動くなというか、動けません…Netflix映画『ドント・ムーブ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にNetflixで配信
監督:ブライアン・ネット、アダム・シンドラー
どんとむーぶ
『ドント・ムーブ』物語 簡単紹介
『ドント・ムーブ』感想(ネタバレなし)
動きたくても動けないスリラー
たまたまネットで調べ物をしていたら、「クラーレ(Curare)」という名のイタリアレストランがあるのを見かけ、「スゴイ名前だな…」と思ったものです。たぶんイタリア語では「世話する」といった意味があるので、そこから命名しているのかな?
でも「クラーレ(curare)」は毒物の名称でもあるのですよね。結構有名な毒の名です。何と言ったって人類史でも歴史のある毒だからです。
クラーレは一部の植物から採取できる化学物質で、これは中南米の先住民が狩猟において毒矢の素材に昔から使用してきました。このクラーレが傷口に付着するか直接血流に入ると活性となり、毒が回った相手は麻痺します。吹き矢でこの毒を併用すれば、効果的に狩りができます。ターゲットとする獲物を動けなくするというのは狩る側には大きな優位性をもたらしますから。
何とも危険なクラーレですが、恐ろしい武器以外にも活用が広がり、麻酔という医療のアイテムとしても用いられてきました。モノは使いようです。
使う人がそれをどんな目的で用いるのか、そこに全てがかかってきますね。
今回紹介する映画は、ちょっと考えられるかぎり最悪の奴が最悪な理由で体を麻痺させる毒を利用してきてしまったものだから、さあ、大変…。
それが本作『ドント・ムーブ』です。
本作の物語はいたってシンプル。主人公の女性がほとんど滅多に人が訪れないであろう森の中で、あるひとりの男で出会い、なんやかんやあって、体が徐々に動かなくなる状態にさせられてしまいます。麻痺する身体のせいで、身動きは封じられ、選択肢が大幅に制限される中、その主人公はこの危機を脱せるのか…。
インパクトのあるシチュエーションに放り込まれた主人公を描くサスペンス・スリラーです。
非常に限られた空間だけで物語が成り立っており、小規模製作ですが、これぞスリラーらしいシンプル・イズ・ベストの面白さがあります。
原題も「Don’t Move」で、邦題もそのまんま。いつからか何かとタイトルにつけられやすい「ドント」のフレーズですが、今回はちゃんと原題どおりですし、本当に動かなくなるので珍しくタイトルが内容を直球で表している…。
映画『ドント・ムーブ』を制作するのは、ハリウッドでホラー映画の業界を開拓したベテランである“サム・ライミ”率いる「Raimi Productions」。“サム・ライミ”も製作にクレジットされています。
今作も“サム・ライミ”製作らしい意地悪なストーリーテリングの映画になっています。
『ドント・ムーブ』を監督するのは、初めての妊娠をリアリティ番組で記録することになった女性が恐怖を味わう『Delivery』を手がけた”ブライアン・ネット”と、家を出られない女性が不審者の立ち入りに対峙する『侵入者 逃げ場のない家』を手がけた”アダム・シンドラー”。脚本は同じく『侵入者 逃げ場のない家』の”T・J・シンフェル”です。
主演は、ドラマ『イエローストーン』でも最近もすっかり有名になった“ケルシー・アスビル”(“ケルシー・チャウ”の名で以前は活躍)。今作ではずっと「動けない」という演技をすることになり、緊迫の約90分をひとりで背負っていきます。役者冥利に尽きるのかもですけど、大変な撮影ではありそう…。カメラが回りだしたら動けない状態を演じないといけないし、「アクション!」と言われて動かないってなんだか矛盾してるけども…。
共演は、ドラマ『ラチェッド』の“フィン・ウィットロック”です。彼は今作では危険な人物を怪演。『アメリカン・ホラー・ストーリー』シリーズにもよくでているので、あの顔を見ると何か自然と恐怖を警戒するようになってきた気がする…。
『ドント・ムーブ』は「Netflix」で独占配信中。緊張感を味わうのがメインの映画なので、ゆっくりできる空間で楽しみたいところです。
『ドント・ムーブ』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2024年10月25日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :ひとりでスリルを |
友人 | :暇つぶしにエンタメを |
恋人 | :恋愛要素は無し |
キッズ | :暴力描写あり |
『ドント・ムーブ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
ベッドの上で仰向けに横たわり、揺れるカーテンが視界に入ります。隣には夫が寝ていますが、声はかけません。ひとりの女性は起き上がり、着の身着のまま車で薄暗い朝から出かけていきます。スマホも持っていかずに…。
鬱蒼と生い茂る森の道を走り、到着したのは州立公園。そうは言っても観光客も全然いません。早朝なので自分ひとりです。車を降りて林道を歩きます。険しい山道を登り、見晴らしの良い頂上付近に着きました。
しかし、風景を楽しみに来たわけではありません。そこには子どもの写真とわずかな追悼の捧げものが…。女性は赤い船の子ども用のオモチャを置きます。
そして、すぐそばの切り立った崖に立ち、目を閉じ、ゆっくりと一歩を踏みだします。全てを諦め、この世に別れを告げるために…。
そのとき、不意にひとりの男性が現れ、話しかけてきます。リチャードだと男は名乗り、座りながら他愛もない話を続けてきます。最初は鬱陶しそうにしていた女性も自分の息子がここで亡くなった当時の状況をポツリポツリと語りだします。「私が代わりたかった」と悲痛な表情で泣けないままに心が壊れてしまった自分を嘆きます。
リチャードはそれでも希望があると淡々と言います。女性はアイリスと名乗ります。リチャードは気にしないまま、「今日は良い日だから」と言って去っていきました。
アイリスは追いつき、林道を並んで帰ります。先ほどの暗い空気は消えていました。
車の駐車した場所に戻ると、リチャードの車が横に停めてあります。「また崖に戻らないよね」とリチャードは言い、それぞれの車に戻ります。
しかし、車が近すぎてアイリスの運転席側の車のドアが体が入るほどの隙間には開きません。リチャードの車がやけに密接して停車しているのです。そしておもむろに近づいてきたリチャードはアイリスの体にスタンガンを押し付け、気絶させます。慣れた手つきで自分の車にアイリスを運び、連れ去っていくのでした。
アイリスが目を覚ますと後ろ手に縛られ、後部座席に横たわっていました。電波がないので手首のスマートウォッチでも連絡は不可能。リチャードはあの赤い船のオモチャを傍に置きます。完全に余裕そうな態度です。
それでもアイリスは諦めず、持っていた小型ナイフでこっそり拘束を解こうとしつつ、会話で誤魔化します。その後、拘束が解けた瞬間、刃物を手にリチャードに飛びかかり、車は木に衝突。停止後、車内で揉み合いになる2人。外に出て大声をだしますが、周りには誰もいない様子。
リチャードはなおも余裕の態度です。そして注射器をみせます。どうやらアイリスに筋弛緩剤を打っており、じきに身体が麻痺するらしいです。数分もすれば一切動けなくなってしまう…。
なおも抵抗するべく、走れるうちに森へ逃げるアイリス。しかし、すぐに足が動きづらくなっていきます。足を引きずりながら、とにかく少しでも遠くに…。
コイツのおかげで生きたくなりました
ここから『ドント・ムーブ』のネタバレありの感想本文です。
『ドント・ムーブ』は本当にミニマムなスリラー映画です。加害者と被害者でひとりずつ、道中で巻き添えになる人は何人かでてきますが、基本はこの加害者と被害者の1対1を軸にしています。
キャラクターの背景も非説明的に徐々に浮かび上がらせる構成になっており、冒頭から無駄なく進行します。
この出だしのカットもいいですね。主人公のアイリスがまるで微塵も動かずに天井を見つめている。本作のキーワードである「動かない」という状態が、まだ加害者登場前からアイリスの身体には表れていて、それはもちろん愛する我が子の死別という喪失ゆえなのですが…。メンタルヘルスゆえの「動かない=動けない」が表現されてからの始まり。
山頂でのリチャードとの対話シーンもなんとも意地悪です。飛び降り自殺を未然に食い止めるという、まるで実直な対話によるケアを描いた感動の短編かのような…。ここだけ切り取れば本当に良い話です。
しかし、それは20分もしないうちにひっくり返ります。ここであの車2台がやけに密接停車しているというあのさりげないことだけど異常な違和感。この演出ひとつで「あれっ?」とゾっとさせる。上手い恐怖演出だと思います。あれだけ気遣いのできる親切な人がこんな駐車で露骨に迷惑な行為をするわけないよな…と頭に疑問が浮かんだらもう手遅れ…。
しかも、よりによって心の最も弱っていた瞬間を救ってくれた(と思った)人間が最低最悪の奴だったと実感するわけですからね。ショックは大きいですよ…。アイリス、絶対この事件の後も他人不信になっていると思う…。
以降はどんどん動かなくなっていく身体を抱えてのタイムリミット・サスペンスとなります。木の陰に隠れて身を潜めるシーンで、全身をアリがうじゃうじゃ這うなど、生理的な気持ち悪さもオマケして…。ちなみにこのシーンは野外で撮影していますが、虫のアリ自体はCGだそうです(良かったね…)。逆に言えば、“ケルシー・アスビル”の迫真のリアルな演技ですね。
川でのどんぶらこの後に、老人に助けられ、そこからの「告げ口してしまうのか!?」というサスペンスも嫌な緊張感です。直前まで瞬きでコミュニケーションしていて、リチャード来訪時はソファの後ろに横たわるしかできないのでもどかしい…。
この諸悪の根源であるリチャードという男がまた憎たらしい言動で、毎度毎度平気で嘘をつくんですね。しかも、「妻は心の病気を抱えているんです」などとアイリスの尊厳をズタズタにするような虚言を平然と…。
加えてリチャードには妻も子どももいて平凡な家庭があり、これは隠れながらの悪行だということが判明。リチャードはアイリスと対になる存在で、ますますなんだか憎々しい。
こうしてアイリスにとっても観客にとっても「コイツは一発ぶちかましてやらないと気がすまないな」というフラストレーションが溜まっていきます。それが「生き抜かなくては!」という生存本能に繋がる。今日の朝には死ぬつもりでいたのに、すっかり生きてやるという覚悟に全身が満たされる。皮肉なことにコイツのおかげで…。
ということでラストの「ありがとう」のセリフが決まるシチュエーションが完成する。
ストーリーテリングが感情を自然と引っ張って起承転結でしっかり終結するので、起きていることは残忍なわりにはとても気持ちのいい鑑賞後の気分に浸れる映画に仕上がっていました。
作為的な「動かない身体」演出
ミニマムな完成度の高い『ドント・ムーブ』でしたが、言いたいこともなくはないです。
とくにこの映画のコンセプトになっている「身体が動けなくなる」というシチュエーション。基本的に物語に都合がいいように麻痺していくという、サスペンスありきで作為的に演出されています。
例えば、まず足から麻痺していき、腕だけは動けて…といった感じで、麻痺する順番も演出ありき。また、いざとなるとカメラに映っていないところでやたら瞬間的に動いているように見える演出もちょっとズルいです。カット割りで嘘をつくのは映画ではよくある仕掛けですが、この作品の場合はその嘘はことさら重大です。
『ドント・ムーブ』のように作為的な「動かない身体」演出をメインにする作品をみると、やはり本当に「動かない身体」を駆使した『RUN ラン』のような作品のほうが誠実かつ身体のスティグマを振り切るというパワーがあるぶん、後者を支持したくはなりますね。「世間は動けない身体だと過小評価するけど実際はこういう動きはできる」という反撃になっていますし、対する『ドント・ムーブ』は「どう動けるか」は全て脚本家の匙加減になってしまいますから。
それ以外だと、いいところまで気づいたハイウェイパトロールをリチャードが残酷に殺した後、アイリスが車内で隙をみてリチャードの膝に注射針を刺すのですが押し込めずに、リチャードはへっちゃら…という展開。あれもあれだけ勢いよくぶっ刺したらさすがに多少は注入されてそうだし(1回刺した注射だし)、リチャードももう少し焦ってもいいのではないだろうか…。
最後の小舟での接戦といい、エンターテインメント色が増していくオーバーなアクションがあるとやっぱり楽しくなるんですけどね。本作は、土、水、火と、フィールド・エレメントもふんだんに襲ってくるし、小規模なスリラーでも充実していました。
『ドント・ムーブ』を観ていて、自分がいざ動けなくなったときのために、緊急時の身分証とかちゃんと携帯しないとダメだなと思いました。悪い奴に奪われないために隠し持っておかないといけないな…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『ドント・ムーブ』の感想でした。
Don’t Move (2024) [Japanese Review] 『ドント・ムーブ』考察・評価レビュー
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