女は黙って働くだけだと?…Netflix映画『エノーラ・ホームズの事件簿2』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス・アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にNetflixで配信
監督:ハリー・ブラッドビア
恋愛描写
エノーラ・ホームズの事件簿2
えのーらほーむずのじけんぼつー
『エノーラ・ホームズの事件簿2』あらすじ
『エノーラ・ホームズの事件簿2』感想(ネタバレなし)
あの探偵の妹がまた戻ってきた
「SDGs」はノリノリで掲げるくせにそのSDGsの目標のひとつである「ジェンダー平等」にはたいして興味がないばかりか、そもそもジェンダーが何なのかイマイチわからないまま雰囲気だけで同調している日本社会の皆さん、ごきげんよう。
2022年、日本政府は男女間賃金格差の開示を企業や地方自治体に義務付ける方向で進めています。経済協力開発機構(OECD)によると、日本の女性の賃金は、男性の賃金の中央値を100とした場合、77.9(2021年)にとどまり、男女の賃金は22.1ポイントもの開きがあり、これはOECD平均の11.7ポイント(2020年)に比べて10ポイント以上大きいとのこと(東京新聞)。つまり、女性は就職できても男性よりも収入は増えず、生活は苦しくなりやすいわけです。
とはいえこの男女間賃金格差の開示で「やった!これで不平等はなくなるね!」と喜んでいる人はほぼ皆無でしょう。社会に漫然と蔓延っている差別という名の黒カビはその程度のゴシゴシとしたこすり方では落ちません。
結局、差別を無くすには闘わないといけません。それは100年以上前からずっとそうしてきたこと。その闘いの歴史が今の変化に少しずつ作用している…。
今回の映画もそんな闘いの歴史に虫眼鏡でズームインする作品です。
それが本作『エノーラ・ホームズの事件簿2』。
闘いと言ってもこの映画の主人公はスーパーヒーローではありません。頭脳は大人(男性)以上、体力も大人(男性)顔負け…そんな探偵少女の物語です。
2020年に“ナンシー・スプリンガー”原作のミステリ小説「エノーラ・ホームズの事件簿」シリーズを映画化した『エノーラ・ホームズの事件簿』は、劇場公開が見送られ、Netflix配信になったにもかかわらず、批評家からも映画ファンからも大好評となりました。
この作品は、誰もが知っているあの名探偵「シャーロック・ホームズ」…の妹である「エノーラ・ホームズ」が探偵として活躍するという、二次創作的な作品拡張型のキャラクター・ムービーです。
しかし、それだけにとどまらないのがこの作品の魅力。映画『エノーラ・ホームズの事件簿』は非常にフェミニズムな視点に溢れており、世間から過小評価される少女が探偵として男社会に切り込んでいく…少女だからできる謎解きがそこには詰まっており、そんないかにもZ世代ウケが良さそうなアレンジに成功したことが作品を確立させていました。
これは続編が作られてほしいな…と私も思ったものですが、しっかり2作目『エノーラ・ホームズの事件簿2』が作られました。
今作もノリは全く同じ。抜け目のない鋭い眼光で遠慮なしに推理していくエノーラを中心とするミステリーサスペンス。そしてエンターテインメント性抜群なアクションもあり。もちろん今回の2作目もフェミニズムな要素も健在で、1作目は女性参政権が背景にありましたが、今度は…。これは秘密にしておきましょう。鑑賞前にネタバレしても面白くないので。ちゃんと今回も歴史上で実際にあった出来事が題材になっています。
『エノーラ・ホームズの事件簿2』の製作の布陣は前作から継承しています。監督は『Fleabag フリーバッグ』や『キリング・イヴ』を手がけた“ハリー・ブラッドビア”で、脚本が『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』やドラマ『ダーク・マテリアルズ』を手がけた“ジャック・ソーン”。そのまんまです。
そしてこのシリーズの主役、“ミリー・ボビー・ブラウン”も当然続投。完全に“ミリー・ボビー・ブラウン”が最も輝く代表作になりましたね。すごくイキイキしている。
シャーロックを演じる“ヘンリー・カヴィル”、エノーラの母を演じる“ヘレナ・ボナム=カーター”、レストレード警部を演じる“アディール・アクタル”…こちらも1作目と同じメンツです。
今作の新顔としては何人かでてくるのですが、あんまり言及しすぎると面白みは減るかな…。今回は「シャーロック・ホームズ」の世界観と言えば「あの人!」というキャラクターも満を持して登場しますよ。
『エノーラ・ホームズの事件簿2』は不平等が渦巻く社会で生きる私たちに闘う勇気を与えてくれる映画です。挫けそうなあなたをエノーラが応援してくれます。
『エノーラ・ホームズの事件簿2』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2022年11月4日から配信中です。
A:基本は前作の鑑賞をオススメします。1作目に登場したキャラクターも普通にでてきます。
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優ファンも満足 |
友人 | :気軽なエンタメ |
恋人 | :気楽に見られる |
キッズ | :子どももどうぞ |
『エノーラ・ホームズの事件簿2』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):消えた女性の謎、再び…
エノーラ・ホームズは街を全力で走っていました。後ろを警官が追いかけます。路地で追い詰められ…まずなぜこんなことになってしまったのか、その説明を開始します。
少し前のこと。エノーラは晴れて自分の探偵事務所を起業することにしました。やっと夢が叶います。時代を代表する探偵になってやる、そうあの兄シャーロックと対等な1人前の…。
しかし、思っていたようなことにはなりませんでした。「あなた秘書?」「経験は?」「でも女だろ」…依頼者のぶしつけな言葉を受け流しつつ、みんなシャーロック目当てでしかないことを思い知らされます。シャーロックは今も大人気で、世間の注目のマトです。
一方、エノーラの母であるユードリアは今なお指名手配中。相変わらず派手にやっている様子…。
上手くいかないエノーラは、以前の事件で知り合って今は政治家をしているテュークスベリーに気持ちが揺らぎます。でもここで男に頼ってしまうのは…。そう考えて舞踏会の招待状を脇に置きます。
それでも気持ちは挫け、探偵事務所をやめようと片付け始めるエノーラ。
そこにベッシーというひとりの幼い少女がやって来ます。姉サラ・チャップマンを探しているとのこと。1週間前に行方不明になったそうです。
ベッシーの暮らす貧民街に一緒に行くと、ネズミが歩く部屋でみんなで寄せ集まって住んでいると説明されます。サラは緑のドレスで赤毛、恋人はいないらしいです。部屋には「12 March」と書かれた紙きれがあり、科学の本などが積み上げられ、手がかりかもしれないとエノーラは記憶します。
同室のメイは「嗅ぎまわらないで」と忠告してきますが、エノーラはこの依頼を放置できません。
1週間前にマッチ工場で見かけたきりで、工場長のクラウチと喧嘩していたそうで、さっそく調査開始。エノーラも従業員として工場へ働きに向かいます。
入り口ではチフス検査をしており、それをクリアすると、大勢の年齢様々な女性たちが黙々と働き、クラウチは罵声を浴びせて威張り散らしていました。
エノーラはこっそりオフィスに侵入。金庫の名簿の一部が破られて無くなっているのを見つけます。さらに何やら盗難の話を重役たちがしていました。
夜にメイを追跡することにしたエノーラは、パラゴンという劇場に辿り着き、そこでメイがダンサーとして働いていたことを突き止めます。サラもここで働いていたと思われ、常連の男がいたとの情報をゲット。
帰り道、ふらふらなシャーロックを発見します。抱えてベーカー街「221B」へ。シャーロックの部屋を物色すると、これまた事件を調査中のようです。
朝、「部屋のものを動かすな」とシャーロックに怒られます。生活力はゼロなシャーロック。「同居するのはどう?」と持ちかけますが、シャーロックは魂胆はわかっていると言い、「マッチ工場に行っていたな」と鋭い推理力で当ててみせます。
自分では謎は解けないのかとエノーラは自信喪失していましたが、ふと糸口が見つかり…。
マッチガール・ストライキの歴史
『エノーラ・ホームズの事件簿2』は今回も失踪した女性を探すことから始まります。そして1作目と同じく今回もその失踪女性は実は「社会と闘っている女性」なのでした。
今作のキーパーソンとなるのがサラ・チャップマン。実はこの人は実在の人物です。
サラ・チャップマンはロンドンで「Bryant & May」というマッチ製造会社の工場で働いていました。この企業は工場で数千人を雇用していたのですが、その大半は大人の女性か少女でした。給料は非常に安く、しかも勝手に減額されることも頻繁にあり、そして労働環境自体も劣悪でした。
映画内では「ライオン」という家系がこの舞台となったマッチ工場の中心にいるとアレンジされていますが、労働実態は大まかには実際のとおりなんですね。
そして問題となるのはこれだけではなくマッチの材料に欠かせない「リン」がキーワードとなります。元素記号は「P」のあのリン(燐)です。マッチと言えば今も先っぽが赤いのが定番ですが、これには「赤リン」が用いられています。しかし、昔は違って安価な「白リン(黄リン)」が使用されていた時代もありました。この白リンは自然発火しやすく、扱うのが危ないという欠点があったのですが、それだけでなく健康被害も起こしました。白リンの毒性によって、歯茎や顎の痛みつつ化膿が進行し、最終的に下顎骨の壊死に至る「白リン顎」という職業病が知られ、最終的に死に至ります。
サラ・チャップマンはこうしたマッチ工場の労働者への劣悪な環境を是正するべく、立ち上がったひとりであり、具体的には1888年に約1400人の労働者の女性たちと共にボイコット運動を開始。これは「マッチガール・ストライキ」と呼ばれ、この努力の結果、工場の対応を改善させてみせます。
1906年にはベルヌ条約が制定され、マッチの製造における白リンの使用、並びにそのようなマッチの輸入と販売が禁止されることになりました。
こうしてサラ・チャップマンは職場における男女平等の実践のために闘ったパイオニアとして今も語り継がれている…というわけです。
本作のラストはそんなサラたちが立ち上がる瞬間が描かれ、闘う少女探偵であるエノーラのフィクショナルなミステリーサスペンスと、本当に闘ったサラたちの歴史がたくましく連帯していく。上手い混ぜ合わせ方だと思います。
あのキャラクターも登場
そんな社会批評な側面はさておき、『エノーラ・ホームズの事件簿2』のキャラクター映画としての魅力を語るなら、やはりエノーラは主人公として率先力があって楽しいです。
今回は少し探偵として社会でやっていくことに迷いが生じつつも、それでもこの探偵は天職であり、そこに喜びを見い出していく…そんな挫けない姿に安心します。基本はフェミニズムに立脚しているキャラなので、見ていても不安にならないのがいいですね。
アクションもキレがありました。グレイル警視なんぞ股間強打で簡単に倒せますよ。“ミリー・ボビー・ブラウン”は体格もいいし、今後のキャリアでアクション俳優として花開きそうだな…。
また、今作では他のキャラクターの出番もまんべんなく増えており、シャーロックの推理タイムもあります。彼も今回は戦いますが、“ヘンリー・カヴィル”なだけあって、一発一発のアクションがさまになりすぎでしたね。「この男、目からビームだせるんだぞ!」って敵側に忠告したくなる…(「スーパーマン」の話ね)。
テュークスベリーは政治の世界で苦労しているようで、妥協を迫られつつも、正しいことを成し遂げたいという思いがある。その現実に直面する姿もリアルで…。エノーラともほどよい距離感を維持している感じ。
一方のすっかり爆弾魔みたいになっている母・ユードリアにはなんか笑っちゃいますが…。馬車チェイスのシーンとか、もう爆弾でゴリ押しているもんなぁ…。でも映画的には便利なキャラですけど。ユードリアとエディスのコンビで「サフラジェット爆発珍道中」みたいなスピンオフとか作ってほしい…。
そしていよいよこの世界観の宿敵、モリアーティが不気味に登場しました。財務大臣マッキンタイア卿の秘書であるミラ・トロイの正体がモリアーティだった!と判明するまさかのラスト。演じるのは“シャロン・ダンカン=ブルースター”。黒人女性というキャスティングで視聴者の予想を交わしつつ、今回は「男とは対等になれない、だから私なりのやり方を考えた」と、このシリーズらしいフェミニズム基軸なモリアーティ像を形成しています。このまま単純な悪役にせず、今後も面白い役回りで暴れまわってほしいですね。
『エノーラ・ホームズの事件簿』シリーズは安定路線に乗っかっているので、ぜひとも3作目も観たいところです。シャーロックのベスト・パートナーであるワトソンも顔見せしましたしね(“ヒメーシュ・パテル”だよ、やった~!)。スケジュールの都合でマイクロフト・ホームズは登場しなかったけど、ワトソンがいればもう安泰ですわ…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 83%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix エノーラホームズの事件簿2
以上、『エノーラ・ホームズの事件簿2』の感想でした。
Enola Holmes 2 (2022) [Japanese Review] 『エノーラ・ホームズの事件簿2』考察・評価レビュー