前日譚からもうヤバさ全盛期…映画『エスター ファースト・キル』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2023年3月31日
監督:ウィリアム・ブレント・ベル
エスター ファースト・キル
えすたーふぁーすときる
『エスター ファースト・キル』あらすじ
『エスター ファースト・キル』感想(ネタバレなし)
不審な少女に注意!
「不審者に注意してください」という文言は、誘拐や性犯罪などの被害に遭いかねない子どもたちに注意喚起する意味で日本では学校などの現場でよく利用されていますが、この表現は不適切だという指摘もあります。
それはなぜかと言えば、つまり「不審者」の部分です。「不審者」と言ってしまうと漠然としており、そのイメージはたいていは個々の先入観に依存します。一般的に子どもを狙う「不審者」として連想されるのは「見ず知らずの成人男性」です。しかし、実際の犯罪者はそうとは限りません。いろいろな加害者がいるものです。知り合いかもしれませんし、女性かもしれませんし、10代の子どもかもしれません。
だから警戒心に偏向を生じかねない「不審者」という言葉を乱用するのはよくない…というわけです。
そう考えるともっとも不審者扱いされないのは誰だろうと考えれば、それはおそらく「幼い少女」でしょう。年齢も低く、女性であれば、どちらかと言えば被害者の立場になりがちですし、実際そのはずです。
そんな中、ホラー映画界隈はあえてその私たちの油断を逆手にとって、「幼い少女」が実は恐ろしい存在だった!…みたいなアプローチで怖がらせてくることがあります。
今回紹介する映画もそのひとつです。それが本作『エスター ファースト・キル』。
本作は2009年に公開された『エスター』というホラー映画の前日譚を描く作品となります。『エスター』はある家族に養子として引き取られたエスターという名の少女が巻き起こす惨劇を描いており、その強烈なインパクトからホラーファンの間でも人気です。まさに「体は子ども、頭脳はサイコパス!」みたいな感じのエスターが残虐に暴れまわる姿は、恐怖と同時に、人間社会の「幼い少女なんて“か弱い”だろうから」という固定観念を抉り出す快感も与えてくれました。
最近はたくさんの過去の名作ホラー映画がリメイク・リブート・続編を連発している中、ご多分に漏れず、『エスター』もその潮流に突き進んだわけですが、問題なのは本作は前日譚だということ。しかも、『エスター』で恐怖の少女を演じた“イザベル・ファーマン”が続投するというのです。
『エスター』の主人公の見た目の年齢は9歳で、それを当時演じていた“イザベル・ファーマン”は10歳を超えたくらいで、設定外見と一致していました。でも今の“イザベル・ファーマン”は撮影時点で23歳。明らかに大人の見た目になってしまっています。『エスター ファースト・キル』にて一体どうやってまた9歳の子を演じるの?…と疑問に思うのも当然ですが、そこは上手くやっています。実際に映画を鑑賞して確かめてみてください(事前にはネタばらしはしません。後半の感想で)。
『エスター ファースト・キル』の物語もまたもエスター中心で進み、あの少女の過去に何があったのかというエピソードが語られます。一応は『エスター』の物語の疑問点を穴埋めするような意味合いもありますが、基本的に1作目の『エスター』を観ていなくても楽しめます。『エスター ファースト・キル』からこの世界に足を踏み入れても全然OKです。
『エスター ファースト・キル』を監督するのは、『ザ・ボーイ 人形少年の館』の“ウィリアム・ブレント・ベル”。
“イザベル・ファーマン”と共演するのは、『ハスラーズ』の“ジュリア・スタイルズ”、『ポゼッサー』の“ロッシフ・サザーランド”、『ニセモノ彼氏』の“マシュー・アーロン・フィンラン”、ドラマ『Pachinko パチンコ』の“ヒロ・カナガワ”、ドラマ『グッド・サム 外科医親子のパワーゲーム』の“サマンサ・ウォークス”など。
ちなみにこの感想記事では警告が必要な内容の場合は、記事冒頭で注意していますが、本作には「児童虐待」のトリガーアラートは迷ったけど明記していません。こういう場合はなんなんですかね。“児童”風に見える人への虐待? というか、むしろ児童に虐待されるというべき? 扱いに困るな…。
『エスター ファースト・キル』にもかなり捻った仕掛けがあり、ネタバレ厳禁です。事前にあれこれ検索せず、観たかったら思い切って鑑賞するのをオススメします。
『エスター ファースト・キル』を観る前のQ&A
A:前日譚なので1作目の『エスター』を観なくても物語は理解できます。ただ、1作目の『エスター』の最大のサプライズが『エスター ファースト・キル』ではあっけなく明かされるので、1作目の『エスター』を最大に満喫したいなら、その1作目から観る方がいいかもしれません。
オススメ度のチェック
ひとり | :前作好きも注目 |
友人 | :ホラーファン同士で |
恋人 | :気軽に恐怖を共有 |
キッズ | :殺人描写たくさん |
『エスター ファースト・キル』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):あの娘、何かおかしい…
2007年、エストニア。雪深い静かな地に精神病院が佇んでいました。そこに1台の車が到着し、ひとりの女性が降りてきます。アナはブザーを鳴らし、施設の中へ。厳重に監視されており、アナも身体チェックを受けます。
ドクターから説明を受けていると、リーナという入院者が問題を起こしたそうで、けたたましい赤いアラームを鳴らして警戒態勢に入ります。アナは部屋にひとまずいるように言われ、待つことにします。
赤い点滅の中、その部屋にひとりの幼い少女がいるのに気づき、声をかけます。自己紹介すると、その子は鉛筆を握りしめながらリーナと名乗ってきました。
そこに医者が駆け付け、一触即発。リーナは両手を上げて無抵抗を示し、鉛筆を床に落とします。そして職員に支えられて連行されていきました。
医者はリーナについて説明します。子どものような外見ですが31歳だそうで、ホルモンか何かが原因だとか。10歳あたりで成長が止まっていますが、知能は大人の平均以上。異常な知能と攻撃性を発揮するというのです。
確かにリーナは明らかに他の患者とは異なり、錯乱した態度はとらず、理性的な振る舞いをしています。内では何を考えているのかわかりません。
ある夜、リーナは少女に興味のある職員を巧妙に誘惑し、部屋に誘い込みます。そして椅子を使って同じ高さの目線となり、身体をゆったりとなでまわしたかと思った瞬間、頭を壁に何度もたたきつけ、殺害。セキュリティーカードを奪い、リュックを手に逃走を開始します。前もって計画していたのです。
上手く隠れてやり過ごしつつ、廊下を進みます。入り口付近の警備員はコントロール下にある患者を利用して攻撃させ、難なく施設の外へ。そして外で車で出ようとしていたアナの前に立ちはだかり、消えてしまいました。
アナはすぐに医者に知らせますが、行方不明のまま。施設側はなすすべもありませんでした。
一旦アナは車で街へ帰ります。しかし、リーナは車に隠れていました。アナの家に侵入し、ドアを開けた瞬間に惨殺。
ひと息つきながらアナのパソコンで行方不明の少女の一覧を検索。2003年に行方不明になったアメリカ人であるエスター・オルブライトに自分が似ていることに気づき、それをメモ。部屋にあったものに着替え、次の行動に出ます。
夜、ブランコをしながら、不審に思った警官が来るのを待ちます。そして警察の前で両親はアメリカにいると弱々しく語り、名前はエスターだと名乗ります。
コネチカット州のダリエン。裕福なアレン・オルブライトと妻トリシア、息子グンナーは静かに暮らしていました。そこにドナン警部が現れます。そして行方不明だった愛娘のエスターが発見されたという衝撃の知らせを持ってきました。
ロシアのモスクワ。トリシアはエスターと再会し、その運命を痛感します。エスターと身分を偽るリーナも何食わぬ顔でトリシアに抱きしめられます。そこには策略と殺意が潜んでいることを隠しながら…。
どうやって撮ったのか
ここから『エスター ファースト・キル』のネタバレありの感想本文です。
『エスター ファースト・キル』は『エスター』と違って、映画始まりの時点でもうエスターの正体が判明しています。見た目は子どもでも、実年齢は31歳で、しかも中身はサイコパス殺人鬼だということ。
では今回のこの映画ではどうやってそれを表現したのでしょうか。前述したとおり、主演の“イザベル・ファーマン”はもう20代の大人。さすがにそのままでは9歳の子どもを演じられません。
マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)のような大作では「ディエイジング(de-aging)」というCG技術を使って俳優を若返らせるのも今や普通ですし、最近の「スター・ウォーズ」作品では合成を複雑に組み合わせて利用して俳優を若かりし頃の姿のままで登場させたりもしています。
しかし、今回の『エスター ファースト・キル』では極力デジタルは使わないことにしたそうで、ではどうするのかと言うと、視覚的なトリックを中心にして表現を達成しています。
“イザベル・ファーマン”と他の役者が並ぶシーンでは、横にいる役者はかなり高めの厚底靴を履いており、相対的に“イザベル・ファーマン”演じるエスターの背が短く見えるようにしています。また、遠近法も上手く活用しているそうです。エスターの全身が映るシーンもありますが、よく見ると、全身が映るときは後ろ姿がほとんどで、ボディダブル(子役の替え玉)を利用していることがわかります。
メイクアップも駆使しているはずですが、そもそも“イザベル・ファーマン”もわりと童顔なので、フィットしやすいのもあるのかな。
ここまで努力を積み重ねて“イザベル・ファーマン”が演じることにこだわるのは、やはり“イザベル・ファーマン”だからこその凄みがあるからでしょう。“イザベル・ファーマン”が演じないのであれば、それはもうエスターじゃない、全然別の作品になってしまいますから。
今回は“イザベル・ファーマン”が20代の大人の年齢となったことで、それを効果的な視覚トリックで小さい体に見せかけて表現したので、よりこのエスターには大人が宿っているという真実味が増した感じです。こっちの方がむしろ『エスター』の本質を再現できているのかも…。続編でこんな演出の綺麗な逆転ができた作品も珍しいんじゃないかな。
私はガンガンCGを使いまくるホラー映画よりも、こういう古典的なトリックを利用して撮影しているホラー映画の方が、個人的には好みなんですよね。もちろんCGも素晴らしいクリエイティブな仕事です。ただSFXもやっぱり捨てがたい。そういう点では『エスター ファースト・キル』は趣味に合いやすくて非常に良かったです。
エスターが楽しそうで良かったです
『エスター ファースト・キル』はすでにエスターの正体はわかりきっているので(と言ってもまだまだ正体不明な存在ではありますが)、今回はどういう手段で恐怖を与えてくるのかと思ったら、まさかの「目には目を歯には歯を」のサイコパス・バトルになっていきました。
エスターと名乗って辿り着いた新しい我が家。今回は養子ではありません。前作は養子縁組の家庭をネガティブに描きすぎているなんて批判もありましたから、養子はもう避けたのかもだけど。
しかし、このオルブライト家。娘が行方不明になってしまった可哀想な家庭であり、これはこれでエスターの毒牙にやられるのも余計に酷いんじゃないかと思ったら…。
なんとこのオルブライト家(正確にはトリシアとグンナー)は本物のエスターを過去に殺害してそれを隠蔽していたというショッキングな事実が露呈。類は友を呼ぶのか、サイコパス少女が行き着いたのはサイコパス家庭だったんですね。
ここでトリシアはエスターを殺してやりたいし、エスターはトリシアを殺してやりたいという、「殺意vs殺意」の緊迫の殺し合いが勃発していくのが本作の醍醐味。普通に殺せばいいのに、表向きは殺人の痕跡は残せないので、さりげないカモフラージュをしようとしているのがまた何ともまどろっこしいです。でも子どもの見た目であるエスターの方が有利そうですけどね。
今作は前作ではひたすらに得体の知れなかったエスターに対して、観客がちょっと「おい、頑張れよ!」と応援する余地が生まれており、その観客席の視点の変化も面白いところで、同じ題材ながらこうやってエンターテインメントとしての遊び方を変えられるというのは、これぞ映画のプロットのトリックじゃないですか。
本作のエスターは馬乗りになってメッタ刺ししたり、あげくになぜか屋根に上って燃え盛る家を足場に一騎打ちしたり、シェイクスピアの復讐劇かな?と錯覚するかのような大仰な舞台になるのですが、それもそれで楽しいので良しとしましょう。炎上する家であんな満足げな少女、他にいないぞ…。
エスターは全然不幸を背負わず、むしろ「好きな男は手に入れるぜ!」というハングリー精神でアグレッシブにいくのがいいですね。男を捨てるときも潔いし。
でもふと思いますけど、こういう身元詐欺のネタは、現在は指紋認証とか顔認証が当たり前に日常化してしまい、仕掛けとして使いづらくなっていますよね。2023年を生きるエスターは大変だろうな…(いるのかな?)
『エスター ファースト・キル』はわりとホラー映画ファンの間でも好評でしたし、3作目の構想もあるようです。たぶんエスターはホラーのアイコンとして、今だからこそ輝くポテンシャルを相当持っていると思うので、それをフルに発揮していってほしいですね。
あれだな、児童性犯罪の潜入捜査とかにすごく向いているだろうな…(ただし殺す)。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 72% Audience 77%
IMDb
5.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2021 ESTHER HOLDINGS LLC and DC ESTHER HOLDINGS, LLC. All rights reserved. エスター ファーストキル
以上、『エスター ファースト・キル』の感想でした。
Orphan: First Kill (2022) [Japanese Review] 『エスター ファースト・キル』考察・評価レビュー