映画が趣味な男は詐欺師かもしれない…「Apple TV+」映画『Sharper:騙す人』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本では劇場未公開:2023年にApple TV+で配信
監督:ベンジャミン・キャロン
恋愛描写
Sharper 騙す人
しゃーぱー だますひと
『Sharper 騙す人』あらすじ
『Sharper 騙す人』感想(ネタバレなし)
物語は直線とは限らない
映画のプロットにはいろいろな種類がありますが、「非直線的」な物語というのも存在します。英語では「nonlinear」と呼ばれるものです。
一般的には物語は時間に沿って順序立てて描かれるものですが、非直線な物語はそうではなく、例えば「時間がいくつかのパートに分かれて遡って描かれる」とか、または「複数の時間軸が同時に描かれる」とか、さらには「どの時間軸なのか曖昧なままにごちゃごちゃに展開される」といったアプローチがとられます。いずれも一見すると全体の把握がしづらく、ある程度物語が進まないと「そういうことなのか」と全容を理解できない作りです。
非直線的なプロットとして有名な映画は『パルプ・フィクション』が挙げられますが、他にも同様の構造の映画は山ほど制作されています。
正直に言うと、私はこの非直線的な物語の作品は得意ではありません。これは人によって理解能力に明確に差が出やすいものだと思いますが、極端に苦手な人もいるでしょう。私もそこまで全く理解不能になるわけではないのですが、かなり疲れるので「好みか」と問われれば「NO」と答えるぐらいには好きではないです。
こうやって映画の感想を平然と書いている身ではありますが、実際のところ、非直線的な映画を初見で鑑賞すると冷静な顔で視聴しつつ、脳内では「シュ~…」と情報処理でいっぱいいっぱいになって頭から煙がでているような…そんな感じになっています。むしろ感想を文章で書くことで、やっと複雑な物語を理解できるようになってきたり…。
だから鑑賞前にこれは非直線的な物語だと知ってしまうと、かなり身構えるんですよね。脳をしっかり作動できる準備をしておかないと…。
今回紹介する映画も非直線的な物語の作品です。でも非直線的な物語構造を持つこれまでの作品の中で評価すれば、この本作の難易度は「5段階中の2か3」くらいなので(私の独断と偏見による採点)、そんなに心配は要らなかったですけど…。
それが本作『Sharper 騙す人』です。
本作は、“ブライアン・ゲートウッド”と“アレッサンドロ・タナカ”が執筆した、優れた脚本を選出する「ブラックリスト」にも入っていた物語を、あの「A24」が映画化した作品です。
肝心の物語はシンプルな始まりです。でも言及すると面白さが減るので伏せておきますね。複数の登場人物の視点が描かれ、タイトルのとおり、「騙す」という要素を軸にサスペンスが展開していきます。一体誰がこの物語をコントロールしているのか…それが非直線的なストーリーの中で少しずつ浮かび上がり、観客も推理していくことになります。
と言っても前述したとおり、そんなに難解ではありません。たぶん作り手もかなり意識してわかりやすく整理してくれているのだと思います。キャラクターの関係性も明快で、余計な無駄道もないので、単刀直入に物語に入り込めるのではないでしょうか。
『Sharper 騙す人』は俳優陣の豪華さも注目点のひとつ。
まず『グロリアス 世界を動かした女たち』や『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』など現在も多彩な演技を見せる実力派俳優の“ジュリアン・ムーア”。そこにMCUの「バッキー・バーンズ / ウィンター・ソルジャー」役ですっかりおなじみの“セバスチャン・スタン”が予想外に絡み合い、加えて『名探偵ピカチュウ』など活躍が目立つ若手の“ジャスティス・スミス”も混ざってきます。
他にも『僕を育ててくれたテンダー・バー』の“ブリアナ・ミドルトン”、『スキャンダル』の“ジョン・リスゴー”など。
『Sharper 騙す人』を監督するのは、ウェールズの著名なコメディアンである“トミー・クーパー”の伝記映画『Tommy Cooper: Not Like That, Like This』を2014年に監督して高評価を獲得し、ドラマ『ザ・クラウン』や『SHERLOCK』のエピソード監督も手がけた経験のある“ベンジャミン・キャロン”です。私はこの人の映画を観るのは『Sharper 騙す人』が初でした。
これだけの俳優の顔触れなら劇場公開されても見栄えがあると思うのですが、残念ながら「Apple TV+」での独占配信作となり、劇場公開ならず。いや、毎回愚痴ってる気がするけど、「Apple TV+」独占配信映画は宣伝が弱いからホントに存在感が薄いんですよ。こうやって感想を書いている人もあんまりいないしね…。
ということでやや不遇な扱いは気になりますが、非直線的なサスペンス・ストーリーと俳優陣に関心があるなら、この『Sharper 騙す人』は要注目リストに加えておくといいでしょう。
『Sharper 騙す人』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優好きな人も |
友人 | :気軽に見やすい |
恋人 | :異性ロマンスあり |
キッズ | :大人のサスペンス |
『Sharper 騙す人』予告動画
『Sharper 騙す人』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):その出会いは運命的?
若いながらもニューヨーク・シティで小さな古本屋を経営するトム。今も店内で本を読みふけっており、あまり客相手に関心がない様子。さすがに無視はできないので「何かお探し?」と目を上げずに口にします。今回の客は若い女性でした。
トムは立ち上がり、客の探している本を見つけて戻ってきます。その客は、ニューヨーク大学の博士課程の院生だそうで、文学における黒人のフェミニズムがテーマだと説明してきます。真面目そうです。
気まずそうに視線を交わす2人。トムはおもむろに日本食の店に誘いますが、すぐに「ボーイフレンドがいた?」と口にします。しかし、相手の女性は「シングルが好きだ」と申し訳なさそうに呟き、支払いを行います。でもカードが使えないので、取っておいてあげるとトムは言って、その女性は帰るのでした。その後、トムは間抜けなことを口にしてしまったかと後悔します。
しかし、店を閉めているとその女性がまた来て、夕食の誘いに乗ってくれると言ってくれます。「あのときはパニクちゃって」とその女性、サンドラはあらためて自己紹介。これは脈がありそうです。
2人は店で話が弾み、互いを語ります。トムは以前は執筆に挑戦するも、母が亡くなってやめたそうです。サンドラは「ジェーン・エア」が本の虜になるきっかけだったと語ります。
トムはそのことに心当たりがあり、揃って書店へ戻り、初版本の「ジェーン・エア自叙伝」を見せます。貴重な品です。
こうして2人はキスし、一緒の時間をたくさん過ごして仲を深めていきます。周囲からも理想的なカップルとして認知されていき、仲睦まじい姿が持続します。
ある日、サンドラの兄のジェイソンが部屋のドアまで押しかけてきて、サンドラは拒絶。なんでも唯一の家族で大切にしているものの、問題を抱えているようでした。あまり事情は話したくない雰囲気です。
トムの誕生日会の後、いつもサンドラの家で過ごすので「トムの家も見たい」とサンドラは言いますが、重い病気の父と住んでいて仲が悪いとトムは躊躇します。
今日もサンドラの家へ向かうと、彼女は茫然と座っていました。どうやら例の兄が借金を抱えており、35万ドルを支払わないと身が危険だとのこと。到底支払い不可能な巨額です。絶望的な状況にサンドラは落ち込むしかできません。
そこでトムは「俺が払おう」と言います。父がヘッジファンドで稼いだカネがあると打ち明け、サンドラはそんな大金は受け取れないと強く拒絶しますが、結局、他に手段もなくサンドラは受け取ることになります。
サンドラに大金の入ったバッグを渡し、サンドラは「また日本食の店で」と微かに元気を見せるように告げて、カネを払いにひとりで行くのでした。
しかし、トムが待てども店には現れず…。サンドラの家に向かうと返事はありません。姿は消えていました。
これはもしかして騙されたのだろうか。信じ切っていたトムは大きなショックを受けることになりますが…。
今回も踊るあの男
『Sharper 騙す人』は、「TOM」「SANDRA」「MAX」「MADELINE」「SANDY」の5パート構成であり、それぞれ時間軸がバラバラです。あえて時間軸どおりに並べると、真相を明かす「SANDY」のパートは特殊なので除外すると、「MAX」⇒「SANDRA」⇒「TOM」⇒「MADELINE」の順になります。「SANDY」は「MADELINE」の後半と同時間です。
映画内描写として第1のパートである「TOM」は、トムとサンドラの出会いという、なんともベタなロマンチック・ストーリーが紡がれていきます。古書店で出会う男女なんて、いかにも文学的ロマンスで憧れる人も多そうなシチュエーションじゃないですか。
ところがこのベタベタなロマンチック・ストーリーは「フェイク」でした。トムにとっては悲しい現実を突きつけられる瞬間がパートの最後に待っており…。それにしても4億円を優に超えるレベルの借金ってなかなかないんじゃないかな…。トムも資産家の生まれだからか、金銭感覚がやっぱり世間ずれして鈍っているのか…。
で、今度は「SANDRA」のパートで詐欺師・サンドラの誕生譚が描かれます。
このパートで印象的だったのはやっぱり天然詐欺師みたいな存在感を放つマックスです。映画は一切観ないのに『タイタニック』を観たふりをして感想を語ってみせたり、凄い映画趣味の人への風評被害をばらまきながらも(映画感想書きの人は怒っていい)、あの飄々とした態度は癖になる…。
あと、あれですね、『フレッシュ』に続いて“セバスチャン・スタン”、また踊ってくれます。これはあれなのか、アドリブでやっているのか…。
とにかく“セバスチャン・スタン”はこういう「信用ならない内側の見えない男」を演じさせたら最高にハマってくれますね。
「MAX」のパートでは、マックスがマデリンと組んで大富豪で独り身となったリチャードを懐柔しようと画策している姿が描かれますが、私はもうずっとマックスを観ていたい気分になっていましたよ。
本音を言うとあのマデリンの過去もさらに深掘りするパートが待っているのかなと期待していたのですが、そこは無かったのはちょっと残念…。自分よりもひとまわりふたまわり若い年齢の男性とパートナーを組む中高年女性の詐欺師を“ジュリアン・ムーア”で見せてくれるっていうのも、貴重な体験だったんだけどな…。
「ジェーン・エア」が実現する
『Sharper 騙す人』は、「TOM」のパートで王道のロマンチック・ストーリーが破綻する姿が描かれるオチが待っていましたが、「MAX」のパートではマデリンがリチャードとくっついてマックスを捨てる選択をしたことで、今度はこっちの歪なロマンチック・ストーリーが崩落する姿が描かれ、対になっている構図が見えてきます。
こうやって全体像を振り返ると本作は終始、サスペンスはサスペンスでも、ロマンスを土台にした駆け引きなんですね。
そして「MADELINE」で時間軸は最新のものに戻り、リチャードの死後に財団の莫大な資産を相続して愉悦に浸るマデリン、そこに酷いドラッグ依存に陥ったサンドラが再出現して巻き起こる、予想のつかない惨劇…。トムの父親はリチャードだったという、人種を活用したトリックもあったり、少し手が込んでいます。
そこからまたひっくり返して「SANDY」のパートで、この「MADELINE」の出来事の裏側が発覚します。みんな、気持ちの切り替えが早いな…。
そこでわかるのはなんだかんだで最終的には結局は王道のロマンチック・ストーリーが完遂するということ。振り出しに戻ってハッピーエンドって感じです。ただのハッピーエンドじゃないな、邪魔者も消えてのウルトラ・ハッピーエンドだな…。
トムとサンドラは密かに再会し、マックスとマデリンを一泡吹かせるために綿密に計画を練り、トムの死を偽装する作戦まで構築していました。演技派です。映画をちゃんと見ていたら、こんなベタな展開も演技だとわかったかもしれないのに…。マックスさん、映画、見よう?
個人的にはトムの視点で言えば、富のある者がまたその富を手に入れなおす物語なので、気持ちとしてはやや白ける面も否定できないのですが、サンドラの視点だと超現代的なプリンセス・ストーリーですよね。「ジェーン・エア」どころじゃない、大成功の人生です。
いや、でもこれを言ったら水を差すことになるし、そこはツッコむべきではないのでしょうけど、この筋書きでの財産譲渡って有効になるのかな…。詐欺だと訴えられたらトム側は苦しい立場になるのではないかと心配してしまう…。
それはともかくとして、非直線的な物語としては比較的サクサク進んで理解しやすい作品でした。キャラクターの立ち位置が非常に明確で、時間軸の変化も「ここから変わりますよ~」とあからさまに提示してくれるし、諸々の単純構造と補助線の多さが親切だったからかな。
それよりも鑑賞前はこんなロマンスが前面にでる物語だとは想定していなかったので、「あれ?そっち?」と別方面でまごついてしまいました。このへんは好みの問題かな、と。
『Sharper 騙す人』を観て再確認できたのは、踊る“セバスチャン・スタン”は信用してはいけないということ。そして借金とか相続とか金銭絡みのことは法的な書類をちゃんと確認しようということですかね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 72% Audience 74%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
「Apple TV+」独占配信映画の感想記事です。
・『自由への道』
・『スピリテッド』
・『その道の向こうに』
作品ポスター・画像 (C)Apple シャーパー
以上、『Sharper 騙す人』の感想でした。
Sharper (2023) [Japanese Review] 『Sharper 騙す人』考察・評価レビュー