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『ディリリとパリの時間旅行』感想(ネタバレ)…ベル・エポックの光と闇をアニメで暴く

ディリリとパリの時間旅行

ベル・エポックの光と闇をアニメで暴く…映画『ディリリとパリの時間旅行』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Dilili a Paris
製作国:フランス・ドイツ・ベルギー(2018年)
日本公開日:2019年8月24日
監督:ミッシェル・オスロ

ディリリとパリの時間旅行

でぃりりとぱりのじかんりょこう
ディリリとパリの時間旅行

『ディリリとパリの時間旅行』あらすじ

はるばるニューカレドニアからパリにやって来たディリリは、パリで出会った最初の友人オレルとともに、街で相次いで発生している少女たちの誘拐事件の謎に挑む。キュリー夫人やパスツール、ピカソ、モネら時代を彩った天才たちに協力してもらいながら、エッフェル塔やオペラ座、バンドーム広場などパリの街中を駆けめぐって怪しい闇を暴こうとする2人だったが…。

『ディリリとパリの時間旅行』感想(ネタバレなし)

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ベル・エポックのパリにようこそ

「あの頃は良い時代だったな~」と懐古するのはどの国でもあることのようですが、フランスではその名もストレートに「良き時代」を意味する「ベル・エポック(Belle Époque)」と呼ばれる時代がありました。

それは普仏戦争が終わった1871年から第一次世界大戦が拡大的に始まる1914年までの間を指しています。文化は豊かになり、生活は華やかになり、芸術は開花し、科学技術も発展し…。当時のフランスは世界の中心的な存在感があり、まさにフランスの絶頂期。

世界的な作家として著名なフランス人のマルセル・プルーストによる長編小説「失われた時を求めて」(1913年~)は、このベル・エポックのフランス社会を活写した作品としてよく挙げられます。映画だって挙げだせばキリがないほどには、あれこれと存在しています。

でも日本ではなかなかベル・エポックを味わえる作品を身近に感じていないかもしれません。そんなとき最近の映画でオススメできる一作が登場しました。それが本作『ディリリとパリの時間旅行』です。

本作はベル・エポック真っ盛りなパリの社会を、非常に鮮やかで独特な美しさを持つアニメーションで表現した作品であり、本当に細部まで手の込んだ世界観を楽しめます。まるであの時代のあの場所に観客を迷い込ませてくれるようです。有名なあの人物や、あの建物が出てきたりして、それらをひとつひとつ発見していくのも大きな楽しみ方。間違いなく本作を観た後は無性にパリについて調べたくなってしまいます。

なお、邦題には「時間旅行」とあり、まるでSFっぽいネーミングになっていますが、そういう要素は皆無です。あくまでタイムトリップしたような気分に観客がなれるから…という意図のタイトルなのでしょうね(そういうのはキャッチコピーにしてほしいのだけど…)。

監督は“ミッシェル・オスロ”。知らない人は全然認知していないと思いますが、非常に有名なアニメーション・クリエイターで、アヌシー国際アニメーション映画祭でおなじみの「国際アニメーション映画協会」の議長を長年つとめるなど、業界に多大な貢献をしてきました。“ミッシェル・オスロ”を一躍有名にしたのが初の長編作品となった1998年の『キリクと魔女』。アフリカのある村で生まれたキリクが魔女に挑んでいくというファンタジー世界を描くアニメーションなのですが、その独自性が高く評価され、フランスでは社会現象級に。他にも『アズールとアスマール』『夜のとばりの物語』などを手がけ、常に芸術的な表現を追求してきました。日本でも“ミッシェル・オスロ”を尊敬する著名なアニメーターは何人もいます。

もう76歳とのことでさすがに制作からは引退なのかなと思ったら、まさかの2018年に『ディリリとパリの時間旅行』という新作をお披露目してくれるとは…。その芸術的センスと独自の切り口は全く衰えておらず、むしろ今の不安定な時代だからこそ、この“ミッシェル・オスロ”監督は必要になってくるような、そんな気さえします。

絵は平面スタイルですが、3Dレンダリングで作られており、とても滑らかに動き回るキャラクターたちが目につきます。それでいて建物などの背景は実際の建造物を撮った写真を素材にしているため、非常に写実的で本物と見間違えるレベルの錯覚を起こしそうなリアリティ。これも観客をベル・エポックのパリに没入させる効果的なアシストになっているわけです。

“ミッシェル・オスロ”監督作は初めてという方もどうぞようこそ。あなたをベル・エポックのパリの光と闇にご案内いたします。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(アート・アニメ好きは必見)
友人 ◯(フランス旅行気分にもなる)
恋人 ◯(フランス好きなら見やすい)
キッズ ◯(子どもでも見られます)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ディリリとパリの時間旅行』感想(ネタバレあり)

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少女はパリを駆け回る

近代的ではない民族風の家。何かの先住民なのでしょうか。森の中にポツンとあるこの家で、ディリリという少女は、家の手伝いをしています。

しかし、フッと周りに視野を広げれば、そこは近代的な街並みが並ぶパリ市内の真ん中。ディリリは単に見世物として「先住民」的な暮らしを演じてみせているだけでした。

でもこれがディリリの今の人生です。ディリリは偶然に出会った配達人のオレルに自らの半生(といってもまだ幼いのですけど)を語り聞かせます。ニューカレドニア(オーストラリアの東にあるフランスの海外領土の島)から密かに船に乗ってこのパリにやってきたらしいディリリ。なかなかの冒険心というか、凄い覚悟のある度胸ですが、今はすっかりこのパリに馴染んでいるようです。

黄色い大きなリボンをつけて、鮮やかな衣服を身に着け、なわとびをぴょんぴょんしながら、パリ生活を満喫していました。

今、このパリではある話題で持ち切り。常に新しい文化や技術が花咲き、話題の種なら事欠かないのですが、この話題は特別です。それは「男性支配団」と名乗る謎めいた犯罪組織。この組織は連続少女誘拐事件を起こしているらしく、他にも窃盗や強盗にも関わっているようで、パリを不安に陥れています。しかし、全く尻尾を掴むこともできず、この賑やかなパリの中でも野放しになっていました。

ディリリはオレルの三輪車(驚異的な耐久力と機動性を誇る)に飛び乗り、その「男性支配団」の真相を突き止めるべく、街を疾走。有力な手がかりはないので、まずはひたすらに聞き込みです。そんな二人の後をつける怪しい人影が…。

「悪魔の風車」という場所がなにやら怪しいと聞きつけて、さっそく二人はまっしぐら。途中、坂道をゆっくり進むことになり、ふと周囲を見渡せばそこは貧困街。さきほどの鮮やかなパリ市街とは全然違います。ボロボロな建物が並び、生活に苦しむ人々が路上で彷徨っていました。

目的の場所につくと闘犬みたいな獰猛な犬が前触れもなく出現。オレルはその狂犬病の犬に噛まれてしまい、犬は蹴り上げられて動かなくなるものの、オレルも右足を出血してしまいました。このままでは良くはありません。ディリリは負傷者がいると助けを呼ぶのですが誰も来る気配なし。

やむを得ず、オレルを三輪車に乗せ、今度はディリリが漕ぎ出します。下り坂なのでもう漕ぐ必要もないのですが、猛スピードで街を疾走。階段をバウンドして駆け下り、ノーブレーキで建物に直撃。幸いにもなんとか治療を受けることができ、大事にもならずに、オレルは一命を取り留めました。

「男性支配団」の謎解きは再スタート。それは意外なところで進展します。オレルはディリリをオペラ座に連れていきますが、そこで出会ったのは稀代のオペラ歌手として名を馳せているエマ・カルヴェ。そんな付き合いの最中に「男性支配団」が宝石店を襲う計画を立てているという情報を入手し、現場に張り込んでいると、まさにその犯行に遭遇。ディリリは見事に宝石強盗犯を逮捕し(すごい運動神経と縄跳びテクニック)、大きな功績をあげ、新聞にも載りました。

ところがそんなディリリを全く快く思っていない人間がいます。「男性支配団」はディリリにも魔の手を伸ばしていくことに。

誘拐されたディリリは「男性支配団」の恐ろしい実態を目にするだけでなく、その身で味わうことになってしまい…。

パリの闇はしだいに浮き彫りになり、その底知れぬ深さを見せていき…。

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あの人もこの人も…

『ディリリとパリの時間旅行』はまずは何よりも作品自体がベル・エポックの博覧会みたいな豪華絢爛で目移りするほどです。

作中にはこの時代を代表する実在の偉人もたくさん登場。

「エマ・カルヴェ」は、ベル・エポックの時代に最も有名であるとされるフランスのオペラ歌手。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場やロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスに定期的に出演するなど国際的にも活躍。なお彼女は「アンリ・アントワーヌ・ジュール=ボア」という空想科学作家とも親しかったらしく、このジュール=ボアは人力飛行機などで有名で、それは本作の終盤の展開にも関与してくるものですね。

人力飛行機と言えば作中に登場するのが「アルベルト・サントス=デュモン」。ブラジル人ですが、フランスで飛行船などの開発に勤しみ、この人なくして飛行機は生まれなかったといえるくらいの偉大な発明家です(ライト兄弟に惜しくも遅れをとりましたが)。彼は第一次世界大戦で飛行機が戦争の道具になったことに失望し、自殺しました。

ドイツの「フェルディナント・フォン・ツェッペリン」も飛び入り出演。こちらも飛行船では有名な人です。「ツェッペリン」というだけで「硬式飛行船」を意味するほどに代名詞的存在。

他にも発明&工学関係だと、エッフェル塔を設計した人物として知られる「ギュスターヴ・エッフェル」も登場。エッフェル塔は1889年のフランス革命100周年を記念したパリ万国博覧会に合わせて建設されました。

それ以外にも全部を挙げきれないので一部だけですが、舞台女優の「サラ・ベルナール」、物理学者・科学者の「マリ・キュリー」、生化学者・細菌学者の「ルイ・パスツール」、無政府主義者の「ルイーズ・ミシェル」、画家の「パブロ・ピカソ」「アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック」、作曲家の「クロード・ドビュッシー」、ファッション・デザイナーの「ポール・ポワレ」などなど…もうそうそうたるメンバーです。あと最近映画にもなった「シドニー=ガブリエル・コレット」もいましたね。

これだけの顔ぶれとコネクションを持ったディリリ…とてつもない人脈だ…。

人物だけでなく、街並みも注目です。エッフェル塔をはじめ、凱旋門、オペラ座、コンコルド広場、ノートルダム寺院、チュイルリー公園、ムーラン・ルージュなど、フランスの象徴がズラッと勢揃い。

ここまで濃密なベル・エポック作品もなかなかないのではないでしょうか。アニメーションだからできるフィクショナルなお祭り感がありますね。

それでいて明らかにリアルではないものも混じってきます。「男性支配団」が使う水上を移動する乗り物など、レトロフューチャーを混在させることで、観客は「あれ、これはリアル?空想?どっちの世界だ?」と混乱しつつも満足してしまう、不思議な体験を提供しています。

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女が目立つのが気に入らない人たち

そんなベル・エポックの良き時代と言われるイメージを表面上では全開にしつつも『ディリリとパリの時間旅行』はその裏側、アンダーグラウンドも見せていくのが特徴です。むしろこっちが狙いなのでしょう。一般的には「良い時代だった」と言われても実際は全部が良かったなんてことはあるわけがない。そこには闇があるのです。

作中の主軸となってくる「男性支配団」はまさにそのベル・エポックの闇を最も醜悪に具体化した存在。女たちが力を持つことに危機感を持った男たちが、成人女性をコントロールできないと判断するや、少女を誘拐して4つ足で這わせて、椅子にして、服従させる。ここまで露骨な「モノ化」の描写はわかりやすすぎて逆に潔いですが、インパクトはじゅうぶん。

もちろん「男性支配団」自体はフィクション。でも当時のフランス社会は男性優位の支配構造が強く、第1波フェミニズムのうねりが上がっていたことは、ドキュメンタリー『戦時下 女性たちは動いた』でも描かれているとおり。とくにフランスはフェミニズム・ムーブメントが出遅れ気味で、結局そのまま大戦に突入してうやむやになってしまったので、余計に社会構造の問題は深刻でした。

そしてフランスは今でも女性差別が目立つ国。この問題性は依然として現代でも消えておらず、だからこその『ディリリとパリの時間旅行』がダークな御伽噺としてその源流を伝えているわけです。

文化や芸術の発達とともに女性が台頭し、それを押しつぶそうとあの手この手で男性社会が反発してくる…こういう構図は今の日本もあちこちで見られます。

あとは人種差別も本作の裏テーマ。ディリリの存在がそうであり、冒頭のギョッとさせる登場からして強烈ですが、この当時からフランスの繁栄の裏にあるのは植民地支配による犠牲でした。このあたりは監督の“ミッシェル・オスロ”の得意分野ですね(幼少時にギニアで暮らしていたので詳しい)。

私は本作を観た時、ちょっと『パディントン』みたいだなと思いました。主人公が外国から来た無垢な存在で、利発的で律儀で、それでいて異人なのにその国らしさを誰よりも発揮している。そんな主人公が社会の闇を軽やかに暴きだす。ノリは一緒です。

ただ、『ディリリとパリの時間旅行』の場合は、人種差別問題という一面に対する着地はあれでいいのか、そこは何も解決していないのではと思わなくもないです。ディリリを優しく可愛がっても意味ないですし、そもそも女性差別においても解決性を見いだせてすらもいないような…(まあ、現実的に解決してないのでしょうがないのですが)。そうであってもハッピーエンドで強引に風呂敷を畳んだ感じは否めず、でも実社会のフランスではこれからもずっと差別が続いていくわけで、この物語で解決させるわけにもいきませんし、バランスとしてのモヤモヤは残ります。

ディリリも本当にニューカレドニアから来たとするならば、もっと悪質な差別的抑圧にさらされるはずですからね。そこはちょっと本作はマイルドにしていますし…。

それでも私がこの映画は好きですし、やはり絵の気持ちよさで社会の光と闇の両面を縦横無尽に突き進めるのはアニメーションならではの魔法だな、と。それだけで観られてしまうものがありますよね。

これからはパリをただ理想的に美化して羨むのではなく、その背後の影にも目を向けられるディリリのような眼力を持ちたいものです。

『ディリリとパリの時間旅行』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 61% Audience –%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2018 NORD-OUEST FILMS – STUDIO O – ARTE FRANCE CINEMA – MARS FILMS – WILD BUNCH – MAC GUFF LIGNE – ARTEMIS PRODUCTIONS – SENATOR FILM PRODUKTION

以上、『ディリリとパリの時間旅行』の感想でした。

Dilili a Paris (2018) [Japanese Review] 『ディリリとパリの時間旅行』考察・評価レビュー