今度はカートゥーン・サルーンがアニメ映画化!…Netflix映画『エルマーのぼうけん』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ・アイルランド(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にNetflixで配信
監督:ノラ・トゥオメィ
エルマーのぼうけん
えるまーのぼうけん
『エルマーのぼうけん』あらすじ
『エルマーのぼうけん』感想(ネタバレなし)
実は日本でも映画化されていて…
1923年、ニューヨークのブルックリンにひとりの女の子、“ルース・スタイルス・ガネット”が生まれました。3歳のときにグリニッジ・ヴィレッジに引っ越しします。そしてそこで学校の通いながら、思う存分に遊んで想像力を育んでいきました。
この頃のアメリカは「狂騒の20年代」と俗に呼ばれるほど、文化や芸術、娯楽などが新しく盛り上がっていました。第一次世界大戦が終わって世界はその傷を抱えながらも次の時代を作ろうと懸命でした。大衆は大量消費を煽られ、ラジオが大衆メディアとして確固たる存在となっていた時代です。インフラ整備も進み、都市化が急速に広がりもしました。
けれども1929年のウォール街の暴落がこの時代の終わりを虚しく告げて、社会の盛り上がりは消え失せ、あっという間に世界恐慌の時代に突入します。
そんな激動の時代の最中、“ルース・スタイルス・ガネット”は第二次世界大戦が始まった頃の1940年に大学に入学し、1944年に化学の学位を取得して卒業。その後、彼女はボストンに移り、最初はボストン総合病院で働き、次にマサチューセッツ放射線研究所で働きました。
一方、“ルース・スタイルス・ガネット”の頭の中ではとある物語の構想が膨らんでいきます。それは「ドラゴン」に関する物語でした。次にバーモント州のスキー場のロッジで働き始めたのですが、その傍らでもその物語は頭から離れず、仕事が終わってから物語を書き上げることにしました。
その物語は両親も気に入り、出版社に持っていくことになりました。こうしてこの本は1948年に「My Father’s Dragon(エルマーのぼうけん)」というタイトルで出版され、子どもたちに愛されていきます。
そして“ルース・スタイルス・ガネット”はアメリカを代表する児童文学作家として名を刻むことになったのです。
“ルース・スタイルス・ガネット”の詳細な人生について知りたい人は、伝記本『「エルマーのぼうけん」をかいた女性 ルース・S・ガネット』を参考にすると良いでしょう。
私はてっきり“ルース・スタイルス・ガネット”はもう亡くなってしまわれたのかと思っていたのですが、まだ2022年11月時点で存命なんですね。99歳だそうです。現代100年を全て見てきた生き証人の児童文学作家って感じだ…。
その「My Father’s Dragon(エルマーのぼうけん)」が2022年にアニメーション映画となりました。
それが本作『エルマーのぼうけん』です。
実はこの著名な児童文学は過去にもアニメーション映画化されたことがあります。それも日本がアニメ化しています。1997年に松竹の配給で『エルマーの冒険』として劇場公開。ちなみに主人公のエルマーの声を演じているのは、男女5人組ダンス&ボーカルグループ「TRF」の“YU-KI”。なんか時代を感じる…。
そして今回の2022年版のアニメーション映画でこの名作に息を吹き込んだのは、アイルランドのアニメーションスタジオ「カートゥーン・サルーン」。このスタジオと言えば、『ブレンダンとケルズの秘密』(2009年)、『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(2014年)、『ブレッドウィナー(生きのびるために)』(2017年)、『ウルフウォーカー』(2020年)と手がけた映画が全部、四度にわたりアカデミー長編アニメ映画賞にノミネートされ、今や業界で最も注目されている存在です。私のその独特のタッチの絵柄と動きが大好きで、すっかり推しのスタジオになってしまいました。
今回の2022年版『エルマーのぼうけん』を監督するのは、『ブレッドウィナー(生きのびるために)』を手がけた”ノラ・トゥオメィ”です。
『エルマーのぼうけん』はその名のとおり、エルマーという少年が大冒険する話で、ドラゴンもでてきたりするファンタジーです。元が児童文学なだけあって、子どもが楽しめる要素が盛沢山ですが、カートゥーン・サルーンののどかな絵柄によってその愛らしさが2倍3倍になっています。相性は抜群ですね。
残念ながら『エルマーのぼうけん』はNetflix独占配信で、劇場公開は無いのですが、家で気軽に鑑賞して世間の喧騒を忘れるのもいいと思います。
『エルマーのぼうけん』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2022年11月11日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :絵柄が好きなら |
友人 | :作風が好みな仲間と |
恋人 | :気楽に鑑賞できる |
キッズ | :子どもは見やすい |
『エルマーのぼうけん』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):想像すればそこには…
エルマーという名の少年は母親のデラが指定したものはすぐに取ってこれるほどに賢い子でした。母の経営する小さな店は客でいっぱい。エルマーは客の欲しいものを商品棚から集めては提供します。
しかし、そんな繁盛は長続きしません。あれだけ賑わっていた店から人は消えてしまいました。そして閉店することになります。母はそれでもエルマーの前では健気ですが、差し押さえられた店を車で後にするとき、エルマーの隣でハンドルを握る母の横顔は不安そうです。エルマーは残った僅かな店の品だけをバックに入れて、店を再開できるという母の言葉を信じていました。
ネバーグリーンシティという新しい街に到着。母は新しい店の想像を働かせようとエルマーに言葉をかけます。「またお店をオープンできる、諦めちゃダメ」と…。
今度の暮らす場所となる古びた家の屋根裏へ。「ペットは禁止だ。家賃の支払いは毎週火曜日だ」と大家マクラレンはキツく忠告してきます。
こうして新生活が始まりましたが、貯金はなかなか貯まらず、店を始める余裕は全くありませんでした。母は電話で求人を探すものの上手くいきません。エルマーは手伝いたがりますが母に邪魔しないでと言われ、そうこうしているうちに硬貨は無くなります。
焦ったエルマーは母の傍から離れますが、そこで1匹の猫が目につきます。そしてその近くで、カーリー、ガーディ、ユージーンという3人の変な服装の子たちが道端でパフォーマンスして硬貨をもらっていました。これなら自分も何かできるはず。エルマーはバックの中にあった輪ゴムを売り始めます。
ところがあの子たちに「客を奪ったわね」と怒られ、揉み合いの末に硬貨を盗られてしまいます。
しょんぼりして家に帰ると、家にあの猫が入ってきました。母に見つからないように匿おうとしますが、すぐにバレてしまい、母に厳しく叱られます。
「店を始めるって言ったのに!」とエルマーは母を責めますが、切羽詰まった母は「本当はあなたをトラックから降ろしたかった!」とつい心無いことを口走ってしまいます。
エルマーはショックを受け、家を飛び出し、一心不乱に路地裏を猫と一緒に走ります。どんどん下っていき、桟橋に行き着きました。
落ち込んでいると、急に猫が喋り出します。驚くエルマーに対して、猫は平然と「君は親切だった。お返しするよ」と口にし、ドラゴンの話をしだします。そんなの実在するわけないと考えるエルマーでしたが、「想像するんだ」と言われ、思い浮かべます。
確かに実在するなら、ドラゴンで注目を集めたりして、また店を始められるかも…。
そのドラゴンは”ある島”にいるそうで、猫は島まで行く手はずを整えてくれます。
しかし、その島はエルマーが想像していなかった困った問題を抱えており、ドラゴンはその問題の真っ只中に巻き込まれていて…。
奇想天外な“どうぶつ島”
2022年のカートゥーン・サルーンによるこの映画『エルマーのぼうけん』は、このスタジオの最大の強みである絵本をそのまま動かしているかのような2Dの絵柄の気持ちよさがマッチしています。
とくに「どうぶつ島」の見どころは個性豊かな動物たちです。
最初に現れるのは猫ですが、猫が不思議な世界の入り口へと導いてくれるのは、まあ、定番です。最近も『ラック 幸運をさがす旅』でも見たばかりですね。
この『エルマーのぼうけん』では「どうぶつ島」に辿り着くのにもう1匹の動物が活躍。それがクジラのソーダで、この子も随分と陽気で、それまでのシリアス・ムードを吹き飛ばしてくれます。観客にしてみればここで少し油断します。
しかし、いざ「どうぶつ島」についてみると、そこにいる動物たちは「みんな友達だね!」と和気あいあいな空気では全くないわけです。それこそ先ほどの人間社会とそう変わらない、かなりギスギスした雰囲気が流れています。
そこで登場するのは猿たちを束ねるセイワとその一番弟子みたいなクワン。トラたちや、小さい丸っこいネズミ、穴に落ちたサイのアイリスなど、絵柄は可愛いですが、どこか悲壮感も漂う有象無象。ちなみに個人的にはワニが好きです。あのワニ、どういうことなのか、全部絡まっているのが面白い…。
そしてこの作品の顔となるのがドラゴンのボリス。水や火も怖いし、飛べもしない。ドラゴンとしての威風堂々な風格も貫禄もゼロ。ペチャクチャ喋り倒しながらエルマーを終始振り回していくボリスのウザ可愛い感じが楽しいです。アラツアを見つけようとしますが、その旅路は無駄な雑談で集中できませんし、エルマーにしてみれば迷惑ですけど…。
ちなみにこのドラゴンのボリスの英語音声で声をあてているのはドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』にてダスティン役でおなじみのあの“ゲイテン・マタラッツォ”ですよ。どおりでウザ可愛いわけだ…。
さらにエルマーの英語音声を担当しているのは、天才子役として話題だった“ジェイコブ・トレンブレイ”。なんだろう、この2人が掛け合いしているというところを想像するだけでニヤニヤできますね。
他者を理解できない子どもが視野を広げるとき
2022年版の『エルマーのぼうけん』が最も原作と異なる部分は、大人側の描写だと思います。
本作では序盤でエルマーと母親の衝突が描かれます。エルマーにかなり酷いことを言ってしまう母ですが、あの母の苦悩もわかります。そもそもおそらく舞台は原作者“ルース・スタイルス・ガネット”が経験したであろう世界恐慌の時代です。かつてない景気悪化によって先行きが全く見通せなくなり、あの母もさぞかし不安だったでしょう(母の声を演じるのは“ゴルシフテ・ファラハニ”)。
でもエルマーはそんな世界経済のことなんてわかりません。なんでこんなに大人たちが一様に暗い顔なのかも察することもできません。エルマーだけが無邪気に「店の再開」を期待しています。
大人と子どもの確執という要素は、“ノラ・トゥオメィ”監督は『ブレッドウィナー(生きのびるために)』でも描いており、得意なのかもしれません。また、本作『エルマーのぼうけん』の脚本は、『インサイド・ヘッド』で非常に高く評価された“メグ・レフォーヴ”で、そちらの映画でも似たようなテーマがありましたね。
そんなエルマーの「大人を理解できない気持ち」、もっと言えば「他者を理解できない」ということ。
これが本作の軸にあるメインテーマだと解釈でき、「どうぶつ島」では今度は逆にエルマーの方がドラゴンのボリスにうんざりさせられる側になってしまい、あげくにはボリスに「君はアフタードラゴンになれない!」と酷い言葉を浴びせてしまいます。
それでもエルマーは他者を信じることを学び、「どうぶつ島」を救って家に帰ります。
別にボリスが飛べるようになった時点で家に帰ることもできたのですけど、島のピンチを見捨てることはしない。このへんの展開は、環境保護的な「他者(他生物)を助けるべきである」という利他的な行動を肯定する寓話ものなのかな。
とりあえずボリスが島の内部にダイブして見事に島は救われました。あの街に飛んで帰還です(クワンがみかん島でソーダに絡まれているシーンもちょうどいい塩梅)。
ここで時間軸が曖昧になっており、エルマーは「どうぶつ島」にそれなりの時間の間滞在していたにもかかわらず、あまり時間が経過していないように見えます。それどころか、母と口論する前の時間帯に戻っているようにさえも思え、このあたりはとてもファンタジックな帰結です。優しいやり直しの機会を与えているという感じでしょうか。
最終的に大家も親切ですし、あの近所の子とも打ち解け合っていますし、エルマーは自分の世界を広げて、他者の信頼の輪を拡充することができました。ボリスもアフタードラゴンになりましたけど、エルマーも成長したのでした。
カートゥーン・サルーンが『エルマーのぼうけん』を2022年に蘇らせたことで、この名作はまた10年、20年、いや100年と愛されていくでしょう。シンプルな物語はいつの時代も必要とされています。世界が不穏な空気に覆われているときこそ、児童文学作品のような真っ直ぐなストーリーは私たちの心に勇気を与えてくれるはずですから。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 85% Audience 79%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『エルマーのぼうけん』の感想でした。
My Father’s Dragon (2022) [Japanese Review] 『エルマーのぼうけん』考察・評価レビュー