男同士はケアできずに破滅に向かうのか?…映画『イニシェリン島の精霊』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス・アメリカ・アイルランド(2022年)
日本公開日:2023年1月27日
監督:マーティン・マクドナー
自死・自傷描写
イニシェリン島の精霊
いにしぇりんとうのせいれい
『イニシェリン島の精霊』あらすじ
『イニシェリン島の精霊』感想(ネタバレなし)
マーティン・マクドナーの脚本はやはり凄い
長年親しかった友人からいきなり「あなたとは絶交だ」と言われてしまったら…?
なんか自分は悪いことをしてしまったのだろうか…。そんな気まずさに駆られ、必死に関係を改善しようと足掻くかもしれません。もしくは怒って反論するか、はたまたあまりのショックで何も言い返せなくなってしまったり…。
なかなか会わないとか連絡をとる頻度が減っていって友情が希薄になることはあると思いますが、絶交を明確に宣言されるというのはさすがによほどの事態です。それ相応の出来事が無いと起こらないもの。人生でしょっちゅう起きるものでもないでしょう(逆に頻繁に絶交を突きつけられた経験のある人は、やっぱり何か背景があるだろうと察しがつきます)。
でも今回の紹介する映画の絶交は何とも珍妙です。突然の親友からの絶交宣言を受けるも、身に覚えが全くないし、周りの人も事情を知らないという…。一体なぜと「?」が頭の中を駆け巡りますが、答えはどこを探しても見つからない。無論、そのかつての親友は自分から距離をとってしまい、気安く話しかけられる状況ではない。
そんな謎めいた絶交に翻弄される主人公を描いた映画、それが本作『イニシェリン島の精霊』です。
本作はあの“マーティン・マクドナー”監督の最新作ということで、それだけでも注目に値します。劇作家として名を馳せ、映画監督としても2008年の『ヒットマンズ・レクイエム』や2012年の『セブン・サイコパス』と個性作を生み出し、ついに2017年、『スリー・ビルボード』で評価も極まります。『スリー・ビルボード』はアカデミー賞でも作品賞、脚本賞、作曲賞、編集賞など6部門で計7つのノミネートを受け、主演女優賞と助演男優賞を受賞。
その“マーティン・マクドナー”監督が『イニシェリン島の精霊』でまたしてもやってくれました。今作も見事すぎる脚本です。ほんと、やっぱり“マーティン・マクドナー”の才能はズバ抜けているなと痛感。
今作も“マーティン・マクドナー”らしい、スリルとユーモアが絶妙に混在した人間模様が展開されるのですが、初見時は「どういうこと?」と困惑しながら見ることになるでしょう。その困惑もまた本作の醍醐味。それを体験してから、「ああ、あれはああいうことだったのかな」と少しずつ咀嚼する、そんな楽しみ方ができます。今回は前作以上に内省的なのですが、脚本の苦みはさらに増して、渋い後味になってます。
なお、本作『イニシェリン島の精霊』の原題は「The Banshees of Inisherin」です。「バンシー」というのは、アイルランドおよびスコットランドに伝わる妖精で、死を告げる不吉な象徴でもあります。このバンシーは本作を解いていくうえでのキーワードなので覚えておいてください。邦題は「妖精」としてしまっており、ちょっとフワっとしすぎですよね…。
あと、本作『イニシェリン島の精霊』はアイルランドの架空の島を舞台にしていますが、時代は1923年となっています。ここも重要です。
俳優陣も最高の演技を見せてくれます。主人公を演じるのは、“マーティン・マクドナー”監督作とは付き合いのある“コリン・ファレル”。今回も過去最高レベルに困り顔で眉毛を八の字にしている“コリン・ファレル”が拝めますよ。『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のあの貫禄はどこへ消えたんだよって感じです。
『マクベス』の“ブレンダン・グリーソン”も名演を披露しますし、『スリー・ビルボード』にもでていた“ケリー・コンドン”も素晴らしい演技だし、『エターナルズ』の“バリー・コーガン”も相変わらずの天才だし…。“マーティン・マクドナー”監督作は毎度ながら役者全員が賞を獲れるような演技を惜しげもなく見せてくれて、嬉しいかぎりですよ。
日本では2023年1月に劇場公開となった『イニシェリン島の精霊』ですが、新年始まって早々に必見の高評価作なのは間違いありません。
ただし、そんなに仲良くない友人と一緒に観に行くのはオススメしないですけどね。鑑賞後に絶交を告げられたら、もう映画どころじゃないですから。
以下の後半の感想では、この物語が示唆しているものについて、私なりにあれこれと語っています(半分くらいは“コリン・ファレル”がウザ可愛いという話をしているだけですが)。
『イニシェリン島の精霊』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :静かに堪能して |
友人 | :絶交しない友達と |
恋人 | :ロマンス要素無し |
キッズ | :残酷描写が一部あり |
『イニシェリン島の精霊』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):なぜ絶交するのか
1923年、アイルランドの小さい孤島、イニシェリン島。人口はとても少なく、殺風景な島内で暮らしている人々はみんな顔なじみです。
この島の住人であるパードリックは友人のコルムの家をいつものように訪ねます。しかし、ドアをノックしても返事なし。窓から「コルム、パブに行くぞ」と声をかけますが、そこでコルムは煙草を吸うだけで無反応でした。事情はわからないですが、とりあえず先に行くことにします。
パードリックの妹シボーンは洗濯物を干しながら、とぼとぼ歩いて戻って来た兄に「どうしたの?」と声をかけます。パードリックはコルムのことが理解できずに悩んでいました。
パブへ向かうとバーテンダーは「コルムは一緒じゃないのか」と口にします。
もう1回行ってみることにするパードリック。途中で巡査とすれ違って挨拶するが無視です。これはいつものことです。
またコルムの家に到着し、室内へ入りますが、屋根裏を覗くも彼の愛犬しかいません。窓からコルムがどこかへ歩いているのを目撃し、距離を置かれている感じで嫌な気分になります。
パブにいたコルムを見つけ、隣に立つと「他へ行け」と冷たくあしらわれます。不貞腐れたようにコルムの方が外の席に座り、バーテンダーは「酔ってるのか?」とそれしか口にしません。
パードリックは意を決してコルムの前に座り、「僕が何かしたなら言ってくれ、謝るから」と言葉をかけますが、コルムは「お前は何もしなかった。もう好きでもない」とそう告げて立ち去ってしまいます。
理由もわからず友人を失った気分で意気消沈のパードリック。歩いていると隣人のドミニクと出会います。変な奴で今日は鉤のついた棒を持っています。構うことなく家に戻り、茫然と佇むしかできないパードリックは、帰ってきた妹に心配されるもこの感情を言葉にできません。
夜、妹に小言を言われつつ、居心地が悪くなって家を出るパードリック。外では砲撃音が聞こえ、本土では独立戦争がまた激しさを増していることが窺えます。
パブでは陽気な音楽が聞こえ、コルムがみんなとバイオリンを弾いていました。ドミニクが入ってきて、彼はパブに出入り禁止でしたが、もう4月になるのでその期限は終わりだとマイペースでパブを楽しみます。
パードリックはコルムの輪に入れず、ドミニクを隣に仕方なく離れて座っていました。ドミニクのバカげた絡みで場の空気をぶち壊してしまいかけ、気まずくなります。
「もう友達じゃないんだ」…そう呟くしかできないパードリック。ドミニクの家に寄り、外でこの変わり者と飲み明かすことで時間を潰します。ドミニクの方はパードリックの妹に興味がある様子。けれどもパードリックはコルムの豹変を受け止めきれず、不満を呟くばかり。
翌日、パブにひとりいるコルムに堪忍袋の緒が切れて感情をぶちまけるパードリックでしたが、コルムはお構いなしでバイオリンを弾き、「作曲する」と言い張ります。
「他のことは考えたくない」「無駄な話に時間をかけたくない」…そう言って距離をとります。
しまいには「俺の指を切り落とす。それをお前にくれて、苦しめてやる」と言い放つまでになってしまい、パードリックは何が何やら大混乱になるしかなく…。
友情の崩壊が意味するもの
『イニシェリン島の精霊』において最大の謎。それは「コルムはなぜパードリックと絶交するまでになったのか」です。
作中では会話の節々で色々な可能性が消去法的に否定されていきます。パードリックが酔っぱらって何かをしでかしたわけでもない。教会のシーンでも明らかなように、異性愛や同性愛にせよ、色恋沙汰でもない。コルムに不幸があったわけでもない。冗談でもない。
当のコルムは非常に抽象的なことしか言いません。あまりにも曖昧過ぎます。かろうじてわかるのはとにかくパードリックとはもう一緒にいたくない、そういう気分になったんだ…ということ。
しかも、脅しでも何でもなく本当に自分の指を切り落とす行為に及び、それはエスカレートしていきます。
でも一方で巡査に殴られてしまったパードリックをコルムが助け起こしたり、どこかで優しい側面をまだ見せてくれたりもする。不可解なことだらけです。
本当に一体どうしてここまで頑なに絶交しようとするのか?
結論から言い切ってしまえば、『イニシェリン島の精霊』の物語はアイルランド独立戦争を暗喩するものになっています。1916年にイギリスからの独立を目指して一部が蜂起し、アイルランド共和国を宣言しました。こうしてアイルランド内戦の勃発に繋がり、死者をだしながら、今のイギリスに含まれる北アイルランドとアイルランドの分裂に至ります。このあたりは映画『ベルファスト』にも接続する話ですね。
この歴史的事件により、それまで隣人同士だった人たちの間にさえも大きなヒビが入ってしまいました。
本作は本土でまさにこのアイルランド独立戦争が勃発している真最中ですが(アイルランド内戦は1923年5月24日に終わる。まさに映画のラストからわずかの時期)、舞台のイニシェリン島は蚊帳の外です。しかしながら、このパードリックとコルムの突然の亀裂がアイルランド独立戦争の対立と重なるようになっています。
友情の崩壊に理屈なんてありません。これは戦争なのです。起こるべくして起きてしまった。起きてしまえば止められない。
その不穏さを示唆するように、作中でしれっと存在しているミセス・マコーミックという謎の老婆。黒いローブを身に着けて、あからさまに不自然なのですが、これは「バンシー」なのだろうと推察できます。死の予兆です。
この友情の崩壊は単なる一時のものでは終わらず、悲惨な死へと至る。そういう未来を暗示させますし、実際のアイルランド問題の歴史では大勢の死者をだすわけですからね。
そして今のイギリスもまさしくこんな感じでまたも分断している真最中ですし…。
ぼっち・ざ・コリン・ファレル!
『イニシェリン島の精霊』はアイルランドの悲惨で虚しい歴史を寓話的に語ってみせるだけでなく、同時にとても「男性性」批評に富むストーリーだとも思います。
昨今は「男らしさ(マスキュリニティ)」を問う作品も増え、『グリーン・ナイト』のように男らしさというものに対して自省的な作品だったり、もしくは『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』のように男同士がケアし合うという理想の連帯を描いたりする作品など、多彩さも目立ちます。
けれどもこの『イニシェリン島の精霊』はそんな未来志向の男らしさ批評に対して、真逆と言っていいレベルで、完膚なきまでにものすごく突き放している描き方ですよね。
『イニシェリン島の精霊』は男同士はケアできないという事実を無慈悲に描いています。
コルムはあの自傷行為から感じ取れるのは非常に鬱的な状態にある男性像です。終盤の振る舞いは希死念慮そのものです。対するパードリックはそんなコルムをケアして受け止めきれるほどの技量もなく、自身の孤独を自己処理することさえもできません。最終的には互いのプライドを捨てきれない男2人は破壊的な結末へ衝動を抑えられずに突き進みます。
ラストの解釈は観客に委ねられますが、男らしさに明るい期待はできそうにない空気です。
全体を振り返れば、めちゃくちゃヘビーでシリアスな映画です。しかし、そこは“マーティン・マクドナー”。このテーマにユーモアを混ぜ込むのだから凄いです。
とくにパードリックを演じた“コリン・ファレル”が面白すぎます。ウザ可愛いと言えばいいのか。親友に縁を切られたことで彼の自尊心は崩れます。たぶんコルムと付き合いがあることでかろうじてあの島のコミュニティで存在感を保てたんでしょうね。自分よりもドミニクの方が惨めな男だからと下を設置することで自己肯定を得る姿は惨めです。あげくにはドミニクにも捨てられ、ロバのジェニーとしか話し相手がいない立場にまで落ちぶれるのですが…。
ちなみにこのロバ、撮影用に訓練を受けたトレーニング・アニマルではないそうで、あの家を自由に徘徊しているのも、もしかしたら最初から決められた演出どおりではなく、あのロバの素の行動を活かしているだけなのかも。
パードリックは事実上の“ぼっち”になるのですが(ぼっち・ざ・コリン・ファレル!)、このパードリックは構ってほしくてたまらない、黙れない男。これがまたウザいのなんのって…。
あの酔っぱらいながらの「俺が嫌いなものは3つある。1つ目は警察官。2つ目はフィドル奏者。3つ目は…あれ?」というセリフをしつこく繰り返すシーンとか、全然嘘が付けないとか(基本、語彙力も会話力も皆無)、臆病で姑息で強がりで…。こうやって整理すると人柄的に今までよく絶交されなかったなと思うけど…。
全編に渡って会話の切れ味が良すぎますね。悲しいかな、翻訳が追いついていない部分もあったけど。でもこれはしょうがないか…。
こうしてユーモアとスリルをごちゃ混ぜにして最後は家の炎上と浜辺での語らいで締める。あの余韻がたまらないです。バンシーがその2人を椅子に座って見つめているカットは、映画観客の姿とのシンクロもあり、印象が深まります。
“マーティン・マクドナー”に参った一本でした。指は切らないですよ。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 76%
IMDb
7.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
以上、『イニシェリン島の精霊』の感想でした。
The Banshees of Inisherin (2022) [Japanese Review] 『イニシェリン島の精霊』考察・評価レビュー