに再び力になってほしいと呼びつけますが…。
毒を以て毒を制す
『キングメーカー 大統領を作った男』はまず業界裏側モノとして選挙戦をテキパキと面白く描いており、「選挙って退屈そうだな…」と思っているような人でもエキサイティングな見どころをたっぷり披露してくれます。
その面白さに貢献しているのはもちろんソ・チャンデです。彼の「やられたらやり返す」戦法はその倫理観やコンプライアンスとかはともかくとして、映画的な展開としては非常にスカっとする手段です。
金品を配りまくって賄賂で住民を抱き込もうとする相手の党に対して、その金品を回収して、逆にこっちのものとして配り直すという作戦はなかなかに考えたものですし、相手の党にマイナス印象を与えるためにあの手この手でイメージダウン芝居をしまくるというのも、妙にユーモラスに描かれています。
この木浦ではソ・チャンデの才覚を観客に見せつけると同時にその茶番劇っぽさも映し出すことで、政治自体に呆れてしまいそうになるのですが、しかし最後にキム・ウンボムが抜群のスピーチで心を掴む。このバランスですよね。これぞ良くも悪くも政治なのだということを示すようなパートです。
そして次のパートとなるのが大統領候補選。ここでは今度は同じ党内の人間、キム・ヨンホやイ・ハンサンが敵となってきます。新民党の総裁カン・インサンを引きずり下ろし、イ・ハンサン側を見事に揺さぶって、まんまとキム・ウンボムに栄光をもたらす。
本作のソ・チャンデを見ていると策士としては圧倒的に一流で、やはり政治とはその戦略を決める者の手腕で決まるのだということを思い知らされます。
皮肉な話ではありますが、キム・ウンボムは「政治は票稼ぎを目的にしてはいけない」と言いますけど、選挙戦映画というのはこの票稼ぎの過程こそ醍醐味になってしまうのも事実。実際の選挙だってマスメディアは政策ではなく票の動きしか報じなかったりしますからね。
それでもこの『キングメーカー 大統領を作った男』は票の動きの全容となる手口まで筒抜けに見せてくれるので、そこが快感になります。
しかし、映画が進むにつれ、この手口が見えなくなっていきます。ここが上手い演出ですが、こうしてソ・チャンデのその所業を痛快などでは片付けられなくなってくることに…。
ただ認めてほしかった
「一番はらわたが煮えくり返るのは信じた相手の裏切りさ」の言葉で始まる『キングメーカー 大統領を作った男』。その影の主人公であるソ・チャンデ。彼は序盤でハッキリとキム・ウンボムの前で口にし、さらに与党関係者の大金提示でも寝返らなかったように、カネ目当てではありません。
純粋に政治の理想に心酔しているようにも思えましたが、映画の後半にいくにつれ、ソ・チャンデの人間臭い部分が露わになっていきます。
キム・ウンボムが訪米中の留守宅で起きた爆発事件。その犯人として疑われたソ・チャンデ。彼は本当に犯人だったのか。
作中ではソ・チャンデがキム・ウンボムから信頼されていないと痛感した瞬間に「自らの犯行だった」と自嘲気味に語り、決別することになります。あれは自供というよりはヤケクソな自傷という感じです。
結局、ソ・チャンデはキム・ウンボムに認めてほしかったのでしょう。それは映画のラストでも暗示されます。1988年、店で2人は再会したように思えますが、シーンが切り替わるとソ・チャンデしか座っていません。キム・ウンボムと対面し、彼が「選択を誤り、後悔している」と語ったのは、ソ・チャンデの「こうであってほしい」という願望なのでしょうか。
ともかく切ないオチです。実力はあっても認めてもらえなかったソ・チャンデは、地域の対立を煽るというヘイトによる分断で与党に加わってしまい、半ば自暴自棄になります。あれほど頭の切れるソ・チャンデでも「人に素直に信頼される」ということはできなかった。その点は不器用なんですね。
また、これは政治というものの苦い結末でもあります。ソ・チャンデとキム・ウンボム。この両者が信頼し合えれば最高の結果をだせる。でもそれができなかった。これは政治と国民の信頼が確実に繋がれば最高の社会が作れるということと同一であり、やはりそれは難しいという現実でもある。
『キングメーカー 大統領を作った男』はこのもの悲しい別れの物語を、映画的な演出で巧妙に盛り上げていたのも印象的です。とくに光と影の撮影演出が効果的で、ソ・チャンデが木浦に戻ったとき、2人が横並びに座っているシーンがありますが、そこでソ・チャンデが影に隠れてほぼ真っ暗で見えません。続いて、キム・ウンボムが大統領候補になったとき、光溢れる中央に立つキム・ウンボムとは対照的に、ソ・チャンデは完全な暗がりで立っているだけ。その後に釈放されたソ・チャンデがキム・ウンボムと対峙する緊張のシーンでは2人に同程度の光と影があたる。
この『キングメーカー 大統領を作った男』はどちらかと言えばかなりソ・チャンデに寄ったストーリーになっており、観客も彼に同情しやすい構成だと思います。それはあのソ・チャンデの人間臭い静かな失望を見ていると「政治に期待したけど振り回されてそれで幻滅してさらにダメな政治家を選んでしまう」ような私たち国民の心情&行動と一致するからかもしれないなとも考えたり…。
光が強くなるほど影も濃くなる。私たちは手の平で転がされる存在なのか、それとも政治家にスポットライトをあてる照明係なのか。
鑑賞後はこの社会の政治の陰影がより際立って見えるようになった気がします。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2021 MegaboxJoongAng PLUS M & SEE AT FILM CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
以上、『キングメーカー 大統領を作った男』の感想でした。
Kingmaker (2021) [Japanese Review] 『キングメーカー 大統領を作った男』考察・評価レビュー